02120_契約書の曖昧な一文がトラブルの火種に。「書いていないこと」もリスクになる。

先日、顧客から雇用契約書のチェックを依頼されました。

契約書を確認してみると、契約更新に関する記述が少し曖昧な表現になっていました。

企業側の意図としては
「更新は確約しない」
つもりだったのでしょうが、文面だけを見ると、社員側が
「当然更新されるものだ」
と思い込む可能性があるものでした。

こうした曖昧な契約書が原因で、後になって
「そんなつもりじゃなかった」
「言った・言わない」
と揉めるケースは少なくありません。

企業側は
「更新はしないつもりだった」
と主張し、社員側は
「ずっと働けると思っていた」
と反論する――どちらの言い分にも一理あるように見えてしまうのが厄介なところです。

契約書は、普段はただの紙切れですが、トラブルが起きたときには、会社と社員の双方を守る盾になります。

しかし、その盾が曖昧な表現で作られていたら、いざというときに役に立ちません。

たとえば、家を建てるときに
「地震に強いかどうかは、まあ大丈夫なはず」
と適当に設計したら、大地震が来たときにひとたまりもありません。

契約書も同じで、
「まあ伝わるだろう」
と思って適当に書くと、いざ問題が発生したときに会社のリスクとなります。

特に雇用契約では、最初に社員が
「この会社で長く働ける」
と期待してしまうと、契約終了時に
「話が違う」
と揉めやすくなります。

だからこそ、
「更新は確約しない」
ということを明確に記載し、余計な期待を持たせないことが重要なのです。

契約書は、書いてあることだけでなく、書いていないことも問題になります。

「普通はこう解釈するだろう」
という前提に頼るのではなく、誤解の余地を残さない形で文章を作ることが、後々のトラブルを防ぐカギになります。

曖昧な契約書は、将来の火種になりかねません。

だからこそ、最初にしっかりチェックしておくことが大切なのです。

特に、契約書作成や契約書チェックを弁護士に依頼せず、社内ですべて対応しがちな中小企業では、このような事例が少なくありません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02119_企業法務ケーススタディ:出向か転籍か?社員配置の課題とA社・B社の分離性を保つポイント

<事例/質問>

A株式会社の正社員のうち3~4名が、4月以降、株式会社Bの業務に就く予定です。

この際、A株式会社の社員として在籍したまま出向の形を取ることを考えていますが、以下の2点について懸念があります。

1 A株式会社と株式会社Bが一体とみなされるリスクについて
出向という形を取った場合、外部から見てA株式会社と株式会社Bが実質的に一体の企業であると判断されるリスクはないでしょうか。
特に、健康保険証の提示を求められた場合など、A株式会社に在籍していることが明らかになる場面が考えられます。
会社としては、両社を明確に分離した形にしたいと考えていますが、出向の形を取ることでこの分離が損なわれる可能性はあるでしょうか。

2 出向における労働契約上の問題について
出向の手続きを進めるにあたり、労働契約上の問題が発生する可能性はありますか。
出向に関して社員の同意を得る必要があることは理解していますが、どの程度の手続きを踏むべきでしょうか。
また、転籍の手続きは煩雑であるため、できれば避けたいと考えていますが、長期的に見た場合の最適な対応策についてもご意見を伺いたいです。

