企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
セラセラ株式会社 社長 ウワバミ エミコ (うわばみ えみこ、年齢非公表)
相談内容:
先生先生、大変なんですわ。
うちがちょっと前から売り出してる主力商品のタッチパネルが、マネされそうなんです。
このタッチパネルですけど、ずいぶん昔に、流行るかもと思いついて、辻元ゆう奴に開発させる業務命令を出して以来、とんと忘れとりました。
ゆうてもねぇ、小さい画面でこまい文字なんて打っとられませんやろ?
最初は売れへんと思うたんやけど、新製品が何も出てこうへんかった3年前に、しゃーないから、これでも売り出そかってなりましてん。
そしたら、意外にも引き合いが多いもんでしてな、物好きもおるでぇと斜に見とったら、これがまたどんどん売れよる。
こんな経緯ですわ。
そしたら、去年の秋に、辻元がライバル会社の小藪電機に転職しよって、もうウチの社内エラい騒ぎやったんです。
それだけでもエラい話やのに、今度は、業界の噂で、辻元の行った小藪電機がウチと同じタッチパネル売り出すゆう話になっとるんですわ。
で、この前、辻元に
「あんた、なんや心得違いしとんちゃうか。
あんたが発明しとったときに給料払っとったんはウチやで。
ええ加減にしいや」
って説教したら、
「何ゆうてんねん。
就業規則もロクに作ってないような会社がアホぬかすな。
特許法読んでみいや。
特許はオレのもんやで、お前の会社はお情けで使わしてもらってる立場なんやぞ」
って逆ギレですわ。
ま、確かに、ウチは東大阪の町工場の時代から経営管理は適当にやっとりましたし、就業規則なんてあったかどうかもようわかりません。
せやけど、これはあまりにもヒドすぎます。
小藪電機の販売、止められませんやろか。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:職務発明
特許を受ける権利は、発明を自ら行った者(発明者)に与えられるのが原則であり、法人は発明者にはなり得ないとされています。
したがって、当該発明を自ら行った者が特許申請を行い、特許権を取得するのが通常です。
しかしながら、発明はその技術が高度であればあるほど多大な費用が必要となります。
そして、通常、企業などに所属する従業員などは、所属先の研究設備等を最大限に利用して発明を行うわけですから、もし、法人が当該発明を使用できない、特許権を取得できない、とするならば、莫大な費用を投じた企業等は、投資に見合った収益を得ることができなくなってしまいます。
そこで特許法は
「職務発明」
という制度を設け、ある発明が職務発明に該当する場合には、発明者たる従業者と使用者の双方に一定の利益を付与し、両者の利益調整を図っています。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:職務発明を企業のモノにするためのハードル
企業が職務発明を自社のモノとして専有するにはいくつかハードルがあります。
まず前提として、職務発明に該当するためには、
1 企業等に雇用される従業員が、
2 その業務の範囲内において行った発明で、
3 現在または過去の職務に属する発明である必要があります(特許法35条1項)。
当該企業等に雇用されていない委託先の別会社の従業員が発明しても職務発明とは言えませんし、製薬会社の従業員が
「高性能モニター」
を発明しても、
「業務の範囲内の発明」
ではありませんし、また、製薬会社の人事担当が
「ガンの特効薬」
を発明しても
「現在または過去の職務に属する発明」
ではないので職務発明には当たりません。
「職務発明」
に該当すると、企業としては、タダで当該発明を実施する権利を取得します(特許法35条1項、通常実施権)。
ですが、その権利では、設例のように発明をした従業員が他社に実施を許諾し、類似製品が販売されたときに、これを差し止めることまではできません。
モデル助言:
今回の発明は、従業員である辻元が過去の業務命令を契機に完成させたものですから、職務発明に該当することは間違いありません。
ただ、それだけでは、御社が当該発明の通常実施権を取得するにすぎず、辻元のいうとおり、
「(特許法35条1項という法令の)お情けで使わしてもらってる立場」
としかいえず、小藪電機の販売を差し止めることはできません。
小藪電機の販売を差し止めるためには、御社が職務発明に基づく特許権を専有する必要がありますが、そのためには、特許法35条3項にいう
「権利承継の定め」
が必要となります。
御社は
「町工場時代から就業規則を放ったらかしにしていた」
ということなので相当難しい状況ですが、まずはこの点をチェックしてみましょう。
万が一、権利承継の定めがあったとしても、今度は相当の対価を支払わなければならず、この点でも額でモメるの必至ですし、トラブルは覚悟してもう必要がありますね。
いっそのこと、周辺技術を洗い出してみて、そちらで有望な発明を特許出願されたらいかがですか。
辻元の発明部分というのが商品全体で利用している技術の一部に過ぎない場合、周辺技術を抑え、封じ込め作戦で辻元発明部分を希釈化することも考えてみましょうか。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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