00129_企業法務ケーススタディ(No.0083):自爆出願にご注意

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社太陽広場 中野 訓 (なかの くん、49歳)

相談内容: 
ウチのヒット商品
「リゾートラバー」
について相談させてください。
この商品、単に腕に着けるだけのゴム製のアクセサリーで見た目も全然お洒落じゃないんですけど・・・。
ほら!
匂いません?
すごい良い香りでしょ?
けっこう人気なんですよ。
ただ、実はこれ、けっこう簡単に作れちゃうんです。
高い値段で売るために、素材のゴムに特殊な製法があるような雰囲気でPRしてるんですけど、本当のところ、どんなゴムでもできちゃうんですよね。
香り付けのほうも、コーラとラー油と大きな玉ねぎを・・・、おっと、いかん。
とにかく、そこらへんのお店で手に入るような材料とか薬品を混ぜた液体の中にテキトーなゴム製品を1週間も漬け込んでおけば、誰でも作れちゃう~みたいな。
だから、この製法、絶対バラしちゃダメなんです。
そうしたら、先日、中堅パソコンメーカー法務部の勤務経験のあるウチの八原(ぱっぱら)法務部長が、
「社長! そういう知的財産は、特許を出願しておかないと危ないですよ」
っていうんです。
確かに、他社にマネされたり、先に特許出願されちゃったら大変だし、やっぱり早急に出願しておいたほうがいいですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:自爆出願の代
特許権、実用新案権、意匠権及び商標権を総称して、産業財産権(かつての工業所有権)といいます。
近年のわが国の
「知的財産戦略」
のお陰で、特許権をはじめとする産業財産権は一躍脚光を浴び、マスコミ等が騒ぎ立てる
「発明で大金持ち」
のシンデレラストーリーと相まって、
「何でもかんでもとにかく出願」
という風潮が高まりました。
しかしここ最近、こうした状況に疑問を呈する声が上がり始めました。
といいますのも、特許権をはじめとする産業財産権に共通する特徴として、権利として保護されるためには
「登録」
が必要であるという点が挙げられます。
この
「登録」
という制度は、裏を返せば
「企業機密を世界中に暴露する」
ことを示しています(ただし、意匠権については3年以内に限り登録内容を秘密にする制度があります)。
確かに、登録された権利を侵害して商売する企業などには、利用の中止を求めたり、利用許諾の対価を請求したりできますが、単に家庭内で利用する場合等、個人使用の範囲にとどまっている限りは利用の中止や対価を求めることができません。
つまり、一般消費者を対象とする
「誰でも作れちゃう」
商品の作り方を出願して、これが一般に公開された場合、たとえ他企業がマネしなくても、商品の売れ行きは落ち込んでしまうわけです。
さらに、知的財産権の属地主義(登録した国の国内のみしか効力が及ばないこと)の原則のお陰で、わが国でせっかく出願・登録されても、海外で別途出願の手続をとらなければ、海外ではパクられ放題となってしまい、これを避けようとして、たくさんの国で出願すれば、それだけ多額の費用が掛かります。
「わが国での無計画な出願の乱発が、かえってわが国の貴重な知的財産流出の深刻な要因となっている」
との批判がなされている所以です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:営業秘密の重要性
それでは、今回の
「リゾートラバー」
の製造方法のような企業秘密は、法律上の保護を一切受けられないのか、というと、そんなことはありません。
ここで登場するのが企業法務の伝家の宝刀、不正競争防止法に規定される
「営業秘密」
です。
あまり知られていませんが、
「営業秘密」
は広い意味での
「知的財産権」
に含まれるもので、産業財産権に負けない重要なものです。
「営業秘密」
に該当する情報は、法律上の手厚い保護が与えられており、営業秘密の不正な取得・使用・開示行為に対しては、民事上、差し止め請求や損害賠償請求が認められている上、悪質なものには刑事罰まで課されます。
「営業秘密」として保護される対象は、特許権や実用新案権等と異なり大変幅広く、およそ事業に有用な情報であればOKです。
1 秘密として管理されている
2 有用な情報であり
3 公然と知られてはいないものであれば
「営業秘密」
としての手厚い保護を享受できます。
つまり、厳重なパスワードをかけて保管し従業員に厳格な守秘義務を課すなど、営業に有用な秘密情報を厳重に管理しておけば、ライバル企業も迂闊に手出しできなくなるというわけです。

モデル助言: 
そんな簡単に作れるものが特許として認められるかどうか甚だ疑問ですし、実用新案にしても、保護の対象は
「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」(実用新案法1条)
ですから、製造方法や定まった形のない液体などはそもそも対象外です。
特許出願して企業秘密を自主的にさらした挙げ句、結果的に特許が取れなかった場合には、競争優位性を失うわ、恥はかくわ、出願費用は無駄になるわで目も当てられません。
「リゾートラバー」
なんて、商品の性質上、出願に最も適さないものの典型例ですよ。
「知財の時代だから、なんでもかんでも出願すべき」
なんてのは、実務を知らないアタマでっかちの生兵法もいいところです。
そういう
「知ったかぶりの知財バカ」
の話など無視して、営業秘密として法律上の保護が与えられるよう、しっかりとした情報管理体制を構築することにこそ心血を注ぐべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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