00259_公益通報者保護法が企業経営に与えるリスク

談合、各種食品偽装、品質偽装、リコール隠し等々、最近、企業内部の不正が多く報道されるようになりましたが、これらの不祥事報道のきっかけのほとんどが企業の従業員等の内部告発によるものだと言われています。

そして、このような内部告発した従業員が、後に解雇されたり、職場で様々な不利益を受けることもよく知られた話です。

企業のこの種の報復から内部告発者を守るため、2006(平成18)年4月に公益通報者保護法が施行されました。

ちょっと前まで、企業内で秘匿されている
「表立っては言えないような事情」
を口外しないことは従業員のモラルとされ、逆に、その種の事情を口外するときは辞職覚悟で行うものとされていました。

しかし、この法律により、
「企業内部の不正を公表するには、辞職を覚悟しなくてもいい」
という新たな企業文化が確立されました。

企業としては、
「コンプライアンスの観点上、企業内不正の密告は奨励される」
という理屈が法制化されたことを理解しなければならず、
「この対策を怠ると、信じていた身内からの裏切りにより簡単に企業組織が崩壊すること」
を認識する必要があります。

「公益通報者保護法」
というと、法律の内容とか企業経営へのインパクトとかが今ひとつピンとこないかもしれませんが、わかりやすく言うと、企業内不正密告免責法とか企業不祥事密告奨励法と言い換えれば、企業にとってどのくらい気をつけなければいけない法律か、ビビッドに理解できるのではないでしょうか。

特に、違法なことをやっている企業、そうでなくても、グレーなことや、やましいことや、外聞の悪いことをやっている(これらは、厳密に観察すると大概、違法行為だったりするわけですが)企業は、かなり真剣にチェックしておくべき法律です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00258_「労働組合ときちんと向き合って話し合わないと、違法(不当労働行為)」とされる、団体交渉のテーマ(団体交渉事項)について

団体交渉といえば、春闘で、ベースアップがどうこう、景気が悪いから賃上げもこの辺で妥協、といった、マクロ経済の議論や物価の高低、景況判断を踏まえた、もっと、労働者全体が関わる、大きく広汎なテーマが話し合われるようなイメージがあります。

ところが、
「従業員を解雇したら、当該従業員が独立系労組に駆け込み、組合加入通知と団体交渉の申入通知が送りつけられてきた」
というケースにおいては、ほぼ100%、組合員の解雇という個人的な問題が、団体交渉の目的たる事項とされます。

一個人の労働契約に関する問題を、企業内のことをあまり知らない労働組合からとやかく口を差し挟まれるのは奇異な感じがしますし、
「そんな、ズレまくっているテーマでの団体交渉なんて、普通にシカト(無視)しちゃっていいんじゃないの?」
という話になってもよさそうです。

しかし、前記のような一労働者の解雇の是非といった超属人的な問題も
「団体交渉を申し入れた労働者の団体の構成員たる労働者の労働条件その他の待遇や団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なもの」
である以上、義務的団体交渉事項として、会社は交渉に誠実に応じるべき義務(労働組合法上の義務)を負います。

会社が、かような交渉事項に関し、正当な理由なく交渉を拒絶した場合、労働組合法に違反する労働組合活動の妨害行為(「不当労働行為」といいます)として、様々なペナルティを負担することとなります。

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00257_会社で労働組合を作った覚えがないのに、従業員がいきなり「労働組合に加入したぞ」と通知してくる怪現象(?!)について

日本の多くの企業では、企業毎に労働組合が結成され、いわゆる
「御用組合」
という形で企業とそれなりに仲良く共生している例が多いです。

しかし、労働組合一般についていえば、日本国憲法により労働組合を結成する権利が認められており、労働組合を作るのに、一々会社の了解が必要というわけではありません。

そもそも労働組合を作ること自体、漁業協同組合や農業協同組合等を作るときのような意味不明な制約があるわけではなく、かなり自由にできるものです。

すなわち、2人以上の労働者が
「組合作ろう」
「そうしよう」
と意気投合し、地方労働委員会に規約等が労働組合法に適合していることを確認しさえすれば、原則として、労働組合法上の労働組合として、その活動に手厚い保護が与えられます。

