01959_訴訟を起こす前のジレンマとその解消法

訴訟を起こす前(あるいは、訴訟を諦める前)、人は、次のようなジレンマに陥ります。

1 (訴訟を起こす)踏ん切りはついている
2 「踏ん切り」が「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化」されていない
3 明確化・形式化・フォーマル化という点での「踏ん切り」がついていない
4 (陰で悪口はいえても)風化する、泣き寝入り、なかったことになる
5 しかも、相手は、痛くも痒くもない
6 それが許せない
7 踏ん切りはついていない → 1に戻る

このような堂々めぐりを解消するには、次のように整理できます。

・2について整理すると・・・
 「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化」する→相手に認識を問いただす(事実照会)→プロ(弁護士)じゃないと無理=金かかる

・3について整理すると・・・
 「フォーマル化」→行政当局、刑事司法、民事司法どれかに訴え出て、結論をもらわないと→フォーマル化されない=闇に葬られる=風化する=泣き寝入り=なかったことになる→訴え出る=金かかる

そして、身も蓋もない言い方となりますが、 結局のところ、
「”感情”か”勘定”か?」
に尽きます。

それは、
「感情」
を優先させるのか、あるいは、
「勘定」
を優先させるのか、と言うこともできますし、別の言い方をすると、
「感情」
を押さえるのか、あるいは、
「勘定」
に目をつぶるのか、と言うこともできましょう。

「”感情”か”勘定”か?」
については、どちらを選択するか、ということになります。

選択肢1
気持ちが収まらないことを抱えて不眠症になって、ストレスをかかえて、3ヶ月に1歳年をとって、体内でがん細胞増殖し、予定より早く死ぬ(加害者はさらに高笑い)?

選択肢2
これ以上、お金を費やしたくないのに、さらに金を費やす、ということで懐(フトコロ)痛めるか?

ひとつだけ言えことは、”正解”はありません。

あるのは、選択肢と試行錯誤と、その結果としての現実解・最善解だけ、ということです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01958_労働審判の特徴

「労働審判」
は、
「裁判」
ではなく、
「審判」
という、ある意味、司法作用とは
「ちょいと違うし、まあ、モノホンのガチンコ裁判ではなく、後から本格的裁判で争うことも可能な、テストマッチというか、前座というか、亜流の裁判モドキ。だから、裁判とは違う、ちょいと雑で、スピーディーで、独裁チックなことやってもいいよね?」
みたいな風体で導入されました。

https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO2843027022032018000000?page=3

これまでの
「ゆったりとした時間的冗長性の中で、たっぷりと話を聞いてくれる」
という労働訴訟とは真逆の運営思想によって、進められます。

まず、期日変更はできませんし、話を聞いてくれるのも最初の期日で終わり、という有様(制度上3回の期日で終了することになりますが、よほど複雑な事件でない限り1回ポッキリの期日で終了する運用、のようです)。

言わば、
「期日が変更されない第1回期日までに最終準備書面とすべての書証を提出させられ、これに基づき、ほぼ最終的な心証形成がなされてしまい、期日当日、正式な尋問手続きではない場で、事情聴取として、突っ込んだ事実確認が裁判官主導で行われ、そのまま、最終的な心証形成が行われ、あとは、これに基づき、かなり具体的な和解の勧告(というか、ほぼ命令)が行われる」
というくらいの切迫した手続きが展開されるのです。

ですので、特に労働者から訴訟を提起された被告側の立場にある企業側が、一昔前、二昔前の労働訴訟の感覚で、この
「恐ろしく強権的な労働審判」
に臨むと、かなり、イタイ目にあう、ということがいえましょう。

https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO2843027022032018000000?page=4

そして、裁判所は労使問題において、
「常に、当然企業側に立つ」
とは言いがたい、独特の哲学と価値観と思想を有しています。

著者の経験上の認識によれば、裁判所には
「会社の得手勝手な解雇は許さないし、従業員に対しては約束したカネはきっちり払わせる。他方で、従業員サイドにおいては、会社に人生まるごと面倒見てもらっているようなものだから、配置転換とか勤務地とか出向についてガタガタ文句を言ったり、些細なことをパワハラとかイジメとか言って騒ぐな」
という考えがあるようにみえます。

