01649_法律相談の技法15_継続法律相談(2)_相談者と弁護士の役割分担を理解させ、相談者のタスクとして、「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化及び痕跡(資料や文書等)の収集・発見・整理」を宿題として課して、これを責任を以て完遂させる

継続法律相談のプロセスに入った際、まず、行うべきは、
1 詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化と
2 痕跡(資料や文書等)の収集・発見・整理
です。

まず、
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」、
すなわち、体験事実の言語化・文書化です。

事件遂行に向けて詳細な計画立案する上では、
「客観的なものとして言語化された体験事実を、5W2Hの各要素を明確にする形で想起・復元して言語化し、これをさらに時系列に従って整理・整序し、文書化して、事件処理のために活用できる資料として整備すること」
は絶対的に必要な前提となります。

ところで、自らが体験した事実ないし状況ないし経緯を、記憶喚起・復元・再現し、これを言語化し、記録化し、文書化する、となると、どえらい時間とエネルギーが必要になります。

例えば、皆さんは、5日前の昼飯のこととかって覚えています?
誰と、どこで、どのメニューを注文し、どの順番で、どんな話をしながら食べたか?
食後のデザートに何を選んだか? 
飲んだのはコーヒーか紅茶か、レモンかミルクかストレートか、おかわりをしたか?
おごったか、おごられたか、割り勘にしたか、傾斜配分にしたか?
勘定はいくらだったか?
とか、覚えていますか?

私は、別に認知機能に問題なく、東大に現役合格する程度の暗記能力・記憶力は備えているものの、自慢ではないですが、
「5日前の昼飯のこととか、そんなのいちいち覚えてるわけないやろ!」
と胸をはって言えます。

といいますか、仕事の関係で、食事は不規則であり、忙しくて昼飯をすっ飛ばしたり、朝食ミーティングがあれば、夜まで食べないこともあるので、昼飯を食べたかどうかすら、いちいち覚えていません(何度も言いますが、認知機能に問題があるわけではなく、あまりにどうでもいいというか、くだらないことなので、覚えていないのです)。

もちろん、
「がんばって5日前の昼飯のこと、思い出せ」
と言われれば、思い出せないこともありません。

それなりに、認知機能もありますし、記憶力や暗記力も平均以上だと思いますので。

スケジュールを確認し、前後の予定や行動履歴を、メールや通話記録をみながら、記憶の中で復元していき、手元の領収書や店への問い合わせや店が保管している記録を前提に、一定の時間と労力を投入すれば、状況を相当程度再現していくことは可能であり、さらに時間と労力を投入すれば、これを記録として文書化することもできなくはありません。

とはいえ、それをするなら、投入する時間や労力をはるかに上回るメリットがないと、こんなくだらないことに0.5秒たりとも関わりたくありません。

もともと、人間のメンタリティとして、
「過ぎたことは今更変えられないし、どうでもいい。未来のことはあれこれ悩んでも仕方ないし、考えるだけ鬱陶しい。今、この瞬間のことだけ、楽しく考えて、生きていたい」
という志向がある以上、
「過ぎ去ったことを調べたり考えたり、さらには、内容を文書化したりする、なんてこと、あまりやりたくない」
という考えは実に健全といえます。

さらにいえば、伝聞法則(「又聞き」「書面報告」といった、反対尋問のチェックを受けない供述証拠は証拠能力を認めない、という刑事訴訟法上の法理)の制度原理としては、
「人間の供述は、知覚・記憶・表現・叙述の各過程で過誤が介在する蓋然性がある」
という経験則を前提にしています。

平たくいえば、
「一般の健常者であっても、見間違え、記憶違い、言い間違い、ウソをつく(誇張したり、隠蔽したり)する」
という経験上の蓋然性がある、ということであり、さらにいえば、
「人間は、誰しも、認知症で、記憶健忘症で、言語障害を持っており、虚言癖がある」
という不愉快な現実がある、ということであろうと思います(病気としての知覚障害ないし認知症や記憶健忘症や言語障害や虚言癖は、一定の閾値を超えて社会生活上の困難が生じた場合を指すものであり、健常者の通有性としての各症状等との違いは、単なる程度問題に過ぎない、ということでもあろうかと考えられます)。

