02144_ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化が、経営を守る_04会議で決まったのに動かない組織―原因は“やらない議事録”にあった

ある会社での話です。

その会社では、毎週定例の会議が開かれており、さまざまな課題が持ち寄られ、活発な意見交換が行われていました。

プロジェクトの遅れ、顧客対応、業務フローの見直し、取り上げられる議題は毎回盛りだくさんで、会議時間も足りないほどでした。

ところが、数週間後に同じ会議が開かれると、また同じ議題が俎上に載ってきます。
「それ、前回も話したよね?」
「いや、それって、結局どうなったんだっけ?」
そんなやり取りの中で、会議は再び“確認と雑談”に終始してしまいます。

たしかに、会議では
「話し合い」
はされています。

けれども、実際には何も決まっておらず、プロジェクトは進まない。

あるいは、
「決まったはずのこと」
が動かない。

あるいは動いているはずなのに成果が見えない。

これは、まさに企業の現場でよく見られる、決まったのに、動かない組織の典型例です。

この原因のひとつが、会議や議事録の形骸化です。
・議事録が「会議の記録」にとどまり、実行につながらない(=報告メモ)
・議題の優先順位が整理されていない
・決定事項と検討事項が混在し、曖昧なまま残されている
・「誰がやるのか」「いつまでにやるのか」が記載されていない

このような状態では、会議とは
「話したことで満足して終わる場」
になってしまいます。

そして、議事録とは、その満足感を記録したメモにすぎなくなってしまうのです。

まるで、
「検討中の棚」
に書類を積み上げているようなものです。

その場ではたしかに話し合われているように見えても、誰も責任を持って“取りに行かない”棚が、日に日に増えていくだけなのです。

では、どうすればいいのでしょう。

実務の記録を根本から見直す視点で言えば、
「記録とは、“話したこと”ではなく、“やること”を書くもの」
と言えるでしょう。

要するに、議事録とは、
「会議で何が話されたか」
を記すものではなく、
「これから何がなされるべきか」
「誰が動くべきか」
を明記するための
「実行設計書」
でなければならないということです。

たとえば、社内会議で
「来月中に新サービスの企画案をまとめよう」
という話が出たとします。

このまま議事録に一文だけ書いても、プロジェクトは動きません。

そこに、
・誰がリーダー(責任者)となるのか
・誰が協力メンバーか
・初稿の提出期限はいつか
・その後のレビューと承認の流れはどうするか
といった情報が明記されて、はじめて
「動く記録」
となります。

「決まったのに進まない会議」
とは、
「決まったようで、実は決まっていなかった会議」
です。

つまり、“決まった感”のまま会議を終えてしまう組織には、実は“決定事項”が存在していないという現実があります。

決定事項として記録された内容が、実は誰の責任でもなく、期限もなく、ただ言葉として置かれているだけ。

そうした会議は、やがて動かない組織をつくり出します。

では、どうすればよいのでしょうか。

ここでもやはり、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化の“5化”が大切です。

・ミエル化:議題や論点が整理され、参加者に可視化されているか
・カタチ化・言語化:意思決定が抽象的な言葉ではなく、具体的な行動指示に言い換えられているか
・文書化・フォーマル化:誰が、いつまでに、何をするのかが文書として明記されているか

たとえば、以下のように記録されていれば、議事録はもはや単なる記録ではなく、責任の設計図となります。

1 〇〇マネージャーが、新サービス企画案のリーダーを務めることを了承
2 協力メンバーは、△△部□□課のA、B、Cとする
3 初稿の提出期限は、〇月〇日(月)を目安とする
4 提出後、部長レビューを経て、第1週目の全社会議で承認を目指す

このように書かれた議事録は、もはやただの記録ではありません。

プロジェクトの責任と期限を記した
「実行計画書」
になっているのです。

誰が読んでも、
「何を」
「誰が」
「いつまでに」
やるのかが明確です。

そして、それこそが、組織が実行に移るための最低限の設計なのです。

動かない組織に共通するのは、
「会議が多い」
「会話が多い」
「けれども動かす仕組みがない」
という点です。

「動く組織」
には
「仕組み」
があります。

この仕組みは、形式的なマニュアルではなく、議事録の中で責任と期限を明確にする“ひと手間”です。

そのひと手間が、実行を生み、成果を生みます。

だからこそ、議事録は
「責任の設計図」
でなければなりません。

そして、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化の“5化”が、それを実現する最も実務的な手法なのです。

会議を動かし、組織を動かすのは、言葉ではありません。

言葉を記録し、責任と行動にまで落とし込む“5化”の技術こそが、企業の経営を静かに、そして確実に支えていくのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02143_法務デュー・ディリジェンスのプロセス詳細分析

法務デュー・ディリジェンス(法務DD)は、M&A、投資、事業再編などの取引において、対象会社や対象事業ないし取引の法的なリスクや課題を洗い出すために実施される重要なプロセスです。

ビジネス弁護士にとっては、普段、何気なくやりはじめ、なんとなく形にして、終わらせてしまいがちな法務DDのプロセスを、理論的かつ段階的に分析・整理してみます。

フェーズ1:準備と情報収集

  1. 状況の痕跡が残っている資料やデータの推察:
    • 目的: 対象会社の事業内容、組織構造、過去の取引、紛争履歴など、法的なリスクや課題を示唆する可能性のある情報源を初期段階で特定する。
    • 分析:
      • 対象会社のウェブサイト、公開情報(プレスリリース、IR情報など)の調査。
      • 業界動向、競合他社の状況に関する情報の収集。
      • 過去の類似取引における法務DDの経験や知見の活用。
      • 依頼者からの事前情報(対象会社の概要、取引の目的、懸念事項など)の確認。
    • 推察される資料・データ例: 会社概要、組織図、事業報告書、過去の契約書リスト、訴訟・紛争の記録、ニュース記事、業界レポートなど。
  2. 資料のリクエスト:
    • 目的: 推察された資料やデータ、および法務DDに必要な網羅的な資料リストを作成し、対象会社に提供を依頼する。
    • 分析:
      • 標準的な法務DD資料リストを基礎としつつ、対象会社の事業特性や取引の目的に合わせてカスタマイズ。
      • 各資料の重要度、入手可能性、レビューの優先順位を考慮。
      • 機密保持契約(NDA)の締結状況の確認。
      • 資料の提出期限、提出方法(物理媒体、データルームなど)の指定。
  3. 資料の収集:
    • 目的: 対象会社から提供された資料やデータを適切に受け取り、管理する。
    • 分析:
      • 受領した資料のリスト作成と管理。
      • 不足している資料や不明な点があれば、対象会社に確認・再依頼。
      • 機密性の高い資料の取り扱いに関するルール遵守。
  4. 収集した資料の整理秩序の構築:
    • 目的: 大量の資料を効率的にレビューするために、論理的かつ体系的な整理方法を確立する。
    • 分析:
      • 資料の種類(契約書、登記簿、許認可、訴訟関連資料など)に基づく分類。
      • 日付順、取引先別、事業部門別などの属性に基づく分類。
      • 重要度やリスクの可能性に基づく優先順位付け。
      • デジタルデータの場合は、フォルダ構成、ファイル命名規則などの設計。
  5. 構築した整理秩序にしたがったファイリング:
    • 目的: 整理秩序に基づき、収集した資料を物理的または電子的に格納する。
    • 分析:
      • 物理ファイルの場合は、ラベルの作成、バインダーへの綴じ込みなど。
      • 電子データの場合は、フォルダへの格納、ファイル名の修正など。
      • アクセス権限の設定(必要な担当者のみがアクセスできるようにする)。
  6. 資料の第一次閲読(ラフレビュー)による第二次閲読(精読)方針の確立:
    • 目的: 収集した資料全体を迅速に把握し、重点的にレビューすべき資料やリスクの高い領域を特定する。
    • 分析:
      • 資料のタイトル、概要、主要条項などを中心に目を通す。
      • 契約期間、契約金額、解約条項、知的財産権、係争の有無など、リスクを示唆する可能性のあるキーワードや項目に注目。
      • 第一次閲読の結果に基づき、第二次閲読の対象範囲、レビューの深さ、必要な専門家の検討などを決定。
      • レビュー担当者への指示や役割分担。