以上について、先生のご見解をお聞かせいただけますでしょうか。

<鐵丸先生の回答/コメント/助言/指南>

リスク管理において最も重要なのは、リスクを特定し、整理して分解・検証することです。

今回のケースでは、A株式会社の社員を株式会社Bに出向させる際に、
1 両社が一体とみなされるリスク
2 労働契約上の問題という2つのリスクが考えられます。

それぞれについて整理し、対応策を検討します。

1 A株式会社と株式会社Bが一体とみなされるリスク

この点については、あまり心配する必要はないと考えます。

そもそも企業間の関係は、単に社員の出向だけで決まるものではありません。

企業の結びつきは、ガバナンス、ヒト、モノ、カネ、知的財産(チエ)、営業、経理など、さまざまな要素によって成り立っています。

例えば、株式会社BがA株式会社から製品や部品を仕入れている場合、一定の関係性は不可避です。しかし、それだけで両社が一体とみなされるわけではありません。

ガバナンスの面で独立性を確保し、役員の兼任や資本関係に慎重に対応していれば、通常は問題になりにくいでしょう。

ヒトの部分についても、出向という形態自体は一般的に行われているものであり、メーカーが販売会社に社員を応援派遣するケースも珍しくありません。

特に、短期間の出向であれば、企業の独立性が損なわれる可能性は低いと考えられます。

そのため、短期的には出向の形をとり、長期的には新規採用や出向者の転籍を検討するのが現実的な対応策でしょう。

2 出向における労働契約上の問題

出向を行う際には、社員の同意を得ることが重要になります。

そもそも社員が同意していれば、法的な問題はほとんど生じません、

ただし、出向の手続きには一定の煩雑さが伴います。

就業規則に出向に関する規定があるかを確認し、個別の同意書を準備するなど、事前の準備が必要です。

以上の点を踏まえると、現実的な対応としては、以下の手順を取るのが望ましいでしょう。

(1)短期的には 出向という形で対応し、出向契約を適切に締結する。
(2)長期的には 新規採用や出向者の転籍を検討し、徐々に株式会社Bの社員としての体制を整えていく。

これにより、リスクを最小限に抑えながらスムーズに人員の移行を進めることができます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02118_企業法務ケーススタディ:架電時の録音は任意?証拠価値と実務リスクを検討する

<事例/質問>

わが社では、コンプライアンス強化の課題として、法人のお客様やビジネスパートナーに確認したい事項が出てまいりました。

電話をかけて確認することにしました。

その際、念のために録音したいと考えています。

録音はトラブル時の証拠として有効だと思いますが、
「事前の同意がない録音は証拠価値が低下する」
という意見もあります。

また、こちらから電話をかける際に
「録音します」
と言うと、先方との会話がぎこちなくなり、必要な情報が得られにくくなるリスクを懸念しています。

法のリスクと実務上のメリット・デメリットのバランスについて、ぜひご意見をお聞かせください。

<鐵丸先生の回答/コメント/助言/指南>

1 録音の証拠価値と法的リスク

結論から言えば、相手に無断で録音を行っても、民事上の証拠としては十分に価値があります。

よほどひどいケース(例えば、プライバシーが最も高いとされるピロートークなど寝室での会話)でもない限り、民事には違法収集証拠排除法則の適用はない、と解されています。

ただし、実務的なリスクとして
「秘密録音は違法だ」
と先方からクレームを受ける可能性はゼロではありません。

2  一般的な告知のトレンドと今回のケース

近年では、
「会話品質の向上を目指して録音をさせてもらう場合があります」
という告知を行っている企業も多く見られます。

しかし、それは、顧客からの問い合わせ電話の場合であり、今回のように
「当社から確認のために顧客に架電する」
ケースでは、事前に録音を告知すると相手が警戒し、必要な情報が得られにくくなる可能性があります。

3  結論:実務上のリスクはあるが、録音自体は許容範囲

今回のケースでは、録音しないことでトラブル発生時に証拠を確保できないリスクの方が大きいと考えられます。

無断録音を行ったとしても、法的には特に問題視される可能性は低いと考えられ、許容範囲といえましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02117_企業法務ケーススタディ:顧問弁護士に相談できないケースとは?クライアント同士の紛争と弁護士倫理

<事例/質問>

当社は、□□機械と共同で新しい部品の開発を進めていました。

両社で技術情報を共有しながら試作を重ね、最終段階に入ったところで、□□機械から突然「やはり自社単独で開発を進める」との連絡がありました。

それだけでなく、当社が提供した技術をもとに□□機械が特許出願をしていたことも発覚しました。

当社の立場としては、協力関係を前提に開発を進めていたため、□□機械のこの行動は到底納得できるものではありません。

法的措置について相談したいと思いますが、□□機械もまた先生の顧問先ですよね。

しかも、先生を当社に紹介してくれたのは□□機械という経緯があります。

このような場合、どのように相談すべきでしょうか?

