00207_企業法務ケーススタディ(No.0162):抜け殻方式の会社分割で借金をうまいこと踏み倒せ!?

相談者プロフィール:
ミスタースポーツ株式会社 代表取締役 中嶋 一茂(なかじま かずしげ、47歳)

相談内容: 
先生、僕、最近、いいアイデアを思いついちゃいましてね。
今日は、僕のアイデアが問題ないかチェックしてもらおうと思って、相談に来ました。
僕の会社は、父がスポーツ用品の製造販売を始めたことからスタートしました。
会社を始めてすぐ、特に運動靴で人気が出て、一躍日本を代表するスポーツ用品メーカーになったことは、先生もご存じかと思います。
そして、父のときはスポーツ用品の製造販売だけでしたけど、僕の代になってからは、スポーツジムや最近だとスポーツカフェの経営も手掛けるようになりました。
ただ、サイドビジネスのほうは勢いで始めちゃったもので、不景気とも重なって、赤字続きになっています。
父が代表だったときは、景気も良かったし、業績はかなり良かったのですけどね。
でも、幸い、メーンのスポーツ用品販売部門は、定番商品もあるし、根強いファンもいて、問題はありません。
だから、今度、新しい会社を設立して、黒字部門を全部新会社に移した上で事業を続けて、赤字部門だけ元の会社に残して放っておけば、借金からは解放されるし、新会社で心機一転やっていけるんじゃないかなと思いまして。
われながら名案だと思うんですけど、先生、これできますよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:濫用的な会社分割
会社法では、会社分割のうち、既存の会社が、新たに設立される会社に、事業に関する権利義務を包括的に承継させる制度を
「新設分割」
と規定しています。
新設分割にあたり、旧会社は、新会社に対し、資産や負債の一部を承継させ、新会社から、資産に見合った株式を譲り受けます。
その際、承継させる負債は、旧会社の選択によって、旧会社に残る債権者と、新会社に移る債権者とに振り分けられ、好調な事業は新会社に承継させ、不振事業は旧会社に残すという振り分け方も可能になります。
しかし、旧会社には目ぼしい資産や有望な事業は残っておらず、対価として取得したのが換価可能性がほとんどない株式(非上場で譲渡制限が付いている)であれば、抜け殻状態の旧会社にしか請求できない旧会社の債権者が自己の債権の満足を図ることは困難です。
会社分割を行う上では、異議を述べた債権者が弁済や担保提供を受けられる債権者保護手続きが必要な場合があります。
しかし、前述のような旧会社の債権者は、新設分割後も、旧会社に対し、債務の履行を求めることができるため、債権者保護手続きの対象ではなく、異議を述べる機会はありません(会社法810条1項2号)。
このように、抜け殻方式による会社分割は、旧会社に残った債権者にとって、濫用的なものとなるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:詐害行為取消権
民法424条では、債務者が債権者を害することを認識しつつ自己の財産を売買するなどして積極的に減少させた場合に、債権者が裁判上その債務者の行為を取り消して財産を返還させることができるという、
「詐害行為取消権」
が定められています。
本件のような抜け殻方式の会社分割についても、旧会社の債権者が害されることになるため、詐害行為取消権の対象に含まれるか否かが議論されていました。
そして、最近、この問題について最高裁判決(最判平成24年10月12日金商1402号16頁)が出され、
「新設分割がされた場合において、新設分割設立株式会社(注:新会社)にその債権にかかる債務が承継されず、新設分割について異議を述べることもできない新設分割株式会社(注:旧会社)の債権者は、民法424条の規定により、詐害行為取消権を行使して新設分割を取り消すことができる」
と判断しました。

モデル助言:
抜け殻方式の会社分割なんて、いくら手続的に可能だからって、そんな虫の好い話は通用しませんよ。
ただし、中嶋さんのような場合、
「抜け殻方式」
とは似て非なる手法を使える可能性があります。
それは、財務内容が悪化している企業の収益性のある事業を、会社分割または事業譲渡により切り分け、新会社または既存会社に承継させ、不採算事業や債務が残った旧会社を、その後特別清算などを用いて整理することによる再生手法です。
抜け殻方式と異なるのは、分割後、旧会社は対価として取得した新会社株式をスポンサー企業への譲渡などにより現金化し、それを債務の弁済原資に充てるという手法をとることです。
また、スポンサー企業に継続する事業を事業譲渡し、その譲渡代金を債務の弁済に充てるという事業譲渡方式が使われる場合もあります。
結局、借金踏み倒しなんて簡単にできるものではないんですよ。
この手法だって、一定程度の弁済をすることになりますし、それによって債権者やスポンサー企業の理解を得ることが重要ですから。
ろくに借金を返しもしないで、自分は新会社で心機一転なんていう無責任なことはできませんよ。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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