02197_「立派な社外役員がいるから万全」?!_「社外役員の弁護士が経営者を守る盾になる」という幻想

多くの経営者は、著名な法律事務所から弁護士を社外取締役や社外監査役として招き入れさえすれば、安心できるという甘い常識を持っています。

「金融機関にも『コンプライアンス体制は万全』と説明できる」
「いざというときは、彼らが盾となって最前線で守ってくれるだろう」

社外役員となった弁護士が
「会社を守る盾」
になってくれると信じているからです。

しかし、実は、その
「盾」
は極めて脆いという真実を、あなたは知っていますか?

その弁護士が、あなたの味方でいてくれる保証など、どこにもありません。

といいますか、社外取締役であれ、社外監査役であれ、彼らのクライアントは、社長や経営陣、すなわち、社長や経営陣を選任した多数派株主ではありません。

むしろ、社外役員らに期待されるのは、少数派株主の、少数派株主による、少数派株主のための会社の監視や不正や不当な経営執行の是正を行うことです。

要するに、社長や経営陣を仮想敵として、野党的な掣肘をする役割なのです。

企業不正が起きたとき、最も鋭く責任を追及されるのは、
「不正を止められたはずの立場だったのに、止めなかった人」
すなわち、見張る側の人間が見逃したときの責任なのです。

「コンプラの盾」が崩壊する決定的な瞬間

あるケースでは、粉飾に関与した社長本人だけでなく、社外取締役や社外監査役、顧問弁護士等にまで、強い疑義の目が向けられました。

貸付が焦げ付きそうな事態を知った銀行は、
「社長本人に会うには弁護士の同席が必要だ」
と主張する顧問弁護士に対して、
「ふざけたことを言うんじゃない」
と激怒。

さらに、
「社外役員である弁護士にも、いろいろお伺いをして、場合によっては責任追及が必要ではないか」
とまで踏み込みました。

・粉飾を「見張るべき立場」でありながら黙認している社外役員
・経営陣と一体化している顧問弁護士

こうした立場の人間は、銀行が激怒したとたん、最優先事項が
「会社」
から
「自身の弁護士資格(バッジ)を守ること」
へと即座に切り替わります。

要するに、
本来経営陣の「盾」となってくれるはずの社外役員や弁護士
は、彼らの
「自己保身のスイッチ」
が入ることで、一瞬にして機能停止するのです。

(1) 「コンプラ体制」ではなく「懲戒リスク」

社外役員は、代表訴訟等のターゲットにされることや、さらには弁護士会による懲戒処分という
「自身が人生を失うリスク」
に直面します。

「バッジが飛ぶ」
すなわち弁護士資格を剥奪されるリスクが現実になったとき、社外役員弁護士は一瞬で態度を変えます。

(2) 「味方」から「裏切り者」への転換

社外役員弁護士は、自らの資格が危うくなった瞬間、
「粉飾を見逃した共犯者」
という疑いを晴らすため、真っ先にあなたを見捨てます。

「私は止めようとした」
「経営陣の独断で、私も被害者だった」
そう語りながら、経営陣の責任を追及する側に“転身”していくのです。

「社外役員に、粉飾加担協力、粉飾見逃しについて責任があり、賠償請求の被告となってもおかしくない立場だ」
「刑事告訴も辞さない」
という債権者や利害関係者の攻撃が始まれば、弁護士は、我先に逃げ始めてもおかしくありません。

「どうやって自分たちの責任を有耶無耶にするか」
だけが、彼らの最優先になっていくのです。

防御の起点は「盾」への期待を捨てること

経営者にとっての究極の防御策は、不正に手を染めないことに尽きます。

いかに名のある弁護士や、立派な肩書きであっても、あなたが自由放埒にやらかした結果の尻拭いを最後まで、完璧にやってくれることを意味しません。

しかし、もし、あなたがすでにその一線を越えてしまった、あるいは、その責任追及が不可避となったのなら、まず捨てるべきは、
「弁護士=最後まで自分を見捨てない、頼りになる盾」
という幻想です。

あなたが期待する
「弁護士=最後まで自分を見捨てない、頼りになる盾」
は、あなたの不正が発覚し、あなたが不正の責任を負うべき人間としてクローズアップした瞬間から、自らのキャリアを守るために、あなたに不利な証言をし、あなたの責任を追及する側にいち早く回るかもしれません。