フェーズ2:事実認定と体系化

  1. 第二次閲読(精読)の実施:
    • 目的: 第一次閲読で特定された重要資料やリスク領域について、詳細な内容を確認し、事実関係を正確に把握する。
    • 分析:
      • 契約書の各条項、議事録の詳細、訴訟関連書類などを精査。
      • 契約不履行、債務超過、知的財産侵害、環境汚染、労働問題など、潜在的な法的リスクや課題を特定。
      • 不明な点や追加確認が必要な事項を記録。
  2. 事実概要の全体像の把握:
    • 目的: 第二次閲読で得られた個々の事実を統合し、対象会社の法的な状況全体の概要を理解する。
    • 分析:
      • 事業内容と関連法規の適合性。
      • 契約関係の全体像と主要な契約条件。
      • 過去および現在の紛争状況。
      • 許認可の取得状況と有効性。
      • コンプライアンス体制の整備状況。
  3. 事実・状況の摘示・体系整理ロジックの構築:
    • 目的: 把握した事実や状況を、後の分析や報告に活用しやすいように、論理的かつ体系的に整理するための枠組みを構築する。
    • 分析:
      • リスクの種類別(契約リスク、訴訟リスク、コンプライアンスリスクなど)の分類。
      • 事業部門別、地域別の分類。
      • 時系列順の整理。
      • 重要度、金額規模などの観点からのグルーピング。
  4. 事実・状況の摘示・体系整理:
    • 目的: 構築したロジックに基づき、第二次閲読で抽出された事実や状況を整理・分類する。
    • 分析:
      • 各事実について、関連する資料、日付、当事者、内容などを明確にする。
      • 事実間の関連性や相互作用を考慮。
      • 整理された情報をデータベースやスプレッドシートなどに記録。
  5. 摘示・体系整理した事実・状況のミエル化・カタチ化・言語化(定性化)/数字化(定量化):
    • 目的: 整理された事実や状況を、視覚的に理解しやすく、かつ具体的な言葉や数値で表現する。
    • 分析:
      • 図表、グラフ、マトリックスなどの活用による可視化。
      • リスクの程度、影響範囲、発生可能性などを定性的に記述。
      • 潜在的な損害額、訴訟費用などを定量的に算出(可能な範囲で)。
  6. 摘示・体系整理した事実・状況の言語化・文書化/データ化・明確化・明白化:
    • 目的: ミエル化・カタチ化された情報を、報告書などの文書形式やデータ形式で記録し、内容を明確かつ明白にする。
    • 分析:
      • 各事実について、簡潔かつ正確な説明文を作成。
      • 関連する資料への参照情報を付記。
      • データ形式で記録する場合は、分析ツールで活用しやすい形式を選択。
  7. 摘示・体系整理した事実・状況のフォーマル化:
    • 目的: 文書化・データ化された情報を、正式な報告書の一部として組み込むために、体裁や表現を整える。
    • 分析:
      • 報告書の構成に合わせた情報の再配置。
      • 専門用語の適切な使用と解説。
      • 客観的かつ中立的な表現の採用。

フェーズ3:法的分析と評価

  1. 事実・状況に適用され、あるいは障害・課題となるべき法規範の初期検討(あたりをつける):
    • 目的: 整理された事実や状況に対して、関連する可能性のある法律、判例、規制などを初期段階で予測する。
    • 分析:
      • 対象会社の事業内容、業種、所在地などに基づいて、関連法規の候補をリストアップ。
      • 過去の類似事例や判例の調査。
      • 法務DDチーム内の専門知識や経験の活用。
  2. 事実・状況に適用され、あるいは障害・課題となるべき法規範の発見・特定:
    • 目的: 初期検討を踏まえ、具体的な事実や状況に直接的に適用される、または潜在的な障害や課題となる可能性のある法規範を特定する。
    • 分析:
      • 契約内容と関連する契約法、民法などの検討。
      • 事業活動に関連する業法、規制法の検討。
      • 労働関係に関する労働法規の検討。
      • 知的財産権に関する知的財産関連法の検討。
      • 環境問題に関する環境関連法の検討。
      • 訴訟・紛争に関連する民事訴訟法、刑事訴訟法などの検討。
  3. 関連法規範に関する公的資料の調査・発見(オープンソースデータベースによる):
    • 目的: 特定された法規範に関する法令、判例、行政解釈などの公的な情報を、無料で利用できるデータベースから収集する。
    • 分析:
      • e-Gov(日本の法令データ提供システム)、裁判所ウェブサイトの判例検索システムなどの利用。
      • 政府機関や自治体のウェブサイトで公開されている情報(ガイドライン、通知など)の検索。
      • 学術論文データベースや法律情報サイトの活用(無料公開されている範囲)。
  4. 関連法規範に関する公的資料の調査・発見(クローズドソースデータベースによる):
    • 目的: より網羅的かつ専門的な情報を得るために、有料の法律情報データベース(例:Westlaw、LexisNexis、D1-Law.com、判例秘書など)を利用して、関連法規範に関する資料を収集する。
    • 分析:
      • 法令、判例、文献、ニュース記事など、幅広い情報源からの検索。
      • キーワード検索、引用文献検索、テーマ別検索などの高度な検索機能の活用。
  5. 関連法規範に関する公的資料の調査・発見(書籍等データ化されていない文献による):
    • 目的: 電子データベースに収録されていない書籍、法律雑誌、専門書などの文献から、関連する法規範や解釈を探し出す。
    • 分析:
      • 弁護士会図書館や国会図書館等の利用。
      • 専門家へのヒアリング。
      • 参考文献リストの確認。
  6. 関連法規範に関する公的資料のラフレビュー:
    • 目的: 収集した法規範に関する資料全体を迅速に把握し、重要な情報や論点を特定する。
    • 分析:
      • 法令の条文、判決書の要旨、文献の概要などを中心に目を通す。
      • 事実・状況との関連性が高いと思われる部分に注目。
  7. 関連法規範に関する公的資料の整理・選別・意味付け・重み付け:
    • 目的: ラフレビューの結果に基づき、重要な法規範に関する資料を整理し、事実・状況との関連性を分析し、その意味合いや重要度を評価する。
    • 分析:
      • 法令、判例、学説などを分類・整理。
      • 事実・状況に直接適用される可能性が高い法規範を選別。
      • 判例の射程、学説の有力性などを考慮して、各法規範の重み付けを行う。
  8. 関連法規範に関する公的資料の精読:
    • 目的: 整理・選別された重要な法規範に関する資料について、詳細な内容を精査し、正確な理解を得る。
    • 分析:
      • 法令の条文の文言、判決理由の詳細、学説の論理構成などを深く読み込む。
      • 過去の解釈や適用事例なども検討。
  9. 関連法規範に関する公的資料と事実・状況との整合性検証:
    • 目的: 精読した法規範の内容と、整理・分析された事実・状況とを照らし合わせ、法的リスクや課題の有無、程度を評価する。
    • 分析:
      • 各事実が、特定の法規範に抵触するかどうかを検討。
      • 法規範が、対象会社の事業活動や契約関係にどのような影響を与えるかを評価。
      • 潜在的な法的紛争の可能性やその結果を予測。

