01650_法律相談の技法16_継続法律相談(3)_「弁護士費用の見積もり」プロセスの意味と価値と機能

継続法律相談において、
「相談者と弁護士の役割分担を理解させ、相談者のタスクとして、『詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化及び痕跡の収集・発見・整理』を宿題として課して、これを責任を以て完遂させる」
というプロセスが完了したら、
「『情報戦としての性格を有する裁判沙汰』における最重要戦争資源としての『情報』」
すなわち
「事実と痕跡」が入手できた、
ということになります。

次に、この
「最重要戦争資源としての『情報(事実と痕跡)』」
に加えるべき
「もう1つの戦争遂行資源」、
「弁護士が、適切な士気を維持して稼働するためのガソリン」
ともいうべき
「弁護士費用」の調達プロセス
に移行します。

要するに、
「弁護士費用」
を推定し、見積もり、相談者・クライアントに提示することを皮切りに、この費用に関する取り決めを契約にして取り決めるプロセスを進めていきます。

この
「弁護士費用」の算定
ですが、弁護士あるいは法律事務所により顕著に異なります。 

・タイムチャージ制
・着手金(キックオフフィー)・中間金(マイルストンフィー)・報酬金(サクセスフィーあるいはインセンティブ)制
・イベントチャージ制
・ドキュメンテーションチャージ制
・リテーナーフィー制
・これらの組み合わせ
など、いろいろあり得るところです。

筆者(筆者の所属する弁護士法人)は、
原則として「タイムチャージ制」
としつつ、(クライアントとの信頼関係等を勘案して)例外的に
「『キックオフフィー等とリテーナーフィー制による稼働清算費用体系』と『インセンティブフィー設定』を組み合わせた、独自に構築した合理的費用設計」を提案
する形としています。

ただ、これら見積もりに際しては、想定外の事態による予算増加を考え、保守的(高め)の予算を見積もり段階で設定しておくべきです。

ここでいう
「予測すべき想定外・不測の事態」
ですが、様々な方向から生じ得ます。

1 裁判所が想定外の動きをする事態

まず、裁判所が想定外の動きをする事態です。

言うまでもないことですが、裁判所という司法権を行使する国家機関は、他の国家機関や同じ裁判所からの一切の干渉を受けることなく、やりたい放題で権力(事実認定権力、法適用権力)を行使できることが憲法上容認されており、
「当該事件に対する司法権の行使」
という局面については、
「専制君主国家における独裁的専制君主」並の権力
を有しています。

加えて、1998年の民事訴訟法改正以来、3審制から実質2審制、さらに実務運用においては、1.2ないし1.3審制ともいうべきゲーム環境が構築されており、加えて、争点中心型審理に移行したこともあり、一審裁判所の権限と裁量が極めて大きく広汎になっています。

そして、当該裁判所の権限と裁量の可動領域(ゆらぎ、ダイナミックレンジ)が個々の裁判所毎に大きく、
「何が争点となり、当該争点についてどのような事実、事情ないし証拠が裁判官の感受性に響くか」
という点の想定や予測がより困難になってきています。

その意味で、裁判所が全く想定と異なる、合理的経験則からは理解できないような争点を形成したり、事実や事情を重視したり、証拠を評価したりする危険性が大きい、という現実を保守的・謙抑的に理解すべきです。

2 相手方が想定外の動きをする事態 

加えて、相手方の動きも読めません。

このくらいの事実と証拠と法適用の理屈を示せば、「ギャフン」と言って折れてくるだろう、
裁判所がこのくらい強烈に和解を進めれば、空気を読んで(忖度して)、和解に応じるだろう、
証人尋問であそこまでボロボロだったから、尋問後の和解にはすんなり応じるであろう、
一審で完膚無きまでに敗北したわけだから、流石に控訴してこないだろう、
相手方はあんなにお金をもっているわけだし、この程度の請求だったら、弁護士費用のことを考えて、経済合理性にしたがって和解に応じるだろう、

といった、各推定ないし予測が、すべて覆ることはあり得ます。

だいたい、事件の相手方というのは、相談者・依頼者の常識が通用せず、払って当然の金銭を払わず、明々白々の義務を知らぬ存ぜぬですっとぼけ、認めて当然の事実を争うことを平然とやってのけるような属性の人間です。