その現実を直視せよ、ということなのです。

本当の「盾」は、あなたを止めてくれる人

社外監査役。
顧問弁護士。
社外取締役。

彼らがいることで安心できると思うのは、幻想です。

彼らの真の価値は、
「いること」
ではなく、
「何をしたか」
「何を止めたか」
で評価されます。

もし、その人たちが
「自分たちは中立的な立場なので、経営判断には深入りしませんから」
などと言って、一線を引いてしまえば、最終的な責任は、経営者であるあなた一人にかかってきます。

経営者にとっての
「本当の盾」
とは、
・その場で「これはまずい」と止めてくれる人です。
・「それは違法ではないか」と口にする勇気を持つ人です。

ただ名前を貸してくれる人や、形式的に議事録に名前が載るだけの人、経営に口を出さないと念を押してくる人は、
「盾」
ではありません。

さらには、最後には、責任を追及する側と同調して、あなたを刺してくる(ガバナンスとかコンプライアンスとか、さぞや耳障りのいい美辞麗句が並べ立てながらでしょうが、やっていることは、恩義や仁義に悖るようなおぞましく下品な振る舞いです)
「小早川秀秋」
のような、恐ろしい敵、とも言えます。

だからこそ、あなたが経営者であるなら、
「名前が通っていて、肩書が立派な、社外役員や顧問弁護士がたくさんいるから、私は守られているし、自由に、気ままに経営ができる」
と思っているその時こそ、自分に問い直してください。

その社外役員弁護士たちは、
「あなたのことを本当に心配して、辞める覚悟で諫言してくれる人」
なのか?

それとも、
「形勢が変われば、自己保身に走り、さらにはあなたを攻撃するような人」
なのか?

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02196_方便は戦術その3(最終回)_「嘘」と読むな、「戦術」と読め_誤読した依頼者に交渉の未来はない

「あの弁護士、嘘をついていないか?」――その疑いこそが危うい

法務の現場で、ある依頼者が言いました。

「最近、ウチの弁護士の発言、前と矛盾している気がするんです」
「もしかして、あの人、何か隠していませんか?」

もちろん、疑念を持つこと自体は自由です。

しかし、そこには、依頼者として決定的な認識のズレがあります。

弁護士の“言葉”は、状況に応じて常に変わります。

裁判所に対しても、交渉相手に対しても、そして依頼者自身に対しても。

なぜなら、弁護士は常に、
「誰に、何を、どう伝えるか」
を戦略的に設計しているからです。

この変化を、
「二枚舌だ」
「前と言ってることが違う」
と読み違えることは、“演技”を“裏切り”と誤読しているにすぎません。

弁護士が方便を使うのは、依頼者の目的を達成するための戦術です。

にもかかわらず、それを“嘘”や“裏切り”と受け取った依頼者は、自らの判断を放棄することになります。

判断の責任も、交渉の方向性も、意図せず弁護士に預けたままとなり、結果として、
「自らの目的」
のために弁護士を使うのではなく、
「弁護士の行動」
にただ振り回されるだけの存在になってしまうのです。

嘘ではなく、「方便」

弁護士が変化する発言や態度を取るとき、そこには一貫した目的があります。 

それは、依頼者の利益を最大化することです。

そのために、時には強く出て、時には沈黙し、相手の視点を見越して、言葉を“設計”する。 

それは
「演技」
であっても、
「嘘」
ではありません。 

方便――すなわち、目的のための表現技法なのです。

ところが、それを依頼者が
「本音じゃない」 
「嘘をつかれた」 
「信じられない」 
と解釈してしまえば、交渉の主体は、依頼者本人から外れていきます。

弁護士に
「信頼」
という名の白紙委任をしたかと思えば、今度は
「裏切り」
という名のもとに、弁護士を敵視し始める。 

こうして依頼者の判断軸は、自らの目的から完全に逸脱していくのです。

本来問うべきは、戦術の妥当性と目的との整合性

依頼者がその自覚を失い、弁護士との境界が曖昧になった瞬間、交渉の軸がぶれ、判断の精度が低下し、結果として、本来の目的から逸脱していきます。

そうした依頼者は、 
「それは本音か」
「さっきと違う」
「前の弁護士はそう言わなかった」
など、弁護士の言葉の表層ばかりを問題にしはじめます。

本来問うべきは、戦術の妥当性と、目的との整合性であるはずです。 

しかし、それを“感情的な印象”で評価しはじめると、
・結果ではなく語調に反応し、 
・判断基準よりも印象に振り回され、 
・全体構造ではなく表現のズレにばかり注目する、 