<鐵丸先生の回答/コメント/助言/指南>

まず、大前提として、相手方の会社が当事務所の顧問先であるため、倫理的な観点から、顧問先の会社社長の承諾を得る必要があります。

これを怠ると、後に当事務所が懲戒を受けるリスクが生じる可能性があります。

当事務所では、クライアント同士が紛争となった場合、以下の方針で対応することを基本としています。

このような場合、考えられる選択肢は4つあります。

1 相手方の同意を得たうえで相談を受ける
2 同意が得られない場合は、双方の相談を回避する
3 ただし、中立の立場で仲裁の場を提供し、後見的な形で話し合いをサポートすることは可能
4 もし上記の対応が難しい場合は、それぞれに適した弁護士を紹介する(初回の1時間の相談料については、当事務所が負担するなどの調整を行う。ただし、実際の案件を受任する際の費用については関与しない)

具体的な対応策として、次の3つが挙げられます。

(1) 顧問先の会社社長の同意を得る
(2)当事務所が仲裁人として関与する
(3)他の弁護士を紹介する

相談者が、どの方法を選ぶべきかは、□□機械との関係や今後の事業戦略も踏まえて慎重に判断する必要があります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02116_契約チェックからトラブル対応まで!顧問弁護士の役割と活用ポイント

会社の顧問弁護士は、契約のチェックからトラブル発生時の対応まで、企業の法的な安全を守る重要な役割を担います。

その業務は、大きく
「日常的な法務サポート」

「トラブル対応」
に分かれます。

たとえば、企業経営を船の航海にたとえると、顧問弁護士は
「海図を読む専門家」
です。

普段は、安全なルートを確認し、危険を避けるアドバイスをします。

しかし、嵐に巻き込まれたり、座礁しそうになったときには、適切な回避策を講じ、最悪の事態を防ぐ役割を果たします。

1 日常的な法務サポート(平時の業務)

顧問弁護士が企業の経営に深く関わる場面の1つが、契約書のチェックです。

契約書はまず、企業内の担当部署が作成し、それを法務部門が確認します。

その後、顧問弁護士が法的な視点からバックチェックを行い、問題がなければ最終決裁へと進みます。

ただし、顧問弁護士が判断するのは
「契約が法律的に適切かどうか」
のみです。

契約内容が会社にとって本当に有利なのか、ビジネスとして妥当なのかといった
「経営的な合理性」
のチェックは、別途、経営本部が行います。

これは、医師が
「この薬は厚生労働省の基準をクリアしているか」
を確認するだけで、実際に患者に処方するかどうかは、症状や体質を考慮する別の判断が必要になるのと同じです。

2 トラブル対応(緊急時の役割)

企業が経営を続けていると、法的なトラブルに直面することもあります。

その際の顧問弁護士の役割は、トラブルの性質や緊急性に応じて変わります。

(1)事件発生時の初動対応

・緊急性が高い場合は、企業の担当者が直接顧問弁護士に連絡を入れます。
たとえば、突然の刑事事件や重大な訴訟リスクが発生した場合などです。

・それ以外のケースでは、まず法務部が状況を整理し、
「5W2H(いつ、誰が、どこで、なぜ、どのように、いくらの問題があるか)」
の情報をまとめ、24時間以内に顧問弁護士へ報告します。
その後、トラブルの深刻度に応じて、24時間以内から5営業日以内を目安に相談を進めます。

(2)法的選択肢の整理と分析

トラブルに対して少なくとも3つの視点から対応策を検討することになりますが、顧問弁護士は、その助言を行います。

・一般企業目線(ビジネス的にどの選択肢が最適か)
・法律専門家目線(法的に何が可能か、どのようなリスクがあるか)
・オーナー経営者目線(会社の方針や経営リスクを考慮した選択肢)

