社運を賭け、大規模な資源投入を前提に行う大型提携交渉を行う場合、相手が途中で翻意して、いきなり破談にされると、企業としては、当然ながら、体面のみならず、大きな経済的損害を蒙ります。
「そんなことは起こるはずがない」
「あり得ない仮想事例」
と思われがちですが、実際、2004年に、UFJ信託銀行を含むUFJグループが、当時交渉中であった住友信託銀行に基本合意の撤回を通知し、撤回直後に三菱東京FGと経営統合に向けた協議を開始しはじめる、という事件が発生しました。
ところで、UFJグループと住友信託との基本合意書には独占交渉権付与条項がありました(後述のとおり、独占交渉権は設定されていましたが、これが侵害された場合のペナルティ措置は空文となっていました)。
住友信託は、当該独占交渉権が侵害される、という理由で、UFJグループと三菱東京FGとの間で開始が表明された経営統合交渉(信託部門の経営統合交渉)の差止めを求める仮処分を東京地裁に申請する、という事件となり、さらには、この仮処分の当否の最終的判断が最高裁までもつれこむ、という大事件に発展していきました。
最高裁は、
・住友信託の独占交渉権は失効していない
・しかし、差し止めの仮処分については認められない
・住友信託としては、差し止めは出来ないが、後で、損害賠償することが可能
などとして、住友信託の主張を退けました。
なお、住友信託側は、賠償請求を提訴しましたが、違約罰条項等がなかったため、損害論で徹底した応戦されるという事態を誘発したため、主張する損害満額を認められるような訳にはいかず、手こずる結果に陥りました。
そして、事件から約2年半後の2007年1月にいたり、和解で25億円の賠償を獲得しました。
25億円というとかなりの額と思われるかもしれませんが、提携交渉に費やした時間や費用やエネルギー、さらに提携破談による機会損失、和解金を獲得するために訴訟遂行に費やした時間と費用と労力(特に社内で費消された莫大な労務コスト)を考えると、25億円という賠償は到底割に合うものではなく、苦い勝利であったと推測されます。
欧米の取引社会においては、今回のケースのような提携交渉に着手する前に、契約書を作成しますが、日本においても、企業法務の最前線においては、
「契約書は存在して当たり前。さらにはその内容もトラブルやロス発生の際の具体的な負担方法まで文書化していないと無意味」
とまで認識されるに至っており、契約書の存在のみならず、内容の緻密さまで問われるようになってきています。
提携交渉に着手する前に交わすべき契約内容としては、提携交渉の背景や経済的動機の確認、交渉中取り交わされる情報の保秘、交渉期間中に第三者と同種の交渉を行なうことの許否、当事者の違約があった場合の賠償措置などが盛り込まれます。
最近では、違約を行なった場合の措置の内容として、賠償額の予定や違約罰まで定めることが必要です。
前述の各約定事項の違反があったとしても、オートマチックに損害額が確定するわけではありませんし、損害額を立証するのは損害請求する被害当事者の負担となります。
そして、立証できなければ
「契約違反はあったが、損害はない
という認定により、結論として損害賠償は棄却されるリスクが現実化します。
無論、今回は、相当額の和解金を獲得しており、ある程度損害立証に成功したものと評価できますが、他方で、そこに至るまで2年半もの歳月と大きな訴訟コストや内部人件費を費消したことを考えれば、
「もめたら、おって訴訟でカタをつけることもできるから、さほどきっちり取り決めなくていはいい」
などとはいえません。
提携交渉の際にいろいろと当事者間に禁止事項を定めるのは結構ですが、違反した場合の損害立証まで視野に入れて
「この義務に違反した場合は違約罰として○円支払う」
等の取り決めまでしておかないと、
「契約違反しても、事実上ペナルティなし」
ということになりかねません。
住友信託とUFJとの間においても、
「独占交渉権を侵害した場合、違約当事者は、違約罰として直ちに金200億円支払う。なお、本違約罰は、いかなる意味ないし文脈においても、損害賠償の予定ないしその一部としては解されない」
という合意が存在した場合、賠償請求訴訟はもっと短時間で労力も少なく損害論をクリアでき満額賠償を得られたかもしれないし、さらに、UFJ側への有効な牽制となり、破談も起きなかったかもしれない。
私がよく例えに用いるのが、
「違約罰条項なき契約」
というのは、
「ゆびきりげんまん」したが、「嘘ついても、特段具体的なペナルティは定めない」
というのと同じで、
「嘘ついたらハリセンボン飲ます」
という定石的なペナルティ設定と比べ、約束違反を誘発しやすい構造を持っている、という認識です。
要するに、
「『社運を賭け、コケたら大事件になるような、重大な契約交渉』を行うなら、『小学校低学年でも大事な約束をする際に実践するペナルティ設定上のリテラシー』を以て、約束を具体化しておくべし。その程度の知恵をもたず、無防備な契約で、大事に臨むと、後で大きなトラブルに遭う可能性がある」
ということです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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