01954_契約書のチェックの工程その6_加筆修正例と、契約修正の意義と価値

01953において、
==(01953より引用)
”1文字”あるいは”句読点をどこに打つか”によって、大きく変わることもあります(経験の差、とも”職人技”ともいわれます)。
=============
と、申しましたが、たとえば、(ア)(イ)では、
「本件に関し」
を入れるか入れないかで、意味(と、契約書のもつ効力、そして価値)が大きく違ってきます。

ア)原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるもののほか、 何らの債権債務がないことを相互に確認する。
イ)原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるもののほか、 本件に関し何らの債権債務がないことを相互に確認する。

また、たとえば(ウ)から(エ)への修正やりとりを重ねることで、 (1)(2)を目的に、相手方の反応をつぶさに観察することもできます。

ウ)手段を問わず、第三者に口外しない。ただし、(中略)が次項の規定に違反したときに、(中略)が自己の名誉の回復のために発信を行う場合はこの限りではない。
エ)みだりに、第三者に口外しない。ただし、(中略)が次項の規定に違反したときに、(中略)が自己の名誉の回復のために発信を行う場合であって、当該発信が正しく事実を引用し、相手方の社会的評価を意図的にかつ直接的に低下させる内容の意見ないし論評を加えたものでないときは、この限りではない。

==(01953より引用)
1)相手方の意図との齟齬が明らかになるので、今後の外交対処に有益な展開予測情報が得られる
2)不合理あるいは暴力的な相手方に、「まあ、目をつぶってやる」と妥協することで、心理的に優位に立てる(貸しを作れる)
=============

==(01953より引用・抜粋)
このようにして、かなりの時間をかけて
「立場交換シミュレーション」
をし、(相手方にとっては)合理的・論理的な修正が難しいような
「論理と秩序と書きぶり」
を施していき、最後に、全体をチェックしながら、
「不合理なもの」
「相手に無用な刺激を与え、ディールブレーカーとなるようなところ」
を削除し、“落とし所に落ち着くように”していくのです。
===============

この工程の価値がわかる経営者は、カネと時間と弁護士をじょうずにつかって、ビジネスを拡大しています。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01953_契約書のチェックの工程その5_加筆修正

契約書の加筆修正段階において、校正範囲が広がることがあります。

これは、
「大は小を兼ねる」
「“及ばざるより過ぎたる”を作り、ヘアカットしていく方が作業として合理的」
という業務プロセス理念により、ありうべき修正ポイントをできるだけ加筆するからです。

もちろん、その過程で、誤脱字や重複等ができることもありますが、
「契約書は上書きや過剰・重複は無害」
という“作成ルール”で、まずは加筆していきます。

そして、かなりの時間をかけて
「立場交換シミュレーション」
をし、(相手方にとっては)合理的・論理的な修正が難しいような
「論理と秩序と書きぶり」
を施していきます。

最後に、全体をチェックしながら、
「不合理なもの」
「相手に無用な刺激を与え、ディールブレーカーとなるようなところ」
を削除し、“落とし所に落ち着くように”していきます。

このあたりの工程については、”1文字”あるいは”句読点をどこに打つか”によって、大きく変わることもあります(経験の差、とも”職人技”ともいわれます)。

相手方の意図を最適化しようとすると、隘路に迷い込みます。

暴力的な変更をすると、実態が露呈し、(相手方との)今後の信頼関係に関わります。

相手方から、何らかの論理をひねり出したり、あるいは(相手が格上の場合だと)暴力的・権威的に再修正や原文回帰を求めてくることもあります。

”合意優先がプロジェクトゴール”となる契約では、”妥協は必然”となりますが、契約書修正のやりとりというものは、
1)相手方の意図との齟齬が明らかになるので、今後の外交対処に有益な展開予測情報が得られる
2)不合理あるいは暴力的な相手方に、「まあ、目をつぶってやる」と妥協することで、心理的に優位に立てる(貸しを作れる)
という価値がある、という考え方もできましょう。

双方、納得のいく契約書ができあがれば、契約書のチェック工程は終了となります。

場合によっては、調印前のPDFと、調印版のPDFのチェックを(弁護士からクライアントに)提案することもあります。

それは、
1)調印前のPDFについては、最終校正版との差分検証が必要なのではないか
2)調印後のPDFについては、今後、解釈運用上の齟齬やトラブルが生じた場合に、原典にスピーディーにアクセスする必要があるのではないか
という配慮によるものであり、

