企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
株式会社テイクワン・ビル 社長 高田 潤一(たかだ じゅんいち、60歳)
相談内容:
先生おはようございます。
いつもステキな高田潤一です。
いやー、朝からいい男ですいませんね。
まあ、冗談はさておき、ちょっと聞いてくださいよ。
貸しビル業なんてオレでもできると思って、適当なことやっていたら、とんだ目に遭っちゃいまして。
いえね、昨年、知り合いからの紹介でオフィスのテナントとしてウチのビルに入ってきた会社があるんですよ。
オズマ商事株式会社っていうんですけどね。
オーナー兼社長の名刺には、
「武者小路♂将」
なんて書いてある。なんすか「♂」って。
私もいい加減な人間ですが、こんなスットコドッコイはじめてですよ。
とはいえ、古くからの知り合いからの紹介でしたし、法人契約で入居させることとしました。
そしたら、この会社、入居して2ヶ月したら家賃を滞納しはじめるわ、何やら妙な造作を勝手に付け始めるわ、騒音は出すわ、どうしょうもない状況だったんです。
それで仲介した知人を通じて、オズマ商事との間で示談をして、先月末までに明渡すという約束を取り付けたんです。
ところが、期限になっても出ていく様子がないので、オフィスを見に行ったら
「NPO法人 ♂義士団♂ 本部」
なんてプレートが貼ってある。
武者小路と話をしても、
「明渡しの示談は法人であるオズマ商事株式会社との話でしょ。
会社が借りていた部分は明け渡しますが、私が個人として借りている部分や別法人の♂義士団♂が借りている部分はそんな話知りません」
なんて言いぐさです。
こういうスットコドッコイをギャフンと言わせる、適当な方法ありませんかねえ。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:個人と法人は法律上別人扱
一般社会では、人というと、
「手足があって、目があって、耳があって、口があって・・・」
というものですが、
「法人」
というのは、グループ(社団法人)や財産の集まり(財団法人)に過ぎず、現実には影も形もないものです。
法律の世界では、脳や体はなく、会話や挨拶ができなくとも、ひとかたまりのゼニが存在し、そこに権利を移転し義務を負担させられるのであれば、「人」並に扱うことに何ら問題はないとされます。
このような観点から、
「組織であれ財産の集まりであれ、ゼニさえ持たせられれば『人』並みに扱う」
というフィクションが構築され、法律上の人格をもつべきモノとして、
「法人」
という概念が出来上がりました。
法人でもっとも身近なのは株式会社です。
株式会社は営利追求目的で集まった株主のグループに過ぎませんが、法律上
「営利社団法人」
として、株主とは別個の「人」として扱われます。
一般の中小零細企業では、株式会社といっても、現実には株主はオトーチャンひとりだけで、個人事業と何ら変わりありませんが、それでもやはり法律上オーナーの株主トーチャンとは
別「人」扱
となります。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:法人格否認の法理
こういう建前を貫くと、高田さんが遭遇したケースのように、
「オーナーと法人は別人だから、オレには関係ない」
「A法人とB法人は別人だから、こっちの法人はそんな義務知らねえ」
などの詭弁を弄する輩が出てきて、不都合・不公平な事態が生じます。
こういうことから、あまりにひどい場合は、
「法人格が全くの形骸に過ぎない場合、またはそれが法の適用を回避するために濫用されるが如き場合においては、法人格を認めることは、法人格なるものの本来の目的に照らして許すべからずものというべきであり、法人格を否認すべき」(最高裁昭和44年判決)
等とされます。
「法人格を弄ぶスットコドッコイ野郎に対しては、法人だろうが個人だろうが関係なく義務や責任を負わせるべし」
という粋な計らいは、法人格否認の法理と言われ、法律家の世界では非常にメジャーな法理です。
しかしながら、このような伝家の宝刀がブンブン振り回されると法人格概念が崩壊するということも懸念され、最近では、この法理の安易な使用を制限する動きも出てきています。
モデル助言:
まず、こういうケースに備えて、武者小路♂氏に対して、連帯保証を取っておくべきでしたね。なんだったら、その仲介者からも連帯保証を徴収しておいてもよかったんですよ。
「こんないい加減そうな野郎を紹介するんだったら、テメエもケツをもて」
とか言ってね。
お話ししたとおり、法人格否認の法理というのは、裁判所がしょっちゅう認めてくれるようなものではありません。
実際、銀行が法人にカネを貸す場合、法人倒産後にオーナーやその親族を追い込む方法としては、こんなあやふやな法理に頼ることなく、あらかじめ約束させた連帯保証責任に基づきとっとと身ぐるみ剥ぎにかかります。
こういう抜け目のなさは皆さんもっと金貸しに学ぶべきですね。
とはいえ、本件はあまりに悪質ですから、裁判所を説得し、この法理の適用を認めてもらいましょうか。
今後、さらに別の法人や素性不明の人物が出入りして占有を主張することもありますから、保全処分を実施してから早速訴訟を提起しましょう。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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