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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」、特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)
相談内容:
先生、とうとう、やられましたよ、ネットに。
いえね、
「ちりょナビ」
っていうサイトがあるんです。
ぐるナビの治療院版。
まあ、いってみれば、便所の落書きみたいなもんです。
業界では、いろいろ話題になり始めたようなので、私もこの間、ちょいと覗いてみたんです。
そしたら、
「ちりょナビ」
の、わが池井毛治療院の書き込みサイトがですね、
「七指圧子(ななしあつこ)」
というふざけたハンドルネームの奴に、ヤブだ、ヘボだ、臭い、不潔、待たせる、狭い、とかいって、ボロカスにけなされているんです。
ライバルの“捨馬(すてま)治療院”のサイトにいったら、清潔で、待ち時間なく、先生もスタッフもイケメン揃いで、やさしく、丁寧で、非常に良くなった、なんて書いてある。
こんなの、絶対、“捨馬”の野郎の、姑息で卑怯なやり口に決まってますよ。
ウチの家内の甥っ子がこの種のネット悪評対策を専門にやっているってんで、相談したら、なんですか、IT系つうんですか、六本木で遊んでいそうな、シャツのボタンをヘソのところまで外した茶髪のチャラ男が何人かでてきて、
「これ、フツーにヤヴァいっしょ。つか、名誉毀損っしょ。マジ、ハンパねえし。法律違反とか権利侵害だとかなんとか適当な理由つけて、発信者情報開示で脅せばパツイチですよ。あと、逆SEOで火消しするとか。ま、ざっくり500万円すね。ケチってたら、大変なことになりますよ」
みたいな、ことをサラリと言われ、それはそれで腹が立ってイライラMAXです。
気のせいか、患者さんも来なくなっているようで、先月は売上が落ちましたし。
どうすりゃ、いいんですかね。
ほんとアタマいたい。
どっか、いい治療院でクビでもほぐしてもらいたい気分ですよ。
モデル助言:
最近、ネットでの書き込みで、ディスられた、商売の邪魔された、ステマをやっている、といった悩みやトラブルが急増しているようです。
とはいえ、テレビや、壁の落書きのように、一瞬であっさり消すようなわけにはいきません。
じゃあ、消せないとなると、どうなるか?
そのサイトが消えてなくなるまで、半永久的にネット空間に、
「書き込まれた被害者」
にとって不愉快極まりない情報が漂い続けます(無論、ほっとくと、やがて検索エンジン下位に落とされ、事実上、目に触れない状態になります)。
不埒な書き込みによって、名誉や信用に加え商売にまで影響すると、やられた方としては、たまったものではありません。
なんとかしないと死活問題です。
ところが、一筋縄ではいかないのです。
この種の問題を解決しようと、様々な
「法律の壁」
にぶち当たります。
1つめの
「壁」
が
「言論の自由」
「見解表明の自由」(憲法上の人権としては「表現の自由」)
です。
この権利は、行政も裁判所もアンタッチャブルな、非常に重要な権利です。
この権利をおろそかにしてしまうと、国際社会から
「法の支配なき独裁専制国家」
とまで非難されかねない、そんな国家基盤そのものである人権なのです。
したがって、自由な民主社会を標榜する先進的で近代的な我が国では、この
「言論の自由」
「見解表明の自由」
を制度として、体制として保障することは、国是というか不磨の大典といってもいいほど、重要とされています。
無論、権利があるといっても、何をやってもいいわけではなく、
「他人に迷惑をかけないかぎり、何をやっても自由」
という限定ないし留保があります。
では、その
「迷惑」
の大きさや内実ですが、不愉快だとか心が傷ついたとか非常識や良識に反する、とう程度の
「迷惑」
では足りません。
日本国民のほとんど全員が
「そりゃ、ひでえ」
と思うくらい、明らかな権利侵害があり、しかも、その具体的事実のエピソードと明確な証拠と法的根拠が必要です。
2つめの
「壁」
が、
「書き込み者の特定」
です。
「法律と裁判を使って争い事を解決する」
という社会システムは、すべて、当事者が具体的に特定されることが前提となっています。
「裁判の相手は誰か」
を特定しないと裁判を始められないことになるのですが、この
「書き込み者特定作業」
は、警察も裁判所も一切協力してくれません。
また、電話会社やネット接続業者や掲示板運営会社も
「通信の秘密」
を守らないと法令違反に問われるので、一切協力しません。
そんなわけで、
「書き込んだ不逞の輩が誰か」
という至極単純な課題すら無力感に苛まれるような状況が待ち構えており、
「(莫大な時間と費用をかけた、冒険的な賭けをする覚悟があるならまだしも)効率的で経済的で効果が見込めるような方法は、まずない」
というのが現状なのです。
では、このような状況に対応するための具体的かつ現実的な方法としては、ないのでしょうか?逆SEOというのも1つの手ではあります。
壁の落書きの例でいうと、不快な落書きの周りに、もっと別の落書きをたくさん大書して、目立たなくする、という方法です。
とはいえ、カネがかかるのも事実であり、しかも抜本的な解決とまでは言えないところが難点です。
シンプルに考えれば、やられたらやり返す、ということが意外と効果的です。
すなわち、こちらも言論の自由、見解表明の自由を行使して、
「言い返す」
ということです。
この方法ですが、自社の公式サイトで、誰の目にも明らかな反論の材料(清潔の度合いを示す客観的なデータや、待ち時間や顧客満足度に関する情報)を整え、フォーマルでエレガントな表現で、
「そんなことは全然ございません。何か、別の意図でおやりになっているのでは?」
とやんわりたしなめることで、
「土俵を違えたケンカ」
にもっていくことでしょうか。
いずれにせよ、
「専門業者に、こんだけ払えば、絶対こうなる」
といった類の話はなく、現実的な相場観を前提に、時間やコストといった現実的な制約条件をもとに、
「正しい完全なゴールイメージ」
ではなく、
「よりマシな最善の状況」
を目指して、いくつかの戦略上の選択肢を組み合わせて、いろいろやってみるほかない、というのが現状での対処法です。
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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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