すなわち、
1)については、最終校正版から知らない間に有害な毒性加筆・削除がなされた例があること(完全合意条項があれば、最終確認しなかった側の手落ちとなります)や、
2)については、トラブルを起こすような属性のクライアントや、トラブルを起こすような時や状況に限って、往々にして、「契約書が手許にない」「最後のドラフトはある」「調印版が見当たらない」と、捜索作業がはじまり、迅速かつ効率的な対処のための時間や機会を喪失する、
という(弁護士の)経験則に基づきます。

以上のようにして、クライアントの利益と状況上の展開予測を慮った想定を行いながら、契約書の工程をすすめます。

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01952_契約書のチェックの工程その4_著作物制作

知的財産権の世界では有名ですが(知的財産権を取り扱い経験がないと全くそのような知識もないかもしれませんが)、過去、映画等の制作主体や著作権帰属について、かなり争われた歴史があります(ゲームも、著作権法上は映画の著作物と考えられますので、映画著作権に関する紛争事例は先行事例ないし先行規範として参照可能です。

そもそも、著作者は上述のように著作権法2条1項2号に定義が規定されていますが、映画(映像と音楽等が組み合わさったもの)については、
「映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする」(著作権法16条本文)
と規定しています。

原作者や脚本家、音楽家などは
「映画の」
著作者にはならず、プロデューサーや監督、演出者、カメラマン、美術デザイナー等が映画の著作者になりうるということです。

この点、
「美術等」

「等」
の意味については、解釈によるとされており、著作権法16条によって映画の著作者となる者の範囲が厳密に確定しているとはいえません。

「映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
というのは、一貫したイメージをもって映画制作の全体に参加している者をいうと解するのが通説的な見解です。

宇宙戦艦ヤマト事件と呼ばれる判例では、アニメーション作品の監督であってもメカニックデザインやキャラクター設定等の美術・設定デザインの一部に関与しただけの者は、映画の著作者にあたらないとする一方で、企画書の作成から映画の完成までのすべての製作過程に関与し、具体的かつ詳細な指示をして、最終決定を行ったプロデューサーが映画の著作者にあたると判示しています(東京地裁平成14・3・25判タ1088号268頁・判時1789号141頁)。

他方で、超時空要塞マクロス事件と呼ばれる判例では、テレビ用アニメ―ション作品において、具体的関与なく、スタッフに対して指示をあたえたこともなかったプロデューサーは映画の著作者に当たらないと判示しています(東京地判平成15・1・20判タ1123号263頁・判時1823号146頁)。

このように、肩書がプロデューサーであっても、映画制作への寄与度やその内容によって、映画の著作者にあたるか否かが左右されます。

明らかに、
「著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
のであれば、デフォルト状態では、
「著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
者に、強大な権利が発生します。

ところが、
「職務著作」
というカテゴリーに入ると、法人著作になるシナリオも生じ得るのです。

個人が、
「著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
にもかかわらず、法人である相手方と、著作権の帰属が不透明な契約書を交わしてしまったのであれば、別の論理やロジックで上書きをしておく必要があります。

その場合、規律設計において、
「職務著作」
に該当しないようなギミックを設計・創出・ビルドインする、ということになります。

要するに、個人であれ、法人であれ、
「著作物の全体的形成に創作的に寄与した」
のであれば、契約書には、
「必ず、制作物の著作権の帰属は明確に記述しておくこと」
が肝要だ、ということです。

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01951_契約書のチェックの工程その3_著作物制作

契約は上書き自由です。

たとえば、著作物制作について、すでに契約を交わしていたとしても、
「不安だし、重複しても構わないので、差し入れてくれ」
「重複があったり、矛盾抵触があったら、選択的に有利な方を採用するので」
という論理で、さらに
「著作物制作に関する確認書」
を交わすことは差し支えありません。

確認書には、以下のような内容をいれると、不安は減るでしょう。

1 著作物等の権利処理を万全に行っていることを表明し保証すること

2 著作物等が、いかなる第三者の著作権、肖像権その他いかなる権利をも侵害せず、かつ、合法的なものであることを表明し保証すること

3 著作物等が、権利侵害の有無を問わず、社会的に非難されるようなものではなく、かつ、そのようなおそれもないことを表明し保証すること

4 万が一、著作物等について、法律上・非法律上を問わず、何らかの請求・異議・クレーム・訴訟等が生じた場合、その費用及び責任で○○を防御し、○○を免責せしめること
無論、著作物等により権利侵害などの問題を生じ、その結果○○または第三者に対して損害を与えた場合は、その責任と負担においてこれを処理すること

