企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
フォー・ビジネス株式会社 冬木 元雄(ふゆき もとお、57歳)
相談内容:
おかげさまで当社も今年で上場5周年を向かえますが、ちょっと前から当社の株式を「バク進」という仕手集団が買い集めていたようなんです。
先月になって、突然、バク進グループの代表が私に面会を求めてきたので会ってみたところ、会うなり
「梅田組から引っ張った借金が返せなくなって、御社株式5万株全部を梅田組の複数のフロント企業に押さえられてしまった。御社が代わりに借金を返してくれれば、助かるのだが・・・」
なんて言い出すんですよ。
梅田組と言えば、有名な指定暴力団じゃないですか。
困ったことになったとは思い、
「考えておきます」
と言ってその場は引き取ってもらったところ、昨日になって、いきなり電話がかかってきて、大声で
「いつまで待たすんだ、コノヤロー!!
梅田組にはもう借金返すからって話してんだぞ。
テメエとこにあるキャッシュからすれば端金だろ。
早く、払えよ。
断ったら、お前の会社だけじゃなく、大阪からヒットマンが飛んできて、お前ら役員全員、家族や愛人を含めてどうなるか知らねえからな!」
って脅されたんです。
このことを話したら、役員全員震え上がってしまい、
「当社の複数の子会社からコンサルとか企画発注とか適当な名目でバク進グループに資金提供しよう」
ということになりました。
命あっての物種ですし、死んでまで会社を守るなんてことはできませんしね。
万が一、株主総会で追及された場合に備えて、先生、何か説明のつく適当な理由を考えておいてください。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:株主の権利の行使に関する利益供与罪
日本の企業社会では古くからの悪習として、株主総会の進行の補助や妨害を行わないことの見返りとして金品を要求する特定の筋の方々(いわゆる総会屋。法曹業界用語では「特殊株主」などと言います)に対する利益供与が繰り返されておりました。
この悪習は、
「自社の体面を保ち、株主総会をトラブルなく済ませたい」
という経営者側の意向と、
「株主総会のスムーズな進行に協力することを収入源のひとつとしたい」
という特殊株主の意向が見事に合致し、これに
「どうせ、サイフを痛めるのは会社だから」
という経営者の無責任な姿勢が融合して産まれた、世界にあまり誇れない日本の企業文化です。
しかしながら、1981年の商法(現会社法)改正以来、このような利益供与行為は罰則をもって禁止されるようになり、その後さらに処罰範囲が広げられ、現会社法は、特殊株主が企業に対して利益供与を要求した段階で犯罪とする(会社法970条3項)仕組を設けるに至っています。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:蛇の目ミシン事件
ある仕手集団が88年から90年にかけて蛇の目ミシン工業株式を買い占め、同社の経営陣(当時)に対して高値引き取りを要求し、融資名目で約300億円を脅し取ったり、蛇の目ミシンに子会社の債務保証をさせる等した事件が発生しました。
仕手集団元代表自身は恐喝等の罪で懲役7年の実刑判決が確定しましたが、その後、
「この事件が原因で会社が巨額の負債を抱える等の損害を被った」
などとして、蛇の目ミシン工業の株主が、当時の社長ら旧経営陣5人に対して、同社へ939億円の損害賠償をなすよう求めた株主代表訴訟が提起されました。
東京地裁(1審)も東京高裁(2審)も、金員の要求が生命に関わる暴力的な脅しであった点を重視し、
「やむを得なかった」
として旧経営陣らの責任を否定しました。
ところが、最高裁判所は
「経営陣には株主の地位を乱用した不当な要求に対し、経営者は法令に従った適切な対応をする義務があった。恐喝行為について警察に届けず、会社が巨額の損失を被るような理不尽な要求に応じた」
旨判示し、取締役の責任を認めました(東京高裁に差戻しされた後、損害賠償額は約583億円で確定)。
モデル助言:
そもそも、御社が株式を公開している以上、自社株式が誰の手に渡ろうが、会社にとっては無関係な話です。
教師も警察官もヤクザも、みんな株を買える。
これが株式公開というものですから。
もっとも、金融商品取引法に違反する違法な買い占めなど買い集め段階での違法行為があったり、株主総会でルールを無視した進行妨害をするなど株主権行使段階での違法行為があれば、それは別途法律違反になりますが。
好ましくない方が株主になったからと言って慌てる必要などそもそもなく、平常心で日々の経営にあたり、株主からの必要なご要望は株主総会で聞けばいいだけです。
今回のように、株主から身の危険が迫るほど脅されたのであれば、それは経営問題ではなく刑事事件です。
取締役会で何時間話し合っても答えなど出ませんので、とっとと警察に行くべきです。
え、警察に行くのも怖いって?
それほど怖いなら、社長なんか辞めてしまえばいいんですよ。
取締役なんていつでも辞任できるわけですから。
ま、すぐに告訴状書いて一緒に警察行ってあげますから、ちょっとしっかりしてくださいよ。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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