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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」、特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)
相談内容:
鐵丸先生!
聞いてください、バカみたいな話を患者さんの家族がギャーギャー言って来るんです。
いえね、2週間前、腰が痛いっていう新しい患者さんが来たんですよ。
その患者さん、全身のむくみがひどかったので、この道40年の私には、
「この人、血行が悪いんだな」
とすぐにピンと来ました。
「血行が悪いなら、やっぱ、『はり』でしょ! で、何時やるか? 今でしょ!」
というノリで、去年から密かに習い始めたはりをすすめてみました。
まあ、治療院も商売ですからね、私がはり師の免許をまだ取っていないことは内緒にしました。
ていっても、私、3年制のはりの学校で2年生でしたし、技術には自信ありますから、まったくもって問題ナッシングです。
それで、その患者さんにはりを打ちました。
もちろん背中にもです。
打ち終わってしばらくしてから、患者さんが
「なんかちょっと息苦しいな」
とか言ってたんですよね。
きっと血行が良くなりすぎて息切れ状態なんだな~とポジティブにとらえていました。
そしたら、次の日、その患者の奥さんが治療院に来て、
「お前がはりを背中に深く刺したせいで、主人が気胸になった! この犯罪者!」
とギャーギャー言ったって訳です。
背中にはりを入れたつっても、たった2センチ弱ですし、自然気胸の既往症かもしれないし、私の打ったはりのせいで患者さんが気胸になったなんていう証拠なんてない。
そもそも打ってあげたのは、患者さんを治してあげたいという、プロとしての高邁な精神に基づくものなのに! ったく!
何が、犯罪者ですか?
はり2センチですよ。
それこそ、患者を訴えたいくらいすよ!
モデル助言:
はり、ですか。
当たり前ですが、はりのように専門的知識と技術が必要な治療はきちんと免許を取って行わなければなりません。
そもそも
「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」
違反ですし、間違えれば患者さんの命を奪ってしまい、刑事法の罪に問われかねませんよ。
こういう裁判例(平成22年12月7日、大阪地方裁判所判決)があるんですよ。
この裁判例の先生は、今回の池井毛さんと同じように、はりの養成所(専門学校)の2年生で、まだはり師の免許を持っていないのに、患者さんの背部にはり治療を行いました。
まあ、2年生といっても、他の治療免許をもっていてキャリアも自信もあったのかもしれませんね。
背部には19ミリメートル以上指すと気胸を発生させる危険があるのに左背部に約30ミリメートル、右背部に約20ミリメートルも打ってしまった。
その結果、その患者さんは両側緊張性気胸に起因する低酸素脳症で死亡したんです。
「背部にははりを19ミリメートル以上刺してはならない」
という禁忌の目安を知らなかったということだけでも、技術不足が強く推認されるところですが、はり師の免許の取得もしておらず、通っていた学校ではまだ2年生で十分な教育を受けていたとはいえない状況であったこともその先生の過失は明らか、と判断されました。
その結果、その先生には業務上過失致死傷罪が成立すると認定されました。
この種のいい加減な治療は本当に危ないんですよ。
ガチで犯罪者になってしまいますからね。
あと、学校に通わせている弟子にやらせるのも非常に危険ですからね。
「忙しい、手が足りない。エイ、やっちゃえ。これも、いい勉強だ。オレが見てりゃ大丈夫!」
なんて最も危険です。
この訴えられた治療家の方は、どうすればよかったのでしょうか?
はりなどの人体に危険が及ぶ治療は、まだ学生のうろ覚えの技術ではするべきではなかったのです。
裏付けのある専門的な技術をお持ちだと確信できる場合以外に行う治療行為は、とても危険性の高い行為であり、間違えれば犯罪行為だということを肝に銘じておいてください。
裁判所も
「はり師免許を取得していない被告人のはり施術が治療行為として是認されないことはもちろんであるが、さらに被告人は、はり施術に必要な専門的知識や技能も習得していなかった。それにもかかわらず、身体、生命に対する危険のある背部への施術を繰り返す中で、本件の事故を引き起こしたものである」
と、免許を取得していなかったことだけでなく、専門的知識や技能も習得していないのに危険な治療行為を行ったことを認定した上で厳しく非難しています。
まあ、今回の池井毛さんの場合、死に至るほど背部に深くはりを刺したわけではないですし、それほど大きな事件には至っていないようです。
ここは、丁重に謝罪した上、気胸の治療費はお支払いし、こっそり示談にするべきでしょうね。
もし、これで患者さんが刑事告訴したりすれば、池井毛さんに業務上過失致傷罪が成立し犯罪者になってしまいます。
はりは学校を卒業するまでは封印して、きちんと知識や技能を習得してから慎重に患者さんにはり治療を施してあげてください。
無論、免許を取得してからも、くれぐれも無茶はダメですので、
「サービス精神発揮して、ハードなむくみには、ハードな治療で、グイグイ突っ込め」
なんてNGですからね。
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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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