要するに、解雇や残業代未払いについては従業員側に立った判断をする傾向があり、他方で、配転や出向やそのほかの社内処遇については会社の広汎な裁量を認める傾向にある、と整理されます。

https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO2843027022032018000000?page=5

<参考記事>
経営トップのための”法律オンチ”脱却講座
ケース19:あな恐ろしや、ブラックの烙印押されかねない労働審判
弁護士・ニューヨーク州弁護士 畑中 鉄丸 氏

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01957_受任を継続する上で必須_方針確認の合意

弁護士は、受任継続するにあたっては、相談者と、
・戦局の観察や評価
・展開予測
・今後の態度決定や方法論選択
を議論し、方針を確認し、その後、方針確認書を相談者に送付することになります。

ある相談者が当該確認書を拒絶する、ということが起こりました。

その理由は、大要、
「当方はクライアントなのに、このような確認によって、言いたいことが言えなくなるのはおかしい」
というものでした。

実は、この状況は、 弁護士が受任継続をするか否か、にかかわるほどの非常に重大な事態です。

なぜ
「非常に重大な事態 」
と呼ぶにいたったかを、状況を整理しながら説明していきましょう。

1 貴我の立場ないし関係

上記理由を敷衍すると、
「こっちは客なんだから、客が、サービス提供者の言うことを聞かなければならない、というのはおかしい」
という”本質をもつメッセージ”であろうと、認識されます。

もし、このような認識であるならば、それは弁護士の認識とは重大な齟齬があります。

すなわち、弁護士とクライアントの関係は、単純かつ形式的に、カネを払うユーザーと、カネをもらうサプライヤー(サービスプロバイダ)、というドライなモデルとは捉えていません。

弁護士としても結果の良否と連動する報酬のリスクを負っており、また、
「結果のベネフィットやリスクを共有することで、より効果的に、最善の結果を出す」
という理念に基づき、(単なるサービスプロバイダではなく)パートナーシップという仕組構築が相互にとって有益であろう、という前提で、”パートナー”と捉えています。

もし、相談者が、
「カネを払うユーザーと、カネをもらうサプライヤー(サービスプロバイダ)、というドライなモデル」
によるサービスに同意し、今後、提供される全てのサービスを時間制単価を積み上げていく形で、費用(相当高額なものとなると推定される)を支払う、というのであれば、弁護士としては、
「結果の良否と連動する報酬のリスク」
を負担することはなく、
「こっちは客なんだから、黙って、客の言うことを聞け」
と言われたら、唯々諾々として、
「サプライヤー(サービスプロバイダ)」
として、これに従うことになります。

2 状況に関しての認識や評価の一致、これに基づく対処方針の一致が必須であること

相談者の考え方や方法論に従う限り、
「こっちは客なんだから、黙って、客の言うことを聞け」
というあり方は、論理的前提を失っています。

パートナー間で必要なのは、状況に関しての認識や評価の一致であり、これに基づく対処方針の一致です。

そして、これに齟齬があれば、徹底して議論すべきであり、議論しても一致を見なかったり、一方が議論を忌避し、選択を遷延し、選択の責任から逃れようという立場を固辞するのであれば、パートナーシップを解消しなければなりません。

3 議論の不一致の場合の措置

弁護士は、見解ないし方向性不一致の場合には、規制上、ただちに、関係解消すべきことを義務付けられています。

すなわち、
「弁護士は受任した事件について依頼者との間に信頼関係が失われ かつ、その回復が困難なときは、その旨を説明し、辞任その他の事案に応じた適 切な措置をとらなければならない(弁護士職務基本規程43条、信頼関係の喪失)」
に基づき、辞任をすることになります。

4 相談者の選択

弁護士としては、もともと、こちらからお願いして事件をさせてもらっている立場ではなく、不利や困難はかなり明確に伝えた上で、それでも頼むと、懇願され、事件対処している立場です。