フェーズ4:結論と報告

  1. 法的心証の形成:
    • 目的: 事実、法規範、および両者の整合性検証の結果を踏まえ、法的なリスクや課題に関する最終的な判断や意見を形成する。
    • 分析:
      • 各リスクの発生可能性、影響度などを総合的に評価。
      • 取引の成否や条件に影響を与える可能性のある重要事項を特定。
      • 複数の法的解釈が可能な場合は、その可能性と根拠を示す。
  2. 形成された法的心証に関する討議:
    • 目的: 法的心証の内容について、法務DDチーム内や依頼者との間で議論を行い、意見交換や認識の共有を図る。
    • 分析:
      • 異なる意見や見解を出し合い、多角的な視点から検討。
      • 不明な点や追加検討が必要な事項を確認。
      • 最終的な結論に向けて議論を収束させる。
  3. 結論のミエル化・カタチ化・言語化(定性化)・文書化・明確化・明白化:
    • 目的: 討議を経て合意された結論を、視覚的に理解しやすく、具体的な言葉で表現し、報告書などの文書形式で明確かつ明白に記録する。
    • 分析:
      • リスクの概要、根拠となる事実や法規範、潜在的な影響などを記述。
      • 図表やリストなどを活用して、情報を整理。
      • 専門用語は分かりやすく解説。
  4. 結論のフォーマル化(外部化):
    • 目的: 文書化された結論を、正式な法務DD報告書としてまとめ、依頼者に提出するために、体裁や表現を整える。
    • 分析:
      • 報告書の構成要素(目次、概要、結論、詳細な分析、提言など)を適切に配置。
      • 客観的かつ論理的な記述を心がける。
      • 必要に応じて、免責事項などを記載。
  5. 結論のサマリー作成(カジュアル化・可読化を含む):
    • 目的: 法務DD報告書の要点を、依頼者が短時間で理解できるように、簡潔かつ分かりやすくまとめたサマリーを作成する。
    • 分析:
      • 主要なリスクや課題を箇条書きで提示。
      • 専門用語を避け、平易な言葉で説明。
      • 図や表などを活用して、視覚的な分かりやすさを追求。

以上のプロセスを通じて、法務DDは対象会社や対象取引・事業の法的なリスクや課題を詳細に分析し、取引の意思決定や条件交渉に役立つ情報を提供します。

各ステップは相互に関連しており、丁寧かつ分析的に実施することで、より質の高い法務DDが可能となります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02142_ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化が、経営を守る_03リモート会議と議事録。AIに任せきりで大丈夫か?

