1 企業に対する攻撃類型の変化(リアルからネットへ)
これまで、
「企業に対する攻撃」
といえば、
反社会的勢力による攻撃や、
「総会屋」による株主総会での妨害行動、
右翼を称する組織が行う街宣車による宣伝活動、
企業に実弾入りの封筒を送りつける、
といった
目に見える「有形力の行使」
による攻撃がほとんどでした。
当然、これらの攻撃から防衛する企業の側の対応も、警察の協力を得て取締まりを強化してもらったり、弁護士などの専門家の指導の下で万全の株主総会対策を整えたり、といったように、あくまで特定の攻撃相手による有形力の行使への対応策がその中心でした。
これらの
「有形力の行使」を中心とする「企業に対する攻撃」は、
攻撃を行う者がある程度特定でき、
また、
攻撃態様の違法性が顕著であり、
かつ、
害悪の発生を瞬時に把握することができ、
それゆえ、
事前の防衛策や対応策に取り組み易い、
という特徴がありました。
ところが、インターネットの普及率が飛躍的に増加した2000年代前半頃から、
「企業に対する攻撃」
は、
古典的な「特定の者による有形力の行使」から、
「インターネット上の掲示板への企業の誹謗中傷記事の書込み行為」や、
「インターネット上のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を通じた企業のデマ・風評の流布行為」など、
「匿名の人間が行う、情報を利用した無形の攻撃」
に変化してきています。
すなわち、警察庁の統計等からも明らかなように、例えば、パスワードを不正に取得したりして不正に企業内のパソコンに侵入するといった、いわゆる
「不正アクセス」行為
により検挙された数は、2000年には67件だったものが、2012年には7,334件へと約109倍にも増加しています。
また、インターネットなどのネットワークを利用した脅迫事件、名誉棄損事件も2000年から増加傾向にあります。
もちろん、これらの数字がすべて企業に対する攻撃を示しているものではありませんが、昨今のニュースなどからも明らかなとおり、これらの
「インターネットを利用した攻撃」
は増大の一途を辿っており、これを防ぐための事前の防衛策や対応策の確立が企業にとって火急に行うべき課題となっています。
2 ネットトラブルへの対処が極めて困難であること
1)ネットトラブルに対応するスピーディーで都合のいい法的手続は存在しない
企業を誹謗中傷する書込みがなされた場合、多くの企業は、即座に当該書込みを削除できる方法を検討するものと思われます。
しかしながら、書込みを保存しているサーバなどに侵入し(ハッキングし)て、当該書込みを削除するという違法な方法を除き、
書込みを「即座に」削除するスピーディーで都合のいい法的手続
などというものは、少なくとも現状においては、存在しません。
2)司法手続の煩雑さ
特に、司法手続は、侵害の相手方を特定することが必須の前提となりますが、ネット上の攻撃は、ほぼ例外なく、匿名の第三者による攻撃の形が取られます。
当該匿名の情報発信者は、インターネットに接続するプロセスにおいて、インターネット通信事業者のような経由ISP(インターネットサービスプロバイダ)とプロバイダ契約をしており、当該サービスプロバイダを通してし、インターネット上でコンテンツを提供しているサイト運営者等のサーバと通信して、ウェブサイトや掲示板等にアクセスし、有害情報(あくまで被害企業から観察した主観に基づく)を発信しています。
匿名発信者を特定するためには、サイト運営者に対して、発信者の通信ログ等の開示を請求し、その情報をもとにサービスプロバイダに対して、発信者の情報開示を請求するという、前提手順が要求されます。
その上で、ようやく、訴訟の相手方が判明し、そこから初めて本来の訴訟を提起する前提が整う、という面倒臭さです。
3)逆SEO等による対策手法
そこで、迂遠で鈍速でコストと時間と手間のかかる司法手続によらず、かつ違法な手段にもよらずに、即座に、しかも容易に削除する方法を探すべく、多くの企業は、インターネットなどを用いて、書込みを削除できる方法を考えるものと思われます。
実際に、インターネットを利用し、
「ネット」
「誹謗中傷」
「書込み」
「削除」
などといったキーワードを組み合わせて検索すれば、時事ニュースの記事などを除き、
「誹謗中傷書込みを直ちに削除します!」
「誹謗中傷対策は○○○へ」
「風評被害対策サービス」
「ネット書込み削除は任せてください」
といったウェブサイトが相当数ヒットします。
もちろん、これらウェブサイトを運営する民間会社が提供するサービスも、中には安価でコストパフォーマンスが良いものもあり、これらのサービスを利用することで、実際に書込みの削除に成功した企業もたくさんありますし、これらのサービスの利用を否定するものでは決してありません。
ここで、1つ問題提起をするならば、
書込みの削除に成功したことをもって「インターネットを利用した攻撃」に対する抜本的解決に至った
と判断することができるかどうかです。
書込みの原因となった事実関係(すなわち、書込み対象となった企業関係者にまつわる事実関係)が変わらず、さらには、書込みを行った者が野放しのままである以上、
「高い匿名性」
という特徴を有する
「インターネットを利用した攻撃」
においては、同様の書込みは何度も継続すること(イタチごっこ状態)が想定されますし、そもそも、
「次はどの掲示板に書込まれるか」
等といったことは皆目検討もつきませんので、その場合はまた1から上記プロセスをやり直すということになります。
3 ネットトラブル対策の概要
そこで、
「インターネットを利用した攻撃」への対応策
を策定する際の基本姿勢としては、このようなネットトラブルの特性を見越した戦略的対応を構築する必要があります。
具体的には、事前の防衛策として、
(1)ビジネスの設計・企画段階における戦略的対応(実験的なコンシューマー製品を提供する際、OEM提供にするなどして、誹謗中傷に晒されないポジショニングによる事業展開を構築するなどの対応)
(2)ビジネスの構築・運営段階における戦略的対応(セールスクレームが想定されるような営業を展開する事業においては、総販売代理店に営業をすべて委託する形の事業構築を行い、クレームを受けるリスクを回避するといった対応)
事後の対応策として、
(3)裁判手続を前提としない対処方法として、書込みの原因となった事実関係(すなわち、書込み対象となった企業関係者にまつわる事実関係)の改善・除去(例えば、クレームの対象となった欠陥箇所を改善し、これをプレスリリースしてネットトラブルの根本原因を解消する対応)
(4)裁判手続きを利用する手法として、書込みを行った者の特定と、当該書き込みを行ったものを被告とした効果的な手続の選択
といった形で適切な解決策を構築していくことになります。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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