企業内の労働組合が存在しない状況において、従業員が企業外の独立系労働組合(コミュニティユニオンとか独立系労組と呼ばれることがあります)の組合員となることは可能ですし、その場合、当該独立系労働組合が会社に対して団体交渉等を行うことも可能です。

そして、この独立系労組というのは、経験がない企業にとっては、シビれるくらい厄介でおっそろしく感じる脅威です。

なんせ、
言葉はギリ通じるものの、
話は通じないし、
気持ちはもっと通じないし、
通じないからといって交渉を拒絶すると労働委員会にひっぱり出されるわ、赤旗が立つわ、
と、とにかく接点をもつと企業として、ヘトヘトになるくらい疲弊させられる悩みの種になる、そんな代物です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00256_株主代表訴訟の脅威を低減・制御する方法

会社の経営陣の方々から、よく
「株主代表訴訟は怖い」
という言葉を聞きますが、
「饅頭怖い」
の落語のように本質を理解せずただ抽象的に怖がっているため、防御策をほったらかしにしているところがほとんどです。

本質的な対策としては、取締役において代表訴訟の原因となるべき任務懈怠あるいはこれと疑われるべき行為を減らす努力が必要です。

問題となりそうな取引や行為については、代表取締役の独断には付さず、取締役会できちんと議論するとともに、議論と承認可決された経緯を議事録に漏らさず記録しておくことにより、代表訴訟のリスクが相当程度逓減されます。

この点において、上場企業において積極的に採用されているのは、弁護士を社外取締役として選任するという方法です。

経営判断に合理性・合法性・外部目線・投資家目線・海外投資家目線が要求される現代上場企業マネジメントにおいては、弁護士を取締役会のメンバーに迎え入れ、
「法律知識をもっており、自らも下手な判断をすると株主代表訴訟のターゲットとなってサンドバッグになるというリスクを負担する」
という立場の弁護士から、経営判断の際、リアルタイムにリスクの洗い出しやリスクの予防・回避・制御のための知恵が出されますので、相当程度、代表訴訟リスクは逓減するであろう、と期待されます(とはいえ、社外取締役弁護士がいるからといって万全というわけでもなく、たまに、社外取締役弁護士も連座して、代表訴訟の餌食になる、という例もあるにはあります)。

脅威が現実化した際の制御方法についてですが、株主代表訴訟は、
「ある日、突然、予告も前兆もなしに、いきなり株主によって提起される」
というわけではなく、予兆というものがあります。

すなわち、代表訴訟提起前に株主から会社宛に、
「お前んとこの悪徳役員を訴えろ」
という内容の訴訟提起を求める書面が参ります。

ほとんどの会社は当該書面をシカトしますが、シカトの結果、怒り狂っている株主相手と役員との仁義なき直接対決を誘発してしまいます。

ケースによっては、株主の言い分どおり訴訟提起をしてあげて、話が通じる者の間で適正に解決した方がいい場合もあります。

ただ、気心知れた監査役に露骨な馴れ合い訴訟をしていい加減なことをしてお茶を濁そうとしても、このような不当な手法に対しては会社法で制限措置が設けられていますので、この点は十分注意すべきです。

最後に、防御策というより責任軽減策として、役員賠償責任保険に加入することや賠償額の制限を定款に盛り込むことも考えられます。

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00255_株主代表訴訟とは

株式会社の取締役が会社に迷惑をかけた場合、本来、会社がチョンボした取締役に損害賠償をすべきなのでしょうが(この場合監査役が会社の代表として訴訟提起します)、現実問題として、会社を牛耳る取締役に対して、役員仲間である監査役が責任追求するなんてことは期待できるはずもありません。

