02241_ケーススタディ:「試用期間」は「お試し期間」ではありません。「真摯な対応」という主観が通用しない、解雇という名の“地雷原”の歩き方

「能力不足だから、試用期間満了で本採用を見送りたい」

経営者や人事担当者なら、一度は直面する悩みでしょう。 

しかし、法律の世界では、
「試用期間」

「クーリングオフ期間」
ではありません。

「真摯に対応した」
という主観的な誠意は、裁判所という冷徹な計算機の前では、ほとんど無力です。

本記事では、採用という“入り口”の甘さが招く、解雇という“出口”の激痛と、企業が陥りがちな
「真摯さの罠」
について解説します。

【この記事でわかること】

• 「試用期間なら簡単にクビにできる」という致命的な誤解
• なぜ、あなたの「真摯な対応」は裁判所で通用しないのか
• 解雇が無効と判断された時に発生する、目も当てられないコスト

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社 ネクスト・イノベーション・デザイン 人事部長 真面目 誠(まじめ まこと) 
業種 : WEB制作・デジタルマーケティング
対象者: 中途採用の試用期間中社員(能力不足・協調性欠如の疑い)

【相談内容】 

先生、先日ご相談した、試用期間中の社員の件です。 

現場からも
「スキルが経歴書と違う」
「指示に従わない」
と報告が上がっており、本人とも何度も面談を重ねてきました。

弊社としては、顧問の社労士先生とも連携し、非常に
「真摯に」
対応を重ねてきたつもりです。

しかし、本採用拒否(解雇)を通知したところ、相手が弁護士を立てて
「不当解雇だ」
と言ってきました。

こちらは誠意を尽くしたのですから、法的に負けることなんてありませんよね?

「真摯さ」は、法廷での通貨にはなりません

真面目部長、厳しいことを申し上げますが、まずは冷水を浴びせさせてください。 

あなたがどれほど
「真摯」
に汗をかき、悩み、面談を重ねたとしても、それが法的な
「解雇の要件」
を満たしていなければ、その汗は一滴も報われません。

法律の世界において、
「解雇」
とは、死刑宣告にも等しい極めて重い処分です。

日本の労働法制は、
「結婚(採用)は自由だが、離婚(解雇)は不自由」
という原則で動いています。

これは、たとえ
「試用期間」
であっても変わりません。

「試用期間」の誤解:お試しセットの返品とはわけが違う

多くの企業が、試用期間を
「通販のお試しセット」
のようなものだと勘違いしています。

「使ってみて、気に入らなかったら返品(解雇)すればいい」 
そんな感覚でいると、大怪我をします。

試用期間といえども、法的にはすでに
「労働契約」
は成立しています。

これを一方的に解除するには、 
「採用時には知ることができず、かつ、その事実を知っていたら採用しなかったであろう重大な事実」
が後から発覚した、というレベルの強固な理由が必要です。

単に
「期待していたほど仕事ができない」
「なんとなく社風に合わない」
程度では、裁判所は
「それは採用した会社側の目利きが悪かっただけ」
と判断します。

つまり、
「見る目がなかった責任」
は、企業が負わされるのです。

「真摯に対応した」という主観 vs 「指導不足」という客観

相談にある
「真摯に対応した」
という言葉。

これが一番の曲者です。 

企業側が
「真摯に説得した」
と思っている記録は、裁判官の目にはこう映る可能性があります。

• 企業側:「何度も面談して、本人の至らない点を指摘した(真摯な対応)」
• 裁判所:「具体的かつ実践的な指導を行わず、単に退職を迫っただけ(退職強要・パワハラ)」

もし、相手方の弁護士が 
「会社は具体的な改善目標を与えず、教育も放棄して、いきなり解雇を通告してきた」
と、その証拠(曖昧な指導の録音やメール)を提示してきたらどうでしょう?

このように、
「先方のロジックが正しく、解雇が無効とされてしまう可能性」
があるのです。

負けた時のコストは「給料」だけではない

もし解雇が無効と判断されれば、どうなるか。 

その社員は職場に戻ってきます。 

しかも、解雇争議をしていた期間(働いていなかった期間)の給料も、遡って全額支払わなければなりません。 

さらに、
「会社と戦って勝った」
という実績を下げて戻ってくる社員を、御社はマネジメントしきれるでしょうか?

職場は荒れ、士気は下がります。 

これこそが、安易な解雇が招く
「最大のリスク」
です。

【今回の相談者・真面目部長への処方箋】

真面目部長、
「真摯さ」
をアピールするのはやめましょう。

今必要なのは、感情的な誠意ではなく、冷徹な証拠の積み上げです。

1 「解雇」の前に「退職合意」を目指す 

解雇通知は一旦棚上げし、金銭解決を含めた
「合意退職」
の道を模索してください。

解雇が無効になった時のリスクを考えれば、数ヶ月分の解決金など安いものです。

2 「指導の記録」を再点検する 

「頑張れ」
といった精神論ではなく、
「いつ、どのような具体的な課題に対し、どういう改善策を指示し、結果どうだったか」
という客観的な記録(5W1H)があるか、弁護士と共に精査してください。

それがなければ、戦えません。

「採用は自由、解雇は不自由」
この鉄則を骨の髄まで染み込ませ、入り口(採用)のハードルを上げることこそが、最大の予防法務なのです。

※本記事は、架空の事例をもとに、労働契約法および解雇実務に関する一般論を解説したものです。
実際の解雇の有効性は、個別の事実関係や就業規則の規定、指導の経緯等により判断が分かれます。 
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02240_ケーススタディ:「カネを払わなきゃ秘密をバラす」元社員の“情報テロ”に屈しない。警察を本気にさせる告訴状のビフォーアフター

「退職金代わりにカネをよこせ。さもなくば、会社の機密をばら撒くぞ」 

退職した元従業員からの、背筋が凍るような脅迫メール。 

断固拒否した結果、機密情報はネットの海に放流され、御社の株価は無情にも下落した――。

これは単なる嫌がらせではありません。

「情報」
を人質にしたテロリズムです。

しかし、いざ警察に相談に行っても、
「労働問題でしょう?」
「実害の算定が難しいですね」
と、暖簾に腕押し。

なぜ、あなたの怒りは警察に届かないのでしょうか?

それは、あなたの書いた告訴状が
「法律の教科書」
のようで、
「悪党の物語」
になっていないからです。

本記事では、警察組織を動かし、悪質な元社員に法の裁きを受けさせるための
「告訴の戦略」

「物語の再構築」
について解説します。

【この記事でわかること】

• 事実を羅列しただけの告訴状が、なぜ警察のゴミ箱行きになるのか
• 「常習性」というスパイスを効かせ、事件を“特異な犯罪”に仕立て上げる方法
• 「逮捕」にこだわらず「前科」を狙う、現実的かつ冷徹なゴール設定

【相談者プロフィール】

 相談者: 株式会社 ストラテジック・ホライズン 法務部長 権藤 鉄男(ごんどう てつお) 
業種 : 精密機器・電子部品製造(東証プライム上場) 
対象者: 元・営業企画課員(懲戒解雇済み)

【相談内容】 

先生、怒りで手が震えています。 

当社の元社員が、
「カネを払え、払わんと会社の機密をバラすぞ」
という脅迫メールを送ってきました。

当社が毅然と拒否すると、彼は本当に機密情報をあちこちにばら撒き、その影響で当社の株価は一時的に急落しました。 

実は彼、過去の在籍企業でもデータを持ち出していた
「常習犯」
であることが、PCの解析から判明しています。

罪名は恐喝未遂。証拠のメールも、流出の事実もあります。 

私たちは彼を逮捕してほしい。

少なくとも、書類送検して前科をつけてやりたい。 

しかし、作成した告訴状案を見ても、どうもパンチが弱い気がします。

警察を確実に動かし、彼を追い詰めるには、どうすればよいのでしょうか?

