00109_企業法務ケーススタディ(No.0063):課徴金納付命令審判手続はとりあえず争っておくべし

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社トリビアン 会長 棚橋 勝美(たなはし かつみ、47歳)

相談内容: 
先生、昨日、ウチの会社宛に
「課徴金納付命令にかかる審判手続開始決定書」
ってのが、郵送されてきたんです。
ちょっと前に証券取引等監視委員会の検査で
「開示書類として提出した決算書の数字がおかしい。
会計方針が不当な変更により資産が過大計上され、純資産額が粉飾されている」
といった指摘を受けたことがありました。
ま、利益が少なかったので、株主をビックリさせてはいけないと思って、会計方針を少しイジったのですが、そんな目くじら立てるようなものじゃないし、会計士さんからも継続性の原則の範囲内ということでお墨付きをもらっていました。
その後、証券取引等監視委員会から金融庁に対して課徴金納付命令発出の勧告が出されちゃって、これらの経緯は取りあえず開示しておきましたが、ついこの間の株主総会が平穏無事に終わったこともあり、すっかり終わった話だと思っていたんですよ。
争ったってどうせ勝てっこないし、それに長期間お役所とで争っていても外聞が悪い。
何より、そのために株価が下がったら株主に迷惑がかかるじゃないですか。
メインバンクや証券会社の担当者に聞いたら、
「課徴金は刑罰でないし、前科にならない。
江戸の仇を長崎で討たれるってこともあるので、お上とのケンカは良くない。
大した額ではないから、とっとと払って、この件は早く終わりにしたほうがいい」
という意見です。
先生、どう思います?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:金融商品取引法が定める課徴金制度
課徴金制度とは、法令違反行為を行った者に対し、
「行政罰」
としての金銭的負担を課す制度ですが、金融商品取引法のほか独占禁止法においても定められているものです。
インサイダー取引など悪質な法令違反行為に対しては、従前から懲役や罰金など
「刑事罰」
による制裁システムが存在しました。
しかしながら、
「刑事罰」
を発動するためには、裁判手続において厳格かつ慎重な立証が必要で、最終的な解決までに何年もかかってしまいます。
金融商品取引法令違反行為の是正にこのように煩瑣で面倒な手続を逐一履践していては、適時に罰すべき行為が放置されることになり、日々発展し変化を遂げる証券取引におけるモラルハザードが助長されかねません。
そこで、違反行為に対して簡単かつスピーディーに金銭的なペナルティを課して金融商品取引秩序を維持すべく、平成17年の証券取引法改正(その後金融商品取引法に制度承継)により
「行政罰」
たる課徴金制度が導入されました。
「簡単かつスピーディー」
と言っても、曲がりなりにも、企業に対し一定の不利益を食らわす制度ですから、いきなり
「何時何時までに課徴金としてX億円を支払え」
という命令を下すわけにはいきません。
適正手続を保障する観点から、金融庁での審判手続によって違反事実の有無が審理され、これに基づき、課徴金納付命令発令の是非が判断されることになるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:IHI株主代表訴訟事件
金融庁は、有価証券報告書に虚偽記載があったとして、株式会社IHIに対し、平成20年6月に審判手続き開始決定をしました。
これを受けた IHIは、審判手続きで争わず、法令違反事実や納付すべき課徴金額を認める答弁書を提出したことから、金融庁は同年7月、約15億9千万円の課徴金納付命令を決定したのです。
ところが、その後、 IHIの株主が
「有価証券報告書の虚偽記載の発覚が原因で同社の株価が下落し損害を被った」
として同社に対して総額1億4千万円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。
IHIは、この裁判において全面的に争う姿勢を示したものの、
「虚偽記載の有無について長期間争えば企業価値が低下し、かえって株主のためにならないと思い課徴金納付命令を認める答弁をしたが、虚偽記載を認めたわけではない」等という相当苦しい弁解を強いられる羽目に陥っている状況です。

モデル助言: 
棚橋さんは、
「株主のため」
と考えて、金融商品取引法違反の有無を争わず、課徴金納付命令に異議なく従うことを考えているようですが、 IHIのように、後から株主が訴訟提起することもあります。
「確かに、金融庁の審判手続きで金融商品取引法違反の事実を認めたことはありますが、これは早く手続きを終わらせるための方便としてのウソなんです。実際は法令違反なんて一切ありません」
なんてカッコワルイ弁解をすることになりますよ。
審判手続きには弁護士を代理人として選任し、自己に有利な証拠も提出して徹底して争うことができますし、いったん、課徴金納付命令が発令された場合であっても、これをさらに裁判所で争うことだってできるんです。
どんなに状況が不利であっても、認めてしまったら最後です。
後日、株主からの賠償請求訴訟で、やられ放題になっちゃいますよ。
審判段階、さらにはその後の審決取消訴訟も視野に入れてとことん争うべきでしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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