その結果、取締役としては、絶大な権限を利用して会社の財産を食いちらかすことが可能となってしまいます。

そこで、会社法は、あまりにもひどい場合に、株主が会社に代わって、取締役に対して損害賠償請求することを認めています。

とはいえ、株主の代表訴訟を無制限に認めると濫用される弊害の多く出てきます。

すなわち、暴力団やライバル企業が株式を取得して代表訴訟を濫発すれば、対象企業を事実上機能停止に追い込むことが可能となってしまいます。

そういうわけで、会社法は、取締役の専横を防止する制度として株主代表訴訟を設けつつ、濫用されないような仕組も同時に設けています。

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00254_チェンジ・オブ・コントロール条項とは

外資系企業と取引すると、チェンジ・オブ・コントロール条項(あるいはチェンジ・イン・コントロール条項)というものを目にすることがあります。

これは、
「取引先企業の支配権が合併や買収で変動した場合、相手方企業が契約を破棄・変更できる」
という仕組みです。

アメリカなどでは、ソフトウエア会社が顧客企業に特殊なソフトウエアを供給していたところ、ライバル会社が顧客企業を買収してしまうという事態も起こり得ます。

そうした場合に備えた契約解除権を設けておかないと、ライバル会社が顧客企業を通じて顧客向けにしか開示しない企業秘密を入手することになりかねません。

買収防衛策のひとつとして、チェンジ・オブ・コントロール条項が利用されることもあるようです。

すなわち、
「買収して株主構成が変わったら、チェンジ・オブ・コントロール条項が発動され、取引先を喪失することにもなるから、あまり強引なことはおやめなさいよ」
という形で強硬な敵対的買収の実施を躊躇させる、というわけです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00253_ゲーム・チェンジの具体的手法

事件・事故・危機対応等、正解なき課題に直面し、リスクを含む最善解・現実解としてのゴールやゴールに至る方法上の選択肢を抽出し、この選択肢にしたがって試行錯誤を繰り返したが、状況がスタックしてしまった。

このような場合、ゲーム・チェンジを行う必要に迫られます。

とはいえ、
「ゲーム・チェンジ」
といっても具体的にどのような形で行うのか、という点については語られていません。

私見ですが、ゲーム・チェンジをする具体的方法としては、

ゴール・チェンジ(目標や期待値を変えてみる)

メンバー・チェンジ(参謀を変えたり、実施担当者を変えてみる)

ファクト・チェンジ(判断の前提事実を入れ替えたり、状況認知の方法を変えたり、観察基準点を転換してみる)

ロジック・チェンジ(思考方法や発想方法や解釈やアプローチが有効かどうかを根底から再検証し、変えてみる)

プロセス・チェンジ(方法論を変えてみたり、より過激なあるいはソフトな働きかけにしてみる。仲介者、業界顔役等の動員やホワイトナイトの出馬要請)

フィールド・チェンジ(闘争の舞台や、手続きを変えてみる。民事紛争で打開できなければ、刑事や行政処分、さらにマスコミの動員やロビーイング、国会での国政調査権の発動等を考える)

フェーズ・チェンジ(紛争の次元・段階や手続きの局面を変えてみる。地裁の裁判官が強固な予断と偏見を抱き、もはや結論を変えないような状況であれば、高裁での本格闘争を視野に入れ、地裁段階では、事実の主張立証はともかく、重要な法律論争は触れず、あえて出し惜しみにしてやり過ごすなど)

といったものが考えられると思います。

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00252_企業危機(企業有事)における企業法務:「正解なき企業法務課題」への対処方法

世の中に存在する問題には、大きく分けて2つの種類があります。

「正解が存在する問題」

「正解が存在しない問題」
です。

1つ目の、正解が存在する問題についてですが、これは、知っているか、知らないか、で解決ができるか否かが決まる問題です。

会社法の何条に何が書いてあるか。
取締役会による承認決議を欠缺した利益相反取引の効力はどうなるか。

この問題は、
「物知り」
に聞けば、簡単に解決できます。

昔は、この
「物知り」
が、非常に希少性のある価値ある資源でしたが、インターネットとグーグルが登場して以降、
「物知り」
の価値はなくなりました。

どんな物知りでも
「グーグル先生」
には勝てませんし、グーグル先生以上に便利でスピーディーに対応できる、正確な解答ができる物知りはいません。

加えて、グーグル先生は早朝深夜だろうが、休日だろうが、何時、何時間酷使しても文句ひとつ言いませんし、しかも、グーグル先生のギャランティーはタダ(無料)です。

クイズ東大王とかそういった
「物知り」
がテレビでもてはやされていますが、今の世の中、人間の
「物知り」
は完全に陳腐化しており、
「テレビの中の見世物」
くらいにしか使いようがありません。

弁護士も同様で、正解が一義的に決まっている単純な法律知識については、Yahoo知恵袋で十分であり、弁護士の根源的な価値は、以下に述べるような課題(正解なき問題)への対処能力と、この裏付けとなる場数(特に、修羅場の場数)と経験知に移行しているような気がします。