最近では、リモート会議の普及により、TeamsやZoomなどのツールを使って会議を行う機会が増えています。

移動の手間がなくなり、多拠点とのやり取りもスムーズになるなど、リモートならではのメリットも大きい一方で、記録の扱い方に関して新たな課題が生まれています。

特に問題となるのが、チャットログと正式な議事録、そしてAI議事録の違いです。

たとえば、ある会社での話です。

プロジェクトの進捗確認のため、週1回のリモート会議が開かれていました。

議題は共有され、会議は録画され、AIが自動で議事録を生成していました。

見た目はとてもスマートで、効率的です。

ところが3か月後、ある議題をめぐって社内に混乱が生じました。

「たしかに合意したはず」
「いや、その件は“持ち帰り”だった」
「録画を見れば分かる」
確認のため、録画とAI議事録を見直しました。

けれども、AIが出力した議事録には、誰がどの発言をしたかが曖昧で、文脈のつながりも不自然。

録画を再生しても、全体を見直すには時間がかかりすぎ、肝心の論点を見つけるのが困難でした。

つまり、そこにあるのは、会話の断片や反応の記録という
「ログ」
であって、会議の流れや意思決定のプロセスを整理した
「意思決定の記録」
ではなかったのです。

その会社では、チャットのログや自動生成されたテキストがあるからといって、それで済ませた気になってしまっていたのです。

録音やAI議事録があると、つい
「何かあったら見返せばいい」
と安心してしまいがちですが、ログと議事録は、そもそも目的も性質もまったく違います。

たとえば、録画データやAI議事録は、
・会話を一応記録している
・検索もできる(ことがある)
といった意味では便利です。

でもそこには、
・誰が発言したのか明確でない
・決定事項と検討事項の区別があいまい
・責任者や期限が抜け落ちている
という欠点があります。

これはまさに
「工事現場に材料が届いたけど、図面がない」
という状態です。

いまは、オンライン会議とAI議事録が当たり前になりつつある時代です。

そして、リモート会議では、議事録がつい後回しになりがちです。

けれども、記録があることと、責任が明確になっていることは別問題です。

ログや録画はあっても、それが
「使える記録」
になるとは限りません。

ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化を経て、ようやく
「使える記録」
になるのです。

AI議事録は、便利な下書きにはなっても、それだけで完結させてはいけません。

最後の確認、つまり
・誰が言ったか
・何が決まったか
・誰がいつまでにやるのか
を、人間が見て、詰める必要があります。

発言者の立場や、文脈のニュアンス、あるいは会議中の
「温度感」
「空気感のようなもの」

「決まっていないこと」
も、AIは拾いきれません。

たとえば、誰かが
「うーん…まあ、そうですね」
と言ったとき、それが本当に合意なのか、ただ流されただけなのか。

こうした
「曖昧な同意」
をそのまま見過ごせば、後から
「聞いてない」
「そんなつもりじゃなかった」
というトラブルに発展します。

会議の責任をカタチにするのは、録画でも、AIでもなく、人の目と判断です。

そのひと手間を怠れば、
「記録はあるけど、使えない」
という、もっとも厄介な状態に陥ってしまいます。

議事録とは、あとから誰が見ても、
・なにが話し合われ、
・なにが決まり、
・誰が責任を負うのか
がひと目で分かる
「責任の設計図」
です。

たとえリモートでも、AIがいても、それは変わりません。

会議で交わされた発言や決定事項は、人の目で整理し直し、必要に応じて補足しながら、正式な文書に落とし込む必要があります。

結局のところ、AIや自動録画は便利な
「補助ツール」
ですが、最終的な確認や判断は人間が行わなければなりません。

「とりあえず残っているから安心」
ではなく、記録をきちんと整える意識が重要です。

AIに記録を
「任せきり」
にせず、最後は人間が責任を持って
「フォーマル化」する。

それが、これからの時代の議事録運用です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02141_ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化が、経営を守る_02「口約束」が契約違反に変わるとき

営業現場や経営会議では、スピードを重視するあまり、
「とりあえず口頭で合意」
する場面がよくあります。

けれども、その
「言ったつもり」
「聞いてない」
が、あとになって高額な損害賠償リスクへと化けることがあります。

たとえば、ある中堅メーカーでの話です。

営業部長が、ある取引先の要望に応えるかたちで、
「価格は従来どおりで、納期は特別に前倒しします」
と、その場で返答しました。

取引先との長年の信頼関係もあり、議事録や確認書の作成は省略されました。

ところが、製造部門ではその取り決めが共有されておらず、通常のスケジュールで生産を進めていました。

当然、前倒し納品などできるはずもなく、約束の日に納品されなかった製品をめぐって、取引先から厳しいクレームが入りました。

取引先は、
「御社の部長がはっきり約束した」
と主張し、納期遅れによる営業損失の補償を求めてきたのです。

社内では
「そんな正式な合意ではなかった」
と否定されましたが、メールやメモといった文書の裏づけが一切残っていなかったため、言った言わないの泥仕合になってしまいました。

しかも、当の部長は、都合で退職してしまっていたのです。

引継はなされたはずでしたが、納期を前倒しするという話までは伝わっていなかったようです。

こうした事態は、実はどの会社でも起こりうるリスクです。

特に、
「信頼関係があるから、確認は不要」
「社内の話だから、メモはいらない」
という油断が、あとから大きなトラブルの火種になります。

「口約束も契約のうち」
とはいうものの、企業法務の視点から見ると、口頭合意や軽いチャットでのやりとりを、正式な契約と同じように扱うのは極めて危険です。

確かに、契約法上、口頭でも
「合意」
が成立することはあります。

しかし、それが証明できなければ、契約そのものがなかったことと同じです。

口頭合意は、証拠がない限り、法的には
「合意の存在が不確か」
とされてしまうのです。

では、どうすればよいのでしょうか。

1 合意の記録化

最初に意識すべきは、
「合意の記録化」
です。

たとえば、打ち合わせの後にメールで
「本日の合意内容は以下の通りで間違いないでしょうか」
と送るだけでも、合意の証拠として大きな意味を持ちます。

2 記録の種類とレベルを使い分ける

2つめのポイントは、
「記録の種類とレベルを使い分ける」
ことです。

単なるチャットのログでは、合意の有無があいまいなまま残りますが、きちんと整った議事録や確認書であれば、社内的にも社外的にも、説明責任の根拠になります。

3 「誰が何を言ったか」を明確にする

そして3つめは、
「誰が何を言ったか」
を明確にすることです。

社内での会議記録やメールも、担当者名がない、主語が抜けているなど、曖昧な表現が多いまま残されていると、いざというときに
「誰の責任だったのか」
が見えなくなります。

これではまさに
「設計図を一緒に見たのに、寸法や素材をメモしていないまま工事に入るようなもの」
です。

その場では理解した気になっていても、いざ現場に立ったときに、何をすればいいか分からなくなる。

だからこそ、
「型=記録」
を残すことが必要なのです。

たとえちょっと面倒に感じても、“ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化”の“5化”は、法的トラブルを未然に防ぐための、企業経営における重要な
「防具」
となります。

スピードと柔軟性を求められる現場だからこそ、合意や指示は、その場で終わらせず、あとから振り返っても確認できるよう、確かなかたちに残しておく必要があるのです。

そのひと手間が、未来の訴訟リスクを防ぎ、組織の信頼と信用を守る力になるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02140_ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化が、経営を守る_01議事録は「記録」ではなく「責任の設計図」

議事録は「ただの記録」ではない

ある会社で、こんなトラブルがありました。

数か月前の取締役会で、
「新商品Aを3か月以内にローンチする」
という方針が共有されたはずでした。

ところが3か月後、計画は大きく遅れ、
「誰が、どこまでやるか」
が曖昧なまま、プロジェクトは大幅に遅れ、立ち往生していたのです。

原因をたどると、議事録の内容に問題がありました。

通り一遍のことがふわっと書かれていました。

・誰が何を発言したかが記録されていない
・議題ごとの整理がされておらず、議論の流れが見えない
・決定事項が「宿題化」されているが、担当者と期限が記載されていない

一見すると、
「些細なミス」
に見えるかもしれません。

しかしこれは、ビジネスにおける
「法的リスク」

「プロジェクト停滞」
の引き金となりかねない、重大な実務上の落とし穴です。

「決まったはず」のことが、なぜ進まないのか?

ビジネスの現場で頻繁に起きるのが、
「言った・言わない」問題
です。

契約書ほど明文化されていないこの問題は、実務における“空白”として、しばしば業務を停滞させます。

議事録が曖昧だと、
・「誰が発言したか分からない」→責任の所在が曖昧になる
・「何が決まったか分からない」→決定事項が再び議題に上がる
・「誰がやるか書いていない」→実行されず棚上げになる

このような状況では、決定が
「決定」
として組織に機能しません。

つまり、実行の起点であるべき議事録が、
「ただの報告メモ」
にとどまってしまっているのです。

議事録は「責任」を記録するもの(企業法務の視点から)