その告訴状は「あらすじ」に過ぎません

権藤部長、拝見した告訴状は、率直に申し上げて
「無味乾燥」
です。

「金員を要求し、畏怖困惑させ、喝取しようとした」 
確かに、刑法の構成要件は満たしているでしょう。

しかし、これでは警察官にとって
「数ある労働トラブルの1つ」
に過ぎません。

警察を動かすには、この事件が単なる
「未遂」
ではなく、
「上場企業を標的とし、株式市場という公共のインフラを揺るがした、極めて悪質な情報テロリズムである」
というストーリー(物語)が必要なのです。

「悪性」をあぶり出す「インフォメーション・パッケージ」

単なる事実の羅列ではなく、犯人の
「悪性」
が匂い立つような
「インフォメーション・パッケージ」
を作成しなければなりません。

今回のケースで最大の武器になるのは、彼が
「札付きのデータ泥棒」
であるという事実です。

ご提示いただいた告訴事実には、この
「過去の余罪(他社のデータ持ち出し)」
が含まれていません。

これは、料理で言えば
「秘伝のスパイス」
を入れ忘れているようなものです。

1 常習性の強調: 
彼は、今回「たまたま魔が差した」のではありません。
過去のPCデータ復元結果を証拠として添付し、「彼は情報を盗み、それを切り売りして生きている、職業的な犯罪者(常習犯)である」というプロファイリングを提示します。
2 被害の甚大化(株価への影響): 
単に「機密が漏れた」ではなく、「拒否した報復として実際に情報を拡散し、株価を下落させ、多くの投資家に損害を与えた」という、実行行為の悪質さを強調します。
これは「未遂」の枠を超えた、実害の発生です。
3 計画性の立証: 
脅迫メールの文面だけでなく、彼がいつデータを持ち出し、どのように準備していたかという「犯行の軌跡」を可視化します。

これらをパッケージ化し、
「こいつを野放しにすれば、また次の会社が被害に遭う」
と警察に確信させるのです。

「逮捕」は手段。「前科」こそが目的

権藤部長、
「逮捕」
という響きは魅力的ですが、そこに固執しすぎると足元をすくわれます。

警察は
「逃亡や証拠隠滅の恐れがない」
と判断すれば、逮捕状を請求しません。

特に、すでに解雇され、証拠(メールやログ)が保全されている場合、逮捕のハードルは高いのが現実です。

しかし、御社の真のゴールは
「刑事責任を負わせること(前科をつけること)」
ですね。

逮捕されなくとも、
「書類送検(在宅起訴)」
され、有罪判決が出れば、彼は
「前科者」
になります。

「民事のトラブルメーカー」
ではなく
「恐喝未遂の犯罪者」
として認定される。

これこそが、彼にとって最大のダメージとなり、業界内での彼の
「余命」
を絶つことになります。

所轄がダメなら「本庁」へ

持ち込み先(ルート)も重要です。 

所轄の生活安全課では
「まあまあ、会社の方で話し合って」
となだめられるのがオチです。

今回は
「上場企業の株価に影響を与えた」
「サイバー犯罪的側面がある」
という点をテコに、弁護士のパイプラインを使って、警視庁(あるいは県警本部)の捜査二課(知能犯)サイバー犯罪対策課への持ち込みを模索すべきでしょう。

彼らは
「社会的反響のある事件」

「知能犯」
を好みます。

【今回の相談者・権藤部長への処方箋】

権藤部長、今の
「お行儀のよい告訴状」
は破り捨ててください。

以下の手順で、警察が飛びつく
「激辛の事件ファイル」
に作り変えます。

1 告訴状の全面リライト(悪性の可視化) 

単なる
「恐喝未遂」
ではなく、過去のデータ窃盗の証拠(フォレンジック調査結果)を別添し、
「常習的な情報窃盗犯による、計画的な企業恐喝事件」
として構成し直します。

2 被害の社会的インパクトの強調 

株価チャートや、ネットでの拡散状況を資料化し、
「一企業の被害にとどまらず、市場の公正性を害した」
というロジックを組み込みます。

3 ルートの選定(本庁アタック) 

所轄署の相談窓口ではなく、本庁の知能犯・サイバー担当部署へ、専門家を通じて
「事件のプレゼン」
を行います。

警察は
「正義の味方」
である前に、
「多忙な官僚組織」
です。

彼らが
「これは事件にできる(点数が稼げる)」
と思えるように、材料を極上の状態に調理して差し出す。

それが、企業法務における
「告訴」
の極意です。

※本記事は、架空の事例をもとに、企業に対する恐喝未遂・情報漏洩事案における刑事告訴の実務および戦略に関する一般論を解説したものです。 
実際の捜査機関の対応や立件の可否は、個別の証拠状況や担当官の判断、管轄の運用により異なります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02239_ケーススタディ:「敗訴」=「即倒産」ではありません! 銀行口座凍結(仮執行)を回避し、逆転勝訴への望みをつなぐ「損して得取れ」戦術

 「判決、被告は原告に対し金〇〇万円を支払え。この判決は仮に執行することができる」 
無情にも響く敗訴の判決。

この瞬間から、御社の銀行口座は、いつ差し押さえられてもおかしくない
「仮執行」
の恐怖に晒されます。

建設業のようにキャッシュフローが命綱の企業にとって、口座凍結はすなわち
「死(倒産)」
を意味します。

しかし、ここでパニックになってはいけません。 

プロの法務は、負けが決まった瞬間から、被害を最小限に食い止めるための、冷徹な
「延命・防衛戦」
を開始します。

本記事では、強制執行という名の“即死”を回避するための、泥臭い
「時間稼ぎ」
と、あえて敵に塩を送ることで自らを守る
「戦略的弁済」
の極意について解説します。

【この記事でわかること】

• 判決の効力を発生させないための「判決受領の引き延ばし工作」
• カネを積んで執行を止める「執行停止」のメカニズム
• 実はプロが一番推奨する、リスクゼロの回避策「異議をとどめた弁済」

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社 くじゃく建設 専務取締役 大林 剛(おおばやし つよし)
業種 : 総合建設業(ゼネコン)
相手方: 株式会社 クールマウンテン(システム開発会社)

【相談内容】 

先生、明日の基幹システム開発訴訟の地裁判決、非常に分が悪いと聞いています。 

もし、
「仮執行宣言」付き
で敗訴した場合、相手は即座に当社の銀行口座を差し押さえにかかるでしょう。
「判決が出たら1日たりとも待たない。即座に口座を凍結してやる」
と息巻いているらしいのです。

もしメインバンクの口座が凍結されれば、月末の下請け業者への支払いがショートし、当社は黒字倒産してしまいます。 

上級審(控訴・上告)で徹底的に争うつもりですが、その前に会社が潰されてしまっては元も子もありません。 

なんとかして、相手の強制執行を止め、生き延びる方法はないのでしょうか?