次に、
「世の中に存在する問題のもう1つの種類」

「正解が存在しない問題」
です。

株主から提訴要求通知が来た場合、監査役として、応じた方がいいか、無視して代表訴訟に移行させた方がいいか。
会社として代表訴訟に補助参加した方がいいか。
第三者委員会を組成した方がいいか。
誰を委員に選べばいいか。
事務局をどこに委任するか。
課徴金納付命令に応じた方がいいか、争うべきか。
リーニエンシーを使って自主的に談合を申告すべきか。

企業において企業危機(企業有事)やその他企業の病理現象が発生した場合に、こういう
「正解なき企業法務課題」
が浮上します。

こういった問題は、どんな物知りに聞いても答えは出てきませんし、グーグルで検索しても無理でしょう。

スーパーコンピュータでもAIでも無理です。

東大教授に聞いても無理でしょう。

なぜなら、正解が存在しませんから。

ただ、正解は存在しないいものの、現実解、最適解、最善解と言われるものはあります。

すなわち、
「正解なき課題に対する態度決定課題」
としての選択肢がいくつかあり、その全てが
「不完全な要素を含む不正解」
なのですが、その中でも、プロコン分析(長短所分析、功利分析、ダメージないしリスク・ベネフィット分析)上、
「一番マシな不正解」
というものが想定されるだけです。

そのような、
「正解が存在せず、 態度決定課題としての選択肢がいくつかあり、その全てが不完全な要素を含む不正解である状況」
において、もし、
「これが唯一無二の絶対的正解だ」
と豪語する人間がいたら、その人間は、
「詐欺師」

「有害で危険な世間知らず(か知ったかぶり)」
のいずれかでしょう。

たまに、威風堂々としていて、
「私は、この手の問題のプロだ」
と言い張る、自称専門家ないし
「物知り」
が企業有事の際に颯爽と登場し、その類稀なる知性とインスピレーションで、1つの選択肢を正解として指し示し、当該選択肢にしたがって、全資源を動員したが、悲惨な結果を招いた、という例があります。

構造的に正解が存在しない課題を、正解が存在するタイプの課題と見誤り、かつ、
「態度決定課題としての選択肢がいくつかあり、その全てが不完全な要素を含む不正解である状況」
において1つの選択肢のみ正解と決めつけてそれに全てをかける、という博打のように無謀な危機対処は、本質的に大きなリスクをはらみます。

したがって、どんなに威風堂々としていて、どんなに立派な経歴で、どんなに頼りがいがあって、どんなに高いスーツを着て高いネクタイを首からぶら下げていても、この種の
「詐欺師」

「有害で危険な世間知らず(か知ったかぶり) 」
の言うことを鵜呑みにし、結果、構造的に正解が存在しない課題について、他の選択肢の検討や、プロコン分析等をふまえず、
「これが唯一無二の正解」
と誤信した(させられた)状態で、リスキーな行動に盲進するような愚を犯すべきではありません。

もちろん、企業がこのような愚劣な状況に陥るのは、誘導する
「詐欺師」

「有害で危険な 世間知らず(か知ったかぶり) 」
が最も悪いですが 、企業トップの幼稚さ・未熟さにも原因があります。

「経営上の課題については、必ず唯一無二の正解があるはずで、この正解が絶対発見できるはずだ」
と誤信し、その
「正解らしきものを唱える頼りがいのある権威者の説」
に飛びつくのは、未熟で愚かとしかいいようがありません。

大事な決断の際に参考すべき助言の採否・優劣は、
「話している人間の“ラベル”ではなく、話している内容の“レベル”で」
決めるべきです。

「パニックは人を愚かにする」
とはいえ、思考を放棄し、無批判に権威に飛びつく姿勢は、非難されても仕方ありません。

企業危機(企業有事)において企業法務上の対処課題を検討し、実践する上では、まず、目の前の課題を、正解が存在する課題か、正解が存在しない課題かを、見極めるべきです。

正解が存在する課題であれば、グーグルで検索する、また、外部資源(顧問弁護士)を活用して、答えにたどり着けばいいだけです。

仕事の世界では、カンニングは推奨行動ですから、カンニングスキルを発揮して、とっとと答えを探し出すべきです。

他方、正解が存在しない課題については、どうすべきか。

絶対やってはないけないのは、
「正解が存在しない課題を、正解が存在する課題として誤解し、正解を探そうとしたり、ある1つの選択肢を正解として提示する」
という行動です。

