00770_紛争・有事状況のゲーム環境たる裁判システムを理解する1:期待はずれの裁判所

期待はずれの裁判所

多くの人にとって裁判所は知識も経験もなく、
「どんな人がいて何をやっているのか、さっぱりわからない」
という存在ではないでしょうか。

われわれ弁護士は、裁判官登用試験と共通の試験(司法試験)に合格し、裁判官と同じメニューでの実務教育(最高裁判所管轄下の司法研修所で行われる司法修習)を一定期間(私の時代は2年間でしたが、現在の修習期間は1年強にまで短縮されています)受けております。

また、弁護士は、裁判所に常日ごろ出入りしており、
「どんな人が働いていて、何が行われて、どうやったらうまく使いこなせ、どういうことが御法度で、こういう主張や証拠を提出すると裁判所の理解を得られるが、こういう物言いだと裁判所の不興を被り『たたりならぬ敗訴判決』を食らうか」
ということをある程度理解しています。

ですので、弁護士は、依頼者や相談者が持ち込む法的トラブルについても、事実の経過や証拠の状況をみれば、
「こちらの言い分を裁判所が認めてくれるのか・認めてくれないのか、あるいは裁判所主導での和解の話になった場合どの線で折り合いをつけてくれるのか」
ということについてある程度予測が立てられます。

「法的トラブルに巻き込まれて、生まれて初めて訴状と裁判所への呼出状を受け取ってしまった人」
や、
「『長い間生きてきて、こんな不当でインチキな目に遭ったことはない。ここは一つ、裁判とやらを起こして、相手方を徹底的にギャフンと言わしてやろう』と息巻いている人」
などの
「裁判ビギナー」
の中には、裁判所に異常なまでの高い期待を持たれる方がいらっしゃいます。

そういうタイプの人たちは、事件終了後、勝った人も、負けた人も、話し合いで解決した人も、みなさん一様に、裁判所への失望を露わにします。

曰く、
「なんでこの程度の事実を認めるのにこんな時間がかかるんだ」
「なんだよ、和解しろ、和解しろって。こっちは、判決くれって言ってんのに。あの裁判官、判決書くのが面倒だから、サボろうとしてんじゃねえか」
「裁判官ってあんなに冷たい人間だとは知らなかったわ。血も涙もないエリートってああいう人のことをいうのね」
「裁判官は、もっと、世情に長けていて、人情がわかる、大岡越前守みたいな人間がなるのではないのか」
「まったく、杓子定規に建前ばかりいいやがって。そんなごたあ、端から承知だってんだ。それで、坪があかないから、裁判起こしたんじゃねえか」
「怒り心頭に発した! 日本の司法は腐ってる!」
「なんだよ。文書だ、法律だって。世の中、紙や法律だけで動いてんじゃねえぞ」
と。

裁判官は、神でも天使でもない、ただの公務員

よほど能天気な方や仕事のできない方は別として、多くの弁護士は、訴訟を提起したり、訴えられた事件を代理して受任するに際して、依頼者に対して
「裁判所は、物事を証拠と法律を通じてしか判断できない役所なので、証拠もなく、法律的にも分が悪い事案で、過大な期待をしても難しいですよ」
と事前に十分な説明をしているはずです。

もちろん、前述の
「裁判所に過大な期待を有する裁判ビギナー」
の方も、弁護士から事件の見通しについてそれなりの説明を受けているはずです。

ところが、
「裁判所に過大な期待をする裁判ビギナー」
の方は、テレビや小説で得た断片的な情報を自分に都合よく解釈し、
「証拠とか契約書とかそういうツマラナイものがなくとも、裁判官様は、神の如き明敏な知性を以て何から何までお見通しで、天使の如く弱者を助けてくれる」
という妄想を強くお持ちになってしまうようなのです。

すなわち、こういうタイプの方は、自分がトラブル回避措置を怠ったこと(よく読まずに契約書に押印したとか、付き合いの浅い人間に契約書もなくお金や財産を預けてしまったとか)を棚にあげ、
「証拠がなくて、法律的に不利なトラブルでも、裁判所に行ったら、ナントカなる。いや、裁判官様がナントカしてくれるはずだ!」
と安易に考えがちなのです。

問題解決の第一歩は事実の正確な認識ですが、
「裁判所に過大な期待をする裁判ビギナー」
の方は、空想と現実を区別できず、弁護士の話を聞かずにテレビの情報を信じ、
「裁判」
への勝手な期待を膨らませてしまい、期待が大きすぎた分、その反動で裁判所に大きな失望を感じてしまうようです。

裁判官が大岡越前守ばかりだと社会は大混乱

たしかに、平均的な裁判官は一見すると
「世情に疎く、人情の機微がわからず、テレビの時代劇で登場する大岡越前守忠武や遠山金四郎景元のように上からズバッと鮮やかな物言いで解決をするのではなく、何かにつけ文書や細かい法律や判例を持ち出し、ボソボソとつぶやきながら、玉虫色の和解を勧めたがる、地味でやる気のない、ダメな公務員の見本」
のような印象を受けます。

ですが、見方を変えますと、
「『独断と偏見に基づき形成された独自の正義感』や『赤貧家庭に対する強いシンパシー』や『高級官僚や企業経営者に対する個人的忌避感』を職務遂行に色濃く反映させ、法律とか証拠とかに頓着せず、当事者の言い分や意向をまったく無視し、ロクに時間をかけずに大上段にバッサバッサと事件を処理していく強権的裁判官」
というのも、それはそれで大変です。

例えば、
「きちん締結した金銭消費貸借契約書を根拠もなく『インチキ』と一蹴し、オフタイムを利用して一方当事者の家庭に上がりこんでそちらの苦労話だけ偏頗的に聴取し、無令状で素姓を隠して違法捜査の限りを尽くし、最後は刺青を見せて一方当事者を恫喝して、法的に有効な貸金債務の存在にかかわらず借金を反故にしてしまうような裁判官」
ばかりですと、不安定な投資環境を忌避して海外マネーが大挙して逃げ去り、日本の金融経済は一挙に崩壊します。

地味だろうが、ハッタリが利かなかろうが、愛嬌がなかろうが、そんなことはどうでもよく、「私情を挟まず、当事者の言い分をよく聞き、法律と証拠をつぶさに検討して、ゆっくり時間をかけ、お互いの納得による解決を探ってくれる、法律解釈を専門とするプロの公務員集団」
がいてくれるおかげで、われわれは、法律に守られ、社会生活を安心して営めるのです。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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