00172_企業法務ケーススタディ(No.0127):長時間労働の悲劇

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ライト・ライム代表取締役 光田 萬九郎(みつだ まんくろう、36歳)

相談内容:
「女装者限定、ノーマルな方はお断り」
っていうコンセプトのバーってやつ、最近、なかなか調子が良くって、多店舗展開とかしてんだけどね。
何せ飲食業で、しかもバーって業態ということもあって、就業時間がどうしても不規則になっちゃうのよ。
それで、ちょっと不安になって相談にきたのよ。
別に、今のところ従業員から苦情が出てるとかそういうんじゃないわよ。
もちろん前に先生に教えてもらったナントカ協定とかいう届け出はしてるし、残業代だって支払ってるわよ!
といっても、給与に、何時間分かの時間外労働分を上乗せして支払う、って感じでやってんだけど。
でね、業界の噂なんだけど、深夜までやってる飲食店を経営している会社があって、少ない人数で目一杯残業させてたら、ある従業員が亡くなったらしいのよ。
それで、未払残業代とか過労に対する損害賠償責任を会社が背負わせれそうになってんだけど、役員報酬とかバンバン取ってるから、会社にはほとんど財産とかないわけよ。
そしたらね、その会社では、役員個人が賠償責任を負わされて、相当な金額を払わされたとかって、怖い噂があんのよ。
そんなことあり得るの??
ちょっと後学のために教えておいてちょうだいよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:違法残業のリスク
残業とは、法定労働時間を超過して働かせることを言いますが、この場合、まず労働基準法36条に基づく協定(36協定)の締結が必要です。
そして、週40時間以上勤務させるような法定外残業の場合には、残業代として基本給の25%増を支払わなければなりませんし、それが休日の場合には35%増とする等の規制が働くことになります。
加えて、これらは取締法規であるため、違反行為に対しては刑事罰(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)も定められております。
実際に、2003年2月3日には、特別養護老人ホームの経営者が、残業手当を支払わずにサービス残業をさせていたなどとして逮捕されるという事件が起きています(共同通信)。
このように、会社には、法で定められた時間を超えて従業員に残業をさせている場合には、未払残業代の支払い義務が生じることはもちろんですが、さらに、仮に超過勤務が原因で従業員が過労死してしまったような場合には、安全配慮義務違反(労働者の生命及び健康等を危険から保護すべき義務の違反)があったとして損害賠償義務まで負担するとされています(「電通事件」、最高裁平成12年3月24日判決)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:役員個人の責任
さて、会社が責任を負うとしても、役員個人が賠償責任を負うなどということがあるのでしょうか。
この点について、過労死等の場合、会社が責任を負うのはともかく、役員
「個人」
が賠償の義務を負うなんて考えられないという経営者が大半であると思われます。
しかしながら、役員個人も損害賠償責任を負うとの裁判例が近年出されていますので十分な注意が必要です。
これは、前述の
「安全配慮義務」
を会社が負う以上、取締役個人としても、かかる義務を実施可能な会社の体制を万全に構築する義務があり、それを構築していなかったということが責任の理由とされました(「大庄事件」京都地判平成22年5月25日及び大阪高判平成23年5月25日。ただし、2011年7月現在、最高裁に経営陣が上告中)。
取締役らが、企業経営の全般について重い善管注意義務を負っていることは皆さんご存じのとおりです。
そして、役員は善管注意義務違反によって損害賠償責任を負うことになるのですが、同判決では、労使関係が企業経営に不可欠であるため、会社の
「安全配慮義務」
を万全にするための体制構築義務も、善管注意義務の具体的な一内容であると明確に判示されたわけです。

モデル助言: 
大庄事件判決では、会社の責任とは別に、役員4人で連帯して約4000万円を支払えとの厳しい判決が言い渡されています。
ここでは、
「基本給の中に、時間外労働80時間分が組み込まれているなど、到底、被告会社において、労働者の生命・健康に配慮し、労働時間が長くならないよう適切な措置をとる体制を確立していたものとは言えない」
という過酷な労働環境が前提とされており、社長の会社とは状況が違うはずですけど・・・ん?
社長、ふくよかな顔色が良くないですけど大丈夫ですか?
大庄事件のポイントは、経営者個人としては、従業員個人の労働状況なんて把握できるわけがないにもかかわらず、
「不合理な超過勤務を許容するシステムを作っていた」
という理由で具体的指揮の及ばない個別の事故についてまで、役員
「個人」
として損害賠償責任まで負うとされた点です。
長引く不況の中で、労働コストの削減に安易な削減に流れがちですが、不合理な労務システムを放置しておくと、会社だけでなく、経営者個人まで責任を負わされかねません。
飲食業は確かに時間が不規則ですが、だからこそ、労働時間規制に対応した雇用体系を作り上げるべきです。
そうしたほうがかえって能力のある人材を集めやすくなりますし、長い目で見れば会社にメリットが生じますから。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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