第1手:判決文はすぐに「受け取るな」! 物理的な時間稼ぎ

大林専務、まずは落ち着いてください。 

相手が強制執行(差押え)をかけるには、判決文が御社に
「送達」
されなければなりません。

つまり、御社が判決文を受け取らない限り、相手は引き金を引けないのです。

ここでプロが使う初手は、
「判決受領の遷延(せんえん)」
「判決の言い渡しを聞いても、その場ですぐに判決文を受け取らず、郵送されるのを待つ」、
さらに言えば
「不在等の理由で受け取りを合法的に遅らせる」
という時間稼ぎです。

この数日間の
「タイムラグ」
が、次の手を打つための命綱になります。

第2手:カネを積んで、裁判所に「待った」をかけさせる(強制執行停止決定)

時間を稼いでいる間に検討すべき手段が、
「強制執行停止決定」
の申立てです。

「上級審で争うので、判決が確定するまで執行を止めてください」
とお願いする手続きです。

1 上訴の提起: 上告提起と同時に強制執行停止決定を申立てる
2 担保の供託: 判決額相当の現金を法務局に供託(預け入れ)する

これにより、裁判所から
「停止命令」
が出れば、相手は手出しができなくなります。

プランB:「あえて払う」ことで、傷口を塞ぐ

「執行停止」
の手続きは、書類作成や裁判所の審査に時間がかかり、一刻を争う事態に間に合わないリスクがあります。

また、要件(回復しがたい損害の疎明など)も厳格です。

執行停止発令がNGの場合、差押を回避するには、弁済しかありません。

「負けを認めるのか! 不良システムに金など払えるか!」
と怒らないでください。

プランBとしての、弁済です。

「強制執行(差押え)のリスクをゼロにする」
ために、あえてお金を払うのです。

ただし、ただ払うのではありません。

「異議をとどめた弁済」
を行うのです。

魔法の言葉:「本件を争うことを表明した上での弁済」

相手にお金を振り込む際、以下の趣旨の文書を叩きつけます。

「本件については、上告及び上告受理申立を行うものでありますし、債務を認めるわけではありませんが、確定判決とはいえないものの、裁判所から命令が出された以上、これに従う、という観点から、弁済を提供いたします。金銭を準備いたしましたので、領収書と引き換えに、貴方宛持参あるいは指定口座に振り込みます。領収書とは同時履行となります関係上、振込をご指定される場合は、金融機関において、着金確認と同時に領収書を交付いただくという方法で弁済実施します。つきましては、ご指定の金融機関と日時をご指定(出来れば複数金融機関と複数日時)下さい」

このように
「異議をとどめて」
おけば、強制執行を止め、生き延びることはできます。

【今回の相談者・大林専務への処方箋】

大林専務、感情的には
「1円も払いたくない」
でしょうが、経営判断としては
「信用を守る」
ことが最優先です。

以下の手順で進めることを推奨します。

1 まずは時間稼ぎ 

判決の受領をギリギリまで遅らせ、その間に資金の手当てと方針決定を行います。

2 プランA「執行停止」の検討 

上訴提起と同時に
「強制執行停止申立」
を行い、担保金を供託する準備をします。

これが通れば、お金は相手に渡らず、法務局に預けるだけで済みます。

3 プランB「戦略的弁済」 

執行停止発令がNGの場合、迷わずプランBです。

相手に対し、
「異議をとどめた弁済通知」
を送りつけ、速やかにお金を支払います。

これで、銀行口座凍結という
「即死」
は100%回避できます。

お金は、勝訴した後に取り返せばいいのです。 

今は、プライドを捨てて、実利(会社の命)を取りましょう。

※本記事は、架空の事例をもとに、民事訴訟における敗訴時の保全処分(強制執行停止)および弁済の実務対応に関する一般論を解説したものです。
実際の申立て要件や供託金の額、弁済の効力については、個別の事案や裁判所の判断により異なります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02238_ケーススタディ:「警察が動かない」のはナゼですか? 告訴状を“ゴミ箱”行きにさせないための、事件の「料理法」と「裏ルート」

「横領だ! 背任だ! 詐欺だ! 警察に突き出してやる!」 
社内で発覚した不正に対し、勇んで告訴状を作成し、所轄の警察署に持ち込んだものの、
「これは民事不介入ですね」
「証拠が足りませんね」
と、のらりくらりとかわされ、門前払いを食らう。 

これは、多くの企業が直面する、冷厳な現実です。

なぜ、あなたの会社の告訴状は受理されないのでしょうか? 

それは、あなたの書いた告訴状が、警察官にとって
「味がしない料理」
だからです。

「形式的に法に触れている」
だけでは、警察は腰を上げません。 

本記事では、警察を本気にさせるための
「インフォメーション・パッケージ(激辛の物語)」
の作り方と、所轄署の窓口をスルーして本丸(本庁)へ通す
「特別なルート」
の活用法について解説します。

【この記事でわかること】

• 警察が「受理したくない」と思うダメな告訴状の共通点
• 事件を「犯罪」として立体化するインフォメーション・パッケージの魔力
• 所轄署ののらりくらりを突破する「本庁持ち込み」という選択肢

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社 ヴァリアント・ネクサス 執行役員 法務担当 剣持 鋭二(けんもち えいじ) 
業種 : IT・システム開発 
対象者: 元・事業開発部長(懲戒解雇済み)

【相談内容】 

先生、悔しくて夜も眠れません。 

当社の元部長が、架空の発注を繰り返し、裏金を作っていたことが発覚しました。 

社内調査で証拠は揃っています。

契約書、請求書、金の流れ、すべて押さえました。

そこで、顧問弁護士と協力して
「告訴状」
を作成し、所轄の警察署に持ち込んだのですが・・・。 

刑事の反応は冷ややかなものでした。 

「形式的には背任かもしれないけど、商取引の範囲内とも言えるよね」
「彼にも言い分があるだろうし、まずは民事でやってみたら?」 
と、やる気ゼロです。

このままでは、彼はのうのうと逃げ切り、当社が泣き寝入りです。 

どうすれば、警察を動かし、彼に手錠をかけることができるのでしょうか?

その告訴状、「素材の味」のまま出していませんか?

剣持さん、お気持ちは痛いほど分かります。 

しかし、拝見した告訴状、率直に申し上げて
「お粗末」
です。

「Aという行為は、刑法〇条の構成要件に該当する」 
と、法律論と事実を羅列しただけでは、多忙を極める刑事の心には響きません。 

それはまるで、泥のついた野菜と生肉をそのまま皿に載せて、
「これを食べろ」
と言っているようなものです。

警察を動かすには、
「こいつはこれほどまでに悪質であり、処罰しなければ社会正義に反する」
という、強烈な
「悪性」
が匂い立つように調理されていなければなりません。

「インフォメーション・パッケージ」を作りなさい

単なる
「告訴状」
ではなく、
「インフォメーション・パッケージ」
を作成する必要があります。 

これは、警察がそのまま捜査資料として使えるレベルまで、事件の構図を
「ミエル化・カタチ化・言語化」
したものです。

1 悪意の可視化: 単なる「取引ミス」や「権限逸脱」ではなく、彼がいかに計画的で、狡猾で、私利私欲のために会社を食い物にしたかという「ストーリー」を構築します。
2 被害の深刻化: 「◯万円損した」ではなく、その行為が会社の信用や組織にどのような甚大なダメージを与えたかを、感情に訴えるのではなく、論理的に増幅して描きます。
3 証拠の構造化: バラバラの資料ではなく、ストーリーを裏付ける証拠を、反論不可能な形で紐付けます。

「形式上法に触れる」
レベルではなく、
「実体として許されざる犯罪である」
ことを、誰が見ても分かるようにパッケージングするのです。

「所轄」がダメなら「本庁」へ

次に、持ち込む場所(ルート)の問題です。 

所轄の警察署の知能犯係は、常に事件で溢れかえっており、手間のかかる経済事案(横領・背任)は、できるだけ受理したくないのが本音です。

そこで、我々のような“有事対応のプロ”は、別のルートを使います。 

「本庁(警視庁・道府県警本部)への持ち込み」
です。

本庁の捜査二課などは、所轄とは違い、規模が大きく社会的反響のある事件や、複雑な知能犯を専門としています。 

しっかりとした
「インフォメーション・パッケージ」
を作り込み、特殊なパイプライン(人脈やルート)を通じて、本庁の然るべき担当者に直接プレゼンを行うのです。

所轄の窓口で
「お断り」
されるのを横目に、VIPゲートから入場するようなものです。 

「本庁が関心を持っている」
となれば、所轄の動きもガラリと変わります。

「逮捕」だけがゴールではない

ただし、剣持さん。

一つだけ覚悟してください。 

どれほど完璧なパッケージを作り、本庁ルートを使っても、
「逮捕」
まではハードルが高いのが現実です。 

経済事案では、証拠隠滅や逃亡の恐れが低いと判断されれば、身柄を拘束しない
「在宅起訴(書類送検)」
が関の山かもしれません。

しかし、それでも
「刑事事件として立件される」
ことの意味は絶大です。

 「民事のトラブル」
ではなく
「犯罪者」
として捜査機関の聴取を受ける。

そのプレッシャーは、相手にとって最大の制裁となり、また、御社の
「不正は絶対に許さない」
という断固たる姿勢を社内外に示すことになります。

【今回の相談者・剣持さんへの処方箋】

剣持さん、今の
「お粗末な告訴状」
で所轄に日参するのは時間の無駄です。

 以下の手順で、戦略を練り直しましょう。

1 告訴状の全面リライト(パッケージ化) 