しかも、関係性としては、
「カネを払うユーザーと、カネをもらうサプライヤー(サービスプロバイダ)、というドライなモデルで、提供される全てのサービスを時間制単価を積み上げていく形で、費用(相当高額なものとなると推定される)をお支払いいただく」
サービスではなく、
「結果のベネフィットやリスクを共有することで、より効果的に、最善の結果を出す」
という理念に基づき、
「結果の良否と連動する報酬のリスク」
をともに負わせ、(単なるサービスプロバイダではなく)パートナーとして、共同してリスクのあるプロジェクトに取り組む形での関係性においてです。

そして、事件については、弁護士は、相談者に、困難な想定はすべて事前に伝え、これら障害や困難が次々と現実になる状況の中、善処に善処を重ね、構築ないし到達した状況において、今後、薄氷を踏むような後半戦に望むに際して、戦略方針を確認したところ、相談者は、合理的な異議を出すわけでもなく、単に、手枷足枷をはめられたくない、ちゃぶ台返しができなくなる、客だから、カネを払っているのはこちらだから、と推測される理由と態度で、方針確認を拒絶した、という顛末です。

このような状況においては、弁護士としては、弁護士職務基本規程の指示するところに従い、しかるべき措置を取らざるを得ない状況にまできている、ということなのです。

最後に、相談者における選択としては、

選択肢1 
方針確認から逃げず、遷延せず、きちんと確認する

選択肢2
タイムチャージ方式に転換する
(「カネを払うユーザーと、カネをもらうサプライヤー(サービスプロバイダ)、というドライなモデルで、提供される全てのサービスを時間制単価を積み上げていく形で、費用(相当高額なものとなると推定される)を支払う」サービスに転換する)
(この場合、弁護士としては、「客だから、カネを払っているのはこちらだから」と言われれば、サプライヤーとして唯唯諾諾として従う。経験上、ロクな結果にはならず、しかも、相談者側が全負担することになる)

選択肢3
別の弁護士を探す
(何でも言うことを聞いてくれるような弁護士を探し、その弁護士に一切を引き継ぐ。当弁護士は、弁護士職務基本規程にしたがって辞任する)

のいずれか、ということになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01956_契約書のドラフト作成という営み

契約書の文案の作成を依頼され、費用を頂戴し、ドラフトとして完成させ、納品をする、という営みは、弁護士であれば、ごく一般的なものです。

同契約が、具体的に、どのような形で締結されたかといった事象まで、”フォローの依頼”をされない場合があります。

そうなると、弁護士としては、具体的契約締結に立ち会うことはありません。

また、その後、”締結前後の状況について、報告も連絡も相談も(弁護士に)しない”という依頼者も、少なからずいます。

要するに、依頼者は、ビジネスのために
「契約書のドラフト」
という一定の“道具”が必要になったので、弁護士に依頼し、弁護士は“道具”を納品した、ということです。

そして、その“道具”を、どのような場面で、どのような形で使ったかまでは、(依頼者が弁護士に対し)報告・連絡・相談をしなければ、“道具”を納めた弁護士は知る由もないのです。

そもそも契約書のドラフト作成という営みは、構築された取引関係を前提に、これをミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化して、後日の記録とする、その程度の意味しかありません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01955_契約書のチェックの工程その7_加筆修正_5文字の大きさ

経験則上、和解の契約書において、
「原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるもののほか、 本件に関し何らの債権債務がないことを相互に確認する。」
と加筆することは必須と考えます。

特に、
「本件に関し」
という5文字の影響の大きさは計り知れません。

“限定を付すこと”は、“絶対かつ必須”なのです。

1)「原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるもののほか、 何らの債権債務がないことを相互に確認する。」

2)「原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるもののほか、 本件に関し何らの債権債務がないことを相互に確認する。」

(1)を(2)に”改める交渉”を推奨するのは、0195301954に示したとおりです。

このようにして、クライアントの利益と状況上の展開予測を慮った想定を行いながら、契約書の工程をすすめます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01954_契約書のチェックの工程その6_加筆修正例と、契約修正の意義と価値

01953において、
==(01953より引用)
”1文字”あるいは”句読点をどこに打つか”によって、大きく変わることもあります(経験の差、とも”職人技”ともいわれます)。
=============
と、申しましたが、たとえば、(ア)(イ)では、
「本件に関し」
を入れるか入れないかで、意味(と、契約書のもつ効力、そして価値)が大きく違ってきます。

