02156_社員の不祥事にどう向き合うか_その1_企業は社員の“私生活”まで管理できるのか?

不祥事の「境界線」は、意外なほど見えづらい

たとえば、ある社員が週末に飲酒運転で摘発された。

あるいは、勤務時間外にSNSで過激な発言をして炎上した。

こうした
「私生活上の非行」
を理由に、企業が懲戒処分を行うことはできるのでしょうか。

企業秩序を守るという名目で、企業経営者が厳正な対応を取りたくなる気持ちはわかります。

しかし、処分に踏み切るには、法律上の“深い谷”が待ち受けています。

私生活=自由、とは言い切れない

労働契約とは、
「企業に労働力を時間で提供し、その対価として報酬を得る」
契約にすぎません。

これは、
「企業に人格を明け渡す契約」
ではない――というのが大前提です。

要するに、勤務時間外の行動や私生活について、企業が一方的に口を出せるわけではありません。

たとえ社員が不道徳な行為や違法行為をしていたとしても、
「それが企業と無関係」
である限り、懲戒の対象にはならないのです。

しかし一方で、実際には私生活上の行動が企業の信用や事業運営に大きな影響を与えるケースも少なくありません。

「完全に自由」
かと言えば、それもまた違う
――このあいまいな地帯に、実務上の悩ましさが潜んでいます。

企業が処分できる“3つの条件”

裁判所の判断や法令上の解釈をふまえると、企業が私生活上の非行に対して懲戒処分を行うには、次の3つをすべて満たしている必要があります(*)。

(1)当該行為が、就業規則上の懲戒事由に明記されていること
(2)企業秩序に直接関係し、業務運営や職場秩序に影響を及ぼすおそれがあること
(3)企業評価を毀損する可能性が、客観的に認められること

この
「3つの条件」
を満たさない場合、たとえ企業が処分を下しても、労働者が争えば裁判所で無効とされるリスクが高まります。

感情で処分すると“逆転負け”が起きる

企業経営者の中には、
「ちょっとでも違反があれば即解雇だ」
と考える方もいます。

しかし、実際には、どんなに社員が悪質な行動をとっていたとしても、企業の懲戒権には明確な限界があります。

たとえば、懲戒処分には
「行為と処分のバランス」
が求められます。

非行の内容や背景、業種や職種、過去の事例との比較などをふまえた上で、社会通念上、相当であることが必要とされるのです。

この
「バランス」
を欠いた処分は、
「裁量権の濫用」
として無効とされる可能性があります。

起訴されたからといって、すぐに休職もできない

よくある誤解として、
「社員が逮捕・起訴されたら、その時点で休職にできる」
というものがあります。

ところが実務では、これも簡単ではありません。

たとえば
「起訴休職」
という制度がありますが、これは
「就業規則に明記されていること」
が前提であり、さらに、

・職務の性質
・企業の信用への影響
・本人の就労可能性

などを個別に判断した上で、
「客観的に休職の必要性がある」
と言えなければ、やはり無効とされるのです。

企業が取れる“現実的な選択肢”とは?

では企業は、ただ泣き寝入りするしかないのでしょうか。

そうではありません。

実務的にもっとも有効なのは、
「自主退職」
という選択肢を検討することです。

従業員側が自ら退職する場合には、企業側から一方的に解雇するのとは異なり、法的な規制が大きく緩和されます。

もちろん、その“促し方”には注意が必要です。

退職を強制するような言動、長時間の説得、精神的圧力
――こうした行為は
「退職の自由意思」
を損ない、退職の無効を主張されるリスクとなります。

まとめ:企業は「静かな出口」を用意すべし

従業員の私生活上の不祥事に、企業はどう対応すべきか。

その答えは、
「処分すべし」
ではなく、
「慎重に、静かに、出口を設計すべし」
ではないでしょうか。

厳正な処分を下したつもりが、裁判所で無効とされ、逆に企業側が損害を被る
――そんな“逆転劇”が現実に数多く起きています。

処分よりも、出口。
対決よりも、誘導。

そのための備えと判断軸を、次回以降のブログでさらに掘り下げていきたいと思います。


(*)企業による私生活上の非行への懲戒処分を有効とするか否かは、「企業の体面を著しく汚したか否か」「処分の社会的相当性」などを基準に、裁判所が慎重に判断しています(例:日本鋼管事件 最二小判昭和49年3月15日)。また、懲戒処分の有効性全般については、労働契約法15条(懲戒権濫用の禁止)、16条(解雇権濫用の禁止)なども参考になります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02155_法務部門との連携を外すと、DDは狂う_目的のズレが生む損失

独自の判断は、事故の元

ある会社の営業部において、次のようなケースがありました。

「過去の契約を参考に、こちらでひとまず契約書のドラフトを作ってみました。なかなか出来がよかったので、契約書案と断ったうえで、先方に渡しました。最終的には、法務部でやりとりすることも伝えています」

見よう見まねで契約書を作成し、法務部に相談せず、すでに先方と交渉が進んでいたのです。

見た目には、条文もそれなりに整っているようでした。

ところが、法務担当者が内容を確認すると、責任制限条項がごっそり抜けていたのです。

「なぜ、そのような重要な条項が入っていないのですか?」
と尋ねると、
「交渉のスピード感を優先した方がうまくいくと思って」
という答えが返ってきたとのことでした。

