M&Aという業務課題は、
「正解とやり方がわかっていて、経験さえあれば誰がやっても同じ結果が期待できる、陳腐なルーティン」
ではなく、
「正解がなく、定石も不明で、誰も経験がない、未知のプロジェクト」
というべきものです。
買うべきか買うのを避けたほうがいいのか、
買うにしてもいくらで買うべきか、
目の前の企業の適正価格はいくらか、
予算を超えた価格だがやはり買うべきか、
買った後投資回収できるか、
DDの結果は信頼できるか、
シナジーシナリオは実現できるか、
買った後の調査不足や想定外で大損したり財務リスクを抱えることはないか、
こんなものまったくわかりません。
正解があるかどうかわかりませんし、定石も不明で、誰も経験のない、未知のプロジェクトです。
この種の不確実性満載のプロジェクトは、目的設定以前に、状況や環境や相場観の認知・解釈すら選択課題であり、緻密かつ理詰めで構築していかないと手に負えないものです。
インパール作戦のように、杜撰な計画で適当におっぱじめた挙げ句、意地になってムキになって撤退を拒んで突進したら、最後は全滅することもあります。
常に、失敗する可能性を念頭に置き、リスクを保守的かつ鋭敏に感受し、リスクが制御不能となる前にダメージ・コントロールしつつ撤退することも考えながら、進めていくべき必要があります。
日本人は、大学入試のように、
「正解があり、正解が想定できるルーティン」
については、実に緻密に、合理的に対処できます。
しかし、M&Aの失敗率のデータが示すように、
「正解がなく、定石も不明で、誰も経験がない、不確実性満載の、未知のプロジェクト」
となると、途端に、合理的思考を放棄し、トップの鶴の一声で、情緒的に
「エイヤ」
で決定し、絶望的なリスクや障害があっても、撤退をせず、壊滅的な泥沼に陥って無残な失敗をしがちです。
綱渡りや空中ブランコは、勢いとノリでやったら失敗します。
綱渡りや空中ブランコを生業にするサーカス団のプロは、雑でガサツで勢いだけで刹那的に生きている無謀で野蛮な人間ではなく、冷静で緻密で計算高く自己制御ができる実に知的な方々です。
そして、何より、綱渡りや空中ブランコに失敗した場合の怖さを誰よりも理解し、失敗が現実化するメカニズムや兆候を研究しつくし、失敗が現実化しないようにありとあらゆる方面に神経を研ぎ澄まします。
というより、綱渡りや空中ブランコを生業にするサーカス団のプロは、そもそも論として、
「綱渡りや空中ブランコが、危険な営みである」
ということを知っており、過去に何回成功していようが、しっかりと
「綱渡りや空中ブランコが、危険な営みである」
という認識を持ち続けます。
ところが、ズブの素人が、何の準備も知識もなく、
「綱渡りや空中ブランコが、危険な営みである」
ということを認知せず、勢いとノリでやったら、どうなるでしょうか?
待っているのは悲惨な結果だけです。
M&Aを成功させるために大切なことは、成功させるために、あるいは失敗しないために、
「M&Aは成功率3割の危険な営みである」
という認識を持ち、知的資源を絶え間なく惜しみなく動員することです。
そして、その大前提として、
「M&Aは、素人には難しい、『綱渡りや空中ブランコ』なみに知性と計算と冷静さが要求される、常に失敗のリスクがつきまとう、危険で怖い営みである」
という事実を知り、当該認識をもち続けることです。
そして、「正解や定石のないプロジェクトである」という前提認識で、戦略を立案し、これを戦略的に遂行することが必要です。
こういう言い方をすると、
「先生、脅すの? そんなに慎重に考えていたら、商機を逃すよ、事業が大きくならないよ」
と反論されます。
しかし、このいいざまは、株式投資や、FXや、CFDや、商品先物や、仕組債や、ノックイン型投資信託や、金利スワップや、為替オプションや、パチンコや、バカラや、チンチロリンで失敗した方々が、勝負の前に豪語する言い方と似ています。
データが示すのは、M&Aは、多くのカネを費やして他人が不要と判断した中古品・リサイクル品を手に入れる、勝率3割以下のポンコツバクチであり、丁半バクチ以下の期待値しかない、極めて危険な営みです。
確実に勝てる案件でもない限り、少しでもリスクがあれば、買い手の有利なポジションを使って、
「や~んぺ」
と言って撤退すればいいだけです。
場馴れしていないド素人の事業会社が、無理して、M&Aマーケットという
「鉄火場」
に乗り込み、身ぐるみ剥がれて死期を早める、なんてリスクを背負うことなんてありません。
M&Aといった、知らない、理解できない、馴れない分野で起死回生の一発逆転を狙うのではなく、地道なリストラと、保有資源の再活用によって、土地勘のある市場を地味に掘り起こし、しぶとく生き残ることが重要ではないでしょうか。
そうしている間に、
「“1万円札を3000円で買える”といった、しびれるくらい安い買い物の提案が目の前に転がっており、それを、相手の無知につけ込み、足元をみて、2000円に値切って買う」
なんて笑いが止まらないくらい美味しい案件が飛び込んでくるかもしれません。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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