00165_企業法務ケーススタディ(No.0120):小売業者も安全確認が必要?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
日浦スーパー株式会社 代表取締役社長 日浦 勇吉(ひうら ゆうきち、38歳)

相談内容: 
ウチの系列のスーパーマーケットは、品揃え豊富な上に、同じ種類の品物でも、安いモノから高級品まで幅広く揃えることで、お客様のニーズに最大限応えてまいりました。
お陰さまで、全国の中都市に最低一店舗は展開する有名店となっています。
ところで、このあいだ、ウチの店舗から電気ストーブを買ったお客様から、
「このストーブを使っていたら、異臭がした、電気ストーブだから換気しないで使っていたら気分も悪くなって、しばらく入院することになってしまった。
入院費用くらいは損害賠償として払ってもらえないか?」
という苦情が入ったのです。
どうやらストーブの設計に問題があって、有毒なガスが発生したようなのですが、ウチの業態としては、ものすごく沢山の種類の商品を扱う関係上、商品をいちいち検査するなんてことはやる余裕もありません。
ウチとしても、業界の安全試験をクリアした商品かどうかは確認しているところですので、やれることはやっており、それなのに損害賠償を求められるなんて、ちょっと納得がいかないところです。
これって、ウチは払わなくてもいいですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:過失責任の原則
わが国においては私的自治の原則が支配しており、私人間の法律関係は、それぞれの個人が自由意思に基づいて形成できるとされています。
この原則を支えるものとして、過失責任の原則というものがあり、自分の意思に基づく行為(故意)や、あるいはミスによって(過失で)行ってしまった行為以外については、なんら責任を問われないという原則が採用されています。
過失責任の原則が存在することで、人々は、自由に行動することが保証されるわけです。
そこで、不法行為に基づく損害賠償責任を定める民法709条は、
「故意又は過失」
の存在を要求しています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「過失」の内容
それでは、
「過失」
とは具体的にどのようなものを意味するのでしょうか。
この点については、数多くの裁判例の積み重ねによって、
「損害の発生について予見できるとともに、予見する義務があった」
といえる場合であって、
「損害の発生を回避する義務があった」
のに、これを怠った場合には、過失がある、とされているところです。
交通事故に例えていえば、
「四つ角で、出会い頭に衝突する可能性を予測すべきであったし、予測することもできただろう、それなら、衝突を避けるために、ブレーキを踏んで、衝突を回避する義務があった。
それにもかかわらず、ブレーキを踏む義務を怠ったから、過失がある」
ということになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:小売業者の過失の有無
それでは、小売業者が販売した製品で事故が発生したケースでは、どのような場合に、小売店に過失があるとされるのでしょうか。
この点については、本件と類似の裁判例(東京高裁2006年8月31日判決)は、多種多様な製品を大量に仕入れて販売する小売業者の業態に配慮しつつ、
「その商品の性質、販売の形態、その他当該商品の販売に関する諸事情を総合して、個別、具体的に判断すべき」
としました。
問題となったストーブを5千台以上販売していた点や、ストーブの臭いについての苦情が20件以上あった点などを重視し同型のストーブが化学物質を発生させることが予見可能であるとともに予見義務があり、かつ、化学物質による健康被害の発生を防ぐ義務があったとして、スーパーマーケット側に過失があったと判断。
ストーブから発生した化学物質によって化学物質過敏症となった被害者への約555万円の損害賠償の支払を命じました(イトーヨーカドー事件)。

モデル助言: 
確かに、多種多様な種類の商品を大量に仕入れる小売業で、いちいち製品の安全試験を行うなんてやっていたら、商売になりません。
しかし、消費者から同一の苦情が複数入るような商品については、小売店の側においてもチェックを実施して、必要であれば販売停止などの処置をすることが、裁判所からは求められているわけです。
とはいうものの、消費者からのクレームが、お客様相談室などの当方が意図するところへくるとは限らず、例えば各店舗のレジや店長にクレームが来ると、その場限りで処理されてしまうことも考えられます。
今後は、消費者からの製品に関するクレーム情報については、忙しい現場でも一応の報告を本社に対して実施できるような、定型的な報告書式を作って配布した上で、クレーム内容を本社に報告するフローに関するマニュアルを作成するべきです。
その上で、本社のしかるべき部署でクレームの全てを管理する体制にして、製品の納入業者との情報交換や販売の一時中止、さらにはリコールの実施の決断等、事故発生の予防を積極的に行える体制の整備をしていきましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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