00146_企業法務ケーススタディ(No.0101):債権譲渡禁止特約

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
大暮企画株式会社 大暮 三太 (おおくれ みつた、57歳)

相談内容:
聞いてください。
この前、弊社の取引先の明石屋産業株式会社ってところに、弊社のなけなしの銭を絞り出して500万円貸してやったんですわ。
ところが、返済期限を過ぎてもちっとも返してくれへんのですぅ。
弊社にも銭の余裕は全くないですから、
「遅い! 遅い! はよ返してくんなはれ~」
って、取り立てにいったんですぅ。
そしたら、明石屋産業の杉本社長から、
「オマエみたいな貧乏神から銭借りてもうたばっかりに、ウチまですっかり資金繰りがメチャクチャになってもうた。
少しでも悪いと思うなら、ウチが村上商事に対して持ってる売掛金が515万円あるよって、これで我慢しいや。
債権譲渡の通知は、ウチから出しておいてやるさかい」
なんて説得されて、結局、その売掛金を貰い受けたんですわ。
それで、
「まぁ、15万円得したわけだし、しゃーないわ」
なんて思うて、いざ村上商事に売掛債権の請求に行ってみたら、村上の社長から
「アホか。
この取引基本契約書をよく見てみぃ。
オマエは知らんやろが、ウチと明石屋産業との取引には、別個に基本契約があるんじゃい。
ここに『明石屋産業が村上商事に対して有する売掛債権は、譲渡できないものとする』って書いてあるやろ。
明石屋産業から確かに通知は来とるが、大暮企画を債権者と認めることはでけへんで」
ゆうて、まったく払ってくれまへん。
そんな約束があったなんて全然知りまへんでしたよって、エライ驚いて何もいえまへんでした。
いつの間にか明石屋産業は夜逃げしてもうたみたいやし、こりゃ、八方塞がりですわ。
何かエエ方法あったら、教えていただけんでしょか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:譲渡禁止特約とは
譲渡禁止特約とは、通常、債権者と債務者との間の契約で、(債務者の承諾なしに)債権を譲渡してもその効力を認めないものとすることを言います。
具体的には、明石屋産業(もとの債権者)と村上商事(債務者)との間で
「売掛債権は譲渡できないものとする」
と約束すると、明石屋産業は第三者に売掛債権を譲渡できなくなります。
その結果、村上商事から承諾のないまま明石屋産業との間で売掛債権を譲り受ける約束をしても、大暮企画(債権の譲受人)は当該売掛債権を取得することができないことになります(譲渡禁止特約の物権的効力)。
なお、取引基本契約書とは、当事者の間で個々に行われる取引に共通して適用される約束事を定めたもので、村上商事が示した取引基本契約の対象に含まれる限り、同社と明石屋産業との間の個々の取引に適用されることになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:債権の自由譲渡性
しかしながら、民法466条1項は
「債権は、譲り渡すことができる。
ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない」
として、原則として、債権は自由に譲り渡すことができる旨宣言しています。
これは
「信用流通を高め、金融資本主義を発展させるためにも債権は自由に譲渡されるべき」
というわけです(債権の自由譲渡性)。
そして、譲渡禁止特約の効力を定める同条2項は、その但書において、
「譲渡禁止特約は)善意の第三者に対抗することができない」
と規定し、譲受人(本件で言えば大暮企画)が
「譲渡禁止特約の存在」
を知らなかったのであれば譲渡は有効になるとしました。
この点については、かつ
「譲渡禁止特約の存在を知らなかった(善意)としても、知らなかったことに過失があれば、やはり債権譲渡は無効」
という議論もありましたが、通常の過失を超えた重大な過失のない限り、善意の譲受人は当該債権を取得することができるというのが裁判の趨勢です。
債権の自由譲渡性という原則を重んじ、譲受人の保護を重視しているものといえるでしょう。

モデル助言: 
大暮社長は、本件の売掛債権に譲渡禁止特約があることはもちろん、別途、取引基本契約が存在していたことすら知らなかったわけですし、明石屋産業から渡された売買契約書にも
「他に取引基本契約が存在していること」
を示す記載はないようですから、泣き寝入りはもったいないですね。
「そもそも知らなかったし、重大な過失などなかった」
として、徹底的に支払いを求めていきましょう。
「譲渡禁止特約の存在を知らなかったことに重大な過失があったかどうか」
は、最後は裁判所の判断となりますから、楽観的な見通しは禁物ですが、
「債権は自由に譲渡できるのが原則」
ですから、
「大暮企画に重大な過失があったこと」
は債務者である村上商事が立証しなくてはなりません。
ですから、明石屋産業が夜逃げしてしまったことも、それほど痛手ではありません。
もっとも、念には念を入れるということで、明石屋産業の杉本社長をこちらが先に見つけ出し、杉本社長の
「私は、譲渡禁止特約のことなど、大暮社長には何ひとつ説明しませんでした」
といった内容の宣誓供述書を貰っておきましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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