というように、交渉全体を見る力を失っていきます。

やがて、判断の背景を問う前に
「嘘ではないか」
と決めつけ、判断の責任までも弁護士になすりつけるようになります。 

依頼者が本来果たすべき
「判断」

「方向づけ」
の責務は、このようにして形骸化していくのです。

弁護士を「信じる」かどうかではなく、「読み解ける」かどうか

ここで問うべきなのは、弁護士を信頼できるかどうかではありません。

ましてや、
「方便だから信じろ」
と言いたいわけでもありません。

重要なのは、
「この方便は、どの文脈で、何を目的として使われているのか」
という視点を持てるかどうかです。

弁護士の言動を、単なる“真偽”の問題に還元してしまえば、その瞬間、依頼者は論点の検討を止め、弁護士の助言や戦術の意図を受け取らなくなります。

方便を読み違えた依頼者の末路

弁護士の方便を、演技ではなく“裏切り”と読み違えたとき、依頼者は、
「自分で判断しないという態度を、自分の意思で(無自覚であっても)選び」
結果として、
「交渉の方向性も判断も、すべて弁護士任せにする選択をした」
ということになります。

この状態では、交渉における自律性を失い、弁護士の判断を吟味することなく、ただ受け入れるだけの存在になりかねません。

それは、交渉の舵を預けた
「依頼」
ではなく、判断を放棄した
「依存」
へと変質したことを意味します。

そしてその依存は、最も高くつく
「代償」
となるでしょう。

方便読解力なき依頼者に、交渉の未来はない――それが、法務の現場の現実です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02195_方便は戦術その2_依頼者の一瞬の表情が交渉を左右する_あなたが弁護士の演技を潰していないか?

重要な交渉や和解協議の場に、私たち弁護士はあなた方の代理人として同席します。

その場面で、あなたの弁護士が、唐突に、極端に、声を荒らげ、相手方に強い語気で迫るのを見て、あなたはこのように不安に思ったことはありませんか?

「うちの弁護士は、本当にそこまで怒っているのか?」
「感情的になって、交渉を壊してしまわないか?」
「いやいや、相手も怒り出したよ。これ以上長引くと決裂しかねない」
「ここで私が間に入って、少しトーンを和らげるべきではないか?」
「もう、これが限界なのだろう。こちらが譲歩すればいいんじゃないか」

このような
「一瞬の動揺」
が、相手に情報を与え、交渉の主導権を渡す引き金になります。

さらに、あなたが
「うちの弁護士の怒りの態度が、相手の弁護士の怒りを引き出してしまった。相手方のこの怒りは本気の感情だ」
と反射的に受け取り、不安から“うちの弁護士の演技”を打ち消す行動を取ってしまったなら、それは極めて危険です。

