本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2018年4月号(3月24日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」百九の巻(第109回)「ワシに逆らうヤツは島流し! さもなくば、クビじゃ!」をご覧ください 。
当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)
相手方:
脇甘商事株式会社 社員 清水 清(しみず きよし)
清水 清の妻 女性民間環境研究家 清水 清子(しみず きよこ)
ワシに逆らうヤツは島流し! さもなくば、クビじゃ!:
当社は新聞紙面を賑わす事件を起こしてしまい、しかもそのネタは、社員の家族が新聞社に持ち込んだとあって、当該社員を僻地へ転勤させる辞令を発令したところ、当該社員は転勤先に行かないどころか、そのまま本社に出勤し続けています。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:配置転換
「配置転換」(略して「配転」)
とは、従業員の職務内容または勤務場所が長期間にわたって変更されるものをいいます。
いわゆる
「転勤」
のことで、部署間の人数調整や適材適所の配置、異なる勤務場所での経験を通じた社員の能力向上等を図る目的で、戦後、終身雇用を前提とした日本企業において採用されてきた制度です。
近年では、転勤のない
「エリア型総合職」
を導入する企業が増え、また、働き方改革が進む中、職種を限定した
「ジョブ型正社員」
も導入されるなど、社員の働き方は変化してきています。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:配転命令権
1 使用者は、かなり自由に、柔軟に、部署替えや転勤を命じる権利が認められている
「転勤命令が正当な人事権の行使といえる限り」
社員には従う義務があります。
しかし、使用者側が正当と考える場合であっても、社員が転勤の不当性を主張し、これに応じないことがあります。
この場合、社員への転勤命令が法的に無効であれば、会社はその命令に社員を従わせることはできないのです。
2 配転命令(転勤の辞令)が有効とされるための要件
就業規則が転勤を想定した形になっていて、入社の時点で
「この仕事しかやらない」
「転勤はなし」
という特別な取決めがない、という要件の充足によって転勤命令は法的に有効性を持ちます。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:配転命令権の濫用
裁判例では、社員(原告)は、転勤がある会社(被告)に新卒として採用され、8年間大阪近辺で勤務していました。
この社員に対し、会社は神戸営業所から広島営業所への転勤を内示しましたが、社員は家庭の事情を理由にこの内示を拒否しました。
続いて、会社は、名古屋営業所への転勤を内示しましたが、社員はこの内示にも応じませんでした。
そこで、会社が就業規則の懲戒事由に該当するとして社員を懲戒解雇したところ、社員が転勤命令と懲戒解雇の無効を主張して提訴しました(東亜ペイント事件、最判昭和61年7月14日)。
この事件において、最高裁は、
1 業務上の必要性が存しないとき
2 転勤命令が不当な動機・目的をもってなされたとき
3 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
には、転勤命令が命令権の濫用にあたるとしました。
配転命令権の濫用については、裁判でよく争いになります。
婚約者との別居が生じる転勤命令(川崎重工業事件)、単身赴任が生じる転勤命令(帝国臓器製薬事件)、大阪現地採用の労働者への東京転勤命令(チェースマンハッタン銀行事件)、研究所移転に伴う北九州から千葉への転勤命令(新日鐵事件)。
これらの裁判例では、単身赴任や遠隔地転勤にすぎないのであれば、通常甘受すべき程度を超えない(転勤命令は有効)と判断されました。
他方、メニエール病に罹患した従業員に対する1時間40分の通勤を要する事業所への転勤命令(ミロク情報サービス事件)、重症のアトピー性皮膚炎の子を養育する共働き夫婦の夫に対する東京から大阪への転勤命令(明治図書出版事件)、病弱者を複数抱える(躁うつ病の疑いがある長女、発達障害の次女、体調不良の両親)社員への転勤命令(北海道コカコーラボトリング事件)。
これらの裁判例では、本人や家族の健康状態に問題があるにもかかわらず、こうした点をあまり考慮せずに転勤命令を出した場合、その命令は無効と判断されました。
なお、平成13年に、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(通称「育介法」)26条において、育児、介護を行う労働者の配置に際しての、使用者の配慮義務が定められました。
助言のポイント
1.従業員を転勤させるには、転勤命令権を就業規則に規定しておく必要がある。それだけでなく、勤務地限定や職種限定といった合意が従業員との間で個別に交わされていないかというチェックも怠らないように。
2.転勤命令権が就業規則に規定されていて、勤務地や職種を限定する合意がなかったとしても、転勤命令が命令権の濫用とされる場合がある。
3.濫用とされないためには、転勤命令が①業務上の必要性があり、②不当な動機・目的がなく、③社員側の事情を無視した「問答無用の、激烈ムチャぶり転勤」ではないといえるよう、辞令を出す前にしっかり整理しておくこと。
4.「育児、介護を行う労働者に対する使用者の配慮義務」については、裁判所から厳しくみられる傾向にあるので、該当する労働者を転勤させる際は、注意しよう。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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