5 著作物等については、一切の権利を保有することを表明し保証するとともに、著作物等の権利が○○にのみ排他的に帰属することを確認し争わないこと
また、著作物等について、著作者人格権を行使しないこと

要するに、
「以上のようなことが書いてあることは、いずれも当たり前のことだろう」
「当たり前のことなら、いつでも署名できるだろう」
「逆に、当たり前のことなのに署名できないのは、不当なことややましいことがあるのか」
という論理で、こちらにとって有利な安全保障の道具を手に入れる、ということです。

お手本は、あちこちで目にすることができます。

たとえば、銀行等は、そのような論理で、のべつ幕なしに、一方的にいろいろな文書を差し入れさせています。

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01950_契約書のチェックの工程その2

契約書チェックの具体例をあげますと。

ラフレビューの一例

1 基本骨子は○○契約でよくみられる合意形態

2 起案した弁護士は、○○の実務経験があり、企業法務スキルのある弁護士

3 ビジネスモデルをよく理解した上で、また、ストレステストを加えつつ、あり得べき合意条件や有事状況が想定されている

4 以上を前提に、○○的状況の記述、想像される○○的状況の記述ともに、観念上の事態や機序・作用を、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化している

5 当方の義務(裏返せば相手方の権利)は、具体的かつ明確にかかれている(逃げ口上が許されないように明確かつ厳格に記述されている)

6 他方、相手方の義務(裏返せば当方の権利)は、(状況がいくつかの前提ないし条件に依存する、ということも作用しているが)やや不明瞭な記述がみられる

7 ストレステストをする上で、「当方が想定外の行動をした場合や、相手方にとって不利な想定外事態が生じた場合」は極めてよくスタディされているし、事態想定、事態対処メカニズムともに十分

8 他方で、(当たり前ですが)「相手方が想定外の行動をした場合や、当方にとって不利な想定外事態が生じた場合」は全くスタディされていないし、事態想定、事態対処メカニズムともに十分とは言えない

と、なります。

そのうえで、今後の修正に至るプロセスを組み立てますと、通常の工程を入れ替えることとなり、

1 大前提:ドラフトレビューの閲読と詳細確認

2 小前提1:ビジネスモデル、取引モデルの再検証・再確認(ドラフトのレビュー・スタディから推察したものに加え、インタビュー含む)

3 小前提2:不安事項、懸念事項等の確認
特に「相手方が想定外の行動をした場合や、当方にとって不利な想定外事態が生じた場合」のスタディ含む(ドラフトのレビュー・スタディから推察したものに加え、インタビューを含む)

4 小前提1と大前提との齟齬の確認:
・確認された「ビジネスモデル、取引モデル」が、合理的に、疑義の余地なく、契約書ドラフトにミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化されているか?
・疎漏や齟齬がある場合の不備箇所の抽出
・特に、相手方の義務(裏返せば当方の権利)は、(状況がいくつかの前提ないし条件に依存する、ということも作用しているが)やや不明瞭な記述の具体化・明瞭化箇所の特定

5 小前提2と大前提との齟齬の確認:
・「相手方が想定外の行動をした場合や、当方にとって不利な想定外事態が生じた場合」のスタディを通じて発見・抽出された「不安事項、懸念事項等の確認」が、合理的に、疑義の余地なく、契約書ドラフトにミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化されているか?
・疎漏や齟齬がある場合の不備箇所の抽出

6 それぞれの疎漏や齟齬について、これを上書き・修正するロジックやアイデアの抽出・構築

7 上記ロジックやアイデアのミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化と、契約書ドラフトへのビルドイン(移植・校正)作業

と、なります。

契約書のチェック1つをとっても、工程をミエル化すると、以上のようになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01949_「販売を伴う預託等取引は原則禁止」ということについて

「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」は、令和4年6月1日から施行されました。

預託等取引に関する法律は、販売を伴う預託等取引(以下「販売預託」といいます。)を原則として禁止しています。

ビジネスモデルを構築しようと検討する場合、
1 預託法という規制規範を把握了解し
2 その上で、スタディを行い、預託法クリアランスを了し
3 規約及び規約による解釈は、預託法に照らしてもなお、有効性を維持するか
という諸点を確認し、抵触しないことが
「肝要」
です。

預託法は、極めてマイナーな法律であり、企業法務界隈においては、B2Cセールスという特定プロセスに固有の特殊な法務課題であり、検討が漏れる場合がたまに生じるものと考えられます。

とはいえ、預託法そのものは、消費者サイドや「(ややアグレッシヴな)B2Cビジネス」を営む企業法務においては、著名な法律であり、例えば
https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202112_02.pdf
といった形で、かなり活発に議論されているものです。