あなたの
「良識的な配慮」
が、自分の弁護士が“あなたのために設計した交渉戦略”を、自らの手で破綻させるかもしれないからです。

解消すべき誤解:「怒り=本音」と信じた瞬間に情報戦に敗れる

目の前の相手方弁護士の
「怒り」
は、本気の感情ではなく、あなたの反応を測るために
「設計された演技」
であると“構える視座”を忘れてはなりません。

相手方の弁護士も、あなたの弁護士と同様、微細な
「演技」
をしているのです。

交渉のプロである弁護士は、怒りの演技をしながら、実は相手方の反応を細かく観察しています。

それなのに、
「怒っている=相手は“もうこれ以上は一歩も譲れない”という本音だ」
このような誤解が芽生えると、あなたの頭の中で判断基準が静かに切り替わります。

切り替え前(論理):「論点における相手の弱みは何か」
切り替え後(感情):「これ以上怒らせないためにはどうすべきか」

あなたの
「良識的な配慮」

「場の空気を乱したくないという気持ち」
が、本来の利益や論点から目を逸らし、相手の感情をケアするための譲歩へと繋がってしまうのです。

これは、あなたの
「判断基準」
が、自分の陣営の利益ではなく、相手の演技に巻き取られたことを意味します。

まさに相手方弁護士の狙い通りの展開です。

「怒り」は依頼者の利益のために設計された“演出”である

繰り返しますが、弁護士は、依頼者の利益を最大化するため、交渉の場で時に
「感情」
を演出します。

怒るフリもあれば、泣き落としを試みることもあります。

これは、弁護士の感情がコントロール不能になった結果ではありません。

すべては、相手の冷静さを奪い、判断を揺らがせ、あなたの有利な条件を引き出すために
「計算された台本」
なのです。

弁護士にとっての
「怒り」
は、あなたの交渉を優位に進めるための
・「揺るぎない決意」を示す盾
・相手方の「反応」という情報を引き出すための釣り針
なのです。

依頼者が壊してしまう“戦術の構造”

弁護士が交渉戦術において最も避けたいのは、前述のように、依頼者が、相手方弁護士の
「演技」

「本音」
と誤解し、以下の行動を取ってしまうことです。

【依頼者側が犯すNG行動】
・自分側の弁護士とむやみにアイコンタクトを取ろうとする
・「うちの弁護士が感情的になってしまった」と考え、交渉の場を和ませようと、相手方に小声で「すみませんねえ」と声をかける。
・相手方の弁護士の強い語気に動揺し、「では、この条件については、一度持ち帰って検討させてください」と、自分側の弁護士の主張を自ら撤回するような発言をしてしまう。

このような行動は、相手方に、
「まだ譲る余地がある」
という極めて貴重な情報を、与えることになります。

つまり、あなたが不安から行った
「良識的な反応」
が、自分側の弁護士の戦術を打ち消し、交渉の主導権を相手に完全に渡してしまうのです。

あなたの
「優しさ」
が、戦略を破綻させているのです。

依頼者の役割:演技に「流される」のではなく「共演する」

では、弁護士が
「怒りの演技」
を始めたとき、依頼者であるあなたはどう振る舞うべきでしょうか。

あなたの役割は、あなたの弁護士の演技を
「本気だと信じ込む」
ことではなく、
「戦略として理解し、徹底的に同調する」
ことです。

・沈黙の強化:弁護士が声を荒げた瞬間は、あなたも沈黙を貫き、「弁護士の主張は、私の主張そのものである」という揺るぎない連帯感を相手に示す。

・表情で連帯:不安そうな顔をするのではなく、弁護士の主張が「自社にとって、これ以上引けない重大な問題である」と理解している、厳しい表情を保つ。

・質問への対処:相手方から「依頼者様はどうお考えですか?」と問われたときも、「弁護士の意見が、当社の総意です」という姿勢を崩さない。

弁護士の
「怒り」
は、あなたという依頼者の
「譲れない本音」
を代弁するための武器です。

その武器を最大限に機能させるため、あなたは
「不安な傍観者」
になるのではなく、
「徹底した共演者」
となる必要があります。

たとえば、裁判における弁論空間では、
「どう見えたか」
という感情ではなく、
「どう設計されているか」
という戦略が全てを決めます。

それは、重要な交渉や和解協議の場でも同じです。

あなたの弁護士の演技設計を理解し、不安を戦略的な沈黙に変えてください。

それが、勝利への最短ルートです。

「感情のぶつけ合い」ではなく「反応の収集」という視点を持て

交渉とは、情報のゲームでもあります。

そして、弁護士にとっての交渉とは、単に
「感情をぶつける場」
ではなく、
「リアクションの収集場」
でもあるのです。

この視点を持つだけで、
「感情的な一瞬の動揺」

「過剰な良識的配慮」
に足を取られることは、確実に減るはずです。

自分の依頼した弁護士が設計した交渉戦略を、自らの手で破綻させてしまうクライアントは少なからず存在するのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02194_裁判官ってどんな人_神様にも好き嫌いがある

