00608_法務予算設計の考え方

法務予算ですが、これは、一義的に決まるわけではなく、企業の
「安全保障ニーズの感受性」

「懐具合」
で、企業毎に適当に決めればいい、としか言いようがありません。

とはいえ、考え方やロジックやヒントのようなものも必要がありますので、いくつかご紹介申し上げます。

1 リスク値

リスク値という考え方があるようです。

これは、主に、情報セキュリティ投資をする際、合理的投資額を決定する際の参考として、リスクを定量化しようとする試みの中で確立した考え方の1つです。

リスク値=(資産価値)×(脅威の大きさ)×(脆弱性の度合い)

といった、わかったようなわからないようななんとも評価し難い数式をみかけたりします。

その他、いろいろ難解な数式でリスク定量化の試みがあるようですが、数式に突っ込むパラメーターが解釈や評価による可変性が大きく、難解で使いにくい割に、信頼性や客観性に乏しい、というのが私の感想です。

いってみれば、
「IT屋」
が、企業から巨額の予算を引っ張る際に、
「セキュリティ対策予算は、リスク値からみて、合理的で、むしろ、安いくらいです」
という説明をする際に使う道具概念だと思われます。

ただ、このような
「道具」
は、ICTのセキュリティ対策だけでなく、保険でも、災害予防対策でも、事故予防対策でも、法務対策でも使える考え方です。

要するに、
「予算ありきで、ロジックは後からでっち上げ」
をする際、数字やロジックで化粧して、説得力をもたせる(決裁者に目くらましを食らわせる)ために、知っておくべきツールの一種です。

逆に、予算決裁をする側からすれば、ロジックの壮麗さに目を奪われることなく、ロジックの裏側にどんな利害やストーリーが潜んでいて、本音はどういったもので、その本音部分に納得できるかどうかを見抜く必要があります。

2 各国軍事予算の対GDP比

各国軍事予算の対GDP費をみてみると、例えば、こんな感じになります。

アメリカ3.1%
日本0.9%
サウジアラビア8.99%

国家全体の上がり(売上)の概ね1~10%を安全保障コストにかけており、ただ、安全保障環境における緊張状態(緩和状態)により、それぞれ比率が異なる、ということのようです。

なお、これはもちろん平時予算です。

国家の存亡がかかった存立危機事態や戦争状態になると、こんなものではすまず、戦争遂行予算はGDPの数倍になります(無理なく全面戦争を遂行できる国家予算の限界値は、GDPの4倍程度までといわれているそうです)。

「組織防衛のための安全保障予算の考え方」
としてご紹介しましたが、国家と企業では
「安全保障ニーズの切迫性・重大性」
という点では自ずと異なりますので、
「最大限を画する(=逆の言い方をすれば、売上10%超の法務予算は過大に失する)」
という程度には参考になると思われます。

実際は、この10分の1~100分の1、すなわち、売上の0.01~0.0001%くらいといったところではないでしょうか。

もちろん、最低限の法務予算というものは観念できます。

ミニマムサイズの法務体制となると、月額5万円程度の法律顧問契約を締結して外部専門家として顧問弁護士を装備し、経理や財務や総務や人事・労務といった間接部門の実務トップを法務部長兼務として、顧問弁護士の協力を仰いで、平時安全保障全般の社内サービスを担っていく、という体制です。

これですと、最低で、年間100万円程度で法務体制が一応整います。

さらにいいますと、顧問弁護士の体制整備すら放棄し、いわば
「無保険状態」
で、安全保障体制を欠如して、事故ないし事件が起こったら、スポットで有事安全保障活動を弁護士に依頼する、というあり方です。

平時の安全保障体制を放棄しておいて、有事になってから泥縄式に体制整備をしようとしても、たいていは壊滅的な結果しか想定できず、
「シビアインシデントの発生=会社の消滅」
となる可能性が高まりますが、法務体制を整備するのはコストがかかることは厳然たる事実であり、これを忌避してこの種のコストを忌避してリスクの増大を容認するのも、1つの見識であり、経営判断としてはあり得るところです。

なお、同じ企業であっても、多国籍展開している企業の場合、国内事業の安全保障環境は緩和的だが、海外事業は緊張状態にあるので、海外事業については、売上対法務予算比が大きくなるのは、一定の合理性があるように思われます。

3 横並び戦略

パナソニックは、300人の法務体制を整備しているそうです( 300人体制を築くメガ法務の役目 – パナソニック )。

ざっくり計算にしますと、人件費や付随コストを含め、法務スタッフ1人平均約1200万円ほどかかるとすると、300人体制の法務部を運営するのに、年間約36億円の予算が必要となります。

プラス法務外注予算(弁護士費用)を含めると、50億円前後といったところでしょうか。

一見すると、かなり巨額予算のように思えますが、パナソニックの時価総額は2兆円超、売上高は約8兆円です。

このような資産や売上の安全保障対策費と考えれば、合理的か、あるいは低廉に失するということができるのかもしれません。

「正解がない課題である、安全保障予算設計」
の考え方は、無理に答えを探したりしても所詮
「正解がない」
のですから無駄であり、無意味です。

こういう場合、
「皆がどうやっているか」
を睨んで
「横並びになるよう多数が採用する水準に併せていく」
という
「個性も独自性も理論も哲学もないあり方」
が、
「致命的な間違いを犯さない」
という点において、最善解の有力候補となることがあります。

私の調べる限り、企業毎の法務予算についての詳細な調査研究は見当たりませんが(経済産業省か東証か経団連あたりでやっていただきたいですが)、今後、各業態・企業規模毎の法務予算規模が明らかになると、相対値・有力動向としての予算イメージが具体化され、態度決定の参考になるかと思います。

4 結論

結論としては、最初に述べた、

法務予算は、企業の「安全保障ニーズの感受性」と「懐具合」で、企業毎に適当に決めればいい

ということに尽きます。

保険と同じで、将来に不安があれば可処分所得を目一杯保険に突っ込むのもありですし、強制保険以外の保険なしで、今を気ままに生きてもいい

そんなところです。

ただ、企業によっては、安全保障ポリシーやその実現方法について、万が一の事態が起きた場合に
「きちんと危機に備えた」
「他の企業が行う程度には安全保障体制に取り組んだ」
「だからこの事態に対して役員は免責される」
というカタチで、ステークホルダー(銀行、株主等)に説明する必要が出来しますので、そういう企業については、適当に決めた予算に合理性のお化粧を施す際、上記のようなツールを参考にすればよろしい、ということになろうかと思います。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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