00565_裁判所への「自己の事案認識」を売り込むセールスを展開する際に、認識しておくべき前提環境(ゲーム環境及びゲームルール)

石田鈍一さん側の代理人としてどのような行動を取るべきかにつき、まず訴訟に対応するための全体の指針をのべ、さらに、本件で問題となるべき点を個別に解説していきたいと思います。

これまで述べてきましたとおり、弁護士にとって本件解決のキーマンは裁判所であり、裁判所という
「お客さん」
をいかにこちら側に引き寄せるか、ということが活動のポイントになります。

優秀な訴訟弁護士であるほど、裁判とは裁判官をターゲットカスタマー(あるいはターゲティッド・カスタマー)として、
「自己の事案認識」
を売り込むセールスないしマーケティング活動であることを知っています。

裁判所の好むロジックや文書を用いて、こちらが認識している事実と裁判所に認識してもらいたい事実のギャップをどのようにして埋めていくかを考える必要があります。

弁護士の中には、正義や人権を振り回したり、相手方の主張の些細な矛盾や破綻を長々とほじくりかえしてはそのことで鬼の首でも取ったかのようになっている方がいますが、裁判官とすればこのようなことはどうでもいい話であって、この種の本筋とは無関係な場外乱闘を聞かせるとウンザリすることとなります。

裁判官としては、判決を下す上で必要かつ十分な情報と、その情報の合理性を基礎づける背景事情とを、早い段階で欲しています。

そして、
「その情報の合理性を基礎づける背景事情」
における合理性とは、社会常識と同義ではありません。

むしろ社会常識とは完全に異なる、
「合理的法律人仮説(筆者が勝手に呼称しているものです)」
とでも称すべき合理性が裁判官を支配していると思われます。

合理的法律人仮説とは、すべての人は、法的合理性と経済合理性にしたがって行動するはずである、とする仮説です。

例えば、保佐や後見の処置をしていない認知症の進んだおばあさんが1億円のリフォームを発注し、契約書が締結され、リフォームの工事が完成し代金が支払われたとします。

この場合、社会常識からすると、当該発注はおばあさんの意志ではなく、明らかに業者の詐欺です。

ですが、裁判官を支配する合理的法律人仮説によると、

  • 意思能力に問題や不安があれば保佐や後見の措置を取るのが普通であり、認知症のまま放置されることはあり得ない。
  • 保佐や後見の措置を取っていないおばあさんは、取引の意思決定において完全性に欠けるところはないと思われる。
  • 人は、不要なリフォームを発注するはずなどなく、発注するからには、相見積もりをするなど、慎重に業者を選定し、十全に価格交渉を行い、請負契約を締結するはずである。
  • 人は、中味を読まずに契約書に署名押印するはずなどなく、契約書記載の条件すべてについて吟味し、不服があれば交渉の段階で異議を唱え、納得の上契約書を締結しているはずである。
  • 契約書に基づき互いの義務が履行されているのに、後からそれがおかしいとかいうのは公平ではなく、そういう後出しジャンケンやわがままを認めると、取引社会が崩壊する。

ということになります。

こういう考え方がひどいとか、矯正が必要とか、という話はあるのでしょうが、それは別の問題です。

訴訟弁護士にとって、上記はゲームを展開する上での所与条件であり、これをふまえて最適な行動をしなければならないのです(例えば将棋で桂馬を前に動かしたり、銀を横に動かしたりするとゲームが成立しないように、負けそうになったからといってルールの不当性を訴えても仕方がないのと同じです)。

上記のリフォームの事例ですが、
「合理的法律人仮説」
からするとひどい展開になりそうですが、だからといって絶対的におばあさんが負けるというわけでもありません。

おばあさん側の弁護士は、戦う上で、ハンディキャップを負担していることを認識しなければなりませんし、デフォルトの設定において不利な状況を覆すよう、さまざまな主張や証拠を用い、また裁判官にこちらのロジックを理解浸透してもらうよう、効果的な
「セールス」ないし「マーケティング」
をしなければならない、ということになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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