00230_企業法務ケーススタディ(No.0186):ヘマをした従業員に、損害賠償請求だ!?

相談者プロフィール:
トリプル・ジェイ・ロジスティックス株式会社 法務部 海女野 玲奈(あまの れな、30歳)

相談内容:
弊社は、貨物運送業を営んでおりまして、業務用車両を50台ほど所有しております。
実は、弊社の従業員の足立が、アームを伏せないままクレーン車で大型のユニットハウス(取引先のモノ)を運搬中、歩道橋にアームを衝突させちゃって。
なぜアームを伏せなかったのと聞くと、ユニットハウスが荷台からはみ出ていて、その状態では道路に出られなかったというんです。
で、アームを伏せないままドッカンと。
そのせいで、弊社は、破損したユニットハウスの修理費アームの修理費などで、計170万円も支出せざるを得なくなったんです。
弊社は零細企業で、赤字経営が続いている状況なので、車両保険等には加入してません。
足立は数年前に業務中に追突事故を起こしたことがあります。
でも、今回は
「取引先でユニットハウスを積んで1時間で目的地まで運んでくれ」
というかなり厳しい条件で、人も足りなかったので、急遽足立に頼まざるを得ず、足立1人で積ませました。
今回の件で、足立が
「私のミスです。損害は給与から天引きしてもらって異存ありません。ただ、月3万で勘弁してください」
といったので、弊社は、足立の給料から毎月3万円を差っ引いてます。
しかし、最近足立が
「やっぱり生活が苦しいので、天引きを止めてくれ」
と言い出しました。
どうしましょうかねえ。  

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:民法の建前
民法715条1項では、
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」
と規定しています。
これは、使用者は、被用者を使用して自己の活動範囲を拡大し利益を得ているのだから、事業の執行について被用者の行為により被害者に損害が生じた場合には、使用者にも賠償責任を負わせるのが公平である、との考え方(報償責任)によるものです。
この趣旨からすると、企業が従業員のヘマで迷惑をかけた相手方に賠償するのは、
「本来、従業員が自分で負担すべき賠償責任を、企業が代わりに、負担してやる」
というタイプの責任の取り方(代位責任)ということになります。
実際、民法715条3項では
「前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない」
と規定していますので、本設例で、会社が、ヘマをして損害を発生させた足立に賠償請求するのは何ら問題なさそうです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:従業員の責任制限の判例法理
ところが、最高裁判決(昭和51年7月8日判決)では、
「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合、使用者は、諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」
と判断して民法715条3項の明文の取扱を変えてしまいました。
最高裁が
「いかに代位責任とはいえ、企業から従業員への求償請求は無制限にはさせんぞ」
と釘を指す法理を構築したのは、報償責任の原理や危険責任の原理(会社はその指揮命令の下で働かせている以上、そこで生じる危険発生については使用者にも責任がある考え方)が背景にあるようです。

モデル助言: 
まあ、全額賠償させるのは難しいでしょうね。
今回の事故ですが、御社が足立に対して時間的に厳しい条件で急遽依頼したという経緯からすれば、ユニットハウスを積んだクレーン車を構内から円滑に出す必要があったのでしょうね。
足立がアームを伏せなかったこと自体はやむを得ない措置で、足立のみに重大な不注意があったと責めるのは酷でしょうね。
また、御社は、足立の事故歴を知っていたにもかかわらず、車両保険等加入を見直していなかったばかりか、そんな
「不注意で、事故歴のある足立」
に、補助を付けずに任せっぱなし、というのも問題ですね。
まあ、給与からの天引きで弁償させるといっても、総損害額の2、3割が限度じゃないでしょうかねえ。
それに、給与全額払原則(労働基準法24条)があるので、天引自体に問題がありますね。
御社は運送業者であり、事故等により損害が生じる高度の危険性のある業務を行って利益を得ていますし、赤字の零細企業といっても50台もの業務用車両を所有しそれなりの商売をやっているわけですから、従業員の指導監督や車両整備、それに車両保険等による賠償リスクの転嫁等をまずはきっちりやるべきですね。
とはいえ、取りあえずは、合意内容を文書にすることを前提にして、割賦額を1万円とか2万円とかに見直して、足立から正式に文句をいってくるまでは、支払わせ続けましょうかねえ。
この種のミスは、いつまでも忘れずに引きずってもらって、常に注意するように丁寧に仕事をしてもらうべきですから。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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