「霞が関文学」
という文芸ジャンルがあるのを皆さん、ご存知でしょうか?
「霞が関文学」
には、霞が関で働いている立派な官僚の皆さんがお使いになるような
「霞が関言葉」
がふんだんに使われています。
経済学者の竹内靖雄氏も自著の『日本人の行動文法』(東洋経済新報社)の中で、
「霞が関言葉」
を
「ありふれたことを滑稽なほどまわりくどく、もったいぶって表現する言葉」
と定義しています。
どんな感じかちょっとみてみましょう。
竹内氏も参考にしたカナダ人の日本語研究家、イアン・アーシー氏の論文から引用してみます。
【表 日常用語と霞が関言葉】
日常用語 | 霞ヶ関言葉 |
ゴミ | 一般廃棄物 |
ビジネス街 | 特定商業集積 |
これから農業をやりたい人 | 新規就農希望者 |
マザコン | 過度な母子の密着 |
外国語ブーム | 語学学習意欲の高まり |
クビになって職探しをしている人 | 非自発的離職求職者 |
みんな勝手にやればいい | 各主体の自主的対応を尊重する |
簡単な英会話ができるようにする | 外国人旅行者への対応能力を整備する |
普通のサラリーマンは家が買えない | 平均的な勤労者の良質な住宅確保は困難な状況にある |
転職しやすくする | 人的資本の流動性の拡大のため環境整備を行う |
エレベーターを入れる | 円滑な垂直移動ができるよう施設整備を進めていく |
家が狭くて子供が作れなくなっている | 住宅のあり方が夫婦の出生行動に大きな影響を与えている |
(出典:『中央公論』1995年5月号、イアン・アーシー著「『霞が関ことば』入門講座(前篇)」93ページ を元に筆者が作成)
ここまでくると人を笑わせるためにやっているとしか思えませんが、この徹底ぶりはさすがです。
「霞が関言葉」
を巧みに操るスーパースター級の人材が集積するドリームチームともいえる組織が、霞が関の官庁です。
そして、ほとんどの法律は、内閣提出法案、すなわち、霞が関の行政官庁に勤務する
「霞が関言葉」
の達人である官僚たちが作っています(ちなみに、皆の人気者という以外にさしたる取り柄がなくてもなれる、雑多の目立ちがり屋の集団である国会の議員さんが無い知恵絞って作った法律は、議員立法といわれますが、法案作成のプロからするとお世辞にでも出来がいいとはいえない代物が多いようです)。
ちなみに、
「霞が関言葉」
は、一朝一夕に出来上がったものではありません。
長年の歴史的な伝統に基づき形成されてきた
「匠の技」
ともいうべきものです。
例えば、第2次世界大戦における歴史的事実に関しては、
「ボロ負けの末の撤退」を「転戦」
と言い換え、
「敗戦」を「終戦」
と言い換え、
「占領軍」を「進駐軍」
と言い換えるなどして、ぶざまな失敗を取り繕い、隠蔽しようとします。
現在でも、各種“大人の事情”で、
「日米軍事同盟」を「日米安全保障体制」
と言い換え、
「国防軍」を「自衛隊」
と言い換え、さらに最近では、
「某国から発射されたミサイルを迎撃して撃ち落とす作戦命令」を「某国から飛来した“飛翔体”に対する破壊措置命令」
と言い換えたりするなど、涙ぐましいまでの姑息(こそく)な表現マジック上の努力を行い、事態をより分かりにくく、伝わりにくくするための
「匠の技」
が見事に伝承されています。
このように、法律という
「特殊文学」
は、普通の日本人が普通の日本語として読解しようとしても、理解できないような言葉が使われ、理解困難な文章が羅列されているのです。
こういう制作側のスタッフの方向性や制作現場の事情もあってか、法律はおよそ日本語ではない、読もうとする者を拒絶する、奇っ怪な文字の羅列として、不気味に社会を漂うことになるのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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