だからこそ、事件になり、裁判になり、揉めに揉めて、弁護士のみならず、裁判所まで巻き込んで揉め倒しているわけですから。

「このくらいやれば折れてくる」
などという常識や経験則が通用するだろう、と考える方がどうかしています。

無論、素人である相談者・クライアントがそのような希望的観測(というか妄想)を抱くのはやむを得ませんが、プロである弁護士が甘い考えで、甘い負荷予測で、安易に、楽観的な負荷想定と予算設定して、後から想定外に直面して、予算増加を相談者・クライアントに懇請するのは、プロ失格と言われても仕方ありません。

3 クライアントが想定外の動きをする事態 

最後に、相談者・依頼者がもたらす想定外も見込んでおくべき必要があります。

相談者が、

・肝心なことを言わない
・誇張したり過少に述べたりする
・いい加減なことを言う
・ウソをつく
・偽造した証拠をもってくる
・重要で決定的な不利な事実を隠したままにする
・証人尋問でとんでもないミスをやらかす
・合理的な和解提案を蹴り飛ばして裁判官の忌避反感を買う
・想定した悲観的予測に同意・納得したことを忘れ去り、不利ではあるものの想定内の状況に至ったにもかかわらず、これを頑として受け入れず、弁護士に八つ当たりする

など、訴訟遂行の過程で、様々な相談者・依頼者サイドが想定外の事態をやらかすこともあり得ます。

特に一番厄介な依頼者サイドの想定外が、弁護士費用や、報酬を支払わなかったり、値切ってきたりすることです。

このような想定外も予測するなら、稼働費用と適正利益は必ず前払いか預かり金として事前に確保しておく、あるいは途中で弁護士費用の支払いを渋った場合でも引き継ぎ含めてある程度責任を持って関係清算できるように最初に大まかな稼働分が清算されるような費用設計にしておくことが推奨されます。

というのは、予算内で当初予算より低廉な方向で収まるのであればクライアントとしても特段異議を申し立てませんが、予算を増加するとなると、クライアントは、
「話が違う」
「それではコストパフォーマンスの計算前提が狂うし、訴訟提起したこと自体が不経済なプロジェクトとなるではないか」
「約束違反だ」
といった形で激怒し、信頼関係が負の方向で変質しかねない事態となり得るからです。

4 相談者・クライアントからの値引き要請への対処 

最後に、これは弁護士や法律事務所のポリシーにより可変的になると思いますが、
「見積もりに対する.ありうべき相談者・依頼者サイドからの値下げ要求」
に対する妥協ないし調整方針を示しておくこともあり得ると思います(もちろん、一切値引きしない、というポリシーもあり得ると思います)。

ちなみに、筆者(及び所属弁護士法人)としては、見積もりの際、かなり柔軟な妥協・調整方針を明示しています。

当初見積もりは、稼働に対する費用として稼働原価に適正利益を付加した額と、これにインセンティブ(成功報酬)を設定した形で提示します。

前者は、適正利益のバッファーがあるので冗長性・柔軟性を内包してします。

また、後者は、あくまでインセンティブなので、ある意味、成功の蓋然性が高まるという意味でクライアントの最終的利益にも適うものですが、こちらも、冗長性・柔軟性があります。

要するに、見積もりというのは、一種の、弁護士サイドの提供役務の価値表明という側面を持ちます。

そして、これに対する応諾や異議や修正提案は、弁護士の提供役務に対するクライアントとしての価値表明という意味を有します。

弁護士の価値表明も1つの意見ないし見解に過ぎず、クライアントのそれも同様です。

弁護士の提供役務の価値に絶対的基準なるものがない以上、そこに調整の契機が働くのは当然であり、交渉が生じるのは自然な現象です。

1ついえることは、クライアントの値下げ要求ないしその趣旨を含むメッセージは、弁護士サイドとして、冷静に観察するべきです。

クライアントによっては、単に高いからという理由で忌避感を表明する人もいれば、きちんとした理由を述べ合理的対案を含めて論理的かつ紳士的な応答をする人もいます。

感情的になって暴言を吐き出す人もいれば、感謝しつつ異議なく受け止める人もいるでしょう。

当然ながら、合理的な理由を述べず、感情的に、情緒丸出しで、高いだの、おかしいだの、と非紳士的(あるいは淑女らしからぬ)罵倒を始める相談者・クライアントを観察すれば、今後、その御仁とどういう関係が築けるか、という点について、実に示唆に富む情報が得られます。

相談段階では、
「さすが!」
「なるほど!」
「すごい!」
などと持て囃していた相談者が、事件遂行のために必要な稼働費用な見積もりを見た瞬間に、
「赤い布を前にした牡牛のような反応」
を示すようなことがありますと、
「そういう方と、長期のタフな戦いに、鉄壁の信頼関係を維持して戦い抜けるのか?」
という将来予測に関する疑問に、端的な回答を示してくれることになります。

