企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
木暮製パン株式会社 社長 木暮 伝右衛門(こぐれ でんえもん、47歳)
相談内容:
鐵丸先生、そのパン、美味しいであろう。
最高級の特別な小麦粉で作ったわが輩の会社の自信作なのだよ。
これが今、巷で大人気であり、わが輩の会社もがっぽがっぽの大儲けである。
そして、聞いて驚いてほしい。
先日、ついにあの有名なフレンチ・レストラン
「レーニン・ギョームの館」
から、わが輩の会社のパンを卸してほしい旨の申し入れがあったのだ。
今回のパンの研究開発には多額の投資を行い、社運を懸けてきただけに、このように大成功を収めると深い感動が押し寄せるものだな。
ところが、今回のパンの要となっている最高級小麦粉の仕入れ先である世紀粉末株式会社が、わが輩の会社がウハウハなのを見て悔しがり、突然小麦粉の値上げを要求してきたのである。
そんな不当な要求など当然はねのけてやったら、世紀粉末は、今度は返す刀で、
「わが社は、御社には絶対小麦を卸さない。
契約が切れる本年末まで、契約に書かれているとおり、先月の売買代金の5分の1の違約金を振り込んでやる!」
などいってきた。
世紀粉末の社長め、世界的な小麦粉不足をいいこと幸いに、もっと高い値段で買ってくれる取引先を見つけ出してきたに違いない。
冗談ではないぞ!
こちらはもう
「レーニン・ギョームの館」
と契約してしまっているのだ。
あの小麦粉で作ったパンでなければ
「レーニン・ギョームの館」
も納得しないだろうし、わが輩の会社が被る大損害は、小麦粉の売買代金の5分の1程度のケチ臭いカネでは全く埋め合わせできんぞ。
こんなことがあっていいのか!
もっと賠償金をふんだくることはできないのか、鐵丸先生!
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:玉虫色の言葉「違約金」
「違約金」「制裁金」「ペナルティ」
という言葉は、ビジネスの世界でもよく耳にしますが、その実際の意味について正確に理解している方はあまり多くないように思われます。
それもそのはず、
「違約金」
という言葉は、
「債務者が債務不履行の場合に、債権者に対して給付することを約束した金銭」
などと説明されるものの、実際には、次のように
1 予め定められた損害賠償額(損害賠償額の予定)
2 実際の損害のほかにプラスαで課される制裁金(違約罰)
などなど、多種多様な意味で用いられる、いわば「玉虫色のマジックワード」なのです。
これらは、それぞれ似たようなものに見えるかもしれませんが、
「1 損害賠償額の予定」
の意味であれば、実際に発生した損害額がいくらであるかとは無関係に予定額の賠償しか請求できないのに対し、
「2 違約罰」
の意味であれば、当該金額の請求に加えて、別個に、実際に生じた損害額の賠償をも請求できます。
このようにたかが言葉一つですが、解釈によって、時に巨額の差を生み出します。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:民法の原則
わが国の民法は、
「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。
この場合においては、裁判所は、その額を増減することができない」(420条1項)
と規定し、
「1 損害賠償額の予定」
に拘束されます(ただし、法外に高額または低額の予定をすると公序良俗違反として無効にされることがあるほか、利息制限法などの特別法による規制もあります)。
その上で、同条3項は、
「違約金は、賠償額の予定と推定する」
と規定し、
「違約金」
は、(推定を覆すような)特段の定めがない限り、
「2 違約罰」
ではなく
「1 損害賠償額の予定」
であるとしています。
したがって、契約書の中に特段の説明がなく
「違約金」
とだけ書かれた約定が存在する場合、損害賠償を請求する側は、この推定を覆さない限り、実際に発生した損害額が予定額を上回ったとしても、予定額しか請求することができません。
予定額以上の損害を請求するには、あらかじめ契約書の中で、
「違約罰として○○円を支払う。
ただし、甲はさらに契約の履行を請求し、あるいは実際に生じた損害の賠償を求めることができる」
等と定める必要があるのです。
モデル助言:
今回の御社と世紀粉末株式会社との間の契約書を見る限り、
「違約金」
を
「違約罰」
の意味であると解釈させるような明確な文言はないようですね。
てゆうか、なんで直近売買金額の5分の1なんてみみっちいペナルティにしたんですか。
5倍なら理解できますが。こんなの、契約違反を誘発するようなもんじゃないですか。
え?
よく読んでなかった?
ま、これからは、あやふやな表現を避け、明確な違約罰条項を記載するようにして、違約罰の額も、契約遵守を促すような高額なものにすべきですね。
とはいえ、このまま放置するのも悔しいでしょうから、少しドンパチやりましょうか。
「違約金条項の『5分の1』は錯誤で、契約上の真の意思表示は『5倍』であり、そのことは相手方も知っていた。そうでないと、あまりにも不合理でおかしい」
等と主張してみましょうか。
また、世紀粉末の一連の行動を全体としてとらえ、
「不当な取引拒絶や優越的地位の濫用に該当し、独禁法に違反する」
と構成し、公正取引委員会への被害申告も同時にやっちゃいましょう。
落とし所としては、取引数量をコミットするとか、支払条件を改善して手打ち、といったところでしょうかね。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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