ア)原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるもののほか、 何らの債権債務がないことを相互に確認する。
イ)原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるもののほか、 本件に関し何らの債権債務がないことを相互に確認する。

また、たとえば(ウ)から(エ)への修正やりとりを重ねることで、 (1)(2)を目的に、相手方の反応をつぶさに観察することもできます。

ウ)手段を問わず、第三者に口外しない。ただし、(中略)が次項の規定に違反したときに、(中略)が自己の名誉の回復のために発信を行う場合はこの限りではない。
エ)みだりに、第三者に口外しない。ただし、(中略)が次項の規定に違反したときに、(中略)が自己の名誉の回復のために発信を行う場合であって、当該発信が正しく事実を引用し、相手方の社会的評価を意図的にかつ直接的に低下させる内容の意見ないし論評を加えたものでないときは、この限りではない。

==(01953より引用)
1)相手方の意図との齟齬が明らかになるので、今後の外交対処に有益な展開予測情報が得られる
2)不合理あるいは暴力的な相手方に、「まあ、目をつぶってやる」と妥協することで、心理的に優位に立てる(貸しを作れる)
=============

==(01953より引用・抜粋)
このようにして、かなりの時間をかけて
「立場交換シミュレーション」
をし、(相手方にとっては)合理的・論理的な修正が難しいような
「論理と秩序と書きぶり」
を施していき、最後に、全体をチェックしながら、
「不合理なもの」
「相手に無用な刺激を与え、ディールブレーカーとなるようなところ」
を削除し、“落とし所に落ち着くように”していくのです。
===============

この工程の価値がわかる経営者は、カネと時間と弁護士をじょうずにつかって、ビジネスを拡大しています。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01953_契約書のチェックの工程その5_加筆修正

契約書の加筆修正段階において、校正範囲が広がることがあります。

これは、
「大は小を兼ねる」
「“及ばざるより過ぎたる”を作り、ヘアカットしていく方が作業として合理的」
という業務プロセス理念により、ありうべき修正ポイントをできるだけ加筆するからです。

もちろん、その過程で、誤脱字や重複等ができることもありますが、
「契約書は上書きや過剰・重複は無害」
という“作成ルール”で、まずは加筆していきます。

そして、かなりの時間をかけて
「立場交換シミュレーション」
をし、(相手方にとっては)合理的・論理的な修正が難しいような
「論理と秩序と書きぶり」
を施していきます。

最後に、全体をチェックしながら、
「不合理なもの」
「相手に無用な刺激を与え、ディールブレーカーとなるようなところ」
を削除し、“落とし所に落ち着くように”していきます。

このあたりの工程については、”1文字”あるいは”句読点をどこに打つか”によって、大きく変わることもあります(経験の差、とも”職人技”ともいわれます)。

相手方の意図を最適化しようとすると、隘路に迷い込みます。

暴力的な変更をすると、実態が露呈し、(相手方との)今後の信頼関係に関わります。

相手方から、何らかの論理をひねり出したり、あるいは(相手が格上の場合だと)暴力的・権威的に再修正や原文回帰を求めてくることもあります。

”合意優先がプロジェクトゴール”となる契約では、”妥協は必然”となりますが、契約書修正のやりとりというものは、
1)相手方の意図との齟齬が明らかになるので、今後の外交対処に有益な展開予測情報が得られる
2)不合理あるいは暴力的な相手方に、「まあ、目をつぶってやる」と妥協することで、心理的に優位に立てる(貸しを作れる)
という価値がある、という考え方もできましょう。

双方、納得のいく契約書ができあがれば、契約書のチェック工程は終了となります。

場合によっては、調印前のPDFと、調印版のPDFのチェックを(弁護士からクライアントに)提案することもあります。

それは、
1)調印前のPDFについては、最終校正版との差分検証が必要なのではないか
2)調印後のPDFについては、今後、解釈運用上の齟齬やトラブルが生じた場合に、原典にスピーディーにアクセスする必要があるのではないか
という配慮によるものであり、

