相談者プロフィール:
有限会社中東リアル 代表取締役 徳升 義実(とくます よしみ、38歳)
相談内容:
先生、いやーちょっと参っちゃったことがあってね。
僕は、小さな町工場で日本に住んでいる中東の方向けのコミュニティー紙とか雑誌とかの印刷・製本とかやってるんです。
それでね、僕の知り合いが一時期パキスタンに住んでて、その時の友人の子でムハンマドっていうんですけど、その子が日本に興味があるっていうから、短期在留資格で日本に来て働かせてたんですよ。
まぁカタコトだけど日本語も話せるし、簡単な会話ならできてたから、ある程度仕事はできてたかなって感じで。
それが先日、めちゃめちゃ忙しい時期にお得意さんがらクレームが入って、従業員も少ないし、ムハンマドに作業やっとけっていって1人でやらせた時間があったんです。
そしたら、ムハンマドがその間に製本機に指はさんでけがしちゃったんですよ。
いやーほんとにかわいそうなことしたって思ったし、悪かったな~とは思ってたんだけど、その後出社しなくなってね。
そうしたら、この前突然
「訴状」
なんてもんが届いて3千万円の請求なんてしてきたんだよね!
いやいや、確かにかわいそうなことしたけど、3千万円て!!
うちだって小さな工場なんですよ・・・。
つぶれちゃいますよ・・・。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:外国人労働者の仕事中の事故
雇用主は、雇用契約上、従業員に対し
「安全に仕事できるように注意する義務」
を負っています。
これに雇用主がこれに反し、うっかり従業員にけがを負わせてしまった場合には、雇用契約法上の債務不履行責任及び不法行為責任が発生します。
当該責任によって、雇用主は従業員に損害賠償を支払わなくてはなりません。
雇用主・従業員ともに日本人である場合、雇用主が従業員に対し、損害賠償責任を負う義務があるかどうかを判断するために使われる法律は、当然日本法となります。
しかし、本件のように従業員がパキスタン人等の外国人であり、雇用主が日本人である場合には、当然に日本法が使われるというわけではないのです。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:何法が適用されるの?
このように、日本人と外国人がかかわる民事裁判においては、その裁判において何法が使われるべきなのか決めるための法律があります。
それが
「法の適用に関する通則法」(以下「通則法」といいます)
です。
この法律は、雇用契約上どの国の法律が使われるべきかと事故の損害賠償等不法行為においてはどの国の法律が使われるべきか、といったことから、国際結婚や国境をまたぐ相続の際に使用すべき法律を、当事者の国籍や行為の行われた地等から適切に使用されるように規定されています。
まず、本件における雇用契約のように、当事者間の合意で契約内容が決められる契約については、通則法7条によって
「当事者が選択した法律による」
とされていますので、雇用契約の際に
「日本法による」
と書いてあれば当然日本法となります。
当事者間で予め適用する法律など選択していないよ! という場合でも、通則法8条によって、契約当時にもっとも密接な関係のある地の法律が使用されるとなっています。
本件のように日本国内において日本人に雇われた場合は、日本法となるでしょう。
また、不法行為については、通則法17条によって
「加害行為の結果が発生した地の法」
が使用されるべきとされています。
そこで、ムハンマドさんの手のけがは日本で発生している以上、日本法が適用されます。
したがって、徳升さんがムハンマドさんに対する雇用契約上または不法行為上の責任を判断する際に使用される法律は、いずれも日本法となります。
裁判で日本法が適用される以上、外国人であるからといって、賠償額が安くなる等ということはありません。
モデル助言:
徳升さんの工場での仕事中にけがを負ったムハンマドさんに対しては、日本人と同様に損害賠償を支払う必要があります。
しかし、パキスタンと日本では3千万円の価値が異なるのは確かですし、ムハンマドさんは短期在留資格で一定期間日本で働いた後は、パキスタンに帰ることが前提となっていました。
この点について、裁判所は
「一時的にわが国に滞在し将来出国が予定される外国人の逸失利益を算定するに当たっては、予測されるわが国での就労可能期間内はわが国での収入等を基礎とし、その後は想定される出国先での収入等を基礎として逸失利益を算定するのが合理的ということができる。そして、わが国における就労可能期間は、来日目的、事故の時点における本人の意思、在留資格の有無等事実的及び規範的な諸要素を考慮して、これを認定するのが相当である」
と判断しています(最判平9年1月28日)。
そこで、ムハンマドさんのように短期でパキスタンに帰る予定であったのであれば、日本人と同基準で賠償額を計算するのではなく、パキスタンに帰国した後現地で働いて得られる利益の額の範囲で支払うと主張すべきでしょうね。
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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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