01656_争訟事件において「一発逆転」を口にするクライアントは、たいていボロ負けする

争訟事件の相談で、たまに、
「一発逆転で勝てないか」ということを口にするクライアントに遭遇することがあります。

たいてい、事件構図としては悪くないが、記憶があっても記録がない、主張はわかるが証拠がない、という重大な欠陥が抱えた事件であり、記録をとっていない、証拠を整備していない、相手の言うままに署名をしたりハンコを押したりして、不利な証拠が相手の手に渡ってしまっている、というような勝ち目のない事件の相談において、この
「一発逆転」
という言葉が出てきます。

もちろん
「一発逆転」
で勝てるほど裁判は甘いものではありませんし、それ以前に、裁判を主宰する裁判官という人種は、
「一発逆転」
という概念や言葉、
「一発逆転」
を思い描くようなタイプの人間を、下水や汚物を眺めるように嫌悪しています。

訴訟においては、自分の言い分が法的に筋が通っており、経済的社会的にも妥当かつ合理的な実体・背景(事件構図)が顕著に存在し、これらすべてが痕跡や記録(証拠)によって支えられている側の当事者が勝利を収めます。

このような状況構築するために、偶然や幸運が働く余地はありません。

事件が勃発するはるか以前から、紛争を予知し、紛争において自分の立場の正当性を説明し証明する状況を想像し、丹念に、その痕跡や記録を整備しておくからこそ、当たり前のように訴訟に勝つのです。

役所や銀行が裁判によって圧倒的な勝率を誇るのは、上記のような、気の遠くなるような地道で丹念な営みを、莫大な資源動員をしつつ誠実に遂行しているからです。

そういう本質やロジックやルールを内包する裁判というゲームにおいて、
「一発逆転」
などという身勝手な妄想が入り込む余地はありません。

「一発逆転」
を口にする人間のメンタリティは、たいてい幼稚で、非知的です。

東大や京大に現役で合格するような人間は、
「一発逆転」
を信条とするでしょうか?

医者になった方は、ある日突然
「一発逆転」
によって医者になったのでしょうか?

オリンピック選手は、
「一発逆転」
ばかり狙って、うまいことオリンピアンになったのでしょうか?

宝塚音楽学校に合格する方々は、
「一発逆転」
で合格するのでしょうか?

株式公開を果たすベンチャー企業の経営者は、
「一発逆転」
で大業を成し遂げたのでしょうか?

違いますね。

世間から評価されるような有能なマイノリティの方々は、地道な努力を重ねて、そのような立場を獲得したのであって、
「能力もなく、努力も忌避して、うだつが上がらない状態が続いたが、何かのきっかけで、一発逆転して、幸運にもその立場ないし地位が転がり込んできた」
という人は皆無です。

こう考えると、
「一発逆転」
という言葉の裏には、
・地道な努力は大嫌い
・でも成功はしたい
という、実に幼稚で、愚劣で、不誠実で、不真面目なメンタリティが看取されます。

「一発逆転」
を口にする人間のほとんどが、
・勉強や努力があまり好きではなく、
・その結果、あまり社会的地位が高いとは言えず、
・にも関わらず、今の自分は、才能やスキルにふさわしい処遇や立場が付与されておらず、
・何時か、何処か、何らかの特異な状況によって、特段の努力や準備を要せず、自分が身勝手に思い描く、最高の結果が転がり込む
ということを信じているようであり、新興宗教の信者になったり、いい年をして自分探しをしていたり、総じて、知的な面でも精神的成熟性の面でも、見劣りするような方々ばかりです。

ちなみに、裁判を主宰する裁判官は、どんな人種でしょうか?

・地道な努力は大嫌い
・でも成功はしたい
という、実に幼稚で、愚劣で、不誠実で、不真面目なメンタリティを顕著に持っている方々でしょうか?

違いますね。

裁判官は、ほぼ例外なく、東大や京大に現役で合格し、若い時期に司法試験に合格した、地道な努力を厭わない、知的で、成熟していて、誠実で、真面目な方々で、しかもそのような人種の中で日本でもトップクラスの方々です。

当然ながら、生まれてこの方、
「一発逆転」
などということを信じず、努力した者、真面目なもの、未来を見据え、準備を怠らなかった生き方をしてきた方々です。

そういう方々が、
「一発逆転」
などという妄想を抱いて、
「知性と想像力を働かして過酷な未来を想定することなく、ロクな準備をしてこなかったが、でも、笑いが止まらないくらいの成功が手にできる」
などと愚劣な考えを抱く人間に救済の手を差し伸べるでしょうか。

こう考えれば、
「一発逆転」
という考え方が、少なくとも、争訟事件の遂行における作戦構築上、いかに、有害な発想か、ということは理解できるかと思います。

こういう言い方をして、事件に対する厳しい見通しと、現実的なゴールデザインと、そこに至る地道な準備や莫大な資源動員等を伝えると、少なくないクライアント(候補)の方々が、
「え? そこまで、時間をかけ、カネをかけ、エネルギーを費やして、この程度なの? 一発逆転とか、そういう展開があるでしょう」
と、なおも食い下がったりします。

弁護士サイドが、
「痕跡や記録がないと訴訟に勝てないし、痕跡や記録がないのは、あなたが記録整備をサボったか、記録整備にかける予防法務をケチったからであり、自己責任・因果応報・自業自得の帰結として、今更仕方がない。ただ、現実解として、ゴールを修正して、戦闘方針を変えて、さらなる努力をすることで、何とか戦いの構図に持っていける」
と言うと、最後には、
「もういい。一発逆転を請け負う別の弁護士を探す」
といって席を立ったりします。

こうやって、
「一発逆転」
を信じて(あるいは「一発逆転」を否定する弁護士の見解を受け容れず)席を立ったクライアントは、「『一発逆転』なる話を実現できる、とされた別の弁護士」を探し当て、さんざん時間や費用や労力を費やしたけれども、やはり、当初の見立てどおりとなり、案の定ボロ負けの事態に陥ることが多いようです。

裁判官は、
「一発逆転」
を認めないし、
「一発逆転」
を信じるタイプの当事者も嫌悪するし、
「『一発逆転』なる妄想・まやかしが実現出来る、などという与太話・駄法螺を平然と述べる」
ような弁護士も毛嫌いしますので、ある意味、当たり前といえば当たり前です。

いずれにせよ、
「一発逆転」
という、争訟事件においては、絶対忌避すべき発想を一刻も早く捨て去るべきであり、また、
「一発逆転」
を請け負うなどという弁護士とも距離を置くことが推奨されます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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