それぞれの選択肢にはメリット・デメリットがあります。

経営陣の判断が難しい場合や、オーナー経営者から依頼があれば、顧問弁護士はそれらを整理し、経営陣が判断しやすいようにアドバイスを行います。

(3)意思決定のプロセス

トラブル対応の最終的な判断は、案件の規模や影響度に応じて変わります。

顧問弁護士は、企業の意思決定をサポートし、適切なルートで進めるよう助言します。

・売掛金の回収など、比較的少額(●00万円以内)でビジネス上不可避なトラブルは、企業の法務部長が決裁します。顧問弁護士は、依頼があれば、その際の法的リスクを説明し、必要な手続きをサポートします(場合によっては有償となります)。

・●00万円以上の案件や、少額でも事業の根幹や風評リスクが関わる場合は、取締役会や経営本部が判断します。顧問弁護士は、求めに応じて、選択肢を整理し、それぞれのリスクを明確に伝えます(場合によっては有償となります)。

・会社の存続に関わる重大な事件や刑事事件の場合は、オーナー経営者への報告が必要になります。
ここで重要なのは、
「稟議決裁のルートを守ること」
です。
顧問弁護士は、依頼があれば、本部長を通じてオーナーに正式な報告が行われるようサポートし、ショートカットや非公式ルートによる混乱を防ぎます。

3 まとめ

顧問弁護士の役割は、単に法律相談に応じるだけではありません。

企業の経営判断を法的な側面からサポートし、トラブルの未然防止や危機管理を担う重要な存在です。

企業経営は、航海のようなものです。

日々のルート確認(契約チェック)をしながら、安全な航行を続けることが大切です。

そして、もし嵐(トラブル)が起こったときには、経験豊富な専門家(顧問弁護士)のアドバイスを受けながら、最適な舵取りをする必要があります。

日常の予防と緊急時の的確な判断。

その両方を支えるのが、顧問弁護士の役割なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02115_取締役にしたのに「労働者」?グループ企業の人事異動の落とし穴

企業の人事異動や組織再編の際、従業員を役員にするケースは少なくありません。

しかし、
「退職して別会社の取締役に就任した」
という形を取ったとしても、法的に雇用関係が完全に消滅したとは言い切れない場合があります。

特に、グループ企業内の出向や異動とみなされると、後になって
「本当は退職ではなかったのでは?」
と争われるリスクがあります。

1 雇用関係の消滅は成立するのか?

例えば、B社の従業員であるAさんをB社の退職扱いとし、B社のグループ企業であるC社の取締役にする場合、会社側としては
「B社との雇用関係を完全に終了し、C社とは純粋な委任関係にする」
という考えかもしれません。

しかし、以下のような状況があると、
「単なる異動」

「形式的な退職」
と判断される可能性があります。

・退職後も、B社やグループ本社の意向でC社の業務を行っている
・B社在籍時と業務内容がほとんど変わらない
・退職金の扱いが曖昧で、実際は単なる役職変更のようになっている
・一定期間後にB社(またはグループ本社)に戻る予定がある

こうしたケースでは、
「実態としてはグループ内の異動にすぎず、退職ではないのでは?」
と疑われる可能性があります。

また、本人が
「自分は退職ではなく、グループ内で配置転換されただけだ」
と主張し、後に労働者性を争うことも考えられます。

グループ企業内では、取締役就任後も、実質的に以前と同じ指揮命令系統に組み込まれることがあります。

その場合、仮に
「退職」
の手続きを取っていたとしても、実態として
「出向」

「転籍」
とみなされる可能性があり、雇用関係の継続が認められることがあるのです。

2 取締役でも「労働者」とみなされることがある

取締役だからといって、必ずしも労働者性が否定されるわけではなく、業務の実態によっては、労働者と認定される可能性があります。

労働者性が判断されるポイントとして、以下のような点が考慮されます。

・会社からの指示が細かく、業務の進め方まで指揮命令を受けている
・勤務時間や勤務地の自由度がなく、一般従業員と同じように拘束されている
・給与から社会保険料や雇用保険料が控除されている
・報酬の性質が、成果報酬ではなく固定給となっている
・業務遂行の自由度が低く、指揮命令の下で働いている
・経営判断に関与しておらず、一般の従業員と変わらない立場にある

