企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
株式会社加藤茶業 社長 加藤 英幸(かとう ひでゆき、64歳)
相談内容:
当社は、有機栽培で有名な高木茶園と古くからお付き合いがあるほか、苦みと甘味を醸しだす製法は志村工業の特許の独占許諾を得ておりますが、これらの協力により独自の飲料商品を生み出し、ようやく株式を公開するまでになったのです。
ところで、先日、総務部長の仲本が、外資系のファンドが相当当社株を買い増しして、いつの間にか25%も買い占めていると慌てた様子で報告してきました。
このことを高木さんや志村さんに相談したところ、
「オレたちは加藤さんと一緒に加藤茶業を大きくしてきた。
買収されるようなことがあったら、オレたちも困る。
何でも協力する」
と言ってくれています。
とはいえ、2人とも安定株主として株を買い増すという形での協力は無理なようです。
ところで、高木茶園との茶葉の仕入れ契約は今月で修了となり、更新の話となりますし、志村工業との特許ライセンス契約も来月に一端終了となります。
ファンドは純投資目的で保有しているようですが、米国大手メーカーが当社を買収する動きがあるとの噂もあり、ファンドがこのような動きに併せて買い増しをしているとも考えられます。
敵対的買収を防ぐための妙案で、何かいいものはありませんでしょうか。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:買収防衛策としての取引先との連携
かつて日本の産業界を賑わせたニッポン放送買収騒動の際、ライブドアによる買収が現実化しそうになったとき、フジテレビでは、
「ニッポン放送がライブドアに買収されるような事態に陥ったときには、コンテンツ提供を打ち切ることもあり得る」
という趣旨の公表をしました。
これは
「買収した途端、ニッポン放送の企業価値が下がるかもしれないから、ライブドアの買収は無駄に終わるよ」
ということであり、
「寄り切りで負けそうになってもこちらの土俵を後ろにずらすから、負けないよ」
と宣言したようなものです。
ここで、注目されるのは、買収防衛策の多様性です。
すなわち、買収防衛策としては、株式(新株予約権)という企業持ち分の分捕り合戦を中心に構築されることがほとんどですが、会社の利害関係者は何も株主だけではありません。
現代的ステークホールダーズ論によれば、
「会社の利害関係は株主だけではない。
顧客や従業員や取引先、さらには行政や地域社会までもが会社の利害関係者である」
ということがいわれることからも明らかです。
ですので、敵方に株を過半数以上取られないための方策と並行して、
「暴力的に会社を奪おうとすると、株主以外の利害関係者が牙を剥き、会社が存立し得ない状況に陥る」
という布石を打っておくことも買収防衛策としては有効に機能します。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:チェンジ・オブ・コントロール条項
ところで、外資系企業と取引すると、チェンジ・オブ・コントロール条項(あるいはチェンジ・イン・コントロール条項)というものを目にすることがあります。
これは、
「取引先企業の支配権が合併や買収で変動した場合、相手方企業が契約を破棄・変更できる」
という仕組みです。
アメリカなどでは、ソフトウエア会社が顧客企業に特殊なソフトウエアを供給していたところ、ライバル会社が顧客企業を買収してしまうという事態も起こり得ます。
そうした場合に備えた契約解除権を設けておかないと、ライバル会社が顧客企業を通じて顧客向けにしか開示しない企業秘密を入手することになりかねません。
最近、買収防衛策のひとつとして、チェンジ・オブ・コントロール条項の利用が検討されているようです。
すなわち、ニッポン放送の事例と同じく
「買収して株主構成が変わったら、チェンジ・オブ・コントロール条項が発動され、取引先を喪失することにもなるから、あまり強引なことはおやめなさいよ」
という形で強硬な敵対的買収の実施を躊躇させる、というわけです。
モデル助言:
本ケースで言えば、高木茶園や志村工業が加藤茶業との契約を更新する際、
「加藤茶業の支配株主が変更したような場合、高木茶園や志村工業が契約解除権を取得する」
という条項を加えることが考えられます。
これにより、米国大手飲料メーカーが敵対的買収をした場合、加藤茶業の企業価値の根幹とも言うべき高木茶園からの茶葉供給や、志村工業の特許ライセンスが喪失することになるので、米国大手飲料メーカーとしても、強引な乗っ取りがやりにくくなります。
また、同様の発想に立つものとして、労働者に結束してもらうというのもいいでしょう。
御社には労働組合は存在しませんが、これを機会に従業員が労働組合をつくるのもいいかもしれません。
無論、御用組合でなくては困りますが、組合の姿勢として
「現経営陣は理解があるので、仲良くやっていくが、あまり強引な買収をする輩に対しては戦闘的な行動に出る」
なんてことを表明してくれれば、買収防衛策としては理想的です。
とはいえ、これらのことを買収防衛策を目的として会社が積極的かつ露骨に実施するのはお勧めできません。
あくまで
「株主を含む広汎なステークホールダーズとの関係を良好に維持し、企業を長期的に発展させる」
という大義名分の下、受け身の立場で粛々と対応していき、気が付いたら強力な買収防衛策になっていた、という形で進めるべきです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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