要するに、我々は、皆、健常者も病人も、程度の差こそあれ、
「知覚ないし認知が不全で、記憶健忘症で、言語障害を持っており、虚言癖」
を生来的に有しており、したがって、そのような欠陥を有した人間の知覚や記憶や叙述や表現を介在させて、過去の体験事実や状況等を確認するのは、非常な困難を伴う、という現実をわきまえておくべきです。

これは、私も経験上理解できます。

年齢が50を超えているという加齢の影響もあるかもしれませんが、普通に生活していて、まあ、見間違い、聞き間違い、認識違い、ど忘れ、言い間違い、大げさに言う、過小に表現する、といったことの多いこと、多いこと。

特に、10日前、5日前のことも、普通に忘れ去っています。

「一週間前の昼飯、何を食べた?」
と聞かれても、凍りついてしまい、まったく答えられないどころか、思い出すのも困難というか不可能です。

いえ、そこそこ年はとっていますが、認知症の診断もされておらず、東大出の弁護士で、立派な健常者です。

それでも、
「一週間前の昼飯、何を食べた?」
という簡単な体験事実の想起ができないわけですから、
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
となると、それだけで一大プロジェクトとなるくらいの難事です。

すなわち、
「がんばって5日前の昼飯のこと、思い出せ。思い出して、文書化できたら30万円あげる」
と言われたら、ヒマでやることないし、あるいは期限や他の予定との兼ね合いをみながら、少し小遣いに困っているなら、その話を受けるかも、という感覚です。

このような言い方をすると、
「でもそれって弁護士さんがやってくれるんじゃないの?」
というツッコミが入りそうですが、それは弁護士と当事者の役割分担の誤解です。

弁護士は、事件の当事者ではなく、事件に携わったわけでも体験したわけでもないので、事件にまつわる経緯を語ることはできません。

無論、事件経緯を示す痕跡としてどのようなものがどこにあるか、ということも、直接的かつ具体的に知っているわけではありません。

弁護士として、そのあたりのストーリーを適当に創作したりでっち上げたりすることはできません。

たまに、依頼者から
「思い出したりするの面倒なんで、先生、その辺のところ、適当に書いといて」
という懇請に負けて、弁護士が適当な話を作って裁判所に提出してしまうような事例もたまにあるように聞きます。

しかし、こんないい加減なことをやったところで、結局、裁判の進行の過程で、相手方や裁判所からの厳しいツッコミを誘発し、ストーリーが矛盾したり破綻したりしていることが明確な痕跡(証拠)をもって指摘され、サンドバッグ状態になり、裁判続行が不能に陥りかねません(「証人尋問すらされることなく、主張整理段階で、結審して、敗訴」というお粗末な結論に至る裁判はたいていそのような背景がある、と推察されます)。

弁護士は、
「記憶喚起・復元・再現し、これを言語化し、記録化し、ある程度文書化された依頼者の、事件にまつわる依頼者の全体験事実」(依頼者の責任によって調査し、作成されるべきファクトレポート)
から、依頼者が求める権利や法的立場を基礎づけるストーリー(メインの事実)ないしエピソード(副次的・背景的事情)を抽出し、こちらの手元にある痕跡(証拠)や相手方が手元に有すると推測される痕跡(証拠)を想定しながら、破綻のない形で、裁判所に提出し、より有利なリングを設営して、試合を有利に運べるお膳立てをすることが主たる役割として担います。