すなわち、
1)については、最終校正版から知らない間に有害な毒性加筆・削除がなされた例があること(完全合意条項があれば、最終確認しなかった側の手落ちとなります)や、
2)については、トラブルを起こすような属性のクライアントや、トラブルを起こすような時や状況に限って、往々にして、「契約書が手許にない」「最後のドラフトはある」「調印版が見当たらない」と、捜索作業がはじまり、迅速かつ効率的な対処のための時間や機会を喪失する、
という(弁護士の)経験則に基づきます。

以上のようにして、クライアントの利益と状況上の展開予測を慮った想定を行いながら、契約書の工程をすすめます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01952_契約書のチェックの工程その4_著作物制作

知的財産権の世界では有名ですが(知的財産権を取り扱い経験がないと全くそのような知識もないかもしれませんが)、過去、映画等の制作主体や著作権帰属について、かなり争われた歴史があります(ゲームも、著作権法上は映画の著作物と考えられますので、映画著作権に関する紛争事例は先行事例ないし先行規範として参照可能です。

そもそも、著作者は上述のように著作権法2条1項2号に定義が規定されていますが、映画(映像と音楽等が組み合わさったもの)については、
「映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする」(著作権法16条本文)
と規定しています。

原作者や脚本家、音楽家などは
「映画の」
著作者にはならず、プロデューサーや監督、演出者、カメラマン、美術デザイナー等が映画の著作者になりうるということです。

この点、
「美術等」

「等」
の意味については、解釈によるとされており、著作権法16条によって映画の著作者となる者の範囲が厳密に確定しているとはいえません。

「映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
というのは、一貫したイメージをもって映画制作の全体に参加している者をいうと解するのが通説的な見解です。

宇宙戦艦ヤマト事件と呼ばれる判例では、アニメーション作品の監督であってもメカニックデザインやキャラクター設定等の美術・設定デザインの一部に関与しただけの者は、映画の著作者にあたらないとする一方で、企画書の作成から映画の完成までのすべての製作過程に関与し、具体的かつ詳細な指示をして、最終決定を行ったプロデューサーが映画の著作者にあたると判示しています(東京地裁平成14・3・25判タ1088号268頁・判時1789号141頁)。

他方で、超時空要塞マクロス事件と呼ばれる判例では、テレビ用アニメ―ション作品において、具体的関与なく、スタッフに対して指示をあたえたこともなかったプロデューサーは映画の著作者に当たらないと判示しています(東京地判平成15・1・20判タ1123号263頁・判時1823号146頁)。

このように、肩書がプロデューサーであっても、映画制作への寄与度やその内容によって、映画の著作者にあたるか否かが左右されます。

明らかに、
「著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
のであれば、デフォルト状態では、
「著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
者に、強大な権利が発生します。

ところが、
「職務著作」
というカテゴリーに入ると、法人著作になるシナリオも生じ得るのです。

個人が、
「著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
にもかかわらず、法人である相手方と、著作権の帰属が不透明な契約書を交わしてしまったのであれば、別の論理やロジックで上書きをしておく必要があります。

その場合、規律設計において、
「職務著作」
に該当しないようなギミックを設計・創出・ビルドインする、ということになります。

要するに、個人であれ、法人であれ、
「著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
のであれば、契約書には、
「必ず、制作物の著作権の帰属は明確に記述しておくこと」
が肝要だ、ということです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01951_契約書のチェックの工程その3_著作物制作

契約は上書き自由です。

たとえば、著作物制作について、すでに契約を交わしていたとしても、
「不安だし、重複しても構わないので、差し入れてくれ」
「重複があったり、矛盾抵触があったら、選択的に有利な方を採用するので」
という論理で、さらに
「著作物制作に関する確認書」
を交わすことは差し支えありません。