現場としては、相手との関係性を考え、良かれと思って判断したのでしょう。

しかし、法務を通さずに交渉を進めてしまうこと自体が、そもそも大きなリスクです。

企業法務においては、その“善意”からの独自判断こそが、大きな事故の引き金になることがあるのです。

これは契約だけに限りません。

規程の改定でも、内部通報の対応でも、まったく同じ構造です。

法務DDも同じ構造

今回、ご相談を受けたある会社の法務DD(デューデリジェンス)も、これとよく似た状況でした。

担当のコンサルタントは、前職が大手企業の法務部長だったという自負があったようで、
「弁護士に相談する前に、まずは自分でできるところまでやる」
という姿勢で進めていました。

結果的に、前提がずれたまま話が進んでしまい、プロジェクトは頓挫寸前に。

時間も費用も、当初の想定を大きく超える事態となってしまいました。

企業法務の最前線、特に中小企業におけるM&Aのようなプロジェクトでは、プロジェクトの初動段階にこそ、
「目的」

「スコープ」
をチーム全体で共有することが鍵となります。

著者が申し上げたのは、次のような基本的なポイントです。

1 限られた予算は、大切に使うこと
2 DDは、それ自体何か意味があるわけではなく、目的に応じて内容が変わるものであり、当然ながらコストも負荷も変わってくる
3 DDはコモディティ化しており、価格も交渉次第。相場があってないようなもの
4 目的性を維持する範囲で、安く効果的に仕上げる。残った利益を関係者に還元する方法を考えることが、次につながる

当たり前のようでいて、こうした話は、アタマではわかっていても “肚落ち”していないと実践できません。

特に中小企業では、その差が致命傷につながることもあります。 

DDは、時計のようなもの

著者は担当のコンサルタントに、次のように伝えました。

「DDって、時計みたいなものです。
安くて正確なデジタル時計もあれば、
世界中の時間がわかるパイロット時計もあれば、
水圧に耐えられるダイバーウォッチもあります。
そして、1日に10分狂う金無垢のロレックスもある。
仕事で使うなら、正確で軽いデジタル時計で十分です。
海外に出張するならパイロット時計、
ゴージャスなパーティーなら、金無垢が映えるでしょう。
TPOによって、使い分ければいいだけの話です。

たまに、仕事でも旅行でも、パーティーでも、いつでも金無垢ロレックス、という人を見かけます。

誤解を恐れずに言えば、その選び方は“ちょっとズレている”のです。

目的に照らして、(要するに、正確さが必要なのか、目的性が重要なのか、パーティーに行くのか、)チーム全体で共有し、最も合理的な選択をすることです」

最初にすべきは、“目的”と“スコープ”の共有

DDは、目的によって調査の範囲も、必要な人材も、適正な費用もすべて変わってきます。

「高いものを頼めば安心」
「よく知られた事務所に任せれば無難」

このような判断こそが、コスト面でも実効性の面でも、大きなロスを生じさせます。

プロジェクトが動き出すときこそ、“まずは相談すること”が大切です。

この順番は、チーム法務の基本です。

前提を共有し、
「スコープ」
をすり合わせ、コストと時間の重みを全員で理解すること。

この地味な工程こそが、結果として最も早く、確実な到達につながる、ということなのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02154_「話せばわかる」は幻想。構造でトラブルを封じる法務技術──第三者を代理人に立てる

