企業内の法務部員が、経営陣からの法的諮問や依頼部署からの法律相談に対して、
「コンプライアンス的に問題です」
という応答をする場合があります。
この応答は、社外の顧問弁護士においてもみられる場合があります。
私としては、この
「コンプライアンス的に問題です」
という応答は、法務戦略としての思考を放棄したことを示しており、法務部員としてありえない怠慢さを表すものと考えます。
法的三段論法にしたがって、具体的な法規範(大前提)を示し、相談された事例(小前提)が当該規範に違反・抵触することを示す(結論)なら、まだしも、
「コンプライアンス的に問題」
という言い方自体、そのような法的思考すら懈怠・放棄しているのと同義です。
具体的根拠を示さず、
「コンプライアンス的に問題です」
という抽象的な概念で誤魔化す応答態度は、 印象や感覚に依拠し、常識という一種の
「属人的偏見」
に基づく主観的違和感を語っているに過ぎず、
「私の感覚と合わない」
と言っているのと同様、非知的で無内容な応答です。
さらに最悪なのは、企業法務部員が
「企業“倫理”的に問題です」
といった応答をなすことです。
無論、この種の応答を、企業イメージの維持改善を所管する広報部や広告宣伝部、IR部門等が言うことは、ある程度許容できます。
ですが、“法”的問題を問われている法務部員が、“倫理”を盾に、真摯な検討を放擲し、
「倫理的に違和感がある」
という逃げの弁解を使って、不誠実な回答回避に及ぶ態度は大きな問題であろうと思います。
我々弁護士も、法務部員も、
「法律を扱うプロフェッショナル」
であり、問われている問題は、法律問題であり、倫理問題ではありません。
倫理を問うなら、問うべき相手は弁護士や法務部員ではありません。
神父や牧師や住職か神主か、幼稚園や小学校の教員に聞くべきです。
このように、
「コンプライアンス的に問題です」
「企業倫理的に問題です」
という応答をしたくなる動機や背景は、推測するに、次のようなことであろうと考えられます。
すなわち、
・具体的な法的問題を指摘する場合、諮問事実(対象取引や対象プロジェクト)を正確に把握・理解し、関係しうる該当法令をくまなく探索し、適用対象となるべき箇所(条文)を抽出し、これに法的三段論法を当てはめた検証を行わなければならない
・しかも、以上の検証は「規範と事実関係がきちんと整合し、あるいは適用対象外であることが明確である」という場合であり、もしこの点が曖昧であれば、裁判例等まで探索範囲を広げ、さらなる調査検証が必要となる
・ 以上のような知的活動は面倒であり、あるいはそもそもスキルがなくて自分たちのキャパシティでは調査検証が不可能とも言える状況
・リスク回避のもっとも端的で簡便な方法は、「当該リスキーな行いをやめてしまうこと」である。リスクある行いをやめさせれば、リスクは絶対的かつ完全に回避できる
・何らかの理由で、取引ないしプロジェクトをギブアップさせるか、少なくとも、法務部として異を唱えていたことを記録に残しておけば、リスクが発現しても責任を逃れられる
・「検討するのが面倒くさいし、あるいはそのスキルが無いが、なんとなく違和感があるので、やめといた方ががいいと思う。制止を無視してやって、トラブルになっても、異議を留めておけば、あとで私たちが責任を負わなくていい」という消極的な態度で逃げたいのが本音
・このような愚劣で卑劣な本音をうまく糊塗隠蔽し、しかも、真摯に知的検証したように見える便利な言い方として、「コンプライアンス的に問題」「企業倫理的に問題」という言い方がある
・だから、この便利なマジックワードを使って、誤魔化して、煙に巻き、職責を果たしたフリをしてやり過ごそう
という動機ないし背景が透けて見えます。
「あいつは魔女だ」
「あいつは反キリストだ」
「無口で無礼な隣に引っ越してきた家族は、とんでもない非常識な連中だ。悪魔崇拝をしているから火炙りにすべきだ」
「あいつの行いは不敬罪に問うべきだ」
「貴様のような言動をするヤツは非国民だ」
「お前の考え方は、帝国主義的な堕落というべきで、労働教化刑に処すべきだ」
「君の言動は、反革命的だ」
などという暴力的で暗黒的で中世封建的な言い方と同様、
「基準なき主観で物事を評価する態度ないし姿勢」は、
極めて非知的で時代錯誤的で愚劣なものであり、法律家としては、もっとも嫌悪し、忌避すべきものです。
市場での自由競争を是とする資本主義社会を採用する国家においては、
「書いてないことはやっていいこと」
というのが、あらゆる取引や事業に適用されるべき私法の根本原理です。
多くのベンチャーや新規事業部門がチャレンジする取引やプロジェクトは、誰もやっていないことや、先例があっても精密に整合しないタイプの、法律家の保守的で陳腐な発想では思いもつかないものばかりです。
当然ながら、
「法的抵触の有無や回避するための知恵」
がそう簡単に出てこない、そんなタイプの難しい法的課題に遭遇します。
だからこそ、企業法務部員に(企業法務部員のキャパシティで対応困難であれば、その先の顧問弁護士に)、見解を求めるのです。
経済合理性があり、事業採算性が見込まれる取引や事業が想定され、そこに適用される法律が具体的に見当たらなければ、