議事録とは、
「誰が何を決め、誰がその責任を負うのか」
を明記する、責任の設計図であるべきです。

特に、株主総会や取締役会のように法的意味を持つ会議体では、以下の3点が不可欠です。

・発言者の明記(例:代表取締役〇〇が発言)
・議題ごとの整理(トピック単位のスレッド管理)
・決定事項に対する責任者と期限の明記

これらを怠ると、後に
「誰がどのような根拠で決定したか」
が問われた際、組織としての説明責任を果たせなくなるおそれがあります。

株主や監査役、時には取引先からの信用問題にも発展しかねません。

また、会議体の運営を担う事務局には、
「決まっていないことを明らかにし、必要に応じて詰める」役割
があります。

曖昧な合意には確認を入れ、担当者が未定であればその場で指名を促すべきです。

こうした“ひと手間”が、プロジェクトの進行だけでなく、法務的なリスクヘッジにもつながります。

ビジネスの現場では、
「記録の精度」
が、そのまま
「責任の所在」

「信頼性」
につながります。

だからこそ、議事録は単なるメモではなく、経営と法務の土台となる
「実務ドキュメント」
として位置づけるべきなのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02139_仮運用中の決裁こそ、記録を残す―意思決定を見えるカタチに残せるかが、企業の分かれ道になる

会社のルールというのは、案外あいまいな時期があるものです。

特に、経営ルールの整備には、どうしても時間がかかります。

新しい組織が立ち上がるタイミングや、制度を切り替える局面では、どうしても
「仮運用」
の状態が生まれます。

要するに、ルールが整っていない間、現場では
「仮運用」
という言葉で日々の判断が下されることになります。

仮運用だからといって、やってよいことと、やってはいけないことがあります。

ある企業では、経営委員会が正式に動き出す前段階として、いくつかの決裁を
「仮運用」
で進めていく必要が出てきました。

新規事業の決裁、取引条件の変更や資産の処分、社外への発信に関すること、子会社への貸付といった場面で、現場からは、
「これは、社長代理の決裁でよいのか」
「今までどおりのやり方で流していいか」
こうした確認が、経営委員会、すなわち始動前の経営本部に入ってきました。

これらはすべて、たとえ仮運用中でも、あとから
「なぜその判断をしたのか?」
と問われる可能性のあるテーマです。

社長代理の決裁で進める場合でも、関係者がフォーマットに沿って内容を整理し、簡潔にまとめておくだけで、判断の質が変わってきます。

いわば、立ち止まって考える時間を一度つくること。

それが、結果として組織の意思決定の精度を上げていくのです。

貸付などの金額が大きい案件では、特に記録の重みが増してきます。

どんなに善意の判断であっても、根拠が示されていなければ、後から誰にも説明できません。

つまり、記録があることで、正当性が支えられるのです。

仮運用中は、ルールの完成を待つだけの時間はありません。

むしろ、この時期にどれだけ地道に記録を重ねられるかが、組織の成長に差をつけていきます。

たとえ仮であったとしても、
「決裁フォーマット」
とは単なる
「様式」
ではなく、後からの見直しや事後検証を可能にするための
「しくみ」
なのです。

言い換えると、
「決裁フォーマット」
に記入することは、ただの手続きではありません。

あとから見返したときに、
「なぜこの判断をしたのか」
「そのとき何が前提になっていたのか」
を確認できるようにするための、いわば足あとです。

仮運用の時期というのは、どうしてもルールが不明確で、判断が人に寄ってしまいがちです。

だからこそ、記録に残すという作業が大事になってきます。

しかも、これは誰かのためというよりも、自分たちの未来のための記録です。

あとから振り返ったとき、何も残っていなければ、
「その場のノリで決めたのでは」
と疑われかねません。

判断の背景を残すことで、時間がたったあとでも、その決裁が妥当だったかを振り返ることができるのです。

経営判断というのは、タイミングによっては、状況を乗り切るために、手段を選ばず、知恵と工夫を総動員して突破口を見つけなくてはならない局面もあります。

しかし、そういう場面でも、きちんとした記録が残っていれば、後からの検証に耐えられます。

逆に、
「なぜそうしたのか」
が記録されていなければ、判断そのものの正当性が揺らいでしまうのです。

特に、貸付や資産処分のように金額が大きく、会社全体の信用にもかかわる話では、なおさらです。

「仮運用だから、まあいいか」
ではなく、
「仮運用だからこそ、記録を残す」。

この意識の切り替えが、組織の透明性を保ち、後々の信頼にもつながっていくのです。

「決裁フォーマットを埋める」
たったそれだけのことが、未来の自分たちを守ることになります。

一見すると些細な作業に見えるかもしれませんが、こうした積み重ねが、いざというときに、組織の信頼や意思決定の正当性を支えてくれるのです。

実際、私は、このことを地道に実践してきた企業と、
「後でやればいい」
と軽んじた企業とでは、その後の結末に、明確な違いが出てきています。

法務の現場で、私は何度もその差を目の当たりにしてきました。

ルールがまだ曖昧な時期だからこそ、フォーマットを活用して、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化を進めていくことが重要なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02138_告発を避けることはできるのか─査察が終わった「その後」、会社としてできる対応とは?

査察が終わった――それは、緊張の連続だった現場対応がようやく一段落した瞬間かもしれません。

けれど、そこで本当に終わったわけではありません。

むしろ、そこから先に
「もうひとつの分岐点」
が待っています。

それが、
「告発されるかどうか」
の判断です。

これは、調査の結果をもとに国税側がまとめた資料を、検察と協議し、告発に値するかどうかを最終判断するプロセスに入ったことを意味します。

要するに、
「刑事事件として、起訴すべきかどうか」
が、検察とともに検討される段階です。

この段階で、会社側が何もしなければ、その判断は調査資料だけをもとに行われることになります。

しかし、この時点でも、会社としてできることはあるのです。

ちなみに、査察から告発までの大まかな流れは次のようになります。

(1)査察調査が終了する
(2)査察部門が調査報告書を作成
(3)その報告書をもとに、検察庁と協議(=勘案協議)
(4)告発すべきか否か、総合的に判断
(5)告発されれば、検察に送致され、起訴判断へ

1 査察が終わったあとも、会社にできる“手続き”がある

調査終了後、査察部門は検察庁と、調査資料をもとに
「勘案協議」(正式には「告発要否勘案協議会」)
を行い、告発すべきかどうかを検討します。

このとき、重要になるのが以下のような要素です。

(1)脱税額そのものの大きさ
(2)隠し方・手口の悪質性
(3)組織的な関与の有無
(4)反省・修正申告・納税の有無
(5)再発防止の対応状況

これらを総合的に見た上で、
「刑事事件として起訴に値するか」
が判断されます。

たとえば、国税庁が公表している査察の概要では、告発に至った案件と至らなかった案件を区別して以下の点に触れています。

・告発の決定に至った理由
・修正申告・納税の有無
・組織ぐるみか否か
・反省や協力の姿勢の有無
・悪質性・計画性の程度

要するに、査察を受けた経営者としては、
「もう終わったこと」
として何もしないのか、それとも何かをする(=何かを提出する)のかで、その後の道筋が変わってくることがあるのです。