民事裁判に関わっていると、つくづく感じるのは、
「裁判というものは人間くさい制度だな」
ということです。

とりわけ控訴審ともなると、そこに立ちはだかるのは、
「神様のような存在」
としての裁判官です。

神様といっても、雲の上から何もかもお見通し、というわけではありません。

むしろ、好き嫌いやこだわり、嗜好のはっきりした、一人のエリート職人としての側面が強いのです。

その裁判官が、ある控訴審でこう述べました。

「できれば、ご遠慮ください」

これは、当事者による意見陳述を申し出たときの反応でした。

遠回しな言い方ではありますが、事実上の拒否です。

裁判官が何を嫌がるかが、よく表れたやり取りでした。

裁判官は、弁護士というフィルターを通して整理された文書以外の
「ノイズ」
を嫌います。

要するに、当事者の
「生の声」

「ノイズ」
として扱うのです。

当事者の熱のこもった語り、感情のこもった言葉、それらはすべて
「秩序を乱すもの」
として、裁判官は歓迎しません。

法廷で当事者が思いのたけを語る、という場面は、テレビドラマの中だけの話なのです。

こうした態度は、裁判官という存在が、ある種の
「偏食家」
であることを物語っています。

たとえるならば、裁判官は
「食の細い美食家」
です。

美食家が好むのは、プロのシェフが丁寧に盛りつけたコース料理。

素材の意味や順番、味の強弱まで緻密に設計された一皿です。

そこに、
「手作り感満載の大衆食堂の野菜炒め」
のような、素朴で荒々しい料理をいきなりドンと出しても、手をつけてもらえないどころか、怒って退席されかねません。

だからこそ、弁護士たちは、裁判官の嗜好を徹底的にプロファイリングします。

前述の裁判官は、いわば超エリート型。

効率と整然さを重視し、文書だけで淡々と判断するタイプでした。

証人尋問や当事者の語りは
「無駄なセレモニー」
として嫌う傾向にありました。

そういう裁判官に向けて、どんな
「料理(主張)」
を、どんな
「盛り付け(構成)」
で出すか。

これが、控訴審という戦場における、最大の戦略となりました。

要するに、控訴答弁書にすべてを込める必要があったのです。

ここで、あらためて原則に立ち返ってみましょう。

裁判は、あくまで当事者が
「事実」
だけを提示し、裁判官が
「法」
を適用して結論を導く、という原則のもとに動いている、ということです。

「汝、事実を語れ。我、法を適用せん」

この古代ローマの法格言が示すように、裁判という制度は、当事者が自分の正しさや思いを語るのではなく、起きた事実だけを積み重ねていく。

それを基に、裁判官が法的判断を下します。

逆に言えば、当事者が感情や評価を語りすぎると、
「でしゃばり」
「分をわきまえない者」
として敬遠され、逆効果になります。

そして、裁判官にも、
「好きな味」

「苦手な味」
があります。

繰り返しますが、その味覚に合わせて、どんな料理(主張)を、どんな盛り付け(構成)で出すかが、裁判に勝つための不可欠な戦略なのです。

裁判とは、正しさをぶつけ合う劇場ではなく、事実を淡々と語る筆談の場です。

神様(=裁判官)の嗜好を読み、事実をそのままではなく、受け入れてもらえる形で差し出す。

そういう知的で繊細なコミュニケーションの場です。

そして何より忘れてはならないのは、
「神様にも、好き嫌いがある」
という事実です。

どんなに言いたいことがあっても、それをストレートにぶつけても、神様の心には届かない。

その嗜好を理解し、 伝えるべきことを、最適な形で、最適な順番で、最適な味付けで整えて出す。

このような、食の細い神様への礼儀作法こそが、弁護士に求められる最大の技術なのかもしれません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02193_ごまかしと先送りを排す。再建の成否を決めるのは「裏技」ではなく、経営者の法務リテラシー

