01624_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(15)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその9_(C)M&Aプロジェクトの全体的な戦略の合理性(ⅵ)_(e)正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する

物事を正しく進め、成果を出すためには、さらにいえば、M&Aのように
「常識が通用しない、イレギュラーでアブノーマルなプロジェクト」
を成功させるためには、正しい状況認識ができ、正しく目的が定められ、正しく課題がみつけられただけでは、まだ不十分です。

大きなプロジェクトを進めて成果を出すためには、ほぼ例外なく、ヒエラルキー(階層性)を有する組織集団において行われることになりますし、そこでは、指揮命令が適切に伝達され実施されることが必要になります。

大勢が集まって、階層と身分と規律と秩序を作り、役割分担と指揮命令の確実な実行を通じて、相互に相互を利用補充する関係の下、個人では達成し得ないような大きな成果を成し遂げる、ということが人間であれサルであれライオンであれ、一定の知能を有する動物はその有益性を理解し、実行することができます。

政府、企業、ヤクザ、警察、軍隊、研究機関、オーケストラ、チームスポーツと、どのような組織集団であれ、
「大勢が集まって、階層と身分と規律と秩序を作り、役割分担と指揮命令の確実な実行を通じて、相互に相互を利用補充する関係の下、個人では達成しえないような大きな成果を成し遂げる」
という普遍的な前提が機能してはじめて価値を持ちます。

このような普遍的前提がない、ただの人の集まりは、飲み会であり、フェスであり、ドラッグパーティーであり、暴徒集団であり、将棋倒しで圧死者が出る人混みであり、無意味無価値あるいは有害危険なものでしかありません。

しかしながら、産業界において、ガバナンス(企業統治)や内部統制という、この
「普遍的前提」
ともいうべき課題が
「課題」
として議論されるほど、現在、日本の企業においては、階層や身分や規律や秩序や役割分担や指揮命令や責任の所在があいまいになりつつあり、これが企業内部の重篤な病巣と化しています。

ここで、M&Aに話を戻します。

組織が大きくなると、コミュニケーションが悪くなり、これが大失敗の原因となります。

2017年3月現在、M&Aのしくじりで企業存亡の危機に陥るという大失態をやらかし、私のような
「企業しくじりウォッチャー」
であり、
「日本企業M&A失敗事例収集家」
に、毎日毎日、美味しいネタをたくさんご提供いただいている東芝ですが、この企業、M&Aでこんな失敗をしていたそうです。

WHが15年末に買収した原発の建設会社、米CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)でただならぬ出来事が起きた。105億円のマイナスと見ていた企業価値は6253億円のマイナスと60倍に膨らんでいた」「複雑な契約を要約すると、工事で生じた追加コストを発注者の電力会社ではなくWH側が負担するというものだ」「問題は担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していなかったことにある。米CB&Iは上場企業で、原子力担当の執行役常務、畠沢守(57)らは『提示された資料を信じるしかなかった』と悔しさをにじませるが、会計不祥事で内部管理の刷新を進めるさなかの失態に社内外から批判の声がわき上がった」「原子力事業全体の損失額は7125億円にのぼった。16年4~12月期の最終赤字は4999億円となり、12月末時点で自己資本は1912億円のマイナスだ。先達が営々と蓄積してきた利益が全て吹き飛ばされ、ついに債務超過に陥った。」(2017年2月21日付日本経済新聞「もう会社が成り立たない」~東芝4度目の危機 (迫真)~より抜粋)

無論、東芝は、日本を代表する大企業集団ですが、このドタバタの悲喜劇を見る限り、
「階層と身分と規律と秩序を作り、役割分担と指揮命令の確実な実行」
という要素がなく、もはや、ただの人の集まりと化しています。

古代中国で巨大帝国を築いた漢帝国は、人類史上最高と言われる社会システムを発明しました。

それは、官僚制度といわれるものです。

「共通原理をもち、これを言語化した共通言語とし、これを自在に操れる官僚による文書行政を通じて、広大な領土を管理し支配する、という画期的なシステム」
を、漢帝国は作り上げたのです。