2 会社として“伝えるべき事実”を届ける

この時点で、会社としてできる対応には、たとえば以下のようなものがあります。

(1)調査結果に対する見解書
(2)事実関係の補足説明書
(3)修正申告と追徴納税の完了報告
(4)社内体制の見直し・改善計画書

こうした書類は、査察部門・検察に対して、
「反省しているかどうか」
だけでなく、企業としての姿勢と対応能力があるかどうかを示す資料になります。

たとえば、ある事案では、期ずれ処理が意図的だったか否かが問題になりました。

そこで、会社側は
「なぜその処理を選んだのか」
「どういう経緯でその判断に至ったか」
「関与した人物の認識はどうだったか」
といった点を、
「文書化」
して提出しました。

結果的に、事実の評価が変わり、告発には至りませんでした。

重要なのは、後からでも説明できるようにすることです。

そしてそれは、企業法務の力の見せどころでもあります。

3 “悪意があった”と見られないためにできること

ここで注意したいのは、
「悪意はなかった」
と主張することが目的ではないということです。

そうではなく、以下のようなことを
「事実として説明する」
ことが大切なのです。

・当時の意思決定の経緯
・税理士や専門家のアドバイスの有無
・組織としての体制や、チェック機能の有無
・同様のミスが他にもあったかどうか
・その後の改善策の実行状況

実際、誤った処理であっても、
「なぜそうなったのか」
「どういう認識で、どんな代替案があり得たのか」
を丁寧に語れるかどうかで、計画的だったのか、それとも結果的な判断ミスだったのかの評価が変わることもあるのです。

これは、刑事責任を免れるための
「言い訳」
ではなく、
「企業としての意思決定過程」
をきちんと見えるようにする作業です。

ここでもまた、説明責任と
「文書化の力」
が問われる、ということなのです。

4 弁護士としてできること

査察終了後、企業側が
「自分たちの立場や判断経緯をどう伝えるか」
は、弁護士のサポートによって大きく変わります。

弁護士が関与することで、以下のような働きかけが可能になります。

・国税に対する意見書の提出
・事実関係
・法的評価に関する補足意見
・修正申告書の作成支援と納付手続の整備
・検察側に対する意見陳述(非公式折衝を含む)

重要なのは、企業がどれだけ冷静に、論理的に説明しようとしているかを、第三者の立場から伝えることです。

ここにおいては、企業単独では難しい
「法律的文脈での物語の再構成」
が求められます。

弁護士がその“媒介役”となることで、告発に至らない可能性を現実的に広げることができるのです。

5 “終わったあと”が、本当の説明のはじまり

査察が終わった瞬間から、企業としての説明が始まります。

そしてその説明が、刑事告発という重大な判断の一因になる可能性がある以上、企業としてできる限りの情報整理と、改善・再発防止の表明は現実的な選択肢であり、実務上、有効性が認められる対応のひとつです。

その後の判断に影響を与えうる材料として、積極的に準備しておく価値があります。

大切なのは、
「何もしないこと」
ではなく、
「相手の受け止め方まで、先を見越して、対応を設計すること」
です。

最後にものを言うのは、どれだけ
「説明しようとしたか」
という姿勢です。

上手に話せたかどうかではなく、日ごろから
「どう考え、どう整えてきたか」
が、そのまま表に出るだけなのです。

その備えができていたかどうかは、企業法務の積み重ねが語ります。

そして、忘れてはならないのが
「時間」
です。

査察後の局面は、冷静さとスピードの両方が問われる場面です。

だからこそ、日ごろから税理士や弁護士と対話できる環境を整えておくことも、企業にとっての重要な備えになるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02137_その日の朝に備えて─査察が始まった「当日」、現場でできる対応とは?

ある朝、出社してみると、玄関に複数の査察官が立っていました。

名刺を差し出しながら、手にした裁判所の令状を見せ、
「本日、査察に着手します」
と告げてきました。

・・・これは決してフィクションではなく、査察における
「現実の初日」
の光景です。

そしてその日、最初の30分の対応が、その後6か月にも及ぶ査察全体の印象と方向性を左右してしまうことがあります。

1 「その日」は、ある朝突然やってくる

査察は、税務調査とはまったく異なる枠組みの手続きです。

税務調査が行政上の任意調査であるのに対して、査察は、刑事告発を目的とした強制調査です。

(1)裁判所の発付した捜索差押許可状(令状)に基づき、
(2)強制的に会社や自宅に立ち入り、
(3)書類・帳簿・データをその場で押収します。

対象は、会社本体にとどまらず、社長個人の自宅、倉庫、取引先、自動車の中まで広がることもあります。

しかもその日は、事前の予兆も警告も一切ありません。

だからこそ、これは単なる税務調査ではなく、
「刑事事件の入り口」
であることを意識して動く必要があるのです。

2 現場でまず大切なのは「落ち着くこと」

突然の事態にパニックになるのは当然です。

けれど、そのとき最も大切なのは、
「しない」
ことです。

(1)査察官に詰め寄らない
(2)社員や経理担当者を問い詰めない
(3)その場の思いつきで説明を加えたり、その場しのぎの言い訳を口にしない

ある事案では、社長がその場で
「これはうちの税理士のミスで・・・」
と語ったひとことが、のちに
「税理士に責任転嫁している」
という文脈で記録されてしまいました。

その場で口にしたことは、後から
「会社の公式見解」
として扱われる可能性があります。

3 その場でやりとりする「言葉」は、のちの証拠になる

査察では、口頭での発言も、後日
「供述調書」
として記録に残ることがあります。

たとえば、ある会社の経理担当者が、対応中にこう口にしました。

「処理の根拠は正直よく分かっていません。わたしは、ただ、上司から指示されたことをしていただけです」

この一言が、後日、調査官の事情聴取メモでは次のように再構成されて記載されていました。

「正当な根拠に基づかない処理を、社内で常態的に行っていた」
「会社として処理の正当性を確認しない体制だった」

本人にそのつもりがなかったとしても、発言は
「組織全体の姿勢」
として読み取られてしまうことがあるのです。

要するに、発言は“都合よく”再構成されるのが実務の現場であり、
「その場の発言」=「のちの証拠」
になる可能性があるのです。

4 “何も言わない”という選択肢

これは刑事手続である以上、会社や関係者にも
「沈黙の権利」
が保障されています。

質問に対して、無理に答える必要はありません。

・「現在、確認中のため即答できません」
・「法的助言を受けた上でお答えします」

こうした対応は、
「逃げ」
ではありません。

むしろ、事実誤認を避け、誠実に対応するための冷静な判断です。

「言ってはいけないこと」
よりも、
「言わなくて済むこと」
を知っておくことの方が重要です。

5 提出資料・メモ・コピー対応の考え方

査察では、物的証拠が押収の対象になります。

パソコン、USB、帳簿、手帳、契約書、領収書等。

このときに重要になるのが、
「何を出したのか」
「どこから出てきたのか」
を正確に記録することです。

ある事案では、保管場所を指示した担当者の発言から、
「当該帳簿の存在を十分認識していた」
という形で会社の“認識”が構成されたこともありました。

だからこそ、
(1)控えのコピーの有無
(2)提出書類のリスト化
(3)提出時に付記した注意書きの記録
といった
「持ち出しの履歴管理」
が、のちの自己防衛につながるのです。