このような状況では、
「取締役という肩書だけで、実態は労働者なのでは?」
と判断されるリスクがあり、仮に本人が
「労働者としての権利がある」
と争えば、裁判で認められる可能性もあります。

3 「純然たる退職」であることを明確にする方法

こうしたトラブルを防ぐには、
「今回の退職は、あくまで完全な退職であり、グループ内の異動ではない」
という点を明確にしておく必要があります。

そのためには、以下のような書面を準備しておくのが有効です。

(1)退職時の確認書

B社を退職する際に、本人から次のような念書をもらっておくとよいでしょう。

「私は、本件退職により、B社およびB社のグループ会社を含むいかなる企業とも雇用関係が終了したことを確認し、今後、B社グループ内での復職・出向・再雇用の予定がないことを承諾します」

これにより、後になって
「グループ内異動ではないか?」
と争われた場合でも、
「本人も退職を認識していた」
と主張する証拠になります。

(2)取締役就任時の確認書

C社の取締役に就任する際にも、次のような念書を取っておくとよいでしょう。

「私は、C社取締役として、貴社の指揮命令に服する立場ではなく、業務遂行に関する裁量を有していることを確認します。また、貴社との間で雇用契約関係が存在しないことを理解し、異議なく受諾します」

このような書面があれば、万が一
「自分は労働者だ」
と争われた場合でも、
「最初から雇用関係がないことを双方が確認していた」
と説明しやすくなります。

4 まとめ

・グループ企業内の異動と退職は、実態次第で法的判断が変わる
・単に取締役になっただけでは雇用関係の消滅とはならず、労働者性の有無は実際の業務の実態により判断される
・業務の実態によっては、取締役でも「労働者」とみなされることがある
・退職時と取締役就任時の念書を準備し、雇用関係が完全に終了したことを明確にしておくことが重要

取締役の人事異動は、単なる役職変更のように見えても、法的には慎重な対応が求められます。

グループ企業内での異動や出向を行う際は、後々のトラブルを避けるためにも、しっかりとした手続きを踏んでおきましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02114_間違えると契約が変わる!一文字違いが大問題に?契約書で間違いやすい「清算」と「精算」

契約書を作成するとき、1文字違うだけで意味が大きく変わる言葉があります。

その代表例が
「清算」

「精算」
です。

どちらも
「せいさん」
と読むため、つい混同しがちですが、契約上はまったく別の意味を持っています。

この違いを理解していないと、契約の内容が意図しないものになり、その後トラブルにつながる可能性があります。

例えば、
「精算」
は、お金の支払いを確定させる場面で使われます。

会社で経費の仮払いを受けたとき、実際に使った分を計算して残ったお金を返したり、不足分を支払ったりするのが
「精算」
です。

一方、
「清算」
は、関係を終わらせるときに使われる言葉です。

例えば、会社が終了する際に財産や権利を整理することを
「清算」
と言います。

また、契約関係が終了するとき、未払いの権利を処理し、権利義務をすべて消滅させることも
「清算」
にあたります。

この2つの言葉を契約書で間違えると、契約書の文言が思わぬ意味を持つことになります。

例えば、本来
「精算」
と書くべきところを
「清算」
と記載してしまうと、
「金額の支払いを確定するつもりだったのに、契約自体を完全に終了させる」
ようなことになりかねず、トラブルの元になります。

契約書は、一字一句が重要です。

「似たような意味」
と軽く考えず、正しく理解し、正しい表現を使うことが大切です。

特に、契約書作成や契約書チェックを弁護士に依頼せず、社内ですべて対応しがちな中小企業では、このような間違いが散見されます。

契約を正しく管理するためにも、言葉の違いに注意しましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02113_契約書は最後―まずは事業の設計図を描け