「裏技で切り抜けられる」。

そう考える経営者は少なくありません。

かし、経営危機に必要なのは
「裏技」
ではなく、条件を定め、準備し、決断を実行する力です。

これを私は経営者の法務リテラシーと呼んでいます。

やるべきことは複雑ではありません。

第一に、不正を排除すること。逆粉飾は「言わない・やらない・許さない」と社内で徹底する。

第二に、事実と数字を可視化すること。PL・BS・資金繰り・未来シナリオを揃え、現状を誤魔化さない。

第三に、いつ手続に移るか、誰にどの負担を求めるか――その条件を前もって線引きし、必ず記録に残す。

第四に、利害調整の地図を描くこと。

従業員・金融機関・取引先・株主、それぞれの負担と利益を明らかにする。

第五に、説明責任を果たす準備を整えること。数字と計画を言語化し、関係者に理解させる説明力を備える。

実例を挙げましょう。

R社は、不正を排除し、数字と計画を提示し、切替条件を社内で固め、外部専門家とも前提を揃えていました。

その結果、スポンサー候補との交渉は具体化し、再建に進むことができました。

一方、S社は
「そのうち改善する」
と先送りを重ね、不正に足を踏み入れかけた時点で弁護士に指摘されました。

右往左往の末、数字も計画も示せず、支援の機会を失いました。

結果、取引先の信頼は失われ、支援の道は閉ざされました。

要するに、差を分けたのは損益ではありません。

不正を排除し、数字を示し、条件を線引きし、関係者に説明する――この体制を途切れなく続けられるかどうかです。

経営を守るのは
「強さ」
ではなく
「手順」
です。

ごまかしや先送りではなく、条件を定め、準備し、決断を実行すること。

誤用と遅延こそが、最大の敵なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02192_「私的整理か法的整理か」の二択ではない。両方を同時に動かすのが再建の定石

「裁判所の再生手続を使えば最後は助かる」。

裁判所を使わず、金融機関や取引先との交渉に固執する会社は少なくありません。

しかし、資金が尽いた時点で再生手続に入っても、条件はすでに大きく劣化しています。

取引先は離れ、スポンサー候補は動かず、事業価値は下がり、条件は一気に不利になります。

選択肢は大幅に狭まるどころか、消えているに等しいのです。

だからこそ、承継・M&A・事業再編といった非司法ルートを事前に検討し、候補を確保した上で、司法ルートである再生手続の準備も進めることが不可欠です。

「任意で粘る」か
「法的に切り替える」か
――この二択に囚われてはいけないのです。

実例があります。

N社は資金が残るうちにスポンサー候補を探し、守るべき事業と人材を整理した上で法的手続に入りました。

受け皿が同時に提示できたため、条件交渉は前進し、再建の道を確保しました。

一方、O社は
「まだもう少し持つ」
と考え、資金が尽いた段階で再生手続に入りました。

スポンサー候補は現れず、残ったのは清算の道だけでした。

差を分けたのは、損益ではありません。

非司法ルートと司法ルートを同時に進めたかどうかです。

結論は明白です。

「私的で粘るか、法的に切り替えるか」
ではない。

両方を同時に動かすかどうか――それが再建の可否を決めるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02191_「法的整理か否か」ではない。経営は「どの未来を選ぶか」

「法的整理をするか、しないか」。

経営会議でこの二択が議論されているとき、その時点で問いが浅い証拠です。

経営に問われているのは、制度に入るか否かではありません。

本当に問われているのは、
「どの未来を選ぶか」
です。

選択肢は複数あります。

(1)既存経営陣での継続(コストの再設計)
(2)社内承継や外部プロ経営者の導入
(3)M&Aやスポンサー型の再建
(4)法的整理を通じた再生

正解は1つではありませんし、どれを選ぶかは、損益の良し悪しでは決まりません。

従業員、金融機関、主要取引先、株主――それぞれの利害と痛みを並べ、どの案が総和を最大化するかで決まります。

だから、最初に描くべきは
「利害調整の地図」
です。

誰にどの負担を求め、誰にどの利益を残すのか。

その配分から、最適解を導き出すことです。

全体像がない議論は、結局
「延命か清算か」
という粗い二択に戻り、再建の機会を失います。

実例を挙げます。

L社は資金難に陥った際、
「清算か再建か」
の二択で議論を絞り込みました。

それは利害関係者の負担や利益を無視するかたちとなり、結果として、取引先との交渉は進まず、従業員への説明も割れ、最終的に支援の芽は消えました。

一方、M社は早期に利害調整の地図を描きました。

従業員には雇用の枠を示し、金融機関には債権放棄と引き換えに新規事業の青写真を提示した。

結果として、スポンサー候補との調整も進み、複数の選択肢を保持したまま再建に入れました。

差を分けたのは、損益ではなく
「問いの立て方」
でした。

結論は単純です。

問うべきは、
「法的整理をするかしないか」
ではない。

「どの未来を選ぶか」
です。

選択を先延ばしすれば、その未来は他人に決められることになるのです。

要するに、選択を先延ばしにする=未来は、裁判所と債権者に握られる、ということです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02190_まずは「ミエル化」。数字と計画を言語化しなければ再生は始まらない