相手の理屈に勝つことではなく、話そのものを成立させない。

そんな“封じ方”が、企業法務には必要になる場面があります。

話すこと自体が、すでに罠

人と人とのトラブルというのは、理屈で解決するとは限りません。

相手が聞く耳を持っていれば、話せばわかるでしょう。

ところが世の中には、そもそも
「話すこと」
自体が罠、という場面があるのです。

「一筆ください」
「確認だけです」
「形だけでいいんです」
そう言われて差し出された紙に、うっかりサインしてしまうこともあります。

その結果、
「ただの確認」
のはずだった書面が
「確認」
ではなく、
「既成事実の押印」
になってしまうことがあります。

そして、その
「既成事実の押印」
は、ある日突然、請求書や訴状の根拠に化けて戻ってくるのです。

サインは、意思表示です。

意思表示は、契約です。

契約は、拘束力です。

これら、すべては、地続きなのです。

「確認書」
には、内容や使い方次第で、れっきとした契約や同意の証拠として機能する危険があるのです。

相手は、法の正面からではなく、すき間からすり寄ってきます。

だからこそ、法務の形式論では防げませんし、じわじわと“静かな圧力”をかけて、現場の判断そのものを鈍らせ、狂わせてくるのです。

そういう手合いです。

実に、厄介な手口です。

静かな圧力には、構造で備える

こうしたときに求められるのは、相手を説得することではありません。

ましてや、
「言っても分からない相手」
に真面目に説明を尽くす必要もないのです。

必要なのは、
「話をさせない構造」
を、こちら側に作っておくこと。

すなわち、
「第三者を立てておく」
という、単純かつ強力なガードです。

私たちがお勧めしているのは、このような構え方です。

「この件については、すべて弁護士に任せています。私個人では対応いたしません」

この一言で、相手の出鼻をくじくことができます。

なぜなら、相手が狙っているのは“法的な勝利”ではなく、“現場の混乱”だからです。

“話させない”ことで、封じる

実際、このようなケースを担当したことがあります。

ある不動産開発の現場で、過去の売買契約をめぐって、既に無効となっていた合意を
「まだ有効だ」
と蒸し返してくる者がいました。

彼は、開発の進行を止めることで、新たに参入した企業から“示談金”を引き出そうと目論んでいたのです。

しかも、そのために狙われたのは、過去に関与しただけの地主さん。

この方に一筆書かせ、
「今でも契約が生きている」
と言わせたかったわけです。

土地柄もあったのでしょうが、その地主さんは気のいいご年配で、誤解を恐れずに言えば、
「面倒くさいから、まぁいっか」
とサインしてしまいそうな方でした。

そこで、代理人をたてることとなり、弁護士の名前で
「以後、私には一切接触しないでください」
という通知を送りました。

あくまで形式上の一通です。

それだけで、“その後の話”は一度も持ち上がりませんでした。

相手は手を引いたのです。

このように、
「直接話すこと」
を避けること自体が、最大の防御となることがあります。

人の良さにつけこまれる前に

もちろん、それでも相手が無理に会いに来る場合もあります。

難儀そうな顔で、わざわざ現れます。

人の良さにつけこんで、言葉を引き出そうとするのです。

それでも、そこで話をする義務はありません。

応じる必要も、応対する必要もないのです。

もし相手が何か言おうとすれば、毅然とした一言を返すのです。

「弁護士さんが“会う必要はない”と言ってました」
「もしあなたがまた来るようなら、逆に訴えるとまで言ってました」

相手のペースに乗せられないために、それ以外は黙ることです。

説明も議論もいりません。

話す必要のない相手とは、話さない。

“構造で止める”とは、こういうことなのです。

それは親しい関係にも起こる

このようなケースは、親しい間柄の中にも起こり得ます。

要するに、たとえ相手が知人であっても、古い付き合いであっても、“構造で止める”べき場面は前触れもなく訪れるものです。

そして、むしろ、そうした関係の中にこそ、第三者の
「代理」
という仕組みは真価を発揮します。

「わたしが言っているのではなく、弁護士がそう言っています」

このワンクッションが、関係を壊さずに、トラブルの火種だけを消す装置になるのです。

話してから”では、もう遅い

人は、
「直接話せばなんとかなる」
と思いがちです。

しかし、直接話すことが、最大のリスクになることもあるのです。

1 代理人を立てる
2 話をさせない
3 構造で止める

これらは、逃げではなく、先手を打つ技術です。

「説得」
ではなく、
「構造」
で封じることです。

話してしまったら、もう遅い。

だからこそ、話す前に止める技術が、企業法務には必要なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02153_会社役員に休業損害は出るのか? 報酬性の法的評価と裁判実務

「会社役員には、そもそも休業損害が出ないのでは?」

交通事故などの損害賠償請求において、こうした問いを耳にすることがあります。

たしかに、会社役員は従業員のような労働契約の相手方ではなく、
「会社の機関」
としての地位にある――そのため、報酬も一律に
「労働の対価」
とは言いにくいのが実情です。

けれども、実務の現場では、役員であっても休業損害が認められるケースがあります。

カギになるのは、
「その報酬が本当に“働いた分”だったのか」。

つまり、役員報酬に
「労務の対価性」
がどれだけ含まれていたのかという点が、法的に厳しく問われるのです。

会社の規模と役員報酬の性質

たとえば大企業の社外取締役など、報酬体系が制度的に整っているケースでは、その報酬が労働の対価として扱われる可能性が高くなります。

一方、同族会社などで親族が名目的に役員に就任している場合、会社の業績に関係なく役員報酬を自由に設定できるため、報酬の中に利益配分的な要素が含まれていると見なされるリスクが大きくなります。

「形式は役員、実態は報酬を分配するための箱」
という評価になれば、休業損害は認められにくくなるのです。

報酬額の妥当性と業績との関係

役員報酬が会社の利益と連動していれば、
「貢献に対する報酬」
としての実態が認められやすくなります。

反対に、報酬の額が、業績と無関係に高額である場合には注意が必要です。

たとえば、近年は業績が伸び悩んでいるにもかかわらず、直近で急激に役員報酬を引き上げていたような場合、事故によって働けなくなったとしても、その収入が全額
「労務の対価」
として認められるとは限りません。

