この
「M&A」
のどこがどう問題か、といいますと、
「企業の価値がはっきりわからない」
ということにつきます。
普通の取引をする際は、土地であれ、車であれ、機械であれ、だいたい相場というか時価というか、値段というものは
「世田谷のこの駅の近くにあるこの住宅地のこの土地であれば、だいたい坪これくらい」
「レクサスのこの型式の3年落ちの車輌であれば、だいたいこのくらい」
「このコピー機はだいたいこんなもの」
といった具合に想像がつきます。
値段がわからず、お互い値段をめぐって七転八倒するような厳しい交渉をする、なんてことはありません。
ヒトも同様です。
「こういう学歴・経歴で、こういう職歴のヒトなら、だいたい年俸これくらい」
ってことはある程度わかります。
ノウハウやソフトも同様です。
無論、ヒトやノウハウ等については、多少、一義的でないこともありますが、それでも、共通のモノサシがなく、お互い言っていることが噛み合わず、長期間かけて交渉するということは稀です。
ところが、同じ買い物であっても、買う対象が
「企業」
という一種の
「仮想人格を有する有機的組織」
となると、なかなかそういうわけにはまいりません。
無論、上場企業であれば、
「時価を前提に支配プレミアムを乗せると、だいたいこんなもの」
ということがわかります。
そんな値段が想像・推定しやすい上場企業ですら、TОBの後始末で株式買取価格が高いとか安いとかで年単位で延々と裁判をする例があったりします。
これが、上場していない株式会社の価値となると、まるでわかりません。
だいたい、決算書をはじめとした財務諸表すら、
「きちんとした会計上の真実が反映されたもの」
かどうかも疑わしい。
企業経営をしている方にとっては、自分が作った会社というのは、自分の息子であり娘であり、分身であり、自分の生き様そのものです。
そういう企業の価値となると、値段なんかつけられません。
まさしく
「priceless」
となり、期待する買収価格はとんでもなく高額になりがちです。
他方で、買う側は、事業経営者として買うにせよ、金融ブローカーが
「金融商品」
のような趣で買うにせよ、1円でも安く調達したい、ということになります。
そういうこともあり、M&Aは、単に
「企業を取引対象物とした取引」
であるにもかかわらず、モメて、モメて、モメ倒すのです。
初出:『筆鋒鋭利』No.0105-3、「ポリスマガジン」誌、2016年5月号(2016年5月20日発売)
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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