確認書には、以下のような内容をいれると、不安は減るでしょう。

1 著作物等の権利処理を万全に行っていることを表明し保証すること

2 著作物等が、いかなる第三者の著作権、肖像権その他いかなる権利をも侵害せず、かつ、合法的なものであることを表明し保証すること

3 著作物等が、権利侵害の有無を問わず、社会的に非難されるようなものではなく、かつ、そのようなおそれもないことを表明し保証すること

4 万が一、著作物等について、法律上・非法律上を問わず、何らかの請求・異議・クレーム・訴訟等が生じた場合、その費用及び責任で○○を防御し、○○を免責せしめること
無論、著作物等により権利侵害などの問題を生じ、その結果○○または第三者に対して損害を与えた場合は、その責任と負担においてこれを処理すること

5 著作物等については、一切の権利を保有することを表明し保証するとともに、著作物等の権利が○○にのみ排他的に帰属することを確認し争わないこと
また、著作物等について、著作者人格権を行使しないこと

要するに、
「以上のようなことが書いてあることは、いずれも当たり前のことだろう」
「当たり前のことなら、いつでも署名できるだろう」
「逆に、当たり前のことなのに署名できないのは、不当なことややましいことがあるのか」
という論理で、こちらにとって有利な安全保障の道具を手に入れる、ということです。

お手本は、あちこちで目にすることができます。

たとえば、銀行等は、そのような論理で、のべつ幕なしに、一方的にいろいろな文書を差し入れさせています。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01950_契約書のチェックの工程その2

契約書チェックの具体例をあげますと。

ラフレビューの一例

1 基本骨子は○○契約でよくみられる合意形態

2 起案した弁護士は、○○の実務経験があり、企業法務スキルのある弁護士

3 ビジネスモデルをよく理解した上で、また、ストレステストを加えつつ、あり得べき合意条件や有事状況が想定されている

4 以上を前提に、○○的状況の記述、想像される○○的状況の記述ともに、観念上の事態や機序・作用を、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化している

5 当方の義務(裏返せば相手方の権利)は、具体的かつ明確にかかれている(逃げ口上が許されないように明確かつ厳格に記述されている)

6 他方、相手方の義務(裏返せば当方の権利)は、(状況がいくつかの前提ないし条件に依存する、ということも作用しているが)やや不明瞭な記述がみられる

7 ストレステストをする上で、「当方が想定外の行動をした場合や、相手方にとって不利な想定外事態が生じた場合」は極めてよくスタディされているし、事態想定、事態対処メカニズムともに十分

8 他方で、(当たり前ですが)「相手方が想定外の行動をした場合や、当方にとって不利な想定外事態が生じた場合」は全くスタディされていないし、事態想定、事態対処メカニズムともに十分とは言えない

と、なります。

そのうえで、今後の修正に至るプロセスを組み立てますと、通常の工程を入れ替えることとなり、

1 大前提:ドラフトレビューの閲読と詳細確認

2 小前提1:ビジネスモデル、取引モデルの再検証・再確認(ドラフトのレビュー・スタディから推察したものに加え、インタビュー含む)

3 小前提2:不安事項、懸念事項等の確認
特に「相手方が想定外の行動をした場合や、当方にとって不利な想定外事態が生じた場合」のスタディ含む(ドラフトのレビュー・スタディから推察したものに加え、インタビューを含む)

4 小前提1と大前提との齟齬の確認:
・確認された「ビジネスモデル、取引モデル」が、合理的に、疑義の余地なく、契約書ドラフトにミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化されているか?
・疎漏や齟齬がある場合の不備箇所の抽出
・特に、相手方の義務(裏返せば当方の権利)は、(状況がいくつかの前提ないし条件に依存する、ということも作用しているが)やや不明瞭な記述の具体化・明瞭化箇所の特定

5 小前提2と大前提との齟齬の確認:
・「相手方が想定外の行動をした場合や、当方にとって不利な想定外事態が生じた場合」のスタディを通じて発見・抽出された「不安事項、懸念事項等の確認」が、合理的に、疑義の余地なく、契約書ドラフトにミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化されているか?
・疎漏や齟齬がある場合の不備箇所の抽出

6 それぞれの疎漏や齟齬について、これを上書き・修正するロジックやアイデアの抽出・構築

7 上記ロジックやアイデアのミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化と、契約書ドラフトへのビルドイン(移植・校正)作業

と、なります。

契約書のチェック1つをとっても、工程をミエル化すると、以上のようになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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