00167_企業法務ケーススタディ(No.0122):希少商品の倉庫内在庫が全部消失してしまった!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ピース缶詰株式会社 販売部長 吉俣 尚樹(よしまた なおき、30才)

相談内容: 
先生、
「想像してごらん、辛くなく、茶色くもない白いカレーを」
そうです、この度、当社は、新商品として、辛くなく、茶色くもない白いカレーの缶詰を販売したんです。
しかも、今回は特別に、
「辛くなく、茶色くもない白いカレー」
というシールを剥がすと、
「シチューだろ!」
ってツッコミが書かれた缶詰なんです。
とはいっても、実は、ピカリフーズから安価で大量に仕入れた缶詰で、中身もふつーのシチューと何も変わりないんですけどね。
先日、スーパー・アヤベが、当社の倉庫に保管中の缶詰のうち3000個分をいつものように安値で買いたたいて、いや買ってくれたんで、さっそく、倉庫に行って、3000個分に
「出荷待在庫(スーパー・アヤベ様購入済)」
ってラベリングをしたところ、その夜、倉庫に落雷があって、保管中の缶詰が落雷で発生した火事で全部溶けちゃったんですよ。
その後、スーパー・アヤベの競合先のスーパー・ノブシコブシに、別の倉庫に残ってた缶詰を売り込んだところ、担当者の吉村が
「これはイケる!」
って大量に発注してくれて、今では半年先まで品薄状態確定なんです。
そしたら、スーパー・アヤベも突然やる気になったのか、
「おいおい、こっち契約はまだ履行してねえだろ。
すぐに耳を揃えて持ってこい! 約束した値段で買ってやっからよ。
納品日に1日でも遅れたら損害賠償請求するぞ」
ってすごい剣幕で脅すんですよ。
ですが、スーパー・アヤベはバカみたいに値切ってくるし、正直付き合いたくないんですよ。
「注文した缶詰は全部溶けちゃったんだから許してね」
って言ってカンベンしてもらいたいんですけどね。
どうでしょうか、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:特定物と種類物
不動産や骨董品のように、その物自体の個性に着目し、世の中に1個しか存在しない物を取引の対象とする場合、その物を
「特定物」
といい、当該特定物の引き渡しを受ける権利のことを
「特定物債権」
といいます。
次に、フランスの赤ワイン12本、といったように、一定量の同じ種類の物を売買等の引き渡しの対象とする場合、その物を
「種類物」
といい、当該種類物の引き渡しを受ける権利のことを
「種類債権」
といいます。
なぜこのような分類がされるかといいますと、地震や台風といった誰のせいにもできない出来事により取引の対象となる物が滅失してしまった場合に、物の引き渡しを受ける権利はなくなってしまうのか、また、物の代金等はどうなるのかといった問題を、物の性質に応じて予め取り決めておく必要があるからです。
すなわち、
「特定物」
であれば世の中に1個しか存在しないので、滅失してしまえばその物の引き渡しを受ける権利は消滅することとなりますが、
「種類債権」
であれば、世の中に同じ種類の物が存在する限り、引き渡しを受ける権利は消滅しません。
この場合、物の引き渡し義務を負う側は、依然として同じ種類の物を引き渡さなければなりません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:種類債権の「特定」とその効果
もっとも、取引が一定程度進行すると、
「種類物」
を引き渡すための準備として、物を梱包したり、
「〇〇社宛」
といった名札を付けたり、といった作業を行い、最終的に引き渡す物を限定していくことになります。
その結果、実際に引き渡すものが確定することになりますが、この状態を
「種類債権の特定」
といいます。
では、どのような行為をすれば
「種類物」

「特定」
するのかが問題となりますが、
「家具屋で購入したベッドを自宅まで届けてもらう場合」
など、契約上、引渡先まで持参することになっている場合には、当然、持参先まで届けなければ
「特定」
はしません。
他方、契約上、
「ワインを倉庫まで取りに来る」
ことになっている等の場合は、
1 「種類物」を他の物と分離し
2 これを権利者に通知することで「特定」する
と考えられています。
そして、
「特定」
した後に当該
「種類物」
が滅失してしまった場合には、もはや同じ種類の物を引き渡す義務は消滅し、他方で、原則として、物の代金を請求する権利は存続することになります(債権者主義。民法534条2項)。

モデル助言: 
ピース缶詰さんの場合、今回の缶詰は
「特定物」
ではなく
「制限物」
と考えられ、いまだ
「特定」
もしていないようですので、世界に同じ種類の缶詰がある限り、死に物狂いで準備しなければ債務不履行として損害賠償責任を負う危険があります。
もっとも、今回の缶詰は、
「倉庫に保管中の缶詰」
と限定されているようですので、
「物の性質上、あるいは契約上、当初から一定の範囲に目的物を限定した種類物」
である
「制限種類債権」
と考えることもできますね。
「制限種類債権」
と認められれば、倉庫内の缶詰が全て滅失してしまった場合、ピース缶詰株式会社は、もはや同じ種類の缶詰を準備する必要がありませんし、滅失に責任がないのであれば、損害賠償責任を負うこともありません。
これで納得してくれなかったら、優越的地位の濫用とかなんとかで公取委に訴えれば引き下がりますよ・・・。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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