正解を探そうとする行為自体、無駄で無意味ですし、
「正解が存在しない課題について、 ある1つの選択肢を正解として提示する 」
ことは、誤りであり、有害であり、職業倫理的に許されないことです。

企業法務を実践する上で、正解が存在しない課題に遭遇したら、まずは、やるべきは、
「正解を探そうとする努力」
を放棄することです。

そして、想像力を駆使し、ありとあらゆる選択肢を抽出することです。

この点において、タブーなき議論を展開し、極論・暴論を抽出し、両極論間の広範なスペクトラムに存在する中間解を描き出すことが、選択肢を豊富にする上では有益です。

そして、各選択肢に、できるだけ客観的で冷静なプロコン分析を加え、決裁者・判断者に上程します。

「態度決定課題としての選択肢がいくつかあり、その全てが不完全な要素を含む不正解である状況」
において、参謀的立場にある企業法務関係者(法務部員や顧問弁護士)が果たすべき役割は、ここまでです。

最後の態度決定は、選択によってもっとも深刻なダメージを負担する責任者、すなわち、企業トップが行うべきであり、企業トップ以外は行なえません。

そして、企業トップが、プロコン分析を交えて、自己の判断として選んだ選択肢(不完全な要素を含む不正解群の中の1つであるが、プロコン分析上、一番マシな不正解として選ばれたもの)を、
「参謀としてではなく、実践部隊としての企業法務チーム」
が、今度は、
「最適解・最善解を、正解にする」
努力を尽くすのです。

そのためには、あの手、この手だけでなく、奥の手、禁じ手(倫理上・慣習上の禁じ手という意味であり、法令違反を推奨する趣旨ではありません)、寝技、小技、裏技、反則技(これも倫理や慣行を無視したものを意味し、法令違反を含みません)を含め、あらゆる知見やスキルを総動員するべきです。

無論、状況がスタックしてしまったら、今度は、ゲームチェンジを行うため、ゲームチェンジにおける選択肢を抽出する、という形で、粘り強く、丹念に、前記のプロセスを継続することになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00251_企業法務三段論法:弁護士資格だけでは企業法務を取扱うことが困難な理由

弁護士になる上では、法的三段論法を学びます。

すなわち、
大前提(法規)を学び、
社会で発生する様々な事件や紛争を小前提(ケース)として知見を増やし、
その上で、法的三段論法、
すなわち、
「法規を大前提とし、事実を小前提として、事実を法規にあてはめて結論を導く推論の方法」
を学びます。

弁護士資格を得るプロセスで学ぶ法的三段論法には、一定の特徴・偏り・限界があります。

すなわち、弁護士資格を学ぶ上での習得対象に関していえば、
大前提(法規)は、司法試験必修科目の法律が中心になりますし、
小前提(事件や紛争)は、人権問題や殺人・窃盗・放火・強盗という物騒な刑事事件、土地建物・債権に関する民事紛争がほとんどで、会社法で学ぶケースも、企業社会では滅多にお目にかからない(もし事件になれば日経一面を飾るような)アブノーマルな病理現象くらいです。

ところが、企業法務において必要とされる三段論法は、
大前提(法規)は、ヒト・モノ・カネ・チエという経営資源に関しては、労働法(ヒト)・環境規制や表示偽装に関する不競争法等(モノ)・金商法や有価証券上場規程や銀行取引約款(カネ)・知財法等(チエ)であり、営業に関しては独禁法(B2B)や消費者保護規制(B2C)であり、司法試験の必修科目とはされておらず、選択科目として1科目、個別で勉強する機会がある、あるいはロースクールで選択科目として学ぶ、という形でしか触れません。

また、小前提(ケース)は、日常の企業活動となりますが、サラリーマン経験があれば格別、社会人経験がないほとんどの弁護士は、企業活動や企業社会の実情は、まったく知見をもちません。

