00076_企業法務ケーススタディ(No.0030):不良社員の正しいクビの切り方

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社内田石材加工 社長 内田 雄也(うちだ ゆうや、68歳)

相談内容:
先生、聞いてください。
ウチの従業員の安岡が、会社のカネをネコババしたんですよ。
300万円もですよ。
なんでもクラブ遊びにはまったらしく、
「社長の指示だ」
と経理をだまして勝手に会社のカネをひっぱってやがった。
いい加減な奴だとは前からわかってましたが、営業成績もそこそこで、目をかけて育てていた奴ですから、裏切られたのが悔しくて悔しくて。
とりあえず、
「この野郎、警察突き出すぞ」
って怒鳴りつけて、すべて白状させて、詫び状書かせて、
「追っての沙汰待ち」
ってことにして自宅待機にしていたんですよ。
そしたら、安岡の野郎、社労士だか司法書士だかに相談したらしく、
「私は横領したわけではない。
会社の指示に基づく得意先の接待をするため、交際用経費を仮払名目で預かっただけ。
領収書もすべて取ってある。
今は、会社の命令で自宅にて待機しているが、今月分の給料を払ってほしい」
なんて内容の文書を送りつけてきやがった。
こんなのありですか?
どういう風にすりゃいいんですか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:労働契約法の「解雇不自由の原則」のシビアさとこれを回避してうまくクビを切る方法
労働法の世界では、解雇権濫用の法理といわれるルールがあるほか、解雇予告制度や即時解雇の際の事前認定制度等、労働者保護の建前の下、どんなに労働者に非違性があっても、解雇が容易に実施できないようなさまざまな仕組が存在します。
映画やドラマで町工場の経営者が、娘と交際した勤労青年に対して
「ウチの娘に手ぇ出しやがって。
お前なんか今すぐクビだ、ここから出てけ!」
なんていう科白を言う場面がありますが、こんなことは労働法上到底許されない蛮行です。
そもそも、解雇権濫用法理(使用者の解雇権の行使は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することが出来ない場合には、解雇権の濫用として無効になる)からすれば、代表取締役の娘と従業員が交際した事実を解雇理由とすることは濫用の典型事例であり、解雇は明らかに無効です。
仮に解雇理由があっても、労働基準監督署から解雇予告除外のための事前認定を取らない限り、解雇は1カ月先にするか、1カ月分の給与(予告手当)を支払って即時解雇することしかできませんので、
「今すぐクビ」
というのも手続上無理。
婚姻関係が
「婚姻は自由だが、離婚は不自由」
といわれるのと同様、従業員雇用も
「採用は自由だが、解雇は不自由」
ともいうべき原則が働きますので、解雇は
「勢い」
でするのではなく、法的環境を冷静に認識した上で、慎重かつ合理的に行うべき必要があります。
では、スマートにクビを切るにはどのようにするかというと、従業員側から退職届を出してもらうことに尽きます。
さまざまな規制が及ぶ
「解雇」
とは、あくまで
「嫌がる従業員を無視して、会社の一方的意思表示により雇用関係を消滅させること」
を意味します。
すなわち、会社の一方的都合でラディカルな行為が行われるから、さまざまな解雇の法規制が働くのです。
他方、従業員が自主的に雇用関係を消滅させることは全く自由であり、そのような形での雇用関係の解消には法は介入しません。
男女の交際関係を上手に解消する手段として、
「こちらからフるのではなく、相手に愛想を尽かせて相手からフらせるようにもっていけ」
なんて方法が推奨されることがありますが、雇用関係の解消もこれと同様に進めれば、カドをたてず所定の目的を達成できる、ということになります。

モデル助言: 
横領か詐欺かの議論を法的に煮詰めて、ネコババされた300万円について刑事告訴。
といっても、死人やけが人が出てれば格別、警察もこの手の問題は多すぎて手が回らず、下手すりゃ時効直前まで捜査されずに放置されることだってあります。
「告訴状を提示して基準監督署から除外申請をもらって即時解雇」
とうまく事が運べばいいですが、除外申請が出るまで時間がかかったり、除外申請が出なかったりする場合もある。
給与全額払原則があるので、未払給与については、損害である300万円と相殺はできませんので、損害賠償は、正式解雇に至るまでの未払給与をいったん支払った上で、民事訴訟を提起して勝訴してから、となります。
無論、勝訴しても安岡が無一文だと取りっぱぐれになります。
ま、悔しいのはわかりますが、一番いいのは、
「解雇」
にこだわらず、相手から退職届を徴収して、自主的辞めてもらうことでしょうね。
早急に面談し、
「退職届を書けば受理する。
いったん認めた事実を覆し、労働者の権利に借口して、長期に不当な争いをしかけてくるのであれば、こちらとしてもそれなりの法的措置を取らざるを得ない」
といって辞めてもらう方向で説得することでしょうね。
その際、未払給与や退職金等はいったん現金で相手に手交し、その場で損害賠償の内金として領収しておけば、相殺したことにはならないので、合理的に損害回復することも可能です。
最後に、
「脅迫された」
などといわれないよう、この種のやりとりは、安岡の承諾を得て、録音等をしておいた方がより安全ですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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