02044_裁判で裁判官同士の意見が割れて大喧嘩・トラブルになることはないの?(教えて!鐵丸先生Vol. 56)

<事例/質問> 

裁判で、裁判官同士の意見が割れて、大喧嘩したり、モメてトラブルになったりしないんですか?

微妙な裁判とか、普通に意見が割れて、揉めそうな気がするのですが。

あるいは上司みたいな方とか東京高裁とか最高裁とか地裁所長さんから
「君、あんな判決だめだよ。出世出来ないよ」
と嫌味言われるとかないんでしょうか?

<鐵丸先生の回答/コメント/助言/指南>

裁判官は完全に独立した存在であり、上司や親会社のような存在はありません。

判断内容について誰からも文句を言われることはなく、逆に上司の立場の人が裁判官に干渉することは厳しく制限されています。

憲法第76条第3項には
「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」
と規定されており、裁判官は誰の命令にも従わず、独立して職務を遂行することが保障されています。

この独立性は絶対的であり、地裁のヒラ裁判官であっても、地裁所長や高裁長官、さらには最高裁長官、内閣総理大臣や天皇陛下、アメリカ合衆国大統領であっても、裁判官の判断に介入することは許されません。

裁判官は、まさに
「天下御免の超法規的存在」
の如く、誰の指示も影響も受けずに、地裁所長に媚びへつらうことなく、高裁長官の意向も無視して、最高裁の老人たちの感受性も踏みにじり、総理大臣や国会議員など歯牙にもかけず、天皇陛下やアメリカ大統領に楯突く結果になっても、自分の経験則と感受性に基づいて判決を下すことができるのです。

日本の裁判制度においては、約3000人の裁判官がそれぞれ独立した
「専制君主」
として法を解釈し運用する権限を持っており、この体制が実際に存在しています。

裁判官は、まるで各自が小さな王国を治めるかのように、独立した権限で法律の解釈と事件への適用を行います。

このため、裁判官同士の意見が割れることはありますが、それが直接的なトラブルや喧嘩に発展することはほとんどありません。

むしろ、異なる視点からの議論が行われることで、より公正で慎重な判断が導かれるのです。

歴史的な例として
「平賀書簡事件」
があります。

1970年代に札幌地裁で進行していた
「長沼ナイキ訴訟」
に関連して、札幌地裁所長だった平賀健太氏が、担当裁判長の福島重雄氏に訴訟判断についてのアドバイスをメモで渡しました。

この行為は、裁判官の独立性を侵すものとして大問題となりました。

平賀所長の行動は、憲法第76条第3項に違反するものであり、後に注意処分を受けました。

「長沼ナイキ訴訟」
とは、航空自衛隊が北海道にナイキ地対空ミサイル基地を建設しようとした際、地域住民が保安林解除の違法性を訴えて提訴した事件です。

住民は
「保安林解除は違法であり、基地建設には公益性がない」
と主張しました。

この事件で福島裁判長の合議体がどのような判断を下すかが注目されていましたが、平賀所長は
「原告の訴えを却下するように」
と示唆するメモを渡したのです。

この事件で注目すべきは、福島裁判長が平賀所長の指示を無視し、逆にそのメモを公開したことです。

結果として
「平賀書簡問題」
として社会的に大きな話題となりました。

この事件は、裁判官が独立して職務を行うことの重要性を再確認させるものとなりました。

このように、裁判官は独立して職務を行うことが求められ、外部からの干渉を受けることなく、自らの良心と法律に基づいて判断を下します。

日本の裁判制度において、裁判官はその独立性と専門性をもって法の公正な適用を担う役割を果たしています。

詳細は、以下をお聴きください。

https://audee.jp/voice/show/76125

※「教えて!鐵丸先生」のコーナーは、番組の4番です

【補足】
番組では、
「裁判長の意見が重視される傾向があり、陪席裁判官が裁判長の意見を尊重する形で判決が出されることが多いとされている」
という、筆者を含めた法曹一般の経験則に基づき、お話しております。
ただ、法律上、形式上、理論上は、
「合議割れ」
という事態ないし状況を想定し、これに対する措置は規定されていますので、補足しておきます(上記のとおり、そのような現象が発生したことは、少なくとも筆者については、寡聞にして知りませんが)。

「合議割れ」
「合議割れ」
とは、裁判官が集まって行う合議審において、各裁判官の意見が分かれることを指します。
俗に
「合議割れ」
と呼ばれるこの現象は、裁判官たちが全員同じ結論に達しない場合に起こります。
合議審では複数の裁判官が1つの事件について話し合い、判決を出しますが、その中で意見が一致しないことも生じえます。

下級裁判所における合議割れの取り扱い
下級裁判所では、合議審の内容を秘密にしなければならないとされています(裁判所法75条2項)。
このため、形式上は意見の分かれた判決を出すことは認められていません。
実際に合議割れがあったかどうかは、担当裁判官以外の人には知ることができない仕組みになっています。

「合議割れ」が生じた場合の決定方法
下級裁判所では、裁判の結論は過半数の意見に基づいて決定されます(裁判所法77条1項)。
「請求認容という点については意見の一致をみたものの、認容するべき請求金額について3人の裁判官がそれぞれ異なる意見を持った」
という場合、数値については中央値を採用します。具体的には、1億円、100万円、1万円という意見が割れた場合、中央値である100万円が採用されます(裁判所法77条2項1号)。
平均値ではない点に注意が必要です。

刑事事件における「合議割れ」
刑事事件において、意見が3つに分かれた場合、被告人に不利な順に並べたときに真ん中の意見を採用します。
例えば、無期懲役、懲役5年、無罪という意見が割れた場合、懲役5年が採用されます(裁判所法77条2項2号)。
5人の裁判官の意見が3通り以上に分かれ、いずれも過半数に達しない場合も、中央値(真ん中)の意見が採用されます(裁判所法77条2項)。

最高裁判所における「合議割れ」
なお、最高裁判所では状況が異なります。
最高裁判所では、長官も含めて全ての裁判官が対等な立場にあり(裁判所法11条)、合議割れが明示された判決が出されることがあります 。
そして、法廷意見とは別に、各裁判官の個別意見(補足意見、意見、反対意見)を判決文に表示することが認められています。
これは、下級裁判所とは異なり、各裁判官の意見が公開され、モメている様子をあえて晒すことで、
「きちんと意見を戦わせてもらっているんだ」
と国民に納得してもらい、判決の透明性を高めるためです(下級審で同じことをやると、敗訴した当事者が「なんだよ、裁判官同士でモメてんだったら、もっと徹底的に調べろよ」と不満を募らせる原因となり、却って判決に対する信頼が低下し、上訴が頻発し、裁判所の機能にダメージが生じかねません。ですので、法律審である最高裁に限定している趣旨だと思われます)。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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