尚、現時点において、内閣総理大臣の確認を受けた事業者は存在しません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01948_契約書のチェックの工程

弁護士による契約書のチェックは以下のような工程ですすめます。

1 小前提1:ビジネスモデル、取引モデルの確認

2 小前提2:不安事項、懸念事項等の確認

3 大前提:現状の契約書の閲読

4 小前提1と大前提との齟齬の確認:
 ・「ビジネスモデル、取引モデルの確認」
  が、合理的に、疑義の余地なく、契約書ドラフトにミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化されているか?
  ・疎漏や齟齬がある場合の抽出

5 小前提2と大前提との齟齬の確認:
  「不安事項、懸念事項等の確認」
  が、合理的に、疑義の余地なく、契約書ドラフトにミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化されているか?
  ・疎漏や齟齬がある場合の抽出

契約書が変更不能で、リスク抽出するのみであれば、5までで終了

契約書が変更可能で、対案や校正案を示す場合は、

6 それぞれの疎漏や齟齬について、これを上書き・修正するロジックやアイデアの抽出・構築

7 上記ロジックやアイデアのミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化と、契約書ドラフトへのビルドイン(移植・校正)作業

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01947_定年を過ぎた従業員との雇用関係を切断・排除するということ

就業規則上の定年は60歳、継続雇用は65歳までとなっている会社で、満65歳を過ぎた従業員を雇用していました。

当該従業員については戦力として必要ない、と考えたオーナー経営者は、
「問題があってね。退職勧告を含めて、どのような段取りですすめたらいいだろうか」
と、弁護士に相談をしました。

「退職勧告をして当該従業員に辞めてもらう」
ために、弁護士にカネを払って、その段取りの相談をと考えたようです。

実はこれは、
「問題」
ではなく、明らかな
「事件事案」
です。

まず、段取り云々の前に、オーナー経営者において、
「不要有害な戦力を、定年後も漫然と雇用続けていた」
という経営判断上の致命的なミスを、受け入れなければなりません。

この反省の上に、
「経営判断ミスをどう尻拭いするか」
という
「事件事案」
として捉えることとなります。

オーナー経営者は
「退職勧告」
を解決すべき問題の前提として相談を持ち込んでいますが、これは、
「対話一辺倒」
という戦略手法であり、
「圧力」
「強制の契機」
を背後に設定しない限り、相手が拒否したら、それでゲームオーバーになります。

いわば、極めて粗雑なゲーム設計です。

これから行うべきプロジェクトデザインとしては、
1 定年退職後、何らの手続き経由することなく、漫然と雇用を続けていた場合、雇用契約がどのようなものとして捉えられるのか、という点のスタディ
2 その上で、上記雇用関係を切断・排除する、強制的手法が構築可能か、のスタディ
3 当該手法について、判例・裁判例として、争われた事例があるか、のスタディ
4 上記判例・裁判例を総括整理した場合、どのような手法を構築すれば、裁判に持ち込まれた場合であっても、当方に有利な状況を設定出来るか、のスタディ
5 上記構築手法を前提にした、相手方への法的意思表示の設計・構築と、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化と発出
6 相手方の出方に応じた、交渉の展開
という形で進めていくことになります。

これは、オーナー経営者が予想する以上の事件事案であり、解決には相応の資源(時間・カネ)が必要である、ということを意味します。

場合によっては、会社経営・存続の根幹を揺るがすほどの難事であることを認識すべきなのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01946_紛争事案を依頼する前の作業

紛争の原因は1つと思われがちですが、ほとんどの紛争は、複数の事象が複雑に絡み合って起こります。

裏を返せば、1つの紛争には複数の事象が存在します(*)。

さて、紛争事案を弁護士に相談する際、依頼者が予め準備するものの1つとして、
「事実関係を時系列で整理する」
というものがあります。

「なんだ、そんなことか」
と言う依頼者も少なからずいるのですが、この作業は重要です。

相手方に対するものであれ、公的機関(裁判所、捜査機関、行政機関)に対するものであれ、自分の身に降り掛かった事件に関し、自分の立場や正当性を適切に主張し、事件の相手方に法的な請求を行い、あるいは相手方からの不当な請求を排除する主張を構築する上で、必須の前提となるからです。

