ところで、昭和の時代においてもそれなりに企業不祥事が発生し報道されていましたが、
「コンプライアンス」
という言葉が取り沙汰されることはありませんでした。
昭和の時代においては、企業にとっては、監督官庁こそが、法制定者であり、法執行者であり、紛争解決機関であり、神様であったのです。
監督官庁と緊密な関係を保っていれば、そもそも違反自体をガミガミ指摘されることはなかったのです。
万が一違反が明るみになっても、監督官庁が
「何とかしてくれる」
という状況でした。
企業の
「コンプライアンス戦略」
とは、法令や規制環境を調査することでも、法令遵守を徹底させるための教育体制やマニュアルを整備することでも、困った問題があれば弁護士に相談することでもありません。
前世紀における企業においては、
「何でも監督官庁によく相談すること」
こそが
「コンプライアンス」
だったのです。
しかしながら、護送船団行政システムが終焉を迎え、徹底した規制緩和が行われました。
その結果、監督官庁の立場・役割は、
「法を制定し、解釈し、運用し、紛争を解決するオールマイティの神様」
から、
「法令を執行するという単純な役割(とはいえ、これが本来の役割ですが)」
に変質することになったのです。
反面、企業の負荷は増えました。
「何でも気軽に相談できる面倒見のいい神様」
がいなくなったので、自前で法令を調べ、わからなかったらコストのかかる弁護士や法務部に聞き、さらに心配であれば面倒くさい事前照会制度(ノーアクションレター)を活用しなければなりません。
揉め事が発生しても、気軽に課長や局長に面会して泣きつくことはできず、費用を支払って弁護士に弁護してもらわなければならなくなりました。
役所の庇護から離れた企業は、法というものと正面から向き合うことが要求されるようになりました。
企業は、自らのコストで法令遵守ないし法に関連するトラブル一切を取り仕切ることが求められるようになったのです。
ここに至り、日本の産業界は、はじめて
「法令遵守は需要だ」
「これからはコンプライアンスだ」
「ビジネス弁護士はこいつが優秀だ」
「頼むんだったらこの法律事務所だ」
「法務部が必要だ」
「コンプライアンス室もいるぞ」
「インハウス(インハウスローヤー、社内弁護士)を採用しよう」
と騒ぎ始めたのです。
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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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