1 モノ作りに関するトラブルの増加傾向
20世紀にはあまり取り沙汰されなかったものの、21世紀になって急激に増えた企業法務関係の事件があります。
それは、モノ作り大国日本の信用を根幹から揺るがす、製造関係の事件やトラブルです。
自動車や温風機の欠陥隠蔽問題、各種機器や建設資材の性能偽装問題、食品に関わる原産地表示や賞味期限偽装の問題や廃棄物処理や環境汚染問題等、21世紀に入ってから、製造現場でのトラブルが頻出しています。
「モノ」
の中でも、消費者の口に届き、人の健康や生命を奪う結果を招来しかねない食品製造に関しても、表示偽装事件が発生し、不正競争防止法違反により、逮捕や家宅捜索、さらには有罪判決を受けるケースも相当数発生しました。
また、公益通報者保護法の施行やネット掲示板の普及等の環境の変化もあり、内部告発が一般化し、企業がこれまで内部で隠蔽してきた偽装を隠し通せない状況になってきました。
このように、
「モノ」
に関わる企業にとっては、その姿勢が厳しく問われる時代になってきたといえます。
2 ニッポンのお家芸「モノ作り」の質的変化
ところで、
「モノ」
に関する企業活動は、質的な面で急激に悪い方向に変化しています。
「モノづくりは日本産業のお家芸」
との言葉に代表されるように、これまでの日本企業は、使い勝手がよく、安全・高品質で、値頃感のある
「モノ」
を作り出すことを得意としていました。
そして、日本企業は、
「高度な製造活動のためのインフラである、高い技術力と生産設備操業能力、さらにはこれを担う優秀な人材」
を自ら保持し、育成してきました。
ところが、
「モノづくり」
を得意とした日本企業も、ビジネスの進化に伴い、下請やOEM生産等によるファブレス(工場設備を持たない製造業)化や生産拠点の海外移転等を積極的に行うようになってきました。
このようにして、近年、日本企業において
「モノづくり」
の意味が加速度的に希薄化するようになってきたのです。
3 「モノ作り」の質的変化に伴うリスク
以上のような
「モノ」
との関わりの希薄化は、品質面、安全面、規格ないし法令遵守面における企業の管理が行き届かなくなる危険が増幅してきたことも意味します。
例えば、日本国内での工場操業においてはコンプライアンスや製品の品質や安全性に対するこだわりが浸透していても、日本企業が生産を海外に委託する場合における現地委託先企業がそのような観念を欠落している場合、日本企業は大きなリスクを抱えることになります。
かつて中国産食品における毒物混入事件が発生し世間を騒がせましたが、
「モノ」
との関わりが希薄化した企業において、上記のようなリスクが現実化した現象といえます。
4 モノ作りの管理に失敗した場合のリスク
輸送機器、建物、食品、薬品、電気製品等、企業から製造される
「モノ」
は何らかの形で消費者や社会に関ってきます。したがって、消費者や社会は企業が製造する
「モノ」
の品質や安全性に大きな興味と関心を抱きます。
万が一、
「モノ」作り
において、現場管理や委託先管理に失敗し、品質や安全性において問題のある
「モノ」
を流通させた場合、大きな社会問題に発展し、企業に対して回復不可能な損害をもたらすことになります。
「法令遵守より効率優先」
という経営姿勢や製造管理状況に対して消費者や社会一般の厳しい目が向けられるようになっていますし、この種のトラブルは、企業の生命を即座に奪いかねません。
「モノ」
と企業との関わりは歴史的に古く、調達・製造活動は成熟した経営課題といえますが、海外生産委託の動き等の急激な変化もふまえて、日本企業は、今一度、調達・製造に関するマネジメントのあり方を見直す必要に迫られています。
5 性悪説vs性善説
「モノ作りを管理する」
という仕事を進める上での哲学として、管理の相手方、すなわち、現場や委託先を信頼するか(性善説)常に不審の目を向けるか(性悪説)、という問題があります。
一昔前、二昔前のニッポンにおいては、右肩上がりの成長を謳歌しており、
「作っては売れる」
という市場があり、生産現場には、常に設備や人的資源が投入され、活気がありました。
従業員は、終身雇用というシステムによって雇用された正社員がほとんどで、会社と成長の糧を共有し、モノ作りの現場には高い士気と
「決して、会社や社会を裏切らない」
という忠誠と信頼が満ち満ちていました。
しかしながら、現代においては、終身雇用システムが崩壊し、モノ作りの現場には非正規雇用の労働者が増殖し、成長が見込めない市場において、過酷な価格及び品質競争にさらされています。
このような現代のモノ作りの現場において、かつてのように、
「モノ作りの現場には高い士気と『決して、会社や社会を裏切らない』という忠誠と信頼が満ち満ちている」
などという前提がそもそも働かず、漫然と現場を信頼することは管理放棄につながりかねない状況となっています。
したがって、
「モノ作りを管理する」
という仕事に限っては、
「常に操業効率化を優先する現場や委託先においては回収品の再利用や賞味期限改竄を行う等の法令その他各種規範違反を冒す誘惑と危険が存在する」
という性悪説に立脚し、徹底したリスク・アプローチによる不祥事予防のための科学的・合理的体制を構築することが求められます。
6 モノ作りの現場においては、「操業優先、規制無視(軽視)」
モノ作りの現場においては、
「製造ラインの効率的稼働」
が最優先課題であり、細かい手続を含めた規制把握や規制遵守は、いわば二の次となってしまいがちです。
原発関連事故といえば、東日本大震災直後に発生した福島原発事故が有名ですが、1999年に発生した茨城県東海村の核燃料加工会社JCO東海事業所の
高速増殖炉実験炉「常陽」用の核燃料の製造現場での臨界事故
も著名です。
この事故については、転換試験棟において、1991年から現場において承認されたものと異なる工程(本来は、「溶解塔」という装置を使用した手順であったところ、現場がこれを無断で変更し、ステンレス製バケツを使用)が実施されており、その後、1996年にはこのような違反工程が盛り込まれた
現場「裏マニュアル」
が作成され、違法操業が常態化していたことが原因であった、といわれています。
厳格なコンプライアンスが要請される核燃料の製造現場ですらこのような状況ですから、他のモノ作りの現場がどのような状況か、ということはある程度想像できます。
7 モノ作りの管理を実施する上での指揮命令系統デザイン
以上のとおり、
「モノ作りの現場においては、面倒くさい法令遵守より効率性・経済性が優先される危険が常に存在する」
ということを十分認識し、細かい操業の末端に至るまで管理の目を光らせる必要があるといえます。
多くの場合、過酷な操業効率のノルマを負っている工場現場の責任者は、
「一方の要請の無視」、
すなわち、
「効率性を犠牲にしても法令遵守を徹底すること」
という要請を無視するという行動にシフトし、その結果、トラブルが発生することになります。
現代においては、製造現場の管理体制の設計上、
「『操業管理』と『コンプライアンス管理』という相反する課題の達成に関して、権限・責任・指揮命令系統を分断し、後者は操業効率に責任を負わない部署に遂行させるべき」
というスタイルが求められるようになってきています。
すなわち、
「操業責任者とは別の、コンプライアンス管理を担う責任者が、効率性に目を奪われることなく現場の細かいところまで管理の目を光らせることを通じて、操業効率とコンプライアンスという矛盾する両課題の止揚的解決が図られるべき」
という考え方が、製造現場の管理体制設計において採用されるようになってきているのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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