00074_企業法務ケーススタディ(No.0028):国際契約での仲裁地の引っ張り合い解消法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ビューティーホワイト 社長 陣内 紀子(じんのうち のりこ、35歳)

相談内容: 
先生、当社の販売店網は、昨年ついに日本を網羅し、今年から、いよいよ念願の海外進出に着手する運びとなりました。
第一弾として、ロサンゼルスを中心にダイエット用サプリ等の健康食品販売を広くてがけているハリウッド・スタイル社(以下、「ハ社」)と業務提携することになりました。
当社は、ハ社の商品の日本の総販売代理店となり、当社の販売店網を通じた販売活動を展開し、他方、ハ社にも同様の形で当社のカリフォルニア州の総販売代理店として当社の美白化粧品を販売してもらう予定です。
先月もロサンゼルスに行ってきて、契約条件の詰めが終わり、先日、ハ社の法務担当から業務提携契約書案が送られてきました。
ところで、当社には商社出身の常務がいるのですが、彼曰く、
「この契約書案では仲裁地がロサンゼルスになっており、いざ紛争になったら極めて不利です。
私は商社員時代に相手国仲裁を経験しておりますが、多大な時間とエネルギーを費消したあげく、当社には非常に不利な仲裁判断が下されました。
仲裁地は絶対日本国内とし、一歩も譲るべきではありません」
といい、ハ社と全く調整がつかない状態です。
私としては、この取引はうまくいくと思っており、トラブルになったときのことなどどうでもいいのですが、常務の話も気になるところです。
このまま調整できずに時間を空費するのは無駄だと思うのですが、両方とも納得できるような妙案ありませんでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:アウェー戦となると、戦う前から経済的敗北が決定的となる国際民事紛争
日本国内の会社同士の取引なんかですと、ある程度中味のしっかりした契約書を取り交わし、日常のコミュニケーションがしっかりしている限り、トラブルが裁判に発展するなんてことはありません。
とはいえ、いざ裁判になった場合、弁護士として一番気になるのは裁判管轄です。
サッカーや野球の場合、
「試合の場所がホーム(当地)であるかアウェー(敵地)であるかは、試合結果を左右するくらい重要」
などと言われますが、これは裁判でも同じです。
私の場合、東京地方裁判所の裁判ですと散歩感覚で行けるのですが、地方での裁判は移動の時間やこれにかかるエネルギー(弁護士は膨大な書類を持ち歩く必要があり、遠隔地への移動は大変体力を消耗します)は非常に重くのしかかります。
依頼者にとっては、日当や稼働時間報酬というコスト負担の問題が生じます。
これが海外になると、アウェーでの裁判や仲裁はさらに不利になります。
裁判官なり仲裁人は現地の文化や言語を基礎に手続を進めますし、当然ながら、相手国の弁護士を採用しないとこちらの言い分が満足に伝えられません。
仲裁期日のほか、相手国の弁護士との打合せに要する時間やコスト、コーディネイターのコスト、証人等社内関係者の渡航による事業活動への影響等々を考えると、紛争を継続するコストは、ホームでやる場合に比べ、ケタが1つないし2つくらい違ってきます。
商社出身の常務の話のとおりで、国際仲裁において仲裁地を相手国とすることは非常な不利を招き、トラブルが生じても仲裁でこれを是正する途が事実上閉ざされてしまうことになりかねません。
以上のようなことがあるので、国際契約においては、お互い仲裁地を譲らないことが多いです。
無論、どちらかが契約交渉上に有利な地位を有していれば、力関係を通じて解決されます。
すなわち、強者が弱者に
「契約条件についてオレの言うこときけないなら、契約はヤメだ」
と要求すれば済む話です。
しかしながら、両者対等の立場ですと、調整は難航します。
ひとつの案としては、第三国を選ぶという考え方です。
すなわち、各当事者の国以外の特定の国、例えばイギリスとかスイスとかを仲裁地とする方法です。
とはいえ、当該第三国の仲裁地までの移動にかかる負荷や当該仲裁地における仲裁の質や信頼性、当該仲裁地の弁護士が確保できるか等いろいろ調査の手間がかかります。
もう1つの案としては、仲裁を申し立てる側が、相手方当事者の場所に乗り込んで仲裁するという方法です。
すなわち、陣内さんの会社が契約に関して文句があるときはロサンゼルスを仲裁地とする仲裁を申立て、ハ社が契約に関して文句があるときは東京を仲裁地とする仲裁を申し立てる、という方法です。

モデル助言: 
私としては、最後の方法、すなわち、
「仲裁を申し立てる側が、相手方当事者の場所に乗り込んで仲裁するという方法」
をお勧めします。
確かに、こちらから仲裁を申し立てる場合、大変な負荷がかかりますが、それは相手も同じこと。
一方が相手のやり方に文句があっても、仲裁を行う場合の時間やコストの膨大さを聞くと戦意が萎え、
「面倒な仲裁するくらいなら、少しアタマを冷やして、もう一度冷静に話し合ってみるか」
と思うようになることもあるでしょう。
このように、
「過激な行動を出ようとする側が、常に高いハードルにぶつかるような状況を設けておく」
という契約の仕組は、無駄な紛争を減らし、冷静な話し合いの機会を増やし、結果として紛争予防効果を高めてくれると思います。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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