実際の業務内容と地位の実態

「名ばかり役員」

「実働役員」
は、まったく違う扱いになります。

日々の業務を指揮し、営業活動にも従事していたようなケースでは、役員報酬の多くが
「労働の結果」
として認められます。

一方で、経理や人事の実務にまったく関与しておらず、取締役会にもほとんど出席していなかったといった事情があれば、休業損害の根拠は薄れてしまいます。

事故後の会社業績と報酬変動

裁判実務では、事故後に役員が業務に復帰できず、実際に会社の業績が悪化したかどうかが重要な判断材料になります。

役員が日々の業務に深く関与していたならば、業績にも何らかの変動が起きているはず――というのが、裁判所の基本的な考え方です。

事故後の報酬の変動

事故後に、役員本人が働けなくなり、それに連動して会社の売上や利益が実際に減少した事実があれば、
「本人の業務貢献」
が実態として認められやすくなります。

同様に、事故後に役員報酬が減額された場合も、
「労務の対価だったからこそ、働けなくなったときに報酬が減った」
と言えます。

「労務の対価性」
があったという証明になるのです。

会社としては不本意な話ですが、報酬をあえて減額することが、損害賠償請求の実務では
「労働を前提にしていた」
証拠となり得るのです。

裁判例の示す評価軸

代表的な裁判例では、以下のような判断がなされています。

たとえば、名古屋高裁平成11年9月23日判決では、同族会社の代表取締役が交通事故でケガを負い、一定期間働けなくなったという事案が争点となりました。

被害者である代表取締役について、その役員報酬の全額が労務の対価とは認められないとし、「会社の業績」
「役員の貢献度」
「報酬額の変動」
などの実態に基づいて、労務対価性を一部認めるにとどめました。

同様に、徳島地方裁判所(阿南支部)でも、会社社長の休業損害を巡って報酬の性質が検討された事例があります(平成13年5月29日判決・自保ジャーナル第1405号)。

このように、名ばかりの肩書ではなく、報酬の中身や業績との関係性を法的に
「ミエル化」
する作業が不可欠なのです。

法務部門が意識すべきこと

このような実務の状況をふまえると、企業法務としてできる準備は決して少なくありません。

たとえば、

・役員報酬の決定根拠を明文化し、業績や職務内容と連動させる
・実働の記録を、会議録・日報・業務評価などで残しておく
・万が一の事故に備えた社内ルール(報酬減額の判断基準など)を定めておく

これらの工夫が、
「損害賠償請求への対応力」
につながるだけでなく、社内の制度透明化やリスク管理の強化にも直結します。

事故はいつ起きるかわかりません。

けれども、評価される実態は、日々の積み重ねの中にあります。

「その報酬、本当に働いた分か?」

この問いに、証拠をもって「はい」と答えられるように、会社として、書類や制度面からの
「カタチ化」
が求められます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02152_アレンジャー契約_調整役の抽象的な価値をどう可視化するか_「書面に落とす」戦略

買収の現場では、時として
「何をしてくれるのか、よくわからない」
人物に、相当な金額の成功報酬を支払う話が浮上します。

たとえば、ある上場企業の買収案件でのことです。

対象会社の株主や主要取引先との
「調整」
を名目に、第三者に多額の報酬を支払う契約が検討されました。

契約書には、
「株主との各種調整」
「取引先との折衝」
「情報収集」
といった業務が並びます。

いずれも一見すると、社内の人間でもこなせる内容に見えます。

契約全体が“割高な手数料契約”に映ってしまう危うさをはらんでいました。

当然、ヒアリングは数度にわたって行われました。

・なぜその人物でなければならないのか
・何に対する対価として報酬を支払うのか
・そして成果がどの時点で認定されるのか

こうした確認を重ねるうちに見えてきたのは、業務の裏にある
「非公開のレイヤー」
でした。

調整役となる人物は、対象会社や取引先の元幹部と強固な人脈を持ち、通常ルートでは接触すら難しい関係者との橋渡し役を担っていました。

形式上は
「調整」

「折衝」
に見えても、実際は事業買収の実行可能性そのものを左右するファクターだったのです。

つまり、契約書に書かれた業務は表向きの説明であり、実際は
「この人だからこそできること」
が前提にありました。

この契約は
「内容」
ではなく、
「人物の持つ関係性と影響力」
に本質的な価値があり、確かな経済合理性があったということです。

こうしたケースで重要になるのが、
「空気のような価値」
を、いかに
「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化」
するかです。

報酬の金額が妥当か否かを判断するには、以下のような観点で戦略的に設計する必要があります。

・その人物の関与によって、どの株主が応じる見込みか
・その結果、どんな成果(株式取得、ディーラー契約の維持など)が期待されるのか
・成果の定義や測定基準は何か(株式の過半数取得か、指定期日までの成約か)
・関与によって協議が可能になる具体的な対象は誰か
・関与の成果とは何か(たとえば、契約成立、関係維持、交渉突破など)
・どの時点をもって「成功」と定義するか(期間、成果物、条件の明確化)

成功報酬型の契約は、単なる成果の
「対価」
ではなく、再現性のあるスキームとして設計できるかがポイントです。

曖昧なままにすれば、内部統制や監査で問題視されるリスクがあります。

対外的に見たときの説明責任にも耐えうる構造が求められるのです。

契約の曖昧さは、結果として、調整役の価値を正当に評価しきれず、かえって信頼関係を損なうリスクを生みます。

たとえ、紙に書きづらい内容であっても、契約書は
「暗黙の了解」
を明文化するための道具です。

だからこそ、最終的には
「目に見える形」
に落とし込まねばなりません。

裏で調整してくれた“恩人”に目にミエル形で報いることは、ビジネスを広げるための持続可能な関係構築の第一歩なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02151_顧問弁護士交代という選択:なぜ経営者は、顧問弁護士を“替えたくなる”のか