単なる事実の羅列ではなく、相手の
「悪性」
が浮き彫りになるよう、ストーリーを再構築します。

警察が
「これは事件だ」
と直感的に理解できるレベルまで磨き上げます。

2 ルートの変更 

所轄の窓口ではなく、本庁ルートへの打診を検討します。

そのためには、刑事告訴の実務に精通し、警察組織とのパイプラインを持つ専門家の起用が不可欠です。

3 期待値の調整(逮捕にこだわらない)

 「逮捕して刑務所にぶち込む」
という高すぎるゴールではなく、
「書類送検させ、しかるべき刑事処分を受けさせる(前科をつける)」
ことを現実的な目標(落とし所)として設定します。

警察は
「正義の味方」
である前に、
「多忙な官僚組織」
です。 

彼らが動きやすいように、材料を揃え、下ごしらえをし、皿に盛り付けて差し出す。 

それが、企業法務における
「告訴」
の極意なのです。

※本記事は、架空の事例をもとに、企業犯罪に対する刑事告訴の実務および戦略に関する一般論を解説したものです。 
実際の告訴状の受理や捜査の可否は、個別の証拠状況や捜査機関の判断に委ねられます。
また、警察への「ルート」等は、弁護士の専門性や経験則に基づくものであり、全ての事案で利用可能なものではありません。 
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02237_ケーススタディ:「単純な質問」に即答できないのはナゼですか? 不正社員の“嘘”をあぶり出す、社内調査の「ロジック・トラップ」

「やっていません」
「知りません」

社内不正の疑いがある社員にヒアリングをすると、判で押したようにこう返ってきます。 

証拠が不十分な段階で、彼らの
「否認」
を崩すのは容易ではありません。

しかし、百戦錬磨の弁護士は、相手の
「答えの中身」
ではなく、
「答え方(プロセス)」
に注目します。

真実はシンプルですが、嘘は複雑です。

だからこそ、嘘をつくには
「調理時間」
が必要になります。

本記事では、不正疑惑社員との攻防において、相手の回答遅延や矛盾を突き、その信用性を完膚なきまでに弾劾する、プロの調査尋問テクニックを解説します。

【この記事でわかること】

• 回答期限の徒過が「嘘の証明」になるメカニズム
• 「やっていない」という否定を、後の裁判で有利な証拠に変える方法
• 不正調査における「客観的証拠」と「主観的弁明」の戦わせ方

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ロジック・ディフェンス コンプライアンス室長 詰田 厳(つめた げん) 
業種 : 精密機器部品製造・卸
対象者: 元営業課長(懲戒解雇済み)

【相談内容】 

先生、懲戒解雇した元営業課長とのトラブルです。 

彼は在職中、就業規則に違反して競合他社に顧客情報を流し、自らも接触していた疑いが濃厚です。 

本人に事実確認の書面を送ったところ、期限を大幅に過ぎてから回答が来ました。

内容は、 
「私は顧客に不当な接触など一切していない。貴社の言いがかりだ」
という全面否定です。

しかし、複数の取引先からは
「彼から電話があった」
「営業をかけられた」
という証言を得ています。

物的証拠(録音など)までは揃っていないのですが、このまま
「やっていない」
の一点張りで逃げられてしまうのでしょうか?

「真実」はインスタント、「嘘」は手作り料理

詰田室長、焦る必要はありません。

相手のその対応こそが、実は最大の
「ボロ」
なのです。

ご相談いただいた相手方の回答状況を分析すると、そこには嘘を見破るための決定的なロジックが浮かび上がってきます。

まず着目すべきは、回答の中身ではなく、
「回答が遅れた」
という事実そのものです。

「自分が体験した事実」
について、イエスかノーかで答える。

これは、本来なら瞬時にできるはずです。

「朝ごはんを食べましたか?」
と聞かれて、回答に3日もかかるとしたら、それはメニューを思い出しているのではなく、
「食べたと言った方がいいか、食べてないことにすべきか」
を計算しているからです。

プロの法務はこのように断じます。

「単純直截な質問への回答が遅れるのは、事実を思い出しているのではなく、弁解という名の『創作料理』を作っていたからだ」

相手が期限を徒過したという事実自体が、
「回答を作るのに時間を要した(=事実をそのまま述べたのではない)」
という強力な状況証拠となるのです。

「やっていない」という嘘を言わせる意義

次に、相手は
「やっていない」
と回答してきましたね。

実は、不正調査においては、相手に
「嘘をつかせること」
自体が大きな成果になります。

御社はすでに、顧客から
「接触があった」
という証言(客観的事実)を得ています。

この
「動かぬ客観的事実」
を手元に確保したうえで、あえてその事実には触れず、相手方に対して質問を行い、文書で
「私はやっていません」
との明確な回答をさせます。

この対応により、次の構図が成立します。

1 客観的事実:顧客への接触があった(証拠により立証可能)
2 相手方の主張:顧客への接触はしていない(文書で明言)
3 評価:相手方の供述は、客観的事実と矛盾している

ひとたび
「重要な事実について虚偽の説明を行った」
と認定されると、その人物の他の弁明についても、
「この点についても信用できない」
と、評価されやすくなります。

このように、相手の供述の信用性を低下させる手法を、法廷用語では
「信用性の弾劾(しんようせいの だんがい)」
といいます。

相手に
「やっていない」
と明言させればさせるほど、後に客観的証拠を提示した際の矛盾は決定的となり、結果として相手の証言全体の信用性を大きく損なうことになります。

「嘘」は、自らを刺すナイフになる

今回の相手方の回答に対し、御社が取るべき態度は、反論ではありません。

淡々とした
「記録」
です。

「当方に判明した事実(顧客の証言等)と、貴殿の回答は明白に矛盾しており、貴殿は虚偽の弁解を弄していると認識せざるを得ない」 
という認識を持ちつつ、この矛盾を泳がせるのです。

不正社員が必死で考えた
「言い訳」

「時間稼ぎ」。

それらはすべて、彼の
「不誠実さ」
を証明する材料として、御社の武器になります。

どうぞ、その矛盾を淡々と、そして冷徹に記録し続けてください。

【今回の相談者・詰田室長への処方箋】

詰田室長、相手の
「否定」
に動揺してはいけません。

むしろ
「しめしめ」
と思うべきです。

1 遅れを責めず、記録する 

「回答が期限を過ぎた」
という事実を、
「弁解を創作していた証左」
として記録に残します。

後の紛争で
「なぜ遅れたのか」
を問われた際、相手は苦しい弁明を強いられます。

2 証拠は後出しにする 

手持ちの証拠(顧客の証言)をすぐに見せてはいけません。

相手に
「やっていない」
と断言させてから、
「でも、A社さんはこう言っていますよ」
と突きつけることで、相手の逃げ場を塞ぎます。

3 結論: 

嘘をつく人間は、必ずどこかで整合性が取れなくなります。 

「単純な質問」
を投げかけ続け、相手が墓穴を掘るのを待つのも、企業法務の高等戦術です。

※本記事は、架空の事例をもとに、企業法務における事実認定や交渉戦術に関する一般論を解説したものです。 
実際の紛争対応や書面の作成においては、具体的な証拠状況や法的手続きの進行を考慮する必要があります。 個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02236_ケーススタディ:その契約書は「一夜限りの恋」か、それとも「永遠の誓い」か? 経営者が知るべき、担保設定に見る“ビジネスの相思相愛”判別法