「ビジネス上の委託関係・信任関係を形成する」
という文脈においては、
「敬意を払う」
ということは
「カネを払う」
ということと同義です。

「巧言令色鮮し仁」
とはよくいったもので、口先だけでどれだけ敬意を払ってくれても、カネを払ってくれない、あるいは、
「適正な事件処理のための適正な稼働費用を提案したことに対して、不合理かつ感情的に、異議を申し立て、嫌悪感を露わにし、あるいは猛然と怒りだす」
という態度をみると、
「払ってくれた敬意」

「カネを負担しない程度と限度において、(費用のかからない)口先で褒めそやすだけのもの」
という現実を実に明確に露呈してくれます。

「そのような相談者・クライアントのため、無理をして値切りに応じてまで廉価な契約を承諾し、タフな事件を遂行する価値と意味があるか」
ということを慎重に考え、
「(医師と違い弁護士には応召義務がないこともありますし、そもそも民事訴訟は刑事訴訟と違って提起する義務も必要もなく、それほどカネをかけたくなければ泣き寝入りするという合理的意思決定も可能であることもふまえ)エンゲージをお断りする」
ということもあり得ます。

いずれにせよ、相談者・クライアントとの
「費用と報酬」
という生々しい現実のやりとりを行う過程で、クライアントが弁護士をどこまで敬意を払い、どこまで信頼してくれるのか、ということを知ることができますので、しっかりとした形で
「本音」
の情報交換プロセス(クライアントの払ってくれる敬意が、本物の敬意か、カネを払わない範囲での口先だけのものか、といった隠れた本音を露見させ、信頼関係の構築の可能性を検証する機会)として活用すべき、ということになるでしょうか。

余談になりますが、私個人の意見としては、
「値切るのは悪いことではないのですが、プロフェッショナルサービスを値切るのはやや問題である」
と考えます。

私も、稀代の吝嗇家であり、ケチっぷりについては人後に落ちないのですが、例えば、医者などのプロフェッショナルにお世話になる場合、絶対ケチりません。

ケチらないどころか、
「そんな安くていいんですか。もっと払いますから、その分、ちゃんとやってください」
といって、値上げをお願いするくらいです。

なぜなら、プロフェッショナルサービスにおける重大な課題とリスクは、
「完成度や品質について、形も基準も相場も検証方法も存在しない」
という点にあるからです。

すなわち、サービスプロバイダ側(プロフェッショナル側)は、気分1つで、いくらでも、手を抜いたり、適当にお茶を濁したり、頑張ったふりをしてサボったりすることが可能なのです。

もちろん、反対に、プロフェッショナルの気持ちや熱意次第で、いつも以上に情熱的に取り組み、アウトパフォームを期待することもできます。

要するに、
「プロ側の気分次第でサービスクオリティが大きく変動する」
まさに、この点こそが、この種のサービス取引の最大の課題であり、リスクなのです。

命や財産や事業が危険にさらされ、この状況の打開や改善を専門家に委ねざるを得ない状況で、値切って、値切って、値切りたおして、士気を低下させれば、どうなるでしょうか。

そんな状況でも、プロフェッショナルは、いつもと同じように、あるいはいつも以上に情熱を注ぎ込み、アウトパフォームして、見事な成果を出し、事態を打開して、窮地から救ってくれるでしょうか。

それとも、露骨に手を抜かないまでも、切所で踏ん張りが効かず、結果、大惨事につながる危険性が増幅するだけでしょうか。

私は、弁護士として、受任した以上は最善を尽くしますし、不合理に値切られるようであれば、そもそも仕事をお引き受けしませんが、他の事例で、ケチなクライアント(相当な資産家であるにも関わらず、過剰にケチるような御仁)の無茶な値切りが遠因となって、ホニャララスキームがうまく機能せず、その後、支援プロとの間において、血で血を洗う内部ゲバルトに発展した、なんて話を聞くと、
「さもありなん」
「こいつは、カネがあるのに、カネの使い方が下手くそなバカ」
と思ってしまいます。

いずれにせよ、上記のような話も含めて、
「見積もりと値切り交渉」
というのは、
「お互いの本音が露見する」
という文脈において、実に意味と意義と価値のある重要なクライアントとのコミュニケーションプロセスですので、信頼関係形成・構築(あるいは解消)のため効果的に使うべきかと思います。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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