企業のトラブルや課題というのは、表に出るものもあれば、裏に隠れたままのものもあります。

そして、その中間に揺れ続ける“グレーゾーン”という場所に、とどまり続けるものもあります。

法務の現場では、表に見えるストーリーと、その裏で進んでいる本音や意図が、まったく別の形で動いていることが少なくありません。

たとえば、ある企業の経営者が、長年付き合ってきた顧問弁護士とは別のルートを通じて、私たちの事務所に連絡をくださることがあります。

いわば、“もう一人の弁護士”を持つという行動です。

一体、何があったのでしょうか。

表向きには
「別の観点からのアドバイスを受けたい」
とおっしゃいます。

けれども実際には、それまでの代理人との信頼関係に、どこかで歪みや行き違いが生じていたのではないかと推察できます(依頼者の言動をよくよく観察しなければわからないほど微細です)。

ここで重要なのは、
「裏切り」

「信頼喪失」
といった感情的なレッテル貼りではありません。

むしろ注目すべきは、
「経営者がなぜ別の声を聞きたくなるのか」
という、心の動きのほうだと考えています。

経営者というのは、いつでも孤独です。

社内の誰にも話せないことがあります。

取締役にも言えない悩みを抱えていることもあります。

そして、顧問弁護士に対しても、なぜかうまく伝えきれない
「違和感」
が残ることがあるのです。

これは、法的な専門知識の問題ではありません。

知識や技術で言えば、どの弁護士もある程度の水準は持っています。

違いが出るのは、
「寄り添い方」

「思考の寄り道のさせ方」
なのだと思います。

たとえば、ある企業のトラブルに対して、顧問弁護士は守りの姿勢を貫きます。

けれども経営者は、それだけでは納得しきれない。

何か一歩、踏み出す方法を探しているのです。

そうしたときに、
「他の弁護士にも聞いてみようか」
と思うのでしょう。

この構図は、医療の
「セカンドオピニオン」
に近いかもしれません。

ただし、法務の場合は意見を聞くだけでは済みません。

次の段階として、
「誰が代理人になるのか」
という問題に、すぐ発展します。

つまり、
「もう一人の弁護士」
は、単なる助言者ではなく、
「もうひとつの戦略」
を担う存在として登場するのです。

顧問弁護士が替わるとき。

そこには、経営者自身の“未解決の問い”が潜んでいます。

・今のままでいいのか
・誰を信じるべきなのか
・誰に会社の未来を託すのか

その答えを求めて、経営者は、あの手、この手、奥の手を使って、道を探します。

そして、ときに、それまでの信頼関係に静かに終止符を打つ決断をします。

私たちにできることは、単に代理人として法的手続を代行することではありません。

むしろ、経営者の言葉にならない声を、ミエル化し、カタチ化していくことだと考えています。

弁護士とは、争いを“止める人”ではありません。

経営の判断を“ともに考える人”です。

だからこそ、
「もう一人」
が求められます。

そして、ときにその
「もう一人」
が、いつの間にか
「ただ一人」
になることもあります。

そのような場面こそ、誠実な助言と、文書化された戦略、そして、積み重ねられた対話が、企業の未来を動かす力になるのです。

以上のような感覚は、経営者の顔をもつ弁護士にしか、実感しにくいものかもしれません。

とはいえ、うなずいてくださる経営者や法務担当者も、きっと少なくないはずです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02150_非公式な話を公式に流されないために、弁護士ができること_情報戦時代の名誉と信用

たとえば、こんな場面を想像してみてください。

あなたのもとに突然、記者から一本の電話がかかってきます。

「そちらの報酬について、不当な要求があったと、当事者の方からうかがっているのですが……」

耳を疑うような内容です。

(そんな話は聞いていない。事実無根。むしろ円満に話が進んでいるはず――。)

ところが、あなたの名を挙げて、そのような発言が記者に伝わっているというのです。

弁護士にとって、もっとも慎重であるべき情報が、外部の口から逆流してくる。

このようなとき、弁護士は、どうふるまうべきなのでしょうか。

引き継ぎの最中、舞い込んできた“記者の言葉”

ある事件で、依頼者が顧問弁護士を辞任させ、後任として著者に白羽の矢が立ちました。

引き継ぎの最中、前任の弁護士から、著者に連絡がありました。

取材記者から、思わぬ発言を伝え聞いたというのです。

「本日、●●社の○○なる記者から、当職の弁護士報酬に関し、依頼者氏が、当職らから不当な要求を受けているなどと述べられた旨聞きました。
少なくとも現在は円満な解決に向けて先生と協議をしている中で、依頼者氏においてそのような対応を取られることについては、甚だ遺憾です。
適切な対応をお願いしたく存じます」
という連絡でした。

前任の弁護士としては、抗議をするべきか、静観するべきか、判断に迷ったことでしょう。

(いったい誰が、何を、どこまで話したのか・・・。)

言葉の断片だけが、記者を通じて逆流してくるのです。

弁護士としての限界と割り切り

著者としては、こう返答するしかありませんでした。

「下記ですが、依頼者氏がメディアその他の第三者にどのような対応をするかについては、我々が関知するものではないと考えておりますし、関知することもできません。悪しからずご了承ください」