6 企業法務の視点からみた「査察中の初動体制」

このような場面では、企業としての危機対応の体制が試されます。

(1)誰が現場対応の指揮をとるのか
(2)弁護士と連絡をとる責任者は誰か
(3)社内の記録保管状況は誰が把握しているか

こうした体制が整っていないと、その場しのぎの対応になり、かえって疑念を呼ぶ結果になります。

実際、ある案件では、初日の対応に混乱があったことで、
「社内での見解が統一されておらず、情報を意図的に隠している可能性がある」
と調査官側に受け取られたケースがありました。

査察や税務調査においては、調査官は以下のような点を重要な評価指標とします。

(1)現場対応時の社内の受け答えが一貫しているか
(2)役職者・経理担当者・現場担当の言うことが噛み合っているか
(3)同じ資料の説明が、人によって違わないか

これらがバラバラだった場合、次のように評価されることがあります。

(1)「社内での認識が統一されておらず、虚偽や隠ぺいの可能性がある」
(2)「組織としての管理体制に問題がある」
(3)「説明内容に整合性がなく、重要事項を隠している可能性が否定できない」

だからこそ、日ごろ積み重ねてきた企業法務の備え(対応チーム・書類の所在・応対マニュアル等)が、査察初日の数時間で、まるごと“見えてしまう”のです。

7 まとめ:沈黙か、反応か。その選択が意味を持つ

査察の現場では、すべてが
「のちの証拠」
になります。

(1)発言内容
(2)発言のタイミング
(3)書類の出し方
(4)メモの取り方
(5)その場の沈黙
までもがすべて、
「会社としての意図を示すもの」
として評価されてしまうのです。

だからこそ、
(1)反射的に答えない
(2)言い訳しない
(3)慌てて否定しない

「その場しのぎで話す前に、まず、黙る」
のです。

要するに、無理に語らない・・・その冷静な初動こそが、のちに
「説明できる会社」
だったかどうか、評価される分かれ目になるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02136_査察はある日いきなり始まる─その前に、経営者にできる備えとは?

「査察は、突然やってくる」
これは決して比喩ではなく、実務上の事実です。

ある朝、会社に出社してみたら、玄関に複数の査察官がずらりと並び、調査開始を宣告される・・・そんな“非日常”が、現実のものとして起こり得るのが査察です。

税務調査と違って、事前通知や日程調整は一切ありません。

なぜなら、査察は、
「証拠を押さえるための刑事手続」
の一環だからです。

査察官にとっては、その場で“証拠品”を持ち出せるかどうかが勝負になります。

だからこそ、査察を受ける側としての備えは
「その日」
が来る前にしかできません。

では、査察を受ける側として、経営者は、どんなことを意識し、どこまで備えておけばいいのでしょうか。

1 日常業務の中に、査察対応の「土台」がある

査察に備えると聞くと、何か特別な対策を講じなければ・・・と思われるかもしれません。

しかし、実際には、備えの大部分は日々の業務の中にすでに組み込めるものです。

たとえば、

(1)税理士との相談内容をメモに残しておく
(2)グレーな判断をした経緯や社内のやり取りを、誰が見ても分かるように記録する
(3)売上・経費処理の「合理的理由」を、誰が説明しても同じ内容になるよう整えておく

こうした積み重ねが、いざというときに
「説明できる会社」

「意図的に何かを隠している会社」
かどうかを分けるのです。

2 “ストーリー”を語れるようにしておく

査察で問われるのは、金額の多寡だけではありません。

重視されるのは、処理の背景に
「悪意」
があったのかどうかです。

実際の事例でも、売上の計上タイミングが月をまたいだことで、
「これは操作された数字ではないか」
と査察官が疑念を抱き、その後の調査全体が
「ズラした証拠探し」
に傾いていったことがありました。

その会社では、請求書を郵送する担当者が引継をしないまま急に退職したことで不在期間ができ、実際の発送が年度をまたいでずれてしまいました。

売上の発生自体は何も変わっていません。

しかし、対応した社長が事情をうまく説明できなかったことで、調査官の中で
「これは隠していたに違いない」
という印象が強まり、他の処理や帳簿のミスまで、すべて“意図的”と解釈されてしまったのです。

このように、ほんの少しの事実のズレでも、それが説明されなければ、“悪意の物語”の中に組み込まれてしまう・・・。

まさに、そういう場面を何度も見てきました。

だからこそ、前もって
「説明の言葉」
を準備しておくのです。

まさに、
「事実をストーリーとして語れるようにすることが、最も実効的な備え」
になるのです。

3 経営者自身が知っておくべき“判断の軌跡”

ある会社では、売上の一部が集計漏れになっていたことを理由に査察が入りました。

現場の経理担当者は
「慣例的な処理だった」
「前任者のやり方を踏襲した」
と言っていましたが、最終的に署名していたのは社長でした。

査察官の関心は、すぐに
「社長がこの処理をどう理解していたか」
に移ります。

「知らなかった」
と言えば、
「では、なぜ社長が印を押したのか?」
という話になりますし、
「知っていた」
と言えば、
「ならば、意図的な処理だったのでは?」
という疑いがかかる・・・。

結局、社長が何も語らないままでいたことが、
「自覚していたが隠した」
ように見えてしまい、疑いを深める結果になりました。

このような事例は、何も特別なことではありません。

たとえば、グレーな処理をした場合、
「そこは税理士に任せていました」
では通用しません。

しかし、査察の場では、最終判断をした経営者がどう認識していたかが問われます。

重要なのは、
(1)なぜそう判断したのか
(2)他にどんな選択肢があったのか
(3)いつ、誰から、どういう説明を受けて、それを選んだのか
といった、
「“経営判断の軌跡”を言葉にできること」
です。

査察が入ったあとに慌てて思い出そうとしても、記憶はあいまいになり、後手に回ってしまいます。

だからこそ、経営者として判断を下したときに、何を根拠に選んだのか、そのときに
「言葉にして記録しておく」
ことが鍵になります。

4 企業法務としての“説明責任”の整え方

ここまでお話ししてきたことは、税務対応であると同時に、まさに企業法務そのものです。

(1)会社の意思決定を、記録として残す
(2)曖昧さのある処理は、経緯・理由を明示できるようにしておく
(3)いざというときに、社内で誰が対応するかが決まっている

