00143_企業法務ケーススタディ(No.0098):休暇を与えて残業代をチャラにせよ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
東京テレビ製作株式会社 人事部長 斜見 信一郎(はすみ しんいちろう、37歳)

相談内容: 
テレビ制作会社の人事ほどつらい仕事はありませんよ。
世間は、不景気だ、不景気だ、と騒いでいるようですけど、当社のような番組製作会社は、不景気だからといって仕事の量が減るなんてことはありませんが、テレビ局からは、少ない予算で質の良い番組を作れ、なんて無茶なこといわれちゃって、ホント大変なんです。
で、こんな状況を知ってか知らずか、社長からは、人件費を削れ、無駄を省け、ってウルサイし、もうホトホト困っています。
スタッフはみんな、休暇も返上して不眠不休でがんばってくれているのに、今度は、社長が、
「どうせ、8時間でできる仕事をダラダラやっているんだろうし、ロクな仕事をしていないんだから、残業代をケチれ。
残業代を払うくらいだったら、代わりに休ませてチャラにしろ」
って無茶なこといいだす始末。
どうしろっていうんですか、まったく。
もちろん、スタッフを休ませてあげたいのはやまやまですけど、残業代ケチりたいから給料とバーターで休暇を与えるなんてできるはずありませんよね、先生。
社長に、
「そんなアホなこといっていると、労働基準監督署の手入れが入りますよ。
残業代くらい、きちんと払った方がいいですよ」
って教えてやってください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:平成20年度労働基準法改正
平成20年12月、
「労働者が、生活と仕事の調和を図り、かつ能率的な労働が可能となるような制度を整備する」
とのお題目で、労働基準法の規定が改正され、本年4月から施行されています。
改正のポイントは、主に労働時間に関する部分で、
1 1カ月の時間外労働の時間が60時間を超えた場合の割増賃金率を50%以上とすること(ややこしいのですが、「通常の割増賃金」と割増率と取り扱いが異なるので「上乗せ割増賃金」と言います)
2 「上乗せ割増賃金」部分を休暇に振り替える代替休暇制度の創設
3 有給休暇を「時間」で取得する制度の創設など
かなりメジャーな改正メニューとなっています。
今回のケースは、新しく創設された代替休暇制度が問題となります。
そもそも、雇用者が、1日8時間、週40時間を超える労働をさせる場合、労働基準法36条に基づいた、いわゆる時間外労働に関する労使協定を締結しなければなりません。
そして、当該時間外労働分については、従来、25%以上の割増賃金を支払うものとされていました(「通常の割増賃金」)。
ところが、今般の労働基準法改正により、1カ月の時間外労働の合計が60時間を超える場合、雇用者は、当該60時間を超える部分について、50%以上の割増賃金を支払わなければならないこととなりました(「上乗せ割増賃金」)。
整理しますと、今般の改正により、1カ月の時間外労働について、60時間を超えない分は25%以上の割増賃金を、60時間を超える部分については
「さらに」25%以上を「上乗せ」した割増賃金(合計50%以上)
を支払わなければならないこととされました(ただし、一定の資本金額に満たない中小企業には「当分の間」は適用されないこととされております〔労働基準法138条〕)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:代替休暇制度の創設
そして、今般の改正により、
当該「上乗せ割増賃金」部分
に関し、支払いに代えて休暇を付与する制度が新たに創設されました。
なお、これは、グッタリするほど長時間勤務した労働者に休暇を与え、リフレッシュさせるという労働者のための制度ですので、
「上乗せ」分を休暇とするかどうか
は、労働者の意向を踏まえることが必要となります。
すなわち、実施する上では、あらかじめ、労使協定をもって
「幾らの割増賃金」

「何日の休暇」
とするかなど、その換算率などを定め、その上で、就業規則に休暇の種類のひとつとして規定しなければなりません。

モデル助言: 
「忙しいときには死ぬほど働かせたい、残業代はあまり払いたくないし、ヒマなときには会社に来なくていい」
なんて、御社の社長のワガママぶりは、聞いて呆れますが、とはいえ、そんなワガママもある程度かなえることも可能ですね。
今回の労働基準法の改正により、残業代の割増率は、60時間を超えたあたりから一挙にハネ上がることになりましたので、繁閑の差が激しい業態の企業では、
「バカ高くなった残業代を、カネの代わりに休暇で払いたい」
というニーズが少なくありません。
御社のような企業にとっては、うってつけの制度といえますね。
もっとも、この代替休暇制度は、あくまで
「上乗せ割増賃金」部分を休暇に代える制度
であり、
「通常の割増賃金」は、原則どおり、カネで精算
しなければなりませんので、この点、十分注意してください。
割増賃金をもらうか、その分を休暇とするかは、あくまで労働者の選択によるものなので、無理強いはできません。
この点はきちんと意向聴取なり組合との協議なりを踏まえてくださいね。
ま、組合との協議の際には、私もお付き合いしますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所が提供する、企業法務の実務現場のニーズにマッチしたリテラシー・ノウハウ・テンプレート等の総合情報サイトです