企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
アンシャンレジーム興産株式会社 社長 山垂井 五三(やまだるい いつみ、34歳)
相談内容:
ボンジュール!
先生聞いて!
ストックオプションで従業員を救済してあげ~る~の話!
ちょっといいかな?
あ~先生、忙しいところ驚かしてすまんね。
や~いつぞやの弊社の従業員士気向上のためのストックオプション発行ではお世話になりました。
従業員一同、お陰で一所懸命に一騎当千の働きをしてくれてきたのだがね~、財務部から今期の決算の報告がきましたんや~!
そこで、事情が変わった~!
今期は前期よりもさらにさらに減収減益やないか~い!
このままだとボーナスは出ないし、今期の決算内容が外部に出たとたん、株価も急降下するやないか~い!
今期の報告内容を知った従業員の間からは、
「年末はパンが食べられない」
なんて悲惨な叫びが聞こえてくるやないか~い。
上場してしまった以上、私が個人的に持っている弊社株式を決算内容が外部に出る前にコッソリと売るのもインサイダーになるからダメと法務から止められるやないか~い。
そこへ救世主が登場~。
コンサルタントの樋口がいうには、
「法律上、ストックオプションの権利行使はインサイダーの規制対象ではないので、決算内容が外部に出る前に権利行使しても大丈夫」
らしい。
ん~、事情が変わった~!
早速、従業員たちには、決算内容が外部に出る前にストックオプションの権利行使をさせて、今年の年末にはパンとケーキが食べられるようにさせてあげよう。
ストックオプションを従業員に与えておいて本当によかった~!
かんぱ~い!
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:インサイダー取引規制
金融商品取引法(旧証券取引法)は、
「資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もつて国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする(第1条)」
という目的を実現するため、詳細な規定を設けています。
株価は市場において形成された客観的で公正な企業価値を反映するものであり、このような期待があるからこそ、投資家は市場を信頼し、資本主義が健全に機能することになります。
その意味では、市場における株価は、正確な情報に基づき、自由かつフェアに評価されたものでなければなりません。
反対に、市場における株価形成のプロセス自体が歪められたり(相場操縦)、株価形成の際に虚偽の情報が混入したりすること(開示における虚偽記載)、さらには、
「一部の者だけが正しい情報を持つ結果、本来あるべき企業価値とは離れた株価が形成されること(インサイダー取引)」
も、投資家の市場に対する信頼を失わせ、資本主義という制度そのものを破壊しかねない悪質な行為と考えられることになります。
このような点から、金融商品取引法は、インサイダー情報による取引を違法視し、刑事罰や課徴金の制裁など厳しい制裁を科しています。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:ストックオプションとインサイダー取引
ところで、ストックオプションの権利を行使して株式を取得する場合については、
「厳格な手続きが予定されており、投資家による市場への信頼喪失が発生しない」
という理由で、インサイダー取引に該当しないものとされています(金融商品取引法166条6項)。
ただ、
「ストックオプションがインサイダー取引にならない」
のはあくまで、株式取得面に限ってのことであり、重要事実を知った者が公表前にストックオプションで取得した株式を売却したりすると、当該売却行為にはインサイダー取引規制が及びことになります。
モデル助言:
コンサルタントの樋口氏がいっていた
「ストックオプションの権利行使はインサイダーにあたらない」
との話は間違いではありませんが、
「権利行使」
というのは、与えられたストックオプションの権利(新株予約権)を行使して、株式を取得することまでしか意味していません。
ですので、権利行使した株式を入手して、手元に置いておき、眺めるだけなら誰も文句をいいません。
しかしながら、
「大幅な減収減益」
という重要事実を知ったインサイダーが、当該事実の公表前に、皆を出し抜いて、売却して暴利をむさぼることはインサイダー取引として禁止されるのです。
証券取引等監視委員会や証券取引所などは、株式の売買を毎日監視しています。
「このタイミングのこの取引は、インサイダーでなければできない」
と思しき異常な取引については、取引の規模にかかわらず厳重な調査の対象となりますので、
「ちょっとした小遣い稼ぎだから、お目こぼしにあずかれる」
などと思ったらあとで大変なことになりますよ。
特に御社のように上場したばかりの企業では、インサイダーに関する知識が職員の間に徹底しておらず、安易にインサイダー取引に手を染め、企業の信用まで落としてしまう実例が少なくありませんので、一度、社内セミナーを実施して啓発活動をしておいた方がよろしいですね。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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