契約書を作るのは、最後の最後です。

いきなり契約書を交わそうとする人がいますが、それでは順序が逆。

肝心の中身が決まっていないのに契約書を作ったところで、あとから矛盾や問題が噴出するのは目に見えています。

では、契約書の前に何を考えるべきか? 具体的には、以下のようなものが必要になります。

これらがしっかり固まったうえで、ようやく契約書の出番がやってきます。

1 事業の概要:
そもそも、どんな事業をやるのか? 誰に向けて、どんな価値を提供するのか? ここがあいまいでは、計画も契約も成り立ちません。

2 投資回収シナリオ(社内経費を含めた投資回収):
いくら投資し、いつ・どのように回収するのか? 利益が出るまでの道筋を明確にすることが重要です。これを無視すると、後になって「こんなはずじゃなかった」と後悔することになります。

3 プロジェクトの概要:
事業を具体的にどう進めるのか? 誰が何を担当するのか? 目標やマイルストーンを整理し、事業の全体像をつかみます。

4 募集の方法:
資金調達やパートナーの募集をどう行うか? 募集の条件や方法を考えておかないと、必要な人材や資金が集まらず、計画が頓挫することになります。

5 実施のためのスケジュール:
事業を進めるための具体的なスケジュール。いつまでに何をするのかを決めておかないと、場当たり的な対応になり、スムーズに進みません。

6 事業遂行上予測される問題点と対策:
事業には必ずリスクが伴います。どんなリスクがあり、どう対処するのか? ここを考えずに始めるのは、無防備で戦場に飛び込むようなものです。

契約書が先ではダメな理由

契約書を先に作る人は、
「とりあえず契約すれば大丈夫」
と考えがちです。

しかし、事業の内容が明確でなければ、契約書にどんな条項を盛り込むべきかも判断できません。

たとえば、
「利益が出たら○%を分配する」
と契約書に書いたとします。

でも、利益がいつ出るのか、どのように計算するのかが決まっていなければ、この条項は実際には機能しません。

下手をすると、後から
「そんなつもりじゃなかった」
「言った・言わない」
のトラブルに発展する可能性もあります。

契約書は、あくまで事業の設計図ができてから、最後に
「決めたことを書き留める」
もの。

いきなり契約書を作るのは、設計図なしで家を建てるようなものです。

どこにドアをつけるかも決まらずに、いきなり工事を始めたら、あとで大工さんと揉めることになりますよね?

「行き当たりばったりの博打」を避けるために

これらをすっ飛ばして契約書だけ交わすのは、まさに
「行き当たりばったりの博打」
です。

契約書を作っただけで安心してしまい、実際には何の準備もできていない。

結果として、途中で資金が尽きたり、トラブルが発生したりして、事業が失敗に終わるケースは少なくありません。

大事なのは、
「契約書を作ること」
ではなく、
「事業を成功させること」。

そのためには、まずしっかりと計画を立て、リスクを見極め、シナリオを描くことが先決です。

契約書は、そうした準備のすべてが整ったうえで、最後の仕上げとして作るものなのです。

事業を博打にしないために、順序を守りましょう。

契約書は、最後です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02112_海外DDの落とし穴_弁護士交渉と「契約の壁」、正論では進まない現実

海外で法務デューデリジェンス(DD)を進める際、
「資料収集の責任は誰が負うのか?」
という問題が浮上することは珍しくありません。

例えば、依頼者としては、弁護士事務所との契約(Engagement Letter)に、資料収集の役割分担を明確にしておきたい。

しかし、弁護士側は
「基本的に資料収集は依頼者の責任であり、我々がそれを義務として負うことは難しい」
と主張することが多いのです。

このやり取り、一見すると企業とコンサルタントの契約交渉のようですが、実態は異なります。

依頼者が資本主義のルールに基づいて合理的な要求をしているのに対し、弁護士側は
「契約に書いていないことはやらない」
と頑なな態度を取りがちです。

「成果に対する責任を負わず、決められた手順だけを淡々とこなす」
という姿勢は、まるで旧ソ連の官僚のようにも見えます。

「契約」を盾に取るか、「成果」を目指すか

確かに、弁護士の立場としては、契約上の義務を超えて動くことは避けたいでしょうし、フィーの上限(CAP)が設定されている以上、追加の業務が発生すればコストが増えます。

だからといって、
「必要な資料がないなら何もできません」
と突っぱねるだけでは、依頼者が必要とする情報が得られず、DDの目的が果たせなくなります。

特に海外案件では、現地担当者が
「資料を出さない」
「なくしたと言い出す」
ことも十分に考えられます。

その場合、弁護士側にも一定の柔軟な対応が求められるはずです。

しかし、
「契約にないからやらない」
と言われてしまえば、依頼者は手も足も出なくなります。

では、どうすればよいのでしょうか?