情報というものは、完全にコントロールできるものではありません。

特に、当事者が
「話したつもりはない」
と言っている場合、真相の特定は難しいものです。

たとえ事実誤認であったとしても、報道された時点で名誉は損なわれてしまいます。

そして、否定すること自体が、火に油を注ぐ結果になることもあります。

なぜ“情報”が外に出るのか

そもそも、なぜこのような情報が“外”に出るのでしょうか。

著者の経験則として、背景には当事者(今回の場合だと依頼者)の
「心の揺れ」
があると考えています。

依頼者は、メディアに話すつもりはなかったのかもしれません。

しかし、ちょっとした一言が、記者には“裏話”として聞こえてしまう。

あるいは、まったく別の第三者が、伝聞を
「さも本人の言葉のように」
語った可能性もあります。

これは、弁護士であるならば、また事件が大きければ大きいほど、誰にでも起こり得ることです。

非公式な話”が公式に響く時代に

こうした“情報の歪み”に備えるには、交渉や協議のプロセスを、
ミエル化・カタチ化
しておくしかありません。

「言った・言わない」
「伝えた・伝えていない」

そうした水掛け論を避けるためにこそ、やりとりの前提と立場を、あらかじめ文書にしておくことが必要です。

「非公式な話」
がいかに公式に響くか――。

現代の法務担当者にとって、これはもはや常識に近いといえるでしょう。

弁護士が信頼を損なうのは、契約違反をしたときだけではありません。

それ以上に、
「誤解を与えた」
と感じさせたときに、信用は音を立てて崩れていきます。

だからこそ、たとえ協議の最中でも、報酬、交渉経緯、役割分担を丁寧に言語化しておくことが求められます。

言わずもがなですが、口頭の了解も、後から文書で裏打ちしておくことが重要です。

一言”に耐えるための地味な備え

「先生のところ、報酬でもめてるらしいですね」
そんな一言に、耐えうる準備をしておくことです。

たとえば、
・協議の場で取り交わしたやりとりの概要を、メールや議事メモとして残しておくこと
・報酬に関する合意内容を、口頭ではなく書面で明文化しておくこと
・相手の文面が急にそっけなくなったり、語調に違和感を覚えたときには、あえて電話で確認し、感情のずれを整えておくこと
・依頼者の発言に“トゲ”を感じたら、面談の場を設けて、表に出ない不満や誤解を早期にほぐしておくこと
・万が一のメディア対応に備え、社内の広報担当とも情報整理の準備をしておくこと

こうした“地味な手当て”が、あとで効いてくるのです。

そうした備えを、どんなときでも怠らない。

それが、法務のプロフェッショナルに求められる
「ぶれない姿勢」
すなわち、“地味でも続ける”“目立たなくても揺るがない”という意味での姿勢だと、著者は考えています。

そしてもうひとつ。

情報の波を前にして、感情的にならないことです。

怒りたくなることがあっても、反射的に動かず、
「静かに、強く、きっちりと」
対応すること。

それこそが、信用を守る、もっとも実務的なふるまいではないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02149_弁護士は自動販売機ではない_企業が抱える“丸投げ法務”という病

法務というのは、どこか
「外に頼ればなんとかなる」
と思われがちな領域です。

そして、法については、
「困ったときはプロに任せるべきだ」
というのも、ビジネスの鉄則でしょう。

とはいえ、それは
「任せ方」
さえ間違えなければの話です。

「誰に」
「どう頼むか」
が明確であってこそ、初めて成立するのです。

ある会社が、ガバナンス不全と悪意ある攻撃に直面し、慌てて有名な法律事務所に多額のギャランティを払い、泣きつきました。

「急ぐから、任せる。詳しいことは言えない。カネは払う。好きにやってくれ」

要するに、状況の全体像や問題の本質をきちんと整理できないまま、
「どうにかしてほしい」
とだけ言って、外部の弁護士に丸ごと任せてしまいました。

「“高級”で“有名”な法律事務所だから、この状況を何とかしてくれるのだろう」
そんな期待をこめたのでしょう。

ところが、ガバナンス不全と悪意ある攻撃に直面した会社は、問題が軽減・解決するどころか、さらに複雑化してしまったのです。

丸投げの果てに、時間とカネだけが消える

相手が“高級”で“有名”な法律事務所であればあるほど、クライアントの側から
「段取り」

「設計」
をきちんと示さなければ、対応は空回りし、誤解とズレが積み重なっていきます。

・見た目は頼りになりそうでも、本質が分かっていない
・一見わかってくれそうでも、実際には言いたいことが伝わらない
・お願いすれば助けてくれると信じていたが、実は相手には「理解力」も「戦略性」もない

