企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
ゼブラー運送株式会社 代表取締役 相加 鷲男(あいか わしお、50歳)
相談内容:
先生、何だか納得いかないことがあるんですよ。
確かに俺は、若い頃やんちゃしていましたけど、今では、故郷の徳島県を中心に、大型トラック5台使って、真面目に運送業を営んでいるんです。
でも、この前、ウチの若いのが、東京まで建築資材を運んでいる時に、東名高速で高速バスや乗用車と玉突き事故を起こしちゃいましてね。
まぁ、幸い、死者は出なかったものの、そいつが自動車運転致傷罪で逮捕されてしまったから、お陰で、そいつの“穴”を埋めるために、俺も含めて残った連中で運転シフトを倍にしなければならなくなったし、みんな、今まで以上に睡眠不足ですよ。
で、最悪なことに、そいつ、警察の取り調べで、
「シフトがきつく、いつも睡眠不足でトラックを運転させられていた」
とか余計なことをしゃべっているみたいなんです。
この前なんか、俺が警察署に呼ばれて、
「運転手の業務管理は一体どうなっているんだ!」
とか
「無理やり運転させていたんだろう!」
とかって思いっ切り怒られたし、マスコミに叩かれるは、クライアントからは大目玉を食らうは、もう踏んだり蹴ったりです。
運転中の事故の責任ったって、使用者責任とかっていう民事責任なんてのは知ってますが、刑事事件に問われるのは、事故った本人だけでしょ?
会社がとばっちり受けるはずないですよね!?
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:過労運転の禁止
道路交通法は、
「何人も、(中略)、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない」
と規定し、これに違反した者に対しては、
「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」
を科すなどして、過労運転等を禁止しています(道路交通法第66条、第117条の2の2第5号)。
「自動車」
というものは、時には数トンもの荷物を積んで、時速100キロ超で移動する鉄の塊なわけですから、ちょっとした体調不良や疲れがその運転に及ぼす影響は大きく、その影響が招来する事故の規模も、時としてトンデモナイ大事件となります。
そこで、法は、罰則を設けてまで、このような
「正常な運転ができないおそれがある状態」
での運転を禁止し、トンデモナイ大事件を未然に防ごうとしているのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:過労運転の下命
ところで、便利とはいえ、存在自体に危険をはらむ自動車ですから、その運転者だけに
「運転するときは体調管理をしっかりせよ」
といった義務を課しても、自動車の運転が会社の業務として行われているような場合には業務命令を拒否することもできませんので、これでは実効性を欠いてしまいます。
そこで、道路交通法は、自動車を実際に運転する
「運転者」
だけではなく、運送会社など、業務上、自動車を使用する(させる)者などに対しても、
「その者の業務に関し、自動車の運転者に対し、『過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転すること』を命じたり、これらの行為をすることを容認したりしてはならない(道路交通法75条4号)」
ことを義務付け、いわゆる
「過労運転の下命」
を禁止しているのです(これに違反した場合、「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」が科せられます〈道路交通法117条の2の2第7号〉)。
実際に、昨年の6月、大阪府茨木市の名神高速で2人が死亡するなどした玉突き事故で、
「大型トラックの運転者が、過労で正常に運転できない恐れがあると知っていたにもかかわらず、愛知県豊橋市から兵庫県たつの市への建材の運搬などを命じた」
として、勤務先である運送業者の所長らが、道路交通法上の
「過労運転の下命」
を理由に逮捕されるといった事件が発生しております。
この事件では、大型トラックの運転者は、週のうち6日間は1日約700キロの運転をし、車内での寝泊まりを余儀なくされていたとのことで、業務管理上の問題も指摘されております。
モデル助言:
「過労運転の下命」
は、2007年9月の道路交通法改正によって、それまでの
「1年以下の懲役又は30万円以下の罰金」
から
「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」
に一気に厳罰化されていますし、もはや、
「運転の際の体調管理は自己責任。事故を起こすのも自己責任」
として言い逃れすることはできません。
ゼブラー運送さんも、随分、無茶な運転シフトを組んでいたようですね。
確かに、長距離トラックの運転手が体力商売だということも、他の運送業者との競争に勝ち抜くためにはやむを得ないということも理解できます。
しかし、今回の件はこっぴどく怒られただけで済んだからいいものの、逮捕された従業員の“穴”を埋めるために、さらに運転シフトを倍になんかしたら、今度こそ、ホントに
「過労運転の下命」
を理由に逮捕されますよ。
早く、新しい従業員を募集するなどして、業務体制を改善してください。
それと、あまり過酷な業務体制を継続していると、今度は、労働災害の防止のための危害防止などを怠ったとして、労働安全衛生法違反として、労働基準監督署にもにらまれてしまいますよ。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
✓当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ:
企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所