「仕事を進める」ための落としどころ

現実的な解決策としては、
「現地で一般に収集可能な資料については、現地担当者が収集する」
といった一文を契約に入れるか、少なくともメールでその旨のコミットメントを得ておくことが考えられます。

それ以上に細かく
「責任」
を明記しようとすると、
「追加フィーが必要だ」
と言われるのは目に見えています。

資本主義社会の弁護士なら当然のことですが、ソ連の役人相手に
「ちゃんとやれ!」
と詰め寄っても、結局は
「できません」
「契約にないので」
と言われて終わるのと同じ構図なのです。

だからこそ、契約上の責任にこだわるよりも、可能な範囲で柔軟に対応できる形で話をまとめ、まずは実務を進めることが重要です。

もし問題が発生したら、そのときに適切な対応を考える方が、よほど効率的でしょう。

「正論をぶつけるだけでは仕事は進まない」
というのは、資本主義でも社会主義でも変わらない真理です。

適切なバランスを見極めながら、実務を前に進めることが何よりも大切です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02111_訴訟費用を青天井にしないために。海外弁護士と戦う心得

契約書のレビューを依頼する際は、質問の仕方が重要です。

特に、経済条件の設計がゲームプランの鍵を握る場合、経済合理性が維持されている限りは問題ありません。

しかし、訴訟になったときの条件を明確にしておかないと、大きなリスクを抱えることになります。

たとえば、
「月額●●●●ドルで弁護士費用を支払う」
とだけ決めていると、訴訟が延々と続く可能性があります。

特に海外の弁護士は、日本の弁護士とは報酬体系や仕事の進め方が異なります。

多くの場合、時間単位で課金されるため、訴訟が長引くほど彼らにとっては利益になる構造になっています。

つまり、何も手を打たなければ、
「可能な限り長く報酬を得る」
方向に進んでしまうのです。

これでは、いつ終わるかわからないマラソンレースに参加しているようなもの。

そのため、
「総額キャップ」
を設定することが不可欠です。

「2年続こうが、3年続こうが、総額●万ドルで打ち止め。あとはそちらの負担で遂行」

こう決めておけば、訴訟のコストをコントロールでき、現地弁護士にも
「どこまでが限界か」
を示すことができます。

さらに、交渉時にも
「こちらはこの金額までしか払わない」
と明確に伝えられるため、無駄な引き延ばしを防ぐことができます。

また、訴訟の際の条件が決まらないまま交渉に入ると、和解が破談したときに速やかに訴訟へ移行できなくなります。

戦費(ファイトマネー)がない状態で本格的な戦いを始めると、
「こいつら、本気で戦うつもりがないな」
と相手に見透かされ、交渉の主導権を奪われることになります。

ですから、あなた自身、こう問いかけてください。

1 訴訟になった場合の総額予算上限はいくらか? それを明確にせよ。

2 これが決まらなければ契約はできない。 訴訟に突入した後、「ファイトマネー(弁護士費用など)の都合で途中でやめる」などと言っていたら、相手にナメられるぞ。

この部分を決めずに契約してしまうのは、剣も盾も持たずに戦場に立つようなものです。

相手に
「どうぞ好きなだけ攻めてください」
と言っているのと同じ。

たとえば、ケビン・コスナー主演の映画なら、雇われた弁護士は仕事をダラダラと引き延ばし、●●●●ドルをできるだけ長くもらう方向で動くでしょう。

それを防ぐためにも、
「どこまで支払うのか」
を事前に決める必要があります。

契約の前に、必ず総額キャップを設定すること。

それが、海外訴訟で
「勝てる体制」
を作るための第一歩です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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