いずれにせよ、真剣かつ誠実に裁判を遂行しようとすると、
「弁護士費用や裁判所利用料としての印紙代という外部化客観化されたコスト」
以外に、気の遠くなるような資源を動員して、クライアントサイドにおいて、
「事実経緯を、記憶喚起・復元・再現し、これを言語化し、記録化し、文書化する」
という作業を貫徹することが要求されますし、この作業は、相談者・クライアントサイドでしか出来ず、相談者・クライアントにおいて確実かつ完全に遂げてもらわないと困るのです。

具体的には、継続法律相談に先立ち、相談者に
「体験事実の想起と詳細な復元」
及び
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
及び
「当該事実に関連する痕跡(文書や資料)の発見、収集、整理」
という
「宿題」
を課し、これを確実かつ完全に遂行してきてもらうよう指示します。

なお、筆者の所属する弁護士法人畑中鐵丸法律事務所においては、この相談者・依頼者に
「体験事実の想起と詳細な復元」
及び
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
及び
「当該事実に関連する痕跡(文書や資料)の発見、収集、整理」
という
「宿題」を課すプロセス
をフォマット化して、ルーティンとして、相談者・依頼者に当該プロセスを責任をもって遂げてもらうような仕組みを策定しています。

ところで、相談者・依頼者の中には、
「人間は、誰しも、認知症で、記憶健忘症で、言語障害を持っており、虚言癖がある」
という通有性について劣化の程度が激しい為か、
「知的な水準や事務スキルの問題で事実ないし状況のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
が困難なためか、単に、怠惰あるいは無責任なせいか、この
「体験事実の想起と詳細な復元」
及び
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
及び
「当該事実に関連する痕跡(文書や資料)の発見、収集、整理」
という
「宿題」
をやってこない、出来ない、ギブアップする、という方もいらっしゃいます。

弁護士は、いわば
「銃砲」
として、依頼者から提供される
「事実」「痕跡」
という
「弾薬」
を用いて、裁判という
「銃撃戦」
を展開します。

「依頼者の体験事実」「当該事実の痕跡」
という
「弾薬」
は、依頼者にしか提供できず、依頼者が提供すべき、戦争遂行資源です。

もちろん、
「軍資金」
という
「弁護士費用」
も依頼者が責任をもって調達すべき戦争資源ですが、
「カネ」
があっても、
「情報」「痕跡」
がなければ、裁判という
「情報戦」
を勝ち抜くことは不可能です。

他方で、世の中の方全員が、自分が体験した事実を、詳細に想起・復元し、これをミエル化・カタチ化・言語化・文書化し、さらに当該事実を示す痕跡たる文書や資料等を収集・発見し、時系列に沿って整理する、という能力を十全に持っているとは言い難い、という現実があります。

そこで、
「体験事実の想起と詳細な復元」
及び
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
及び
「当該事実に関連する痕跡(文書や資料)の発見、収集、整理」
という
「宿題」
をやってこない、出来ない、ギブアップする、という相談者・依頼者については、別途、継続相談の前後に、弁護士のサポートを得て、同「宿題」を遂行する、というプロセスを介在させることになります。

要するに、体験事実に関連する全ての痕跡(資料や文書。EメールやSNSの記録や領収書や請求書や手紙や写真を含む)を持参して、法律事務所に来てもらい、
1 まず、当該痕跡を、時系列にしたがって、整理し、
2 上記痕跡をたどりながら、5W2Hにしたがって、弁護士がインタビュワーとなって、取材をしていき、
3 痕跡と整合させながら、体験事実の記憶を想起・復元していき
4 その結果を、弁護士が、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化していく
という方法によって、本来、依頼者の責任において成し遂げるべき
「宿題」
を、弁護士がサポートして、完遂する、ということになります。

当然、上記プロセスを経由すると、相応の費用(たいていはタイムチャージ)がかかりますが、 相談者・依頼者側において、
・「人間は、誰しも、認知症で、記憶健忘症で、言語障害を持っており、虚言癖がある」という通有性について劣化の程度が激しい為か、
・「知的な水準や事務スキルの問題で事実ないし状況のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」が困難なためか、
・怠惰あるいは無責任なせい
という事情がある以上、これら問題を、費用を負担して解消するのは、やむを得ないといえばやむを得ません。