「先方が作ってくれた契約書だから、そのままハンコを押しておけばいいだろう」

もしあなたが、担保契約においてそんな軽い気持ちでいるなら、少し危険です。

特に、融資の担保となる
「抵当権」

「根抵当権」。

この
「根」
という一文字があるかないかは、法的な手続きの違いだけではありません。

それは、相手とのビジネスを
「1回きりの点」
と見るか、
「未来永劫続く線」
と見るかという、経営戦略上の決定的な
「覚悟」
の違いを意味します。

本記事では、難解な民法用語を
「恋愛」

「電車の切符」
に例え、契約書の文言に隠された、取引先のしたたかな
「プロポーズ(または束縛)」
を見抜くための視点について解説します。

【この記事でわかること】

• 「抵当権」と「根抵当権」の違いは、「切符」と「定期券」の違いである
• 相手が「根抵当権」を求めてくる本当の理由と、そこに潜むリスク
• 契約書一つで、自社が「銀行代わり」にされてしまうメカニズム

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社アストロ・リンク・クレジット 審査部長 星野 渡(ほしの わたる) 
業種 : 次世代モビリティ開発・プロジェクトファイナンス
相手方: 株式会社シグマ・プロパルション(ドローン物流ベンチャー)

【相談内容】 

先生、急ぎの案件で判断に迷っています。 

当社は、物流ベンチャーのシグマ社に対し、機体製造資金として以前から融資を行ってきました。 

この度、既に完済された5億円の貸付に対応する古い担保を解除し、新たに新型機開発資金として10億円を融資することになりました。

先方の法務部から送られてきた契約書案を見ると、前回の貸付けとほぼ同じですが、担保設定契約書だけが 
「根抵当権設定契約証書」
になっていました。

シグマ社の担当者は、電話でこのように言っていました。

「今後も開発資金のご相談をさせていただくことになるかと存じます。その都度、契約や登記の書き換えで御社のお手を煩わせるのも大変恐縮ですので、もしよろしければ、この機会にまとめて極度額(枠)を設定させていただけないでしょうか」

非常に腰が低く、こちらの事務手間に配慮してくれているようにも聞こえます。 

実務上は合理的にも思えますが、このままハンコを押してしまって問題ないでしょうか?

「抵当権」は“一回きり”の乗車券

星野部長、その
「下手にでた提案」
にこそ、相手のしたたかな戦略が隠されています。

法律用語の違いは、単なる言葉遊びではありません。

そこには、ビジネスにおける
「関係性の深さ」
が残酷なほどクリアに反映されています。

まず、これまで設定されていた
「抵当権」。

これは、いわば
「1回きりの乗車券(切符)」
です。

 「5億円の借金」
という特定の目的地が決まっていて、返済(到着)して改札を出れば、その切符は回収され、役目を終えて消滅します。

貸し手である御社としては、その1回の取引だけを管理すればいい。 

まさに、
「後腐れのない、一回きりのデート(点の関係)」
です。

「根抵当権」は“乗り放題”の定期券

対して、今回シグマ社が
「御社のために」
とへりくだって提案してきた
「根抵当権」。

これは、
「期間内なら何度でも乗り降り自由な定期券(パスポート)」
です。

根抵当権には、
「極度額(枠)」
という概念があります。

シグマ社は
「お手数をかけるのは恐縮だから」
と言っていますが、本音を翻訳するとこうなります。

「これから開発競争で何度も金が必要になる。そのたびに、いちいち御社にお伺いを立てるのは面倒だし、断られるのも怖い。だから、10億円という枠の定期券をもらって、御社の改札を顔パスで通りたい」

つまり、彼らは御社に対し、
「1回きりの取引相手」
ではなく、
「いつでも財布代わりになってくれるパートナー」
としての地位を求めているのです。

「定期券」を渡すことのリスクと覚悟

ここで重要なのは、定期券(根抵当権)を渡すということは、御社のリスク管理も
「点」
から
「線」
に変わるということです。

1 「貸しすぎ」のリスク 
「枠があるから」といって、シグマ社が頻繁に資金を要求し、気づけば御社の資金繰りが彼らの放漫経営に振り回される可能性があります。

2 「別れられない」リスク
ここが最大の違いです。
普通の抵当権なら、全額返済すれば権利は消滅し、関係はきれいに終わります。
しかし根抵当権は、今回の10億円を全額返済してもらっても、枠(箱)自体は契約期間中、生き続けます。
御社が「完済されたので、今回の融資は終了です。担保の抹消手続きに入ります」と告げても、シグマ社はこう切り返してくるでしょう。
「いえ、せっかく枠(箱)が残っているのにもったいない。抹消手続きなんて手間のかかることはせず、実は来月また資金が必要なので、その枠を使って貸してください」

3 「断る大義名分」の完全喪失
こうなると、「枠」という既成事実がある以上、御社は断る大義名分を立てにくくなり、なし崩し的にズルズルと関係を続けざるを得なくなります。

銀行であれば、それが商売ですから
「定期券」
は大歓迎でしょう。

しかし、事業会社である御社が、そこまで彼らと
「運命共同体」
になる覚悟はありますか?

【今回の相談者・星野部長への処方箋】

星野部長、相手の
「謙虚な姿勢」
にほだされてはいけません。

これは法務の問題ではなく、
「愛(ビジネス戦略)」
の問題です。

1 「これっきり」なら断固拒否する 

もし、今回の10億円がプロジェクト単位の単発融資であり、これ以上深入りしたくないなら、根抵当権の提案は断ってください。 

「お気遣いはありがたいですが、事務の手間はこちらで引き受けますので、都度、抵当権を設定しましょう」 
と切り返すのが、健全な距離感を保つ大人の対応です。

2 「骨を埋める」なら受けて立つ 

逆に、今後もシグマ社と
「雨の日も風の日も、継続的に資金を融通し合う深い関係(線)」
を築いていく覚悟がおありなら、彼らの提案に乗るのも一興です。

その代わり、与信管理は格段に難しくなることを経営陣に報告してください。

3 結論: 

「根抵当権」
という選択は、その意思を反映した、ある意味で重い
「愛のカタチ」
です。

契約書上の
「点」

「線」
に変える瞬間には、それ相応の覚悟が必要です。

その覚悟がおありなら、どうぞ、実行してください。

※本記事は、架空の事例をもとに、企業グループ内のガバナンス強化手法や担保設定に関する一般論を解説したものです。 
実際の契約締結や運用においては、会社法上の権限規定や金融関連法令に留意する必要があります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02235_ケーススタディ:「金目の物はどこだ?」と探偵ごっこは不要! 相手のオフィスを“まるごと”人質に取る「動産仮差押え」の破壊力

「取引先が支払いをバックレそうだ。資産を差し押さえたいが、相手が隠し持っている財産の『特定』ができない・・・」 

債権回収の現場で、多くの経営者がここで足踏みをしてしまいます。

銀行口座なら支店名まで、不動産なら地番まで特定しなければならない。 

「ならば、オフィスにある高価な機材を差し押さえたいが、型番や製造番号なんていちいち控えていないぞ」

ご安心ください。

法律はそこまで意地悪ではありません。 

実は、動産(オフィス内の什器備品や在庫など)の仮差押えにおいては、中身を細かく特定する必要などないのです。 

本記事では、相手の懐(ふところ)の中身を知らなくても実行可能な、しかし相手にとっては心臓が止まるほど恐ろしい
「動産仮差押え」
という名の“絨毯爆撃”について解説します。

【この記事でわかること】

• 「商品名」も「型番」も不要? 驚くほどアバウトな申立ての極意
• 裁判所の執行官を味方につける「現場立会い」の重要性
• 勝訴判決が出る前に、相手のビジネスを物理的・心理的にロックする驚異のスピード感

【相談者プロフィール】 

相談者: メディカル・サプライ・フロンティア株式会社 営業本部長 切込 鋭治(きりこみ えいじ) 
業種 : 歯科・眼科向け高度医療機器の販売・リース 
相手方:  医療法人社団ニッコリ・デンタル(資金繰り悪化が噂される歯科医院)

【相談内容】 

先生、煮え湯を飲まされています。 

取引先のニッコリ・デンタルですが、納入した最新鋭の歯科用CTスキャナーや高級な診療ユニット(診療台)、合計2000万円分の支払いが半年も滞っています。

 院長は
「患者が減って苦しい」
とのらりくらり。

しかし、院内には私が納めたピカピカの機材があり、それで日銭を稼いでいるのです。

代金を支払っていないにもかかわらず、納入された医療機器(資産)を使って診療を行い、売上(日銭)を上げているなんて、許せません。

そのうえ、支払いが滞っているようでは、転売されかねないと、危機感マシマシです。

もう、すぐにでも機材を差し押さえて、転売されないようにロック(仮差押え)したいのですが、問題があります。 

納品書はありますが、現在院内のどこにどの機材が置かれているか、細かい付属品のシリアルナンバーまで特定できているわけではありません。 

「何を差し押さえるか」
を特定できないと、裁判所は動いてくれないと聞きました。

探偵でも雇って、院内に潜入調査させるべきでしょうか?