ちなみに、この
「官僚制度」
すなわち
「識字スキルをもつエリートによる文書行政システム」
ですが、私の理解では、
「性悪説」

「性『愚』説」
を前提とするものと考えます。

人間は、皆、愚かか、邪悪か、その双方であり、バカなことや、有害なことをしておきながら、猫の粗相隠しがごとき、発覚露見しないようにするし、発覚露見しても素知らぬ顔をする。

しかし、文書という
「認識内容や意思内容が当該時点で固定され、時間と空間を超えて、保存格納される媒体」
を組織運営におけるすべての言動の伝達道具としておけば、文書を読解し把握する人間同士においては、責任の所在が明らかになり、バカな行ないや、有害な行ないができなくなり、組織がバカや犯罪者によってつぶされるリスクがなくなるし、事後検証によって、バカな行ないが逓減していく。

「担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していなかった」
「提示された資料を信じるしかなかった」
という東芝は、このような適切な官僚制や文書行政システム、さらにいえば、性悪説や性愚説を前提とした
「不健全な人間の不健全な思考を増幅して認識し、あぶり出す、という健全な思考」
ができるような知性を持った人間が経営陣に誰もいなかった、というのが一連の悲喜劇の根源的原因といえます。

では、東芝のようなアホな失敗をしないためには、正しい階層制と適切な組織秩序を前提とした組織において、どのようなコミュニケーションをすべきだったのでしょうか?

「正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する」
などという組織課題は、実はそれほど難しいものではありません。

それこそ、少年野球でも、高校生が部活でやっているサッカーチームでも、青少年の吹奏楽団でも、暴走族でも、ヤクザ組織でも、テロ組織でも、極フツーにできている事柄です。

ところが、企業集団が、普段やっているルーティンとしての営業活動から離れ、
「安くて、使える企業をみつけて、きちんと条件確認して、カモにされないようにして、エエ買いモンする」
といったプロジェクトをおっ始めると、途端に、暴走族や少年野球チーム以下の迷走集団に成り下がる、というのは不思議でなりません。

そこで、組織集団において、
「正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する」
という(ある意味、すごく簡単な)タスクの本質を整理し、確認しておきます。

命令は、受ける方より、発する方が、より大きな責任を負います。

大変です。

苦労します。

よく、新橋あたりの安居酒屋で、
「部長はいいよな。命令するだけだから。命令されて、実施するオレたちの気持にもなってくれよな」
なんていう、若手サラリーマンの
「愚痴」
が聞こえますが、まさしく
「愚か」で「痴れた」
発言です。

命令は正しくなければなりません。

正しい命令を企画発案・構築・表現するため、それこそ、社長や上司や管理職は、ものすごく神経を使っていますし、また、使うべきなのです。

間違った命令、狂った命令は、組織に害を与え、命令を発した者にも害を与えかねない帰結をもたらしますから。

間違った命令、狂った命令、あるいは
「多義的な解釈が可能で、現場で好き勝手やりたい放題に、柔軟な運営裁量を内包するような、曖昧で意味不明瞭な命令」
を出してしまうと、当然ながら、プロジェクトはビタ1ミリ動きません。

動かないどころか、真逆の方向に進んで、時間、コスト、エネルギー、機会といった貴重な資源が際限なく流出する事態に見舞われる危険すらあります。

その昔、我が国において、
「アジアのみんなが、仲良く、平和で、楽しく暮らせる、極楽世界のような、同盟関係を作っていき、国際協調・世界平和を推進しなさい」
という政治目標が掲げられ、現場スタッフである政治家、官僚、軍人たちに、この実現を命じられるべく一大プロジェクトが動きはじめました。

しかしながら、不幸なことに、この命令は、その高尚さのため、具体性がなく、抽象的で、いろいろな解釈が可能であり、ま、ぶっちゃけいってみれば、
「多義的な解釈が可能で、現場で好き勝手やりたい放題に、柔軟な運営裁量を内包するような、曖昧で意味不明瞭な命令」
とも言い得るものでした。

で、
「アジアのみんなが、仲良く、平和で、楽しく暮らせる、極楽世界のような、同盟関係を作っていき、国際協調・世界平和を推進しなさい」
という拝命を受けた軍人たちは、何をやらかしたか?

