00212_企業法務ケーススタディ(No.0167):消費者相手の契約はやりたい放題?

相談者プロフィール:
平成生命保険株式会社 法務部二係 係長 汀角 マキ子(ていすみ まきこ、46歳 )

相談内容: 
先生、今日は他の件のご相談と一緒に、この度改変しました約款をチェックしていただきたいのですが。
少し前に年金の未納問題が話題になりましたけれど、最近、契約者様の保険料不払いも問題になっていまして、約款を見直そうという話が出ていましてね。
具体的には、
「保険料の払込を怠った場合、5日間は猶予期間として待つけれども、それでも支払われなかったら、それ以上は催告なしで直ちに保険契約が失効する」
という条項を約款に盛り込もうと考えています。
払わない人はバッサバッサ切っていかないと、顧客管理コストも馬鹿になりませんから。
他の会社は、猶予期間を1か月くらい設けたり、催告とかしているみたいですけど、そんな面倒なことしていられませんよ。
それにしても、約款って便利ですね。
会社同士の契約交渉だと、相手方から
「この条項は不公平だ」
とか、やたらと難癖をつけて、せっかくウチに有利に作った契約書も大幅に修正しないといけなくなることもありますからね。
これが、約款だと、相手は素人の一般消費者ですし、そもそもあんな細かい字で書かれた書類なんて誰も読みませんから、いくらでもウチに有利にできます。
ということで、先生、やっちゃっても、いいですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:BtoC取引の特色
民法や商法では、取引を行う当事者は対等で、契約内容は当事者間の交渉で自由に決められることが前提とされています。
この原則は、一般人同士やプロの商人同士の取引なら当てはまるでしょうが、一方がプロの商人である会社、他方が商売に関してはド素人の一般消費者となれば、取引に関する情報量や交渉力に歴然とした差があり、一般消費者が無知に付け込まれて食い物にされるという事態も生じかねません。
このような実情に配慮して、BtoC取引(会社と一般消費者との取引)では、BtoB取引(会社同士の取引)とは異なり、一般消費者は保護対象ととらえられ、消費者契約法や特定商取引に関する法律等の特別法によってハンディキャップ解消策が与えられているのです。
ところで、設例に出てくる
「約款」
とは、会社が不特定多数の消費者とスムーズに契約を結ぶことができように、決まった型で事前に作った条項で、保険約款のほか、銀行取引約款、鉄道の運送約款等があります。
消費者は提示された条件に応じるか応じないかの二者択一となり、
「契約交渉」
なるものは想定されていませんから、会社に一方的に有利な内容が定められていることもあり、しかも、よくよく読まなければ気付かないようにサラッと書かれていたりするので、トラブルの元となっています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:消費者に不当に不利になっていないか
このような消費者のハンディキャップ解消策の1つに消費者契約法10条があり、
「消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、・・・消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」
と定められています。
どのような場合が
「消費者の利益を一方的に害するもの」
にあたるかはケースバイケースですが、生命保険契約約款に関しては、保険料の払込がなされない場合に履行の催告なしに保険契約が失効する旨を定める条項の有効性について判断した最高裁判例(最判第2小法廷平成24年3月16日)があります。
ここでは、
「1 保険料が期限内に払い込まれず、かつその後1か月の猶予期間内にも不払の状況が解消されない場合に初めて保険契約が失効し、
2 不払額が解約返戻金額を超えないときは、自動的に保険会社が保険契約者に保険料相当額を貸し付ける形にすることで契約を有効に存続させる条項があり、
3 実務上の運用として、不履行があった場合は契約失効前に督促を行うときに、消費者契約法10条に当たらず無効とならない」
と判断されています。

モデル助言:
この判例では契約が有効とされましたけど、これで安心してはいけません。
この件では、1回の不払ではなるべく失効しないように他の規程等によって配慮されていました。
逆に、本件のように猶予期間が短く、契約が失効しないように配慮した規程がない場合、生命保険契約の失効が契約者にとって死活問題ともいえることから、
「消費者の利益を一方的に害するもの」
とされる可能性はかなり高いですよ。
そもそも、約款だからといって、一般消費者の無知に付け込んで、ここぞとばかりに会社に有利な条項ばかりを入れるなんて、
「消費者は保護対象である」
という消費者法のポリシーとは真っ向から対立しますからね。
今回の契約の失効に関する条項のほか、例えば、会社の損害賠償責任全部を免除する条項や、法外な違約金を設定して事実上消費者に中途解約できないようにさせる条項等は、無効とされる可能性があります。
最近、このような会社に一方的に有利な内容の約款について、訴訟が起こされるなど、約款を巡るトラブルが相次いで起こっていますから、 BtoC取引では、通常の商取引の感覚で会社の利益追求をするだけでなく、消費者法の観点も見落としてはなりませんよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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