「ピンポイント爆撃」ではなく「エリア爆撃」でいい

切込本部長、スパイ映画のような潜入工作は不要です。 

銀行預金の差押えでは、
「〇〇銀行××支店」
というピンポイントの特定(爆撃)が必要ですが、動産(形のあるモノ)の仮差押えは違います。

「その場所にある、換金価値のあるもの全部」 
という、極めてアバウトな指定(エリア爆撃)で構わないのです。

申立書に書くのは、
「東京都〇〇区×× ニッコリ・デンタル院内」
という
「場所」
だけで十分です。

「診療台の型番A-123」
などと特定する必要はありません。

むしろ、特定してしまうと、型番が違っていたり、別の部屋に移動されていたりした時に
「空振り」
になるリスクがあります。

網は、大きく、ざっくりと広げるのが、動産執行の鉄則です。

執行官という名の「目利き」を連れて行く

「でも、特定しなくて、誰がどれを差し押さえるか決めるんですか?」 

良い質問です。

それを決めるのは、あなたではなく、裁判所の
「執行官」
です。

仮差押えの決定が出たら、あなたは執行官と一緒に現場(歯医者)に踏み込みます。 

そこで執行官は、プロの目で院内を見渡し、
「これは金になる」
「これはガラクタ」
と瞬時に判断し、金になりそうな物に次々と
「差押え」
のシール(封印)を貼っていきます(これを貼られると、勝手に動かしたり売ったりできなくなります)。

この時、債権者であるあなたも立ち会い、
「先生、あのCTスキャナーは高く売れますよ」
「あの棚の在庫も押さえてください」
と、執行官の裁量の範囲内で“おねだり”(アドバイス)をすることが可能です。

「1ヶ月」でカタがつくスピード感

仮差押えの威力は、そのスピードにあります。 

申立てから担保金の納付(請求額の2~5割程度)を経て、執行官が現場に行くまで、早ければ数週間です。 

ある日突然、裁判所の人間と債権者が土足で踏み込んできて、患者の目の前で治療器具に
「差押」
の赤紙を貼っていく・・・。

院長にとっては、まさに悪夢、心停止レベルの衝撃です。 

「これ以上騒ぎにしないでくれ! 金はなんとかする!」 
と、判決を待たずに解決金が支払われるケースも少なくありません。

もし裁判(本訴訟)までもつれ込んでも、勝訴判決さえ取れば、すでに仮差押えでロックした動産をそのまま競売にかける
「本執行」
へスムーズに移行できます。

買い手がつきやすい物なら、1ヶ月程度で現金化も可能です。

【今回の相談者・切込本部長への処方箋】

切込本部長、探偵の真似事はやめて、堂々と正面玄関から踏み込みましょう。

1 ターゲットは「モノ」ではなく「場所」 

「どの機械か」
を特定しようと悩む必要はありません。

「相手のクリニックの住所」
さえわかれば、申立ては可能です。

むしろ、
「院内にある動産一切」
を対象にするつもりで準備を進めてください。

2 担保金(保証金)の用意を 

裁判所は
「仮」
の手続きとして強力な権限を与える代わりに、万が一の間違いに備えて
「担保金」
を要求します。

2000万円の債権なら、400万~1000万円程度の現金を用意する必要があります。

これは
「捨て金」
ではなく、勝てば戻ってくるお金ですが、キャッシュフローには注意してください。

3 結論: 

動産仮差押えは、回収の実効性もさることながら、相手に与える
「心理的打撃」
が最大の武器です。

「なめてかかると、店を潰されるぞ」
という強烈なメッセージを、執行官という国の権力を使って叩きつけるのです。

※本記事は、架空の事例をもとに、民事保全手続(動産仮差押え)の一般的な仕組みと戦略を解説したものです。 
実際の申立てにおいては、被保全権利の疎明や保全の必要性の立証が必要となり、担保金の額も裁判所の裁量により決定されます。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02234_ケーススタディ:「板挟みの悲劇」は思考停止の証拠?  “返品”という名の「甘え」を断ち切り、真の敵を討つ“矛先転換”の極意

「メーカーの都合で代理店契約を切られた。そのとばっちりで、顧客から理不尽な返品を迫られている・・・」 

商社や販売代理店ビジネスにおいて、メーカー(仕入先)とユーザー(顧客)の板挟みになるのは宿命です。

しかし、メーカーの身勝手な裏切りによって生じたトラブルの尻拭いを、なぜ御社が自腹(返品・返金)で負わなければならないのでしょうか? 

「お客様だから」
といって、法的義務のない要求を飲み続けるのは、経営判断ではなく
「思考停止」
です。

本記事では、理不尽な板挟み状態から脱却し、
「顧客の怒りの矛先」を
御社から
「真の悪者(メーカー)」
へと転換させ、ピンチをチャンスに変える“法的・政治的”交渉術について解説します。

【この記事でわかること】

• 「リーガルマター(法的義務)」と「ビジネスマター(お願い)」の冷徹な峻別
• 「敵の敵は味方」理論を応用した、顧客との共闘関係の構築術
• 海外メーカーを動かすための「現地の弁護士」というカードの使い方

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ボレアス・トレーディング 代表取締役 須田 仲(すだ なか) 
業種 : 高度医療機器・システム輸入商社
相手方: 株式会社ゼピュロス・メディカル(大手医療機器販売会社)、テウトニア・システムズ(ドイツのシステムメーカー)

【相談内容】 

先生、胃が痛い毎日です。 

当社は長年、ドイツの
「テウトニア社」
の日本総代理店として、同社のシステムを国内大手の
「ゼピュロス・メディカル」
に卸してきました。

ところが先日、テウトニア社が一方的に当社との契約を打ち切り、あろうことか、業界でも評判の悪い名古屋のブローカー
「ナニワ・トレーディング」
に代理店を変更したのです。

怒ったのは顧客であるゼピュロス・メディカルです。 

「ナニワ社のような怪しい会社と付き合えるか。サポートも不安だ。ついては、御社から買った在庫品(数億円分)をすべて返品・返金したい」 
と言ってきたのです。

当社としては、売買契約は完了しており、製品に欠陥があるわけでもありません。 

しかし、ゼピュロス社は重要顧客ですし、無下にもできず・・・。 

やはり、ここは泣く泣く返品に応じるしかないのでしょうか?

「お願い」と「義務」を混同するな

須田社長、まず頭を冷やしましょう。 

ゼピュロス社の要求は、法的に見れば
「返品請求権」
に基づくものではありません。

売買契約は適法に終了しており、御社が納品したモノ自体に瑕疵(欠陥)はないのですから、御社に返品を受ける法的義務は1ミリもありません。

つまり、彼らの要求は、 
「困っているから助けてくれ(そのために御社が数億円損してくれ)」
という、単なるビジネス上の
「お願い(ビジネスマター)」
に過ぎません。

数万円の菓子折りならともかく、数億円の損失を伴う
「お願い」
を、義理人情だけで受け入れる必要などありません。

それは経営判断の域を超えた
「ギフト(贈与)」
です。

「真の悪者」は誰かを再定義せよ

今回の騒動の元凶は誰でしょうか? 

