相談者プロフィール:
南海商事株式会社 代表取締役 山黒 亮太(やまぐろ りょうた、36歳)
相談内容:
僕は、10年前に南海商事っていう商社を大学の同期と立ち上げました。
僕が代表取締役社長で、同期の山岬(やまみさき)静代ってのが副社長。
大学時代から、お互い、
「不細工」「不細工」
っていってからかい合うくらい、僕たちの信頼関係といったらもう抜群でした。
僕は、ホラ、しゃべるほうが得意で人当たりもいいから、商談とか外交担当って感じで、彼女はおとなしいけどしっかりものだったので、経理とかは山岬担当でした。
会社の印鑑類や僕の個人の実印とかも全部彼女が管理して、すべて彼女にお任せ状態でした。
それが、ここ2、3年ちょっとよそよそしいっていうか、なんか様子がおかしいなとは思ってたんです。
そうしたら! 先月から山岬と全然連絡が取れなくなったかと思ったら、身に覚えのない借金取立ての電話がバンバンかかってくるようになって。
裁判所からも訴状だの呼出状なんてものも届くようになりました。
山岬の奴が会社の営業部長とデキてて、こいつらが会社の金持って逃げやがったうえに、あげく、僕の個人の実印を使って連帯保証人になっていやがったんです。
先生、僕は連帯保証したことすら知らなかったんです。
それなのに連帯保証人としてお金返さなきゃいけないなんて、世の中そんなに不合理じゃないですよね?!
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:保証契約書の存在
自らの意思に反し、勝手に連帯保証人とされていたような場合、本人は連帯保証人となる意思がないわけですから、法律理論上、本人に連帯保証の効力は及びません。
しかし、本件のように、自分の実印を他人に預けていたところ、知らない間に連帯保証人となっていたという場合、自らの実印の押された保証契約書が外形上存在する、といった状況が出てきます。
保証契約における保証契約書や売買契約における売買契約書など、契約等の法的な取引(専門用語で「法律行為」といいます)が記載されている文書を
「処分証書」
といいます。
このような処分証書には法律行為の内容そのもの、例えば
「AはBの債務を保証する」
とか
「AはBに対してX不動産を売却する」
といった事実が、ばっちり記載されている、いわば
「取引を示す動かぬ証拠」
となります。
法律行為の有無が争いになった場合、裁判所においては、処分証書があれば当該法律行為があったという認定をするのが原則となっています。
ただし、このような認定がされるのは、処分証書が真正に作成されたことを前提としています。
「処分証書が真正に作成された」
とは、本人の意思どおりに処分証書が作成された、ということです。
この点、民事訴訟法228条4項は、
1 本人の押印がある場合には本人が記載された事実を行う意思のあったこと
及び
2 本人の意思に基づいて押印をしたと推定される
と規定されています。
したがって、自分の印鑑が押印してある処分証書がある場合、処分証書に記載されてある事実が認定されてしまうケースが極めて高いのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「特段の事情」
しかし、実印があれば、必ず
「真正に作成された」
と推定されるわけではありません。
上記2の推定がされる理由は、
「実印は大切に保管・使用されており、みだりに他人に手渡したりしないものだから、作成名義人の印章が押されているならば、特段の事情ない限り、それは作成名義人が自らの意思に基づいて押したものだ」
と考えられるためです。
しかし、実印が盗難に遭ったり、同居の親族に無断で使用する場合もあります。
このような場合にまで、2の推定が働くわけではありません。
ただし、民事訴訟法228条4項があるので、
「特段の事情」
を本人が裁判所に対し明らかにする必要があります。
モデル助言:
山黒さんのお話を聞く限り、山黒さんを訴えてきた金貸しは、山黒さんの実印が押された保証契約書を持っている可能性が極めて高いですね。
裁判になった場合、山黒さんが連帯保証をしたという事実が認められてしまう可能性が極めて高いです。
こうなると、
「処分証書が真正に作成された」
との推定を破る
「特段の事情」
を主張するほかないですね。
「特段の事情」
が認められた裁判例としては、本人が第三者に印鑑を預けていた場合や本人が他の者と実印を共有していた場合等があります。
本件も、山黒さんは山岬さんに日ごろから実印を預けていたということですから、
「特段の事情」
が認められる可能性もありますが、まあ、立証に成功する確率は極めて低いとお考えください。
相手が金融機関で、金額が異常に高額の場合、金融機関側が調査を懈怠した等と反論することも可能です。
山岬をみつけて、おもいっきり文句をいって
「私が無断でやりました」
といわせるなど、立証協力させることも検討すべきですね。
まあ、そのあたりをネチネチつきながら、和解に落ち着くようにもっていくしかないですね。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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