でっち上げの謀略のテロを実行して、その事件の責任を相手国になすりつけ、
「われ、よう、やってくれよったのぉ」
とばかりに因縁をつけ、押し込み強盗のように侵略をして、傀儡国家を作って事実上乗っ取ったり、あるいは、予告もなくいきなり爆弾を落としてケンカをふっかけるなどして、他国を侵略しまくりました。

国際協調の意義を理解され、平和主義者で厭戦思想をお持ちであった昭和天皇は、自分の想定とあまりに異なる現実が出現して、さぞ、驚かれ、嘆かれたことかと思います。

とはいえ、この歴史的事実をみても、
「多義的な解釈が可能で、現場で好き勝手やりたい放題に、柔軟な運営裁量を内包するような、曖昧で意味不明瞭な命令」
を出すことの怖さ、すなわち、プロジェクトが真逆に進展し、ついには、組織の資源が際限なく損なわれ、組織を崩壊させる事態すら招来する、という危険があることが理解できます。

ちなみに、昔、TPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement。環太平洋連携協定)是か非か、みたいな議論があちこちでなされていますが、その実、議論している人たちの9割くらいは、そもそもTTPってどういうものか理解していないような気がしますし、実体が理解されないまま、実現したときのカタチがよくわからないまま、いいとか悪いとか、という議論をするのも、極めて危険な感じがします。

私などは、
「TPPは、本来的な意味の大東亜共栄圏。侵略戦争抜きの大東亜共栄圏」
といってしまった方が理解しやすいのではないか、と思います(却って誤解が広がるかもしれませんが)。

「正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する」
というのは、少年野球でも、高校生のサッカーチームでも、青少年の吹奏楽団でも、暴走族でも、ヤクザ組織でも、テロ組織でも、極フツーにできている事柄である、と申し上げました。

しかしながら、こんな簡単な事柄も、やってみると、意外と難しく、
「ナメて適当な感じでやっていると、いつの間にか、企業が滅び、国が滅ぶ(実際、我が国は、約70年前に一度滅びました)」
くらい、エライ目に遭いかねない、極めて重要な課題である、とも申し上げました。

では、このビジネス上のタスク・アイテムである
「正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する」
とうものは具体的にどのように遂行・実践すべきなのでしょうか?

間違った命令、曖昧な命令を発して現場が勝手に解釈し本来の意図や想定と真逆のことをおっぱじめたりすると、大きなロスやダメージが発生し、命令を遂行した者が責任を問われ、恥をかきますし、そのような誤った命令や、
「広汎な裁量を与え、現場の無秩序な暴走を許し、結果として、好き勝手やってよい」
と無制限の暴走を許す帰結が想定されるような、曖昧で抽象的で多義的な解釈が可能な命令を発した者も、相応のペナルティは受けることとなります。

これら、
「アホなことをしでかした戦犯」
は、場合によっては組織を追われますが、それ以前に、組織自体が崩壊の危機に陥ります。

なお、少し前、日本を代表する国際的大企業(仮に、「T」といいます)においては、トップが、
「多義的な解釈が可能で、現場で好き勝手やりたい放題に、柔軟な運営裁量を内包するような、曖昧で意味不明瞭な命令」
を悪用して、無茶苦茶なことをしていた、という事件が発生しました。