このような体制を整えることは、税務リスクへの備えにとどまらず、社内統制・法的リスク管理の基盤になります。

つまり、査察に備えるとは、日常業務を企業法務的視点で“整理し直す”ことにほかならないのです。

5 誤解を防ぐための“予防線”を張っておく

下着を1枚だけ盗んだ人が、近所の連続下着泥棒の犯人に仕立て上げられるようなことが、実際に起こり得ます。

「やったのは1枚だけ。それ以外は絶対にやっていない」
と、最初から言っていればまだ下着泥棒として扱われるだけだったのに、黙っていたことで、
「あれもこれも、やったに違いない」
と広がっていき、気づけば、連続下着泥棒の犯人になり、余罪まで追及される・・・。

・査察の場面でも同じです。
・帳簿の記載が微妙にずれていた。
・経理担当者の説明が曖昧だった。
・社内のメールに不自然な表現があった。

どれも単体ではたいした問題ではなかったはずなのに、そういったものが積み重なると、連続的に“隠ぺいの兆候”として積み上げられ、
「意図的な隠ぺい」
と受け止められてしまい、“悪意ありき”の物語が立ち上がり、それに沿って調査が進んでしまうことがあるのです。

だからこそ、誤解されないように
「説明の材料」
を事前に整えておく。

それが、調査を受ける側の唯一の防御手段なのです。

6 まとめ:その日が来る前にこそ、できることがある

査察は、ある日突然やってきます。

けれど、備えは突然ではありません。

日々の業務の中に、
「もしものとき」
に効く準備を埋め込んでおくことができます。

それは、特別な対策ではなく、日常の業務を少し丁寧に、少し構造的に整えることにほかなりません。

経営者として、
「説明できる準備は、今のうちに整っているか」、
自身に問いかけてみるだけで、組織の見え方が変わってくるかもしれません。

それこそが、査察に対する最も実効的な“リスク管理”であり、企業法務の第一歩になるはずです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02135_税務調査の延長に“査察”がある?─それ、実はよくある誤解です

「税務調査で指摘されたんです。もしかして、このあと“マルサ”が来るんじゃないでしょうか。心配で心配で・・・」
企業の経営者や担当者の方と話していると、こうしたご相談をいただくことがあります。

いかにもありそうな流れに思えますが、これはよくある誤解のひとつです。

1 査察は、「税務調査の延長」ではない

「税務調査のあとに、査察(いわゆる“マルサ”)が来る」
という考え方は、実際の運用からすると、かなり異なります。

まず整理しておきたいのは、
「税務調査と査察は、制度としても性質としてもまったく別物」
だということです。

税務調査は、あくまで
「任意の行政調査」
です。

「この申告、ちょっと気になるな」
というレベルの疑問から始まり、帳簿や領収書を見せてもらいながら、申告の内容を確認していきます。

一方、査察は、
「強制調査」
です。

しかも、
「脱税の証拠を押さえるため」
に動く、
「刑事手続」
の一環です。

国税局の
「査察部門(いわゆるマルサ)」
が、裁判所の令状を取り、
「 完全に抜き打ちで調査に着手」
します。

2 運用上も「別ルート」で動いている

運用面でも、税務調査と査察は、それぞれ
「独立した情報収集」

「判断ルート
で動いています。

査察が行われる場合、その対象者に対して事前に税務調査が入ることは原則としてありません。

なぜかというと、事前に調査を入れてしまえば、調査対象者に
「怪しまれている」
という警戒心を与えてしまい、
「証拠隠滅や口裏合わせが行われるリスク」
が高まるからです。

査察の目的は、
「現場を押さえ、証拠を確保し、刑事告発につなげること」。

そのため、
「何の予兆もなく始まる」
ことが前提の調査なのです。

3 なぜ誤解が広がるのか?

この誤解が生まれやすい理由のひとつは、
「税務調査」

「査察」
の両方が
「税務の調査」
と一括りにされがちだからです。

また、テレビドラマなどで、
「税務調査で怪しまれた会社に、後日マルサが…」
という描写を目にすることもあります。

こうしたイメージが、現実の運用とは異なる印象を生んでしまっているのかもしれません。

4 査察は“いきなり始まる”もの

実務の現場では、査察はある日突然始まります

・・・その日の朝、会社の玄関先に複数の査察官が現れ、社内や関係先の調査が一斉に始まる。帳簿やデータが、次々と持ち出されていく・・・。

その流れの中で、
「2年分」
「3年分」
といった過去の処理までさかのぼって調査されることもあります。

もちろん、事前通知や日程調整などは一切ありません。

税務調査とは異なり、
「その日の対応が結果に直結する緊張感の高い場面
になるのです。

5 税務調査と査察は完全に無関係なのか?

補足しておくと、税務調査の結果が査察に影響を及ぼすことがまったくないわけではありません。

たとえば、悪質な虚偽説明や、繰り返される不正が調査で明らかになったようなケースでは、情報が査察部門に
「参考情報」
として提供されることもあります。

しかし、それはあくまで例外的なケースです。

原則として、査察は査察で独自に情報収集と判断を行い、告発を視野に入れて動く別枠の調査です。

(1)査察部は、国税当局の中でも「刑事告発を目的とした調査専門部隊」として機能している。
(2)情報収集は独自に行われるケースが大半であり、税務署や調査部門とは異なる「捜査的判断」に基づいて査察着手が決定される。
(3)したがって、通常の税務調査の“延長線上”ではなく、査察は“最初から刑事事件の予備的捜査”として動く独立ルートと位置づけられる。

実務上も、実務経験を持つ国税出身者や税理士は、以下のように説明しています。

(1)査察の端緒(出発点)は、査察部自身が集めた情報や通報等
(2)税務調査と重ならないよう、事前に調査が入っていないことを確認して動く
(3)目的は修正申告ではなく、刑事責任(告発)を前提に証拠を押さえること

6 査察は「税務の問題」であり、同時に「企業法務の問題」でもある

「税務調査」

「査察」
の違いを正しく理解することは、単に税務対応の一環にとどまりません。

実はこれは、企業法務の視点から見ても重要な論点です。

なぜなら、企業としての内部統制の有無、文書や会計記録の整備状況、意思決定の透明性が問われるからです。

つまり、査察とは、
「企業がどれだけきちんと説明できる体制をつくっているか」
が試される局面でもあるのです。

突発的な調査に対して、誰が対応するのか。

記録はどこにあり、どのように管理されているのか。

こうした初動対応も含めた日常の備えは、まさに企業法務の力によって支えられるものです。

7 誤解に振り回されず、備える

「税務調査で怪しまれたから、次は査察が来るのでは」
と不安になる方もいれば、
「税務調査で何もなかったから、もう大丈夫」
と安心してしまう方もいます。

けれど本当に大切なのは、事実に基づいて、自社の状況を冷静に把握すること。

そして、調査が入る・入らないにかかわらず、日ごろから整理し、説明できる体制を整えておくことです。

それこそが、経営者としてやるべき
「本当の予防法務」
だと考えます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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