「何とかなる」。

再生の現場でこの言葉が出たとき、私は必ず数字を求めます。

「何とかなる」
は、
「何ともならない」
からです。

経営危機は、感覚や気合では乗り切れません。

再生の第一歩は、ミエル化──すなわち現状を数字で可視化することです。

PL(損益)、BS(財産)、資金繰り(週次・日次ライン)、そして未来シナリオ。

この4点を揃えて初めて、現状と危機と打ち手が一望できます。

ここで重要なのは、数字を並べるだけで終わらせないことです。

どの資産を守るのか、どの負債を削るのか、誰が・いつ・何をやるのか。

これを言葉にする。

言葉にするからこそ、計画は現場を動かす力を持つのです。

実例を挙げます。

J社は赤字が膨らんでいたものの、PL・BS・資金繰り・未来シナリオを1枚にまとめ、取引先と金融機関に提示しました。

批判も出ましたが、根拠が明示されていたため議論は前進し、スポンサー探索につながりました。

交渉は早期にまとまり、再生の道を確保できました。

一方、K社は、PLと資金繰りを別々に見ていたため、黒字感覚のまま資金を失っていきました。

取引先や金融機関との打合せは終始和やかにみえましたが、PLしか示せず、資金の尽き方も打ち手も不明瞭でした。

結果、取引先の不安は高まり、交渉そのものは整いませんでした。

J社とK社、差を生んだのは業績ではなく、現状のミエル化と、未来の打ち手を一枚で整理した資料でした。

現状を正しく示すこと。

これを抜きに再生は始まりません。

多くの経営者が頭では理解しています。

問題は、
「ミエル化」
そして
「言語化」
という行動に移せるかどうか、ということなのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02189_法的整理の使いどきは早期。「もう少し頑張れる」は会社を潰す

「もう少し頑張れる」。

この言葉ほど危険な判断はありません。

経営の現場で使われるとき、それはすでに遅れている兆候です。

再生において最大の敵は、遅延です。

資金が尽きる直前では、スポンサー探索も事業譲渡も分社化も消えます。

選択肢は机上から消え、資金繰りに追われるだけになります。

だからこそ、基準を決めておくことが不可欠です。

・手許資金の残存週数が社内基準を割ったとき
・主要借入のリファイが不成立になったとき
・売上上位顧客の解約が続いたとき

このいずれかが発生したら、即座に顧問弁護士と財務の専門家を同席させ、任意の打ち手と法的手続を並べて比較する。

ここでの判断を1日遅らせれば、その分だけ価格と時間の不利を背負います。

実例を挙げます。

H社は資金残高が4週を切った時点で早期にスポンサー探索へ舵を切り、事業譲渡と雇用維持を両立させました。

一方、I社は資金の尽きを認めず、決断を遅らせた。

資金ショート直前に制度に駆け込んだが、引き受け先は見つからず、清算に傾いた。

差を生んだのは業績ではなく、判断のタイミングでした。

結論は明白です。

法的整理の使いどきは、資金が尽きる直前ではなく、もっと早期にあります。

経営を守るのは“前向きな気持ち”ではない。

数値に基づき、止めるべきときに止める決断です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02188_法的整理は禁じ手ではない。遅延と不備が会社を追い込む

「法的整理は最後の手段だから、できれば避けたい」。

多くの経営者がこう考えます。

しかし、この理解は誤りです。

法的整理の本質は清算ではなく再生です。

裁判所の制度を使い、債権関係を整理し、時間を確保するための正規の手続です。

任意の交渉では行き詰まった場面で、秩序を回復するために用意された仕組みです。

禁じ手ではありません。

誤用と遅延こそが致命傷を招きます。

遅れれば遅れるほど、条件は悪化します。

金融機関も取引先も
「もう持たない」
と判断した瞬間に引きます。

判断を遅らせれば、支援者も選択肢も消えます。

実例を挙げましょう。

D社は
「続けたい」
に囚われ判断を遅らせ、手続の初回説明でも根拠資料を示せなかった。

その結果、条件は一気に不利となり、残された道は限られました。

一方、E社は早期に法的整理を選択し、事前に事業価値の核と守るべき雇用を整理していた。

スポンサー候補との調整も進んでおり、再建の道を確保できました。

差を分けたのは損益ではなく、タイミングと準備でした。

結論は明白です。

法的整理は怖れるものではない。

怖れるべきは、先送りと不備です。

必要なのは、早期に判断し、制度を正しく使い切る覚悟です。

経営を守るのは
「気持ち」
ではなく、手順と決断です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所