結局、依頼した法律事務所がやったのは、解決ではなく、“解釈したつもり、動いたふり”だけでした。

戦略がないまま事態は進み、時間とカネだけが失われていきました。

高級リフォーム会社”と同じ構造

“高級”で“有名”な法律事務所というのは、あえて言えば、“高級”で“有名”なリフォーム会社のようなものです。

こちらが明確な設計図や完成イメージを示せば、それなりにカタチにしてくれます。

しかし、
「とにかく急いで。全部任せる」
と依頼すれば、最初の打ち合わせこそベテランが顔を出しはするものの、あとの現場は下請けや新人任せです。

そのくせ、請求だけは積み上がっていきます。

しかも、何がどこまで進んでいるのかも見えにくい。

気づけば、仕上がりは
「思っていたのと違う」。

請求書を見ても
「何にいくら使われたのか、はっきりしない」。

そして、誰も責任を取らない。

“高級”で“有名”な法律事務所も、構造は同じです。

目の肥えた、勝手の分かったクライアントに対しては、それなりに成果を出すでしょう。

しかし、
「とにかく対応を急げ」
とラッシュで丸投げされると、裏では新人が実務を担い、結局、何も解決せず、コストばかりが膨らんでいきます。

「委託」ではなく「統制」へ

企業法務において、
「外注」
は避けられない現実です。

けれども、
「任せっぱなし」
は論外です。

委託するなら、進捗と成果を管理する
「統制」
でなければなりません。

その覚悟がなければ、むしろ外注はリスクでしかありません。

ちなみに、米国の企業では、社内にロースクール経験者や弁護士を置くことが一般的です。

これは、
「丸投げ」
を避け、法律事務所と対等な関係を築くための防波堤なのです。

顧問弁護士も「放っておいていい存在」ではない

顧問弁護士であっても、例外ではありません。

・顧問だから、味方のはず
・顧問だから、こちらの意図を汲んでくれるはず
・顧問だから、リスクは低いはず

そのような期待は、あっさりと裏切られることがあります。

たとえば、先ほどの会社のケースでも、顧問弁護士が機能しなかった場面がありました。

・勝算も準備もないまま、新たに訴訟を起こして敗訴
・不利な状況なのに、無理な差止請求を試みて失敗
・根拠となる事実や資料の調査も不十分なまま進められた

クライアントの要望を“カタチだけ”で受け止め、あとは高級事務所への窓口となって、伝書鳩のように動いただけでした。

当然ながら、意味のある成果を残すどころか、問題は何も解決しませんでした。

「顧問」
という肩書があっても、コントロールを失えば、結局、ただの“外注先”にすぎません。

「うちは顧問がいるから大丈夫だ」
「何かあれば法律事務所に聞けばいい」
弁護士への依存が続くと、社内の判断機能や管理能力は、みるみるうちに弱っていきます。

(経営に注力しなければならないから、と)考えることすら手放してしまう会社は、実は少なくありません。

しかし、丸投げが常態化すれば、依存体質が根づき、会社そのものが機能しなくなっていきます。

気づけば、リスクが社内に蓄積されていくのです。

弁護士は、自動販売機ではない

弁護士は、自動販売機ではありません。

「困っている」
「カネは払う」
「あとは頼む」
と言えば、欲しい成果がポンと出てくる——そんな都合のいい“機械”ではないのです。

外注である以上、むしろ
「管理すべき対象」
であるべきです。

「任せる」には、設計が必要だ

では、どうすればよいのしょうか。

答えは、いたってシンプルです。

「明確な目標」
「戦略」
「実施アプローチ」
「段取り」
「予算」
この5つを、ミエル化し、カタチ化し、言語化し、文書化して、フォーマル化して、弁護士に提示するのです。

それが、“任せる”のではなく“動かす”ための第一歩です。

難しければ、社内の知見を集めて、できるところまで近づけてください。

それでも足りなければ、第三の弁護士に
「設計そのもの(何を、どの順番で、どう進めるか)」
を相談するのも、有効な選択肢です。

弁護士は万能ではありません。

「何をしてほしいか」
がわからない依頼に対しては、動けません。

あるいは、依頼者の想像を絶するような形で
「(先を見越して)勝手に動いてしまう」
のです。

「カネさえ払えば思い通りの成果をもたらしてくれる」
と勘違いしがちですが、むしろ、カネだけ払わされ、現実が何も動かないこともあるのです。

それは顧問だろうが、スポットだろうが、同じです。

動かす力”を社内に持て

法務の仕事は、文書をつくることではありません。

リスクを、コントロールすることです。

「任せて安心」
ではなく、
「任せるために設計する」
のです。

弁護士に、何を、どう頼むか。

弁護士費用は“投資”にもなり、“浪費”にもなり得るからこそ、弁護士を“動かす力”を社内に持つことです。

まずは、目標や段取りなど、依頼の“設計”を言語化することから始めてください。

それが、依存体質を脱却する、一歩目となるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02418_キャンペーンの裏にも法あり:年齢、賞金、個人情報─懸賞が企業にもたらす3つの盲点

企業がキャンペーンや懸賞を行う場面は、広報・販促の現場で日常茶飯事となっています。

さて、
「賞金」

「受賞」
というフェーズでは、企業側にとって、思わぬ落とし穴があります。

たとえば、
・年齢確認の抜け落ち
・受賞者が18歳未満だった場合の対応
・賞金の送金に伴う個人情報の取扱い
など、
「見落としがちな論点」
が次々と浮かびます。

そもそも懸賞とは、企業が外部の不特定多数の
「個人」
と関係を結ぶ場です。

個人からすれば、ある日、
「当選しました」
「おめでとうございます」
と、まるでサプライズのように企業から通知が舞い込みます。

それは単なる“通知”ではありません。

その背後には、企業と個人が対話も契約もないまま、法的な関係に入ってしまうという構造があります。

このような構造があるからこそ、企業側には、応募資格の明記や、本人確認、個人情報の取扱いについて、あらかじめルールを定めておくことが求められるのです。

たとえば、あるクライアントから、次のような質問が寄せられました。

「受賞者が18歳未満だった場合、賞金はどうすべきでしょうか?」
「送金時の個人情報は、どこまで取得してよいのでしょうか?」

それに対しては、次のようにお伝えしました。

1 まず、応募時に「18歳以上であること」という資格要件を明記すること
2 さらに、受賞時には「本人確認」をお願いする旨を、注意書きにしっかり記載すること
3 そのうえで、賞金授与に際しては「確認書」にご署名いただく方式をとること