結局、弁護士資格で学ぶ法的三段論法は、企業法務で要求される三段論法とは、まったくずれてしまっています。

これが原因で、企業側からの、
「弁護士さんに助言を求めてトンチンカン」
「弁護士に聞いても、コンプライアンス的に問題です、リスクがあります、とか曖昧でもふわっとした答えしか返ってこない」
といった不満となって現れてきます(私自身、企業法務駆け出し時代は、こういうダメ出しを受け、悔しい思いをしながら、鍛えられました)。

弁護士の方でも、弁護士になってから、積極的に、
「企業法務三段論法」
を学べば仕事のチャンスも広がるとは思うのですが、
弁護士資格を取得してさらに勉強をせよ、というのはあまりに過酷な要求であることや、
日々の仕事(や飲んだり、食べたり、遊んだり)が大変で新たな勉強をする時間がないこと、さらにいえば、
「企業法務三段論法」
を体系的・効率的・合理的に学ぶテキストや教育機関が存在しないこと
といった事情もあり、なかなか、この種のスキル実装が困難な状況です(私の駆け出し時代が、まさにこのような状況でした)。

特に、上場企業やIPOに関する企業法務サービスを提供するとなると、
大前提(法規)については、司法試験科目で聞かれる会社法だけではまったく足りず、金商法、企業会計原則、有価証券上場規程及び証券取引所の定めるガイドライン等のソフトロー、さらには、幹事証券会社内部のルールや取扱規則といった様々な規範及びその背景原理(制定趣旨)を学ばなければなりません。

加えて、小前提(ケース)についても、ROI・ROE・ROA・EPS・PERといった各種指標や、資本市場や各投資家(機関投資家、外国人投資家、個人投資家等)に与えるインパクト、各段階利益の意味、開示実務といった、
「財務やIR関連部署に所属せず、投資活動に縁のない一般のサラリーマン」
ですらあまりわかっていない投資関連の実務・実情に関する知見が必要になります。

こういうこともあり、企業法務を仕事として提供するには、弁護士資格及び資格取得のプロセスで得られた学習成果や知見では全く不足しており、司法試験や考試(二回試験)とはまったく別次元の理論・実務についての知見を実装する必要がある、といえます。

なお、誤解していただきたくないのは、弁護士資格だけでは企業法務を取扱うのが不十分ですが、弁護士資格もない単なる会社員ではさらにハンデがある、ということです。

もちろん、経営も法律も明るい優れた方ももちろんいらっしゃるでしょうが、
「法律知識も不十分で、企業活動の知識も経験も不十分」
という属性の方については、活動範囲をルーティン的なものに限定するか、意識的に、これまで述べてきた
「企業に関する法律(大前提)と企業活動実体や経営(小前提)と、企業法務三段論法」
を勉強して身につけない限り、本来的な意味での企業法務活動を十全に展開することは、一般の弁護士の方よりさらに難しいでしょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00250_M&Aのセルサイドにとって理想の契約書設計戦略:あえて契約書をサイズダウンした方がいいケース

どのような取引のどのような立場であっても、事細かな取り決めを定めた分厚い契約書があったほうがいい、というものではありません。

例えば
「M&Aのセルサイド(売り手側)」
にとっては、きっちりとした契約書は百害あって一利なしです。

セルサイドにとって最も有利な法的立場は、
「現状有姿で、売り逃げる」
ことに尽きます。

M&Aの契約書のボリュームを増やすことに比例して、セルサイドは、売った後もさまざまな責任を負担させられることになりますので、ボリュームの大きい契約書はあえて避けるべきなのです。

すなわち、会社内容が見かけよりボロボロであろうが、見えざる債務や偶発的リスクが山のようにあろうが、保証なんか一切せず、
「発行する書類は代金の領収証だけで、その他の文書へのサインは一切拒否」
という状態こそが、セルサイドにとって功利的に最も正しい取引姿勢ということになります。

あえて一言なにか言っておくとすれば、
「売り切り御免。保証なし」
を明確にする趣旨で、
「サンドバッギング禁止。契約書に定める外、双方に債権債務関係が一切存在しない」
という清算条項を入れておくこと、です。

また、取引設計においても、 決済方法を、マフィアの麻薬の取引と同じで、株券の引き渡しと代金の支払は完全なる同時履行にするべきです。

「株券だけ先に渡して、お代は後からで結構」
なんてことにすると、買い手側がお金を払うまでの間に契約リスクに気づいてぐずぐず言い出す(サンドバッギング)かもしれませんので。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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