00975_企業法務ケーススタディ(No.0295):M&Aのセルサイド(売り手)の交渉戦略

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年10月号(9月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」六十七の巻(第67回)「M&Aのセルサイド(売り手)の交渉戦略」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
脇甘商事株式会社 子会社 サニー・ギガ・エナジー社(「サギエナジー社」)

M&Aのセルサイド(売り手)の交渉戦略:
4年前に買収した連結子会社を買いたいという会社が現れました。
4期連続赤字決算の子会社を切り離す絶好のチャンスです。
相手方は、月内決裁であれば、簡易なデューディリでA4ペラ3枚程度の株式譲渡契約で3億円即金でいい、といっていますが、当社としては、たっぷり時間をかけ、慎重に事を進め、M&Aにふさわしい電話帳のような契約書を作るような正統なM&Aしか受け付けるつもりはありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:M&Aの意義と取引の流れ
M&A(Mergers and Acquisitions)は、
「企業の合併・買収」
に限らず、業務提携等のゆるやかな企業結合等も含めた意味として用いられます。
その経済的意義は、同じ市場における競合者を対象としたり(水平的統合)、自社の供給業者(例えば小売業にとってのメーカー)を対象とすること(垂直的統合)で、規模の経済や取引コストの低減等のシナジー効果を実現したり、事業の多角化または新規参入にあります。
M&Aは、一般的には次のような流れで行われます。
1.売り手と買い手の接触(M&Aアドバイザー介す場合あり)
2.秘密保持契約(NDA)の締結
3.当事者(主に買い手)によるデューデリジェンス(以下「DD」)
  買い手が対象企業の事業価値等を把握してM&Aの実施の可否や価格等の条件を決断すべく、財務DD(会計士による企業価値査定)、法務DD(弁護士による企業法務リスク調査)等
4.M&A取引を実現する際の契約書締結(株式譲渡契約書等)
5.クロージング(株式譲渡の手続きや代金の決済等を行って、M&A取引の履行を完遂)

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:買い手側の事情と表明保証条項
買い手としては、対象企業が上場会社でない限り、売主の協力なく対象会社の正確な情報を入手することはできません(情報の非対称性)し、上場会社であっても有価証券報告書等に適時に反映されていない情報もあり得ます。
そこで、買い手としては、DDを実施することが通常ですが、M&Aは限られた時間の中で限られた人員とコストの下で行われるものである以上、買い手が網羅的かつ正確な情報を全て入手して精査することは困難です。
そこで、情報の存否及び正確性を前提とした事項に関するリスクを売り手に転嫁するべく、株式譲渡契約書において表明保証条項を入れることが通常です。
表明保証とは、契約の一方当事者が他方当事者に対し、当該契約の目的物等に関する所定の事実が、所定の時点において真実かつ正確である旨を表明し保証するものをいいます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:買い手が買い急ぐ場合における、売り手が取るべき功利的なM&A交渉姿勢
売り手にとって最も有利な法的立場は、
「現状有姿で、売り逃げる」
ことに尽きます。
M&Aの契約書のボリュームを増やすことに比例して、売り手は売った後もさまざまな責任を負担させられることになりますので、分厚い契約書はあえて避けるべきなのです。
すなわち、会社内容が見掛けよりボロボロであろうが、見えざる債務や偶発的リスクが山のようにあろうが、保証など一切せず、
「発行する書類は代金の領収証だけで、その他の文書へのサインは一切拒否」
という状態こそが、売り手にとって功利的に最も正しい取引姿勢ということになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:M&Aのセルサイドとしては、「売り逃げ御免で、後は知らん」の態度を貫くべき
裁判例では、
「企業買収において資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから」、
「特段の事情がない限り、上記の原則(筆者注:私的自治の原則)を修正して相手方当事者に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないと解するのが相当である」
としています(東京地判平成19年9月27日)。

助言のポイント
1.M&Aにおける売り手が取るべき正しい交渉態度は、トランプのババ抜きゲームでババを引かせるが如く、「現状有姿で売り逃げ御免」です。
2.M&Aにおける売り手は、極力契約書を薄くし、負うべき責任や負担を骨抜きにしていくこと。
3.売り手のバーゲニングパワーが強大である場合、積極的説明義務を負う可能性もある。また、表明保証条項をよくチェックしておかないと、これにひっかかって、違約金請求等をされるリスクがあるから注意すること。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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