企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
株式会社欧米商事 社長 鈴本 鷹(すずもと たか、32歳)
相談内容:
当社は、キャラクターの衣料を企画・販売していますが、昨年春に、飲み友達の若手芸人のためにオリジナルのトラのTシャツを製作したところ、その芸人の人気が出て、当社にもいろいろと引き合いが来るようになりました。
そうした中、大手子供服メーカーが、人気の出たトラの図柄の乳児用エプロンを作ってほしいと言ってきました。
担当者は、三浦という若いヤツでしたが、相手が大手ということもあり、社内プレゼン用にサンプルをいくつか作らされました。
三浦は、数ヶ月前に
「大々的に売り出す準備ができたので、量産に入ってくれ」
「欠品出すとメーカーの信用にかかわるのでそれなりの量が必要」
とか言い、大量の初期在庫を作るよう指示してきました。
いよいよ納品という段階で、三浦がそのメーカーを辞めたという噂が入りました。
何だか胸騒ぎがしたので三浦の上司と面談したところ、
「当社は高級ベビー用品を取り扱っており、お笑い芸人のTシャツと同じ柄などブランド戦略に反する。
彼は社内プレゼンはしていたようだが、商品化しないことは既に決定済みだった。
三浦だが、先月、本人から辞職の申し出があった。
とにかく、お宅にエプロンを発注した覚えはないので、持ち込んでもらっても困る」
と冷たく言われ、追い返されました。
エプロンにはメーカー名を入れてあり、他に転用できませんし、頭を抱えています。
相手が大手企業ということで信用しており、契約書や発注書は一切要求していません。
この損害、ウチが丸抱えしなきゃならないのでしょうか?
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:口頭契約の危険性
ベンチャー企業の中には、大手企業からの指示で、大きな売り上げの見込みをエサにさんざんパイロット商品を作らされた揚げ句、担当者の
「やっぱ、やめた」
の一言で、突然、契約の締結を拒否され、その結果、莫大な損害を被るところが少なくありません。
こういう場合、大抵の大手企業側は、一切ペーパーを出さず、言質を取られず、責任者と言ってもペーペーの担当者がうろちょろするだけで、社長や役員は出てきません。
ベンチャー企業サイドは、売上が欲しいばかりに、米つきバッタのように、頭を下げ、大手企業からの発注を期待し、ありとあらゆる無理難題をのみ、発注書や依頼書等の書類の裏付けが一切ない状態で、お金や人的資源をつぎ込み、テストを実施し、サンプルを作り、さらには、設例のように、初期在庫まで作らされます。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:口頭契約をドタキャンされた場合の対処法
とはいえ、設例のケースで
「ドタキャンされたまま泣き寝入りをしろ」
というのも酷といえば酷です。
そこで、ドタキャンされた後の話として、大手企業に何らかの責任を負担してもらう方法を検討してみます。
まず、
「契約準備段階の過失」
という法理です。
これは、契約締結に至らない交渉段階であっても、契約締結の見通しがなくなった段階で相手方に告知するなどの義務があり、これに違反したら、相手方の損害を賠償すべし、という判例上の理屈です。
また、設例の三浦の行動に、契約締結が困難となった状況を故意に知らせなかった等、違法とされるべき行動があった場合には、三浦氏の使用者たる所属企業に使用者責任(民法715条)を追及するということも考えられます。
さらに、欧米商事も相手企業も法律上
「商人」
とされますから、
「商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる」(商法512条)
の活用も考えられます。
最後に、この件は
「下請けイジメ事例」
とも考えられますので、下請代金支払遅延等防止法の活用も検討してみる価値があります。
モデル助言:
大手企業がペーパーを出さず、言質を取られないようにするのは、最後までドタキャンする権利を確保しておきたいからです。
逆に、お付き合いをする側としては、こういうリスクを常に念頭に入れておかなければならないんですよ。
と言いますか、こういう大手企業のやり口を理解しておき、貴重なリソースをつぎ込む前に発注書を要求する対応をすべきだったんでしょうが、鷹社長はあまりに世間知らずでしたよね。
この種のトラブルは起こってからでは遅く、予防できるか否かで勝負が決まってしまいます。
とはいえ、泣き寝入りするのも癪に触るでしょうし、和解狙いで訴訟を提起しましょうか。
先程申し上げた法的手段ですが、いずれも確度の高い方法ではありません。
と言いますのも、裁判所からすると
「契約締結や発注書の徴収などの当たり前の法的予防措置を取らないで、代金支払いを拒否されるなんて、自業自得もいいところ。
賢く行動した相手先企業に文句垂れるのは筋違い」
という見方をされてしまいます。
ですので、法理を大上段に振りかざすのではなく、大手企業のひどいやり口を丁寧に説明し、裁判所に積極的にアピールすることが必要です。
あと、怒りを抑えて、当該担当者の三浦氏と接触し、彼をこちら側に取り込んで、相手先企業のやり方の不当性を証言してもらう証人として活用する方法もアリですね。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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