00096_企業法務ケーススタディ(No.0050):大手企業との共同開発に気をつけろ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社明石水産 社長 杉本 高史(すぎもと たかし、52歳)

相談内容:
先生、今回の件は当社の社運がかかっておりまっさかい、よろしゅうたのんますわ。
昨年、当社が生きたままの秋刀魚を海水パックに入れて家庭に届ける技術を開発し、関西で大ヒットになったのは、先生も覚えたはりますでしょ。
あれですねん、あれですねん。
いえね、水産大手の森田水産はんが、
「当社も、魚の寿命が3倍に伸びすことのできる水を開発中です。
お互いの技術を持ち寄って共同開発し、配達地域を全国に拡大できるようにしませんか」
と持ち掛けてきはったんです。
ゆうてみたら、当社は、関西の小さな企業。
天下の森田水産はんと組めるちゅうのは、夢のような話でっせ。
来週にも森田さんとこ訪問して、NDAちゅうんですか、要するに守秘義務契約ですわ。
あれを結んで、お互い技術を公開して、仲良うやりましょ、みたいな話になっとるんですわ。
でもね、ウチの専務がですな、まあ、ゆうたらコイツは商社マン出身ですねんけど、
「森田水産さんとこはエゲツナイことしはりまっさかい、よう注意しとかなあきませんで。
あそこは、ニコニコしながら、有望な中小企業に近づいて、ええもん全部かっさらっていきよるんですわ。」
とか、言いますねん。
そやさかい、話進める前に、先生に注意せなあかん点を聞いてからにしょう思いましてな、ちょっと寄させてもろたんですわ。
どんなことに注意したらええんでっしゃろか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:共同開発
共同開発とは、複数以上の企業(主にメーカー)の間において、得意な技術分野を持ち合ったり、不得意な技術分野を補完しあい、あるいは既存技術を出し合って新たな技術を生み出す目的で行われる企業間の技術交流・人的交流をいいます。
共同開発の一般的な流れで言いますと、まず、NDA(non-disclosure agreement、守秘義務契約)を取り交わし、保秘を前提として非公開の技術情報を相互開示し、共同開発の是非を互いに検討します。
共同開発がお互いの利益となるべきことが確認されれば、予算、人員、プロジェクト期間、開発ターゲット、成果物の取扱い、投資回収シナリオ等を決めていきます。
お互いの合意内容は、共同開発契約書として文書化し、取り交わすことになります。
共同開発契約の内容としては、開発段階の取り決めとして、開発費用、役割分担、既存技術の利用のルール等が、開発が成功した場合の取り決めとして、開発成果の帰属及び成果の利用・収益方法等が、それぞれ定められます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:共同開発契約における注意点
大きなメーカー同士における共同開発契約であれば、互いの法的武装力に格差はなく、不平等な契約になったり、騙したり、騙されたり、といったことはまず起こり得ないかと思われます。
問題は、設例(大企業と中小企業)のケースのように、契約当事者間に格差がある場合です。
中小企業においては、
「雲の上の存在とも言うべき大企業と共同開発できることで舞い上がっており、この種の経験値もなく、法的武装力ないし法的武装センスは皆無」
という企業も少なくありません。
他方、大企業においては、アホな中小企業が舞い上がっていて脇が甘くなっている状況を完璧に見抜き、
「共同開発」
という美名の下、事実上の技術収奪を図るケースがあったりします。
例えば、共同開発契約において、
「共同開発の成果については共有とし、相互に通常実施が可能。
共同開発の成果を実施する過程において必然的に利用すべきこととなる基礎技術については相互に無償で許諾」
などという条項を入れてしまえば、森田水産は
「共同開発成果の実施」
という大義名分の下、明石水産の開発技術を無償で利用できることになります。
こうなると、資本力に勝る森田水産は、技術優位性を喪失した明石水産など容易に駆逐することができようになります。

モデル助言:
まず、森田水産の
「魚の寿命が3倍に伸びすことのできる水」
ですが、仮にこんな水があったとして、御社の事業展開上、本当に必要なんですか。
そりゃ、確かに魚の寿命が伸びると、御社の技術と一定のシナジーは生じるでしょうが、今の日本の物流環境を前提とすれば、別に魚の寿命を3倍に延ばさなくとも御社の現状の技術で日本全国カバーできるでしょ。
海外への配達なんてこともあるでしょうけど、そんなのまだ先の話ですし、いずれにせよ、国内も満足にケアできていない御社にとっては不要不急の話のはずです。
御社が全国展開できないのは、資金と信用がないからであって、技術の問題ではないはずです。
舞い上がった状態で無目的に共同開発契約を取り交わすと、これが仇となって最後は森田水産に技術を収奪されるだけです。
森田水産は、御社の技術を使いたいだけであり、特殊な水の話は
「疑似餌」
だと思われます。
ですので、最初から、ライセンスなり販売提携なりという方向で話を進めた方がベターでしょ。
とにかく、共同開発という言葉に踊らされず、ゼロベースで冷静に検討し直すべきでしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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