御社ですか?

ゼピュロス社ですか?

違いますよね。

「長年日本市場を支えてきた信頼できる東京のパートナー(御社)を切り捨て、目先の利益のために怪しげなブローカー(ナニワ社)に乗り換えた、ドイツのテウトニア社」 
こそが、諸悪の根源であり、非難されるべき対象です。

ゼピュロス社が文句を言うべき相手、そして請求書を回すべき相手は、御社ではありません。 

「あり得べからざる判断」
をしたテウトニア社であるべきです。

現在、御社がサンドバッグになっていますが、その構図自体が間違っています。

「敵の敵」は味方にする

ではどうするか。 

ゼピュロス社の怒りを、御社に向けさせるのではなく、テウトニア社(および新代理店のナニワ社)に向けさせるのです。

御社は
「加害者」
ではなく、彼らと同じ
「被害者」
なのですから。

ゼピュロス社に対して、ただ
「返品は受けられない」
と拒絶するだけでは角が立ちます。

そこで、 
「返品は受けられないが、その代わり、テウトニア社に責任を取らせるための『武器』と『知恵』を提供する」
という提案をするのです。

これが
「ファシリテーション(協働支援)」
です。

【今回の相談者・須田社長への処方箋】

須田社長、御社が取るべき戦略は
「サンドバッグからの脱出」

「司令塔への就任」
です。

1 「返品不可」の通告(リーガルマターの確定) 

まず、ゼピュロス社に対しては、 
「法的にも契約上も、返品を受ける義務はない。また、金額的にも一企業の『お付き合い』として受容できる限度を超えている」
と、きっぱり断ります。

ここで曖昧な態度をとると、つけ込まれます。

まずは
「無理なものは無理」
と線を引きます。

2 怒りの矛先の誘導(政治的解決) 
その上で、彼らに対し、こう提案します。 
「悪いのは、不当な契約解消をしたテウトニア社であり、我々も被害者だ。 ゼピュロス社が被る損害や不利益については、
(1)テウトニア社に金銭賠償させるか、
(2)ナニワ社ではなく、信頼できる当社を代理店に復帰させるか、
この二択をテウトニア社に迫るべきだ」

3 「ドイツの弁護士」という武器の提供 

ゼピュロス社がその気になったとしても、ドイツ企業相手にどう戦えばいいかわからないでしょう。 

そこで、御社の出番です。 

「我々はテウトニア社と戦う準備ができている。ドイツの強力な弁護士へのアクセスも提供できる。 エンドユーザーからのクレームとなれば、テウトニア社も無視できない。 一緒に圧力をかけよう」 
と持ちかけるのです。

4 結論: 

御社は
「金を払う」側
ではなく、
「戦い方を教える」側(参謀)
に回るのです。

これにより、数億円のキャッシュアウトを防ぎつつ、うまくいけばテウトニア社への代理店復帰の道筋すら見えてくるかもしれません。 

これが、法務を武器にした
「転んでもただでは起きない」
経営戦略です。

※本記事は、架空の事例をもとに、企業グループ内のガバナンス強化手法や紛争解決戦略に関する一般論を解説したものです。 
実際の契約締結や運用においては、会社法上の権限規定や下請法などの関連法令に留意する必要があります。 個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
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02233_ケーススタディ:「性善説」の限界を突破せよ! 子会社の暴走を物理的に止める“人間監視カメラ”の導入術

「子会社に『報告しろ』と言っても、上がってくるのは事後報告ばかり。都合の悪い情報は隠されている気がする……」 

M&Aで買収した子会社や、遠隔地の拠点の管理において、多くの経営者がこのジレンマに頭を抱えています。

「ルールを作れば守るはずだ」 
という性善説に基づいた遠隔操作には、限界があります。

現場の暴走を食い止めるには、書類上のルールではなく、物理的な
「関所」
が必要です。

本記事では、契約書という
「紙」
の中に、ファイナンシャル・コントローラーという
「生きた人間」
を送り込み、資金と契約の蛇口を物理的に握ることでガバナンスを効かせる、泥臭くも強力な統制手法について解説します。

【この記事でわかること】

• 「報告義務」がいつの間にか「事後通知」に劣化するメカニズム
• 金額基準だけでは防げない「分割発注」と「質的リスク」の抜け穴
• 現場に「お目付け役(FC)」を常駐させるための具体的な契約条項

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ゼウス・ロジスティクス・グループ 経営企画室長 権田 巌(ごんだ いわお) 
業種 : 総合物流・倉庫業(持株会社)
相手方: 株式会社ヘルメス・トランスポート(買収したばかりの地方運送会社)

【相談内容】 

先生、先日買収した子会社ヘルメス・トランスポートの件で相談です。 

彼らは
「現場の判断」
を言い訳に、稟議も通さず独断でトラックを購入したり、危なっかしいリース契約を結んだりする傾向があります。

月次報告を義務付けてはいますが、上がってくるのは 
「契約しちゃいました」
「払っちゃいました」
という事後報告ばかり。

これでは管理になりません。

今回、彼らと改めて
「経営管理契約」
を結び直してガバナンスを強化したいのですが、単に
「報告せよ」
と書くだけでは、また無視されるのがオチです。

現場のスピード感を殺さずに、しかし、彼らの財布の紐とハンコをこちらが実質的に握るような、そんな強力な縛り方はできないでしょうか?

「報告」は必ず「事後通知」に劣化する

権田室長、多くの企業が陥る罠がそこにあります。 

契約書によくある
「甲は乙に対し、事前に報告しなければならない」
という条項。

これは実務上、往々にして
「事後通知」
へと劣化します。

現場は
「急いでいたから」
「社長と連絡がつかなかったから」
と理由をつけて既成事実を作り上げます。

 一度締結された契約や、外部へ支払われた金銭を覆すのは、
「覆水盆に返らず」
で、法的に極めて困難です。

必要なのは、
「報告」
という受動的なアクションではなく、
「承認(確認)」
という能動的な
「関所」
を設けることです。

「金額」の網だけでは、小魚もサメも逃がす

「1000万円以上の取引は親会社の承認を要する」
といった金額基準も一般的ですが、これには抜け穴があります。

 990万円の契約を10回繰り返して1億円使ったり、金額は小さくても
「無制限の保証予約」
のようなリスクが無限大の契約を結んだりするケースです。

網をかけるべきは、
「金額」
だけでなく、
「質(新規・非定型)」
です。

ルーティン以外の動きをすべて補足する網が必要です。

「遠隔操作」ではなく「常駐監視」が必要

親会社からたまに連絡して釘を刺す程度の
「遠隔操作」
では、現場の熱気や隠蔽工作を見抜けません。

刑事ドラマの張り込みと同じで、現場に
「目」
を置く必要があります。

それが
「ファイナンシャル・コントローラー(FC)」
です。

「ルールを守れ」
と叫ぶのではなく、
「ルールを守らざるを得ない物理的状況」
を作るのです。

【今回の相談者・権田室長への処方箋】

権田室長、単なる
「ルールの押し付け」
ではなく、
「人間監視カメラ」
を導入しましょう。

契約書に以下の条項を盛り込み、物理的に彼らの自由を制限するのです。

1 「ファイナンシャル・コントローラー」という名の“関所” 

契約書に、御社(ゼウスHD)から子会社へ
「ファイナンシャル・コントローラー(FC)」
を派遣することを明記します。

そして、重要なのはここからです。 

子会社の役職員が行う取引について、 
「FCに直接打診し、合理性・合法性の確認を経なければならない」
というプロセスを義務付けます。

つまり、FCのハンコ(確認)がなければ、彼らは対外的な契約もできないし、銀行から1円も引き出せないという
「物理的制約」
を課すのです。

2 網の目は「金額」だけでなく「異物」も捉えるように 

FCがチェックする対象を、単に
「**万円以上」
とするだけでは不十分です。

・新規取引(新しいことはリスクの塊)
・非定型取引(いつものルーティン以外はすべて怪しい)
・**万円以上の取引(金額的インパクト)