この企業T社では、成績が悪く
「赤点状態」
であったのに、そのまま、スポンサーに報告すると、恥をかいたり、怒られたり、干されたりする、という恐怖感からか、成績の改ざんを上層部主導で行っていたそうです。

上層部は、部下から
「全社一丸となってがんばりましたが、残念ながら、経営環境が厳しく、赤字になっちゃいました」
という報告を受けましたが、これに対して、上層部は、
「チャレンジしろ」
という命令を出したそうです。

おそらく、この会社では、粉飾決算したり、そのための各種データ改ざんをするような
「法を破る」行為
のことを、
「チャレンジする」
という言い方をしていたようです。

スーパーの警備員奥さん、ダメでしょ。今、商品をカバンにこっそり入れたでしょ。それで、レジを通さず、そのまま帰ろうとしたでしょ。これ、万引きですよ。窃盗ですよ。犯罪ですよ。なんで、こんなことしたんですか? ダメでしょ!
万引きした専業主婦すいません。つい、出来心でチャレンジしちゃったんです。犯罪とか万引きとか盗みとか、そんな物騒な言い方はやめてください。まるで私が犯罪者みたいじゃないですか。『チャレンジ』しただけなんですから
警備員あんた、何いってんの。何、『チャレンジ』って。あんたのやったことは、ま・ん・び・き。盗み。窃盗。ちょっと前、ほら、近所の堀江さんのとこの奥さんも、出来心で万引きして、ワーワーグダグダいってましたが。最後は、裁かれて、おとなしく、服役されて、今また、元気にやってますよ。あんたも、往生際悪く、『チャレンジ』とか訳わかんないこといってないで、ほら、一緒に警察行きますよ

といった趣のものなのでしょうか。

「規範的障害を乗り越えて犯罪行為を実現する」
というのも、まあ、いってみれば、
「チャレンジ」
であり、このT社内の符牒(チャレンジ=法令違反を敢行する)は、ブラックジョークとしてはかなり秀逸ですが、命令は具体的で的確である以前に、正しくなければなりません。

じゃあ、どんな命令が、
「正しい命令」
なのか。

具体的で、
明確で、
現実的で、
定量的で、
達成したか否かを客観的に評価することができ、
シンプルで、
アホでもわかり、
勝手な解釈を許さないこと、

「正しい命令」
の要素といえます。

もっと、明解に説明しますと、以前にも紹介しました、
「SMART」基準
を充足するコミュニケーションメッセージです。

◆要素1:「S」pecific(具体的に):誰が読んでもわかる、明確で具体的な表現や言葉で書き表されている
◆要素2:「M」easurable(測定可能な):目標の達成度合いが本人にも上司にも判断できるよう、その内容が定量化して表されている
◆要素3:「A」chievable(達成可能な):希望や願望ではなく、その目標が達成可能な現実的内容である
◆要素4:「R」elated(経営課題をクリアしうる現実的な目標に関連した):設定した目標が職務記述書に基づくものであるかどうか。と同時に自分が属する部署の目標、さらには会社の目標に関連する内容である
◆要素5:「T」ime-bound(時間的な制約は必須):いつまでに目標を達成するか、その期限が設定されているもの

が、
「正しい命令」
です。

このような要素の一部または全部が欠落した命令は、正しくない命令といえます。

デタラメで適当で、具体的かつ現実的な観点で何を達成したいのか理解不能な命令は、正しくない命令といえます。

また、たとえ、美辞麗句がまばゆいくらいに散りばめられた格調高い文章で表現されていたとしても、抽象的で、意味不明で、指示内容が一義的でない命令や、難解さや高尚さのため命令を受けた実行担当者において何を期待し、何を義務付けられているか、さっぱりわからないようなシロモノは、正しくない命令といえます。

初出:『筆鋒鋭利』No.117、「ポリスマガジン」誌、2017年5月号(2017年5月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.118、「ポリスマガジン」誌、2017年6月号(2017年6月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.119、「ポリスマガジン」誌、2017年7月号(2017年7月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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