00179_企業法務ケーススタディ(No.0134):会社私物化のリスク

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社林家ホールディングス 代表取締役会長 林 正蔵(はやし しょうぞう、48歳)

相談内容: 
ウチは、おじいちゃんの代で会社を立ち上げ、そこから、3代目の私で株式公開を果たし、そこそこの規模の企業グループにまで成長しました。
上場つっても、ま、会社の株の大半はウチのファミリーが保有しており、上場基準に抵触しない程度に浮動株がチョロチョロある程度。
ま、いったら、ウチは、文字通り、林ファミリーのオーナー企業みたいなもんです。
で、ですね。
私も調子に乗って、飲食業やら不動産業やらビル建設やら慣れないサイドビジネスに手を出しちゃいまして、これが、あっという間に全部失敗。
先祖伝来の屋敷についた担保が実行される状況に陥りました。
ま、負債といっても、わがファミリーがもっている弊社株の時価総額で十分賄える範囲のもので、カネがないというわけではありません。
そこで、急場をしのぐためにカネが余っている複数の子会社からカネを借り、ギャーギャーとうるさい債権者に返済しました。
そしたら、弊社株をほんのちょっぴり保有している弊社親戚のおじさんが、電話をかけてきて
「株主の1人として、物申す。お前のやってることは何から何まで違法だ! 刑事告訴をしてブタ箱にぶち込んでやる!」
なんてブチ切れてんですよ。
ま、分家筋で妬みやっかみもあるんでしょうが、ほんと言いたい放題でしたよ。
ただの借金に大袈裟なんですよ。
そりゃ今すぐ返せっていわれても、株式市場は今低迷していますから、無理ですよ。
でも、1年ばかし様子をみて、株を売却してきちんと返済するつもりですよ。
まあ、借り方はちょっと強引だったかもしれませんが、
「オーナーが会社からちょいと寸借したくらいで、ブタ箱行き」
なんて物騒な話はないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:役員と会社との融資取引
取締役は、会社に対して善管注意義務を負っています。
これは、
「会社の利益を最大限にするように、取締役として全力を尽くすように」
という、会社と取締役との間の委任契約に根拠を有しています(会社法330条、民法644条)。
また、この義務は、別名、会社に対する
「忠実義務」
ともいわれるものであり、会社の利益を横取りするなどして会社を裏切るようなことは法令違反とされています(会社法355条)。
そして、役員が会社からの借り入れる取引については、
「有利な条件で融資を受けたい取締役の思惑」

「確実な担保を取り、高い利息を設定したい会社の利益」
とが矛盾・衝突する契約(利益相反取引)となります。
このような会社の利益を損ねる危険性のある取引を行うには、当該会社の取締役会等の法定機関で当該取引を承認する決議を経由すべきことが法律上要請されています(会社法356条、365条)。
本件では、
「借り方はちょっと強引だったかもしれません」
ということですから、この種の手続きを経由していない可能性もあり、取引の有効性自体に疑問が残るところです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:特別背任罪
オーナー役員が自分がコントロールする企業から融資を受けるという場合、民事上、取引の有効性が否定されることや、役員が損害賠償責任を負うことに加え、刑事罰を受けるリスクまで想定すべきなのでしょうか。
「会社を取り巻く多数の利害関係者を調整する」
という目的を有する会社法は、役員による会社の私物化行為について、民事的な責任に加え、刑事罰による制裁を予定しています。
すなわち、会社の役員が、
「自己もしくは第三者の利益や会社に損害を与える目的」

「その任務に背く行為」
をし、
「会社に財産上の損害を加えた」
とき、特別背任罪として、厳しい処罰される可能性があるのです。
その意味では、
「オーナーが会社からちょいと寸借したくらいで、ブタ箱行き」
という親戚のおじさんの話もあながち誇張ではない、ということがいえます。

モデル助言: 
特別背任罪ですが、犯罪構成要件は、刑法上の背任罪とあまり変わりませんが、会社役員の責任と権限の大きさに鑑み、刑罰を加重しており、10年以下の懲役、1千万円以下の罰金あるいはこれらの併科という重罪とされております。
また、未遂でも処罰されることになっており、想像以上に厳しい内容なっています。
林さんが通常の利息より好条件で融資を受けていた場合、その差額分が
「会社に対する損害」
と認定されるおそれは十分ありますし、想定外の事態が起こって、返済が滞ったり、返済そのものが難しい状況になったら、それこそ大問題です。
とにかく、大問題にならないうちに、金融機関と再度交渉するなりして外部からきちんと調達したお金で会社に対する借入全部を早急に返済しておくべきです。
それでも事態が沈静化しないようであれば、いったん取締役を辞任するなりして責任を取った形にするなどの処置を取っておいたほうがいいかもしれませんね。
100%オーナー会社から脱却し、株式公開したわけですから、公私混同はご法度です。
よく肝に銘じておいてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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