この3点セットを
「一切」
確認対象とします。

これにより、
「金額は小さいが、反社勢力との新規取引」

「奇妙な条件のついた覚書」
といった、
「異物」
を入り口でシャットアウトします。

3 「親会社」による最終承認権の留保 

FCはあくまで現場の駐在員です。

FCが現場に取り込まれて
「なあなあ」
になるリスクもゼロではありません。

そこで、FCによる確認を経た上で、
「最終的には親会社の確認を受けなければならない」
という二段構えにします。

これにより、FCは
「私の判断だけでは決められないので、本社に上げます」
と言って、現場からの不当なプレッシャーを回避する口実を得ることができます。

4 結論: 

以下の条項案で、子会社の血管(資金と契約の流れ)にステントを入れるが如く、コントロール権を確保してください。

「第三者との契約締結等の行為について、親会社は子会社へファイナンシャル・コントローラー(FC)を派遣し、子会社役職員が行う新規取引、非定型取引あるいは**万円以上の取引一切については、FCに直接打診し、同人による合理性・合法性の確認を経て、最終的には親会社の確認を受けなければならないものとする」

※本記事は、架空の事例をもとに、企業グループ内のガバナンス強化手法に関する一般論を解説したものです。 
実際の契約締結や運用においては、会社法上の権限規定や下請法などの関連法令に留意する必要があります。 個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02232_ケーススタディ:「社長、また余計なことを!」 炎上必至の失言を“神対応”に変える、危機管理広報の逆転劇

「今の若い連中は根性が足りない。私が若い頃は・・・」 

新入社員歓迎会や株主総会、あるいはメディアのインタビューで、社長が放った一言がSNSで拡散され、瞬く間に
「炎上」
する。

現代の企業経営において、トップの不用意な発言は、不祥事そのものよりも速く、深く、企業のブランドを毀損する
「リーサル・ウェポン(致死兵器)」
となり得ます。

広報担当者が真っ青になって謝罪文のテンプレートを探す横で、法務・コンプライアンス担当者は何をすべきか? 

実は、失言の内容によっては、単に頭を下げるだけでなく、その
「時代錯誤」
を逆手にとって
「改革のアピール」
に繋げる、ウルトラCの危機管理術が存在します。

本記事では、社長の失言による炎上リスクを最小化し、あわよくばピンチをチャンスに変えるための
「損切り」

「上書き」
の法務戦略について解説します。

【この記事でわかること】

• 「不適切な発言」と「法的にアウトな発言(名誉毀損・侮辱)」の境界線
• テンプレート通りの「定型謝罪」が火に油を注ぐ理由
• トップの“キャラ”を逆手に取った「毒を薬に変える」広報戦略

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ブレイズ・セラミックス 広報室長 鮫島 健(さめじま けん) 
業種 : 陶磁器・ファインセラミックス製造販売
相手方: 世間(SNS、メディア)、および失言をした自社社長 剛田(ごうだ)

【相談内容】 

先生、胃がキリキリします。 

当社の社長である剛田(ごうだ)が、昨日の業界団体の講演会で、またやってしまいました。 

働き方改革の話題になった際、 
「権利ばかり主張して定時で帰るような社員に、いい焼き物ができるわけがない。うちは“火を見て学べ”の精神で24時間没頭できる人間しか要らない」
と発言したのです。

この発言の一部が切り取られてSNSで拡散され、 
「ブラック企業だ」
「時代錯誤も甚だしい」
「こんな会社の製品は買わない」
批判が殺到しています。

社長本人は
「職人としての本音を言って何が悪い」
と悪びれていませんが、株価にも影響が出始めています。

やはり、即座に全面的に謝罪し、発言を撤回させるべきでしょうか?

それとも、無視を決め込むべきでしょうか?

「法的アウト」と「不適切」の境界線を見極めろ

鮫島室長、まずは冷静に
「傷口の深さ」
を測りましょう。

今回の発言は、労働基準法の精神には反する可能性がありますが、特定の個人を攻撃する
「名誉毀損」
や、人種・性別に基づく
「差別的発言」
とは少し性質が異なります。

いわゆる
「昭和的な精神論(ポリティカル・インコレクト)」
の範疇です。

これがもし、特定の社員や競合他社を名指しで誹謗中傷したなら、即座に法的責任を認めて土下座レベルの謝罪が必要です。 

しかし、今回のケースは
「価値観の相違」
が炎上の火種です。

ここで下手に
「誤解を招いたなら申し訳ない」
という定型的な謝罪をすると、
「何が悪いと思っているのかわかっていない」
と、さらなる燃料投下になりかねません。

「コピペ謝罪」は火に油を注ぐだけの着火剤

炎上対応で最もやってはいけないのが、 
「お騒がせして申し訳ありません(でも、間違ったことは言っていない)」
というニュアンスが透けて見える、心のこもっていない謝罪文の掲載です。

世間は、企業の形式的な対応を敏感に嗅ぎ分けます。

社長のキャラクターが
「頑固一徹な職人肌」
であることは、ある意味で御社のブランドの一部でもありますよね?

それを全否定して
「今日からホワイト企業になります」
と嘘をついても、誰も信じませんし、既存のファン(顧客)すら離れていくリスクがあります。

毒を薬に変える「キャラ立ち」広報戦略

ではどうするか。 

「社長の発言は、品質に対する異常なまでの執着の裏返しである」 
という文脈を維持しつつ、
「しかし、その表現方法と労務管理の考え方は、現代社会においてはアップデートが必要であると痛感している」
というストーリー(物語)に書き換えるのです。

つまり、社長の
「職人魂」
は肯定しつつ、
「マネジメント手法」
については会社として是正するという、
「人格と行動の分離」
を行うのです。

これにより、製品への信頼を守りつつ、コンプライアンス意識のアピールを行うことが可能になります。

【今回の相談者・鮫島室長への処方箋】

鮫島室長、社長の口を縫い合わせることはできませんが、その発言を
「改革の号砲」
に変えることはできます。

1 「頑固オヤジ」を認めつつ、組織の未熟さを詫びる 

リリース文には、こう記します。 

「弊社代表の発言は、ものづくりへの妥協なき姿勢から出たものではありますが、現代の労働環境および多様な働き方を尊重する社会通念に照らし、経営者としては極めて不適切かつ未熟な表現でありました」 

社長の
「熱意」
は認めつつ、経営者としての
「OSが古い」
ことを会社が公式に認めてしまうのです。

これが
「損切り」
です。

2 「監視役」をその場で作る 

「社長一人に任せておくと暴走する」
ということを世間も理解しました。

そこで、
「本件を重く受け止め、外部有識者による『働き方改革アドバイザリーボード』を設置し、社長自身の意識改革を含めた組織風土の刷新に取り組みます」
と宣言します。

社長の失言をきっかけに、逆にガバナンス(統治)を強化する機会にしてしまうのです。 

これが
「上書き」
です。

3 結論:ピンチを「人間味」に変える 

完璧な優等生企業がミスをすると叩かれますが、 
「腕はいいけど口が悪い頑固オヤジの店」

「時代に合わせて変わろうと努力している」
姿は、応援の対象にもなり得ます。

社長を隠すのではなく、
「教育的指導が入った社長」
として露出させ、更生プロセス自体をコンテンツ化するくらいの気概で乗り切りましょう。

※本記事は、企業の危機管理広報およびレピュテーションリスク対応に関する一般的な戦略を解説したものです。 
個別の発言内容の違法性(名誉毀損、侮辱、差別等)や、具体的な対応策の法的妥当性については、事実関係や社会的背景により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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