もちろん、このプロセスで増加した予算を知ると、ますますコスパが悪いことが判明し、
「やっぱり、事件の遂行は見合わせる」
と言い出す相談者・依頼者も出てきます。

事件をきちんと遂行するための
「宿題」
を、自分の無能のためか無責任ゆえか不明ながら、適切に完遂せず、そのための支援費用を聞いて鼻白むような相談者・依頼者とは、やはり信頼関係の構築は困難かと思いますので、将来の不幸な内紛を防ぐためにも、 こういう無能で無責任でかつ外罰傾向の強い相談者・依頼者とは、早めに距離を置く方が、吉かもしれません。

最後に、痕跡(資料や文書等)の収集・発見・整理という点についても触れておきます。

君子危うきに近寄らず、という格言を逆説的に捉えれば明らかなように、危うい目に遭う人、というのは、たいてい、
「君子ではない人」
すなわち、
「立派でもなく、物事をきちんと整理・管理できておらず、いってみれば、いい加減で、だらしない人」
です。

「立派で、物事をきちんと整理・管理しており、自己にも他者にも厳格で、諸事行き届いた人」
は、トラブルに遭遇しませんし、トラブルに遭遇してから弁護士の支援を乞うのではなく、トラブルに遭遇しないように弁護士を使うような賢さをもった人です。

トラブルに遭遇して、トラブルの処理のために法律事務所の門を叩く人は、程度の差はあれ、
「立派でもなく、物事をきちんと整理・管理できておらず、いってみれば、いい加減で、だらしない人」
ですから、そういう属性をもつ方々が、トラブルに関する事実ないし状況の痕跡を短期間にすべて収集・発見し、これを時系列に整理できる、ということは、全く期待できません。

当然ながら、トラブルに関する体験事実に関する文書や痕跡について、この書類がない、あの書類がない、家のどこかにあるはず、捨ててしまったかもしれない、確かあったはずだがわからない、思い出せない、ということのオンパレードです。

また、仮にトラブルにトラブルに関する体験事実に関する文書や痕跡について、
「コピーして時系列に整序してファイルして持参してきてください」
という簡単な指示ですら、無能なためか、怠惰なためか、その両方なのか不明ですが、まともな対応を期待できない場合が少なからず存在します。

自覚してか無自覚かは知りませんが、危うきことに近寄ってしまうような
「君子ではない人」
すなわち、
「立派でもなく、物事をきちんと整理・管理できておらず、いってみれば、いい加減で、だらしない人」
だから、仕方ありません。

結局、
「痕跡(資料や文書等)を収集ないし発見し、時系列に整理してきてください」
という相談者・依頼者サイドにおいて遂行すべき単純にして明快な指示事項も、まともに対応できず、最後はギブアップして、稼働費用を支払って未整理の書類の山をもってきて法律事務所サイドで整理を乞う、さらには、オフィスや自宅に趣き、カオス状態になった書庫等から必要な痕跡を探し出すのに弁護士ないし法律事務所のスタッフを動員する、という事態も生じ得ます。

こうなると、労力の面や、費用の面で音を上げ始め、
「もう、事実とか証拠とか、そんな面倒なことなしで、裁判、何とかなりませんか?」
と言い始めます。

おわかりのとおり、中世の魔女裁判ならいざしらず、近代的な裁判制度が整備された今の社会において、
「事実も不明、証拠もなし」
の状態で、
「認識や見解の隔たりのある相手方に対して自己の主張を通す」
など、およそ不可能です。

こういう前提環境を整備している最中に、鼻息荒く、
「アクションを起こして、請求を実現する」
といっていた相談者が、
「アクションを起こさない(泣き寝入りする)」
と結論を変更することもあります。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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