3の
「確認書」
の中で、氏名・住所・送金先を明記し、個人情報の利用目的と管理体制を説明することが大切です、と。

これは、形式だけの対策ではありません。

法的に、説明責任・取得根拠・本人同意といった三拍子がそろう、合理的な対処です。

もうひとつ、忘れてはならないのが
「柔軟性」
です。

もし、
「受賞はうれしいが、個人情報は明かしたくない」
「賞金はいらない」
という受賞者がいた場合は、
「賞金のみ辞退」
という選択肢も用意しておきましょう。

企業側は、このように、あらかじめ“逃げ道”をつくっておくことで、混乱や紛争を防ぐことができるのです。

キャンペーンは、華やかに始まります。

懸賞の場に、法は見えません。

けれども、法のリスクは必ずあります。

だからこそ、
「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化」
この5つの視点で、事前にルールと対応方針を整えておくことが重要です。

“備えている”企業は、
「万が一」
の対策に静かに手を打っているのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02147_投資検討段階における法務DDのリアルな使われ方_ミエル化で十分な“準備段階”の視点

法務デューデリジェンス、通称
「法務DD」。

M&Aやファンドレイズの現場では、欠かすことのできない調査項目のひとつです。

この法務DD、投資検討段階では、どこまで“重”装備する必要があるのでしょうか。

実際の現場での扱われ方は、少々異なっているように思われます。

たとえば、投資案件が持ち込まれ、投資判断が下される前の場面を想像してみてください。

関係者が集まり、利回り、リスク、マーケットの成長性、経営陣の実績など、投資の
「肝」
を徹底的に吟味します。

その一方で、
「法務DDレポート」
はどうでしょう。

おそらく、大半の投資委員会では、そこに書かれた内容が議論の俎上にあがることはありません。

なぜなら、そこに書かれているのは、ほとんどが法律用語と形式的な整備状況だからです。

そして、
「どうせ四大事務所があとでチェックするんでしょ?」
という、ある種の安心感も相まって・・・。

言い換えれば、法務DDは
「刺身のツマ」
「ステーキの上のクレソン」
「オムライスの上のパセリ」
のようなものです。

あれば見栄えは整いますが、それを食べて満足する人は、まずいません。

もし、割烹あるいはレストランで、
「ウチの刺身のツマは有機栽培の大根を使っています」
「このパセリは希少な産地から特別に取り寄せたものです」
などと力説されたら、思わずこう言いたくなるのではないでしょうか。

「いや、そうじゃなくて、料理そのものの味を見せてくれよ」
と。

もちろん、法務DDが無意味だというわけではありません。

むしろ、投資の現場では
「最低限の整備」
が求められます。

そして、それが“見えて”いればよい。
すなわち、
「ミエル化」
されていることが重要なのです。

(誤解をおそれずに言うと、)ポートの中身が精緻であるか否かより、
「きちんと法律事務所のロゴが入っているか」
「それなりの体裁になっているか」
という、いわば“様式美”がチェックポイントになっています。

ここで勘違いしてはいけないのは、
「法務DDは他の評価項目を“補完”しない」
という事実です。

たとえば、
「利回りも低く、事業も冴えないけど、法務DDが完璧だったから投資しよう」
なんて話は、まずありません。

けれども逆に、
「法務リスクはあるけど、利回りが高いから投資する」
という判断は、十分にあり得ます。

法務DDが他の評価項目をカバーすることはありません。

しかし、他の評価項目が法務DDの粗を“帳消しにする”ことはあります。

この“非対称性”を読み違えると、とてつもなく無駄なコストをかけて、結果として、財政が苦しくなり、チームに不協和音が生じる、という悪循環に陥るのです。

だからこそ、投資判断のために法務DDを整える必要があり、しかも、限られた予算しかなく、時間もない、というような現場では、
・既存レポートを活用する
・手間のかかる調査は、ディスクレーマーでスコープ外に
・前段の情報収集は対象会社に依頼する
ムダを省き、あるものを活かし、工夫を凝らして、コストをできる限り抑えることが重要です。 

“投資検討段階”における法務DDは、主菜ではありません。

主菜を引き立てるための
「見た目の整え役」
です。

だからこそ、“ミエル化”されていれば、それで十分です。

過剰なこだわりは、財政も信頼関係も壊しかません。

法務DDを、あくまで
「料理の飾り」
としてとらえる冷静な目線。

それが、“投資検討段階”では、求められているのだと思います
(ただし、投資判断の場面では、がらりと変わることもあり得ます)。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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