「書いてないことはやっていいこと」
という私法原理に照らせば、豊穣な未開拓のフロンティアであり、単なるビジネスチャンスです。
たとえ、倫理や常識や
「今まで誰もやっていないのでなんとなく違和感がある」
というものがあったとしても、企業としては、
「まんじゅう怖い」
という笑い話のような非法律的で漠たる違和感に萎縮し、豊穣な事業機会を放棄することなど、愚劣の極みであり、株主に対する重大な背信として絶対やってはならないことです。
さらに言えば、たとえ、形式上、外形上、
「法律」
なるものが字面として存在したとしても、
「法律」
と呼ばれるものの中には、陳腐化したもの、不合理なもの、狂ったものもあります。
MKタクシーやヤマト運輸(クロネコヤマト)は、このような、
「陳腐化し、不合理で、あるいは狂った法律」
に果敢にチャレンジして、事業を拡大し、あるいは市場を創出してきた企業として、今では称賛されています。
無論、公然と法令違反を推奨する趣旨ではありません。
ノーアクションレター制度等を使って、規制ニッチを慎重かつ合法的に攻めていく方法もあります。
また、世論を喚起し、消費者の支持を背景に、ロビー活動等の政治的圧力を用いる方法等もあります。
企業法務に携わるプロフェッショナルとして、
「自分固有の矮小な倫理観や違和感を振り回して、論拠を示さず、印象として結論を語る」
という態度は、真摯で知的な営みの放棄であり、もっとも採用してはいけない姿勢です。
明らかな法令違反は別として、結論ないし判断は、あくまで経営陣が下すものです。
参謀として、真摯で知的な営みで、経営判断を支援する企業法務部員の職責は、知性と丹念な調査と柔軟な思考や想像力によって、
「できない理由を探す」
のではなく
「取引や事業を何とか実現させる」べく、
可能な限り多くの選択肢を抽出し、各選択肢に客観的で具体的で正確なプロコン情報(長短所情報)を添えて、経営陣をバックアップすることです。
経営陣の中には、企業法務組織について、
「何かにつけ、ケチをつけ、問題をあげつらい、ネガティブな印象を語って、仕事した気になっている、批評家。法律はともかく、経営のことを全くわかっていない、金儲けに貢献しないどころか、何かにつけて陰気に金儲けの邪魔をする穀潰しで、鬱陶しいだけの厄介者」
と嫌悪している人間も少なからずいます。
そのような社内状況にある場合はもちろんのこと、そうでない場合であっても、参謀組織でもある企業法務組織の最大の課題は、経営陣から、揺るがない信頼を得ることです。
法を曲げてまでも、違法に加担してまでも、経営陣に媚びへつらえ、ということを言うわけではありません。
ですが、
「リスクを印象や感触で察知して、責任逃れのため、華麗な言葉で誤魔化して、卑怯な言い様で煙に巻く」
というような恥ずべき態度に終始していれば、
「何かにつけ、ケチをつけ、問題をあげつらい、ネガティブな印象を語って、仕事した気になっている、批評家。法律はともかく、経営のことを全くわかっていない、金儲けに貢献しないどころか、何かにつけて陰気に金儲けの邪魔をする穀潰しで、鬱陶しいだけの厄介者」
と言われても仕方ありません。
知的専門性を発揮して、リスクを発見・特定・具体化した上で、リスクを避けて事業を諦めさせるだけではなく、事業モデルや取引形態に修正を加えて、リスクを低減させたり、転嫁させる方法を具体的に選択肢として提案していく。
さらには、リスクそのものの正体を見極め、
「法律」
が不合理であるなら
「法律」
と対峙することすら辞さない構えで、トラブルになった場合のダメージやコストまで正確に見積もった上で、MKタクシーやヤマト運輸のように果敢に挑戦する、という方策を含めた積極策をも提言する。
法務部としては、このように、法的な緻密さと柔軟で大胆な想像力を組み合わせながら、ありとあらゆる選択肢を提供する営みを通じて、経営陣の真の信頼を勝ち得るべきです。
言うまでもありませんが、あらゆる企業活動にはリスクがつきものです。
企業活動において、リスクを完全に無くす方法が、1つだけあります。
それは、企業活動そのものをやめてしまうことです。
「コンプライアンス的に問題」
「企業倫理的に問題」
という応答は、一見、知的で見識が高いように見えます。
ですが、前述のとおり、その内実は、まったくの無内容であり、応答者の怠惰と非知性を表しているに過ぎません。
この話を敷衍すれば
「倫理とコンプライアンスを貫徹するため、企業活動そのものをやめる」
という結論にたどり着く、どこか狂ったメッセージを含むものであり、企業法務に携わる者としては、もっとも忌避すべき姿勢と考えます。
いずれにせよ、
「コンプライアンス的に問題」
「企業倫理的に問題」
という言い方は、社外の顧問弁護士としてはもちろんのこと、社内の企業法務部員としても、絶対使うことを忌避すべきものである、と考えます。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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