あとから、事実関係の
「証拠」
が必要となる場合もあります。

ですから、この作業は、簡単そうであって、実は大変手間がかかります。

時間との関係もありますが、この作業を丁寧にすればするほど、相談を受けた弁護士は、依頼者の抱える紛争事案から事象(テーマ)を因数分解しやすく、相手の出方(相手のミスやエラーや心得違いや違法行為を含む)や、筋の見立てがつきやすくなります。

逆にいえば、雑であれば雑であるほど、あとになって
「新たな事実」
が出てきた場合、
・認識にも認容にもつながらない
・話の筋としておかしい
・「新たな事実」の意味や評価を争う
ことになりかねません。

作業の手順としては、依頼者は、当方と相手方の行為を事実ないし状況として5W2Hの形(「How」だけでなく、「how much」「how many」という定量的・数額的な特定を含む)で特定し、整理し書き出していきます。

5W2Hの形で特定に至らないものは、言わば、単なる噂や罵詈雑言・独り言のレベルということになり、つかいものになりません。

現実として、最小限の時間とお金で最大限の効果を望む依頼者は、この作業の必要性・重要性を認識し、丁寧に準備します。

この作業が雑な依頼者は、紛争事案の解決に多大な時間とカネを費消する傾向にある、のは言うまでもありません。

我々は、この作業を
「ファクト・レポート」
と呼んでいます。

(*) 訴訟となった場合、同一の原告が同一の被告に対し、1つの訴えをもって複数の請求をなすこともあります。

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01945_雇用保険被保険者離職票修正におけるトラブルの対処行動

雇用保険被保険者離職票は、離職者における失業保険算定上の基礎資料となります。

従業員が退職意思表示を示し、雇用保険被保険者離職票の交付を会社にもとめてきた場合、会社は速やかに交付の手続きをしなくてはなりません(ハローワークが発行しますが、会社を通じてその手続きをすることとなります)。

さて、ある会社において、関連会社に出向していた従業員が退職の意思を表明し、オーナー経営者は合意しました。

総務担当者は、退職の手続きをすすめました。

雇用保険被保険者離職票とともに、給与関係書類として、(当該従業員が関連会社に出向していたことから)賃金台帳ではなく給与台帳をハローワークに送り、ハローワークでは、送られてきた給与台帳をもとに雇用保険被保険者離職票の修正を行いました。

その結果、書類上、当該退職者の給与は、オーナー経営者の認識より高額となりました。

この過程で、当該従業員は、所定労働時間および時間外手当について、会社側と認識の齟齬があったことを知り、その後、当該従業員は、会社に対して、
「未払いの賃金」
があると、請求してきました。

労働法務においては、このように、日常の業務の一環が、ある日突然、トラブルとなることが少なくありません。

この件については、誰が、どういう認識と存念で行ったかはさておき、
「会社の認識と異なる認識内容がミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化されて公務所に提出された」
という状況であり、そのこと自体が事件です。

事件を
「事件」
として認識したのであれば、
「通常、事件被害に遭った合理的人間」
として対処すべき一連の行動、すなわち、犯人探しや、犯人に対する責任追及や、是正措置といった対処行動をしておくべきことになります。

もちろん、対処行動をせずに放置することも可能ですが、その場合、
放置=黙認=追認=「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化されて公務所に提出された認識内容と会社の認識内容には齟齬がなかった」
ということを、会社が自認したものとして扱われます。

裁判となった場合、当然、当該従業員も、裁判所も、そのような言い方で、会社を責め立ててくるでしょう。

会社が、
「『通常、事件被害に遭った合理的人間』として対処すべき一連の行動、すなわち、犯人探しや、犯人に対する責任追及や、是正措置といった対処行動」
をプロジェクトとして遂行するには、まずは、対処行動のための動員資源(知的資源・事務資源)が必要になります。

本件の場合、対処行動上の相手方がハローワーク(公務所という強大で無謬性を絶対視する存在)となるので、対処方針と行動計画を策定し、着手・遂行する一連の手続きには、相当の時間がかかります。

腹立たしいことこの上ないでしょうが、難事となることを想定しなければならず、相応な予算が必要となり、かつ、予算がかかっても満足な成果が得られない危険もあり得ます。

まずは、会社として、
1 立件するのか(事件認識するか=対処行動を取る覚悟を決めるか=予算動員の覚悟を決めるか)、
2 放置容認するのか(予算を懸念して捨て置くか)
3 立件するとして、どのような体制(予算規律)で対処するのか
1)弁護士に丸投げするのか
2)一部を弁護士に外注するに留めるのか
3)弁護士の助言のみで自力対処するのか
4)すべてを内製化し、自力対処するのか